第4話 大谷耳鼻科

 

 大谷くんは、耳鼻科の一人息子だった。

 

 メガネをかけていて、おもしろくて、時々一緒に遊んでいた。


 確か、松沢小学校、二年生の頃の同級生。



 小さい頃、私は時々中耳炎を発症した。


 夜の遅い時間でも、母親は近くの耳鼻科に電話をし、私を負ってその耳鼻科に連れて行ってくれた。


 いきつけの耳鼻科は大谷耳鼻科。玉電松原駅のすぐ近く、大関屋の斜向かい、小さな花屋の横にある、とても急な階段を上った所に、大谷耳鼻科はあった。


 大谷耳鼻科の先生は女医で、その一人息子が大谷くん。

 

 自然と仲良くなり、家の中に入り込んで一緒に遊ぶ仲になった。


 お父さんはいない。お母さんが一人で切り盛りしている大谷耳鼻科は繁盛していた。


 お母さんは、午後の診察がはじまる前、きまってテレビを見ながら体操をする。



「福島くんのおかあさんは、たいそうしない?」

「しないです」



 私の母とは違い、大谷耳鼻科の院長であるお母さんは、とても活発だった。


 昼休み、まだ誰もいない診察室で、大谷くんは走り回ったり、診察台に座っておかしな仕草をしたりして、一人で遊んでいた。このとき、私は立場上、ここで一緒に遊ぶことはまずいなと子供心に思っていて、時々お世話になっていた待合室の椅子に座り、大谷くんが遊び終わるのを待っていた。



 あれから50年。



 花屋の二階から、赤堤幼稚園の近くに引っ越しをし、大谷耳鼻科は診察を続けていた。


 一年くらい前にネットで調べた時は


「年老いた女医です。ちょっと恐ろしい」

「きちんと診てくれるので助かっています」


 などの口コミがネットに上がっていた。


 院長である大谷くんのお母さんは、私の母親と同世代。80は超えているはずなのに、元気で頑張っている事をネットで知ることができて、とても懐かしかった。


 しかし昨日、確認してみると、悲しい二文字を発見することになった。



 廃院



 そんな、赤くしなくたって、太字で強調しなくたっていいじゃないか。



 大谷くんのお母さん、お世話になりました。

 長い間お疲れ様でした。



 ディスプレイに向かってひとり、頭を下げた。





 

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