第2話 玉電松原

 近くには緑の二両編成の電車が走っていた。


 まつばら という駅があった。


 玉電だ。


 記憶は定かではないが、駅を構成する木製の支柱には、ひらがなで「まつばら」と書いてあったと思う。


 京王線の下高井戸からも歩いて10分程度だったけれど、母は私と姉を電車に乗せたいのか、下高井戸商店街での買い物の帰りは、この玉電で一駅だけ乗って帰ることがよくあった。


 この当時の玉電にはまだ子供料金が設定されておらず、母は三人分の料金を料金箱に入れて乗っていた。


 冬は暖房が効いて暖かく、床や室内の全てが木でできていて、ぬくもりがあった。座席の下にある編み目模様の金属部分と、その中にある、赤い枠で囲まれたコックのようなものをよく覚えている。このコックを操作するとどうなるんだろう、いじってみたいな、と、いつも思っていたのだが、赤い枠の中にあることから、本能的にそれが危ない物とわかったようで、その衝動を、実際に行動に移すことはできなかった。


 後にこの電車が、東急世田谷線という名前であることがわかったのだが、私の中では今でも玉電である。母が「たまでんで帰るよ」と、いつも言っていたし、たまでんという名称以外に誰もこの電車を呼ぶ事はなかったので、私の中では玉電なのである。


 先日西武デパートがストライキをしたが、当時の鉄道会社はよくストライキをしていた。子供だったので何が何だかよくわからなかったが、ストライキが決行された時には線路の上を歩くことができて、楽しかったものだ。


 私の記憶の中の玉電は、緑の電車で、床と内装が木でできていて、冬はやけにヒーターが効いて座席が暖かい、そんな電車だ。



 

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