第43話 勇者として
「初めまして、勇者様。私は魔王軍の幹部の一人、アルシエルと申します」
丁寧に挨拶をしてくれたので私も挨拶を返すことにした。
その後、しばらく話をした後で彼を部屋に案内することになったのだが、その時からずっと私のことを監視しているような気がしたのである。
(気のせいかな……?)
そう思いながらも部屋に着くと、彼に今日の予定を伝えることにした。
今日は一日休みなのでゆっくり休んでほしいことを伝えると、彼は微笑みながら言った。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて休ませていただくことにしましょう」
そう言うとベッドに横になり眠ってしまったようだ。
その様子を見ていた私は部屋を出て行こうとした時だった。
不意に後ろから声をかけられたのである。
「どこへ行くつもりですか?」
振り返るとそこにいたのはリリアンさんだった。
私は正直に答えることにした。
彼女は笑いながら言った。
「あら、そうなんですか?てっきり逃げ出すつもりなのかと思いましたよ」
それを聞いた瞬間背筋がゾッとしたのを感じた私はその場から逃げ出したのだった。
すぐに捕まってしまい連れ戻されてしまったのである。
そのまま地下牢へと連れて行かれてしまったのだった。
待っていたものは地獄のような責め苦であった。
目が覚めるとそこは薄暗い部屋の中だった。
手足は拘束されていて身動きが取れず、口枷をはめられているせいで喋ることもできない状態だ。
服は全て脱がされており全裸の状態である。
周囲には誰もおらず静寂に包まれていた。
(ここはどこだろう……?)
「目が覚めましたか? 勇者様」
聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思うと、目の前に現れたのはリリアンさんの姿だった。
彼女は笑みを浮かべながら言った。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
私は恐怖のあまり声が出なかった。
何故なら目の前にいる彼女の様子がいつもと違って見えたからだ。
目は虚ろになっており焦点が定まっていないように見えるし、口元には涎を垂らしていたからである。
その姿はまるで獲物を狙う獣のようだった。
本能的に危険を感じた私は逃げ出そうとしたのだが身体が動かないことに気づいた。
よく見ると手足を拘束されているようだった。
どうやら完全に捕らえられてしまったらしい。
もう逃げられないと思った瞬間、彼女が話しかけてきた。
「無駄ですよ、勇者様。もう貴女は私のものです」
「今日から私が愛羅様のお世話をさせていただきますね」
そう言って嬉しそうに笑う彼女の顔はとても美しかったが、同時に恐ろしくもあった。
私はこれからどうなるのか不安でいっぱいだったのだが、その心配はすぐになくなった。
なぜなら彼女は優しかったからだ。
食事を与えてくれる時も、身体を洗ってくれる時も、寝る時でさえ常に側にいて世話をしてくれた。
おかげで寂しさを感じることはなかったのである。
安心感すら覚えるようになったほどだった。
ある日のことだった。
私がいつものように部屋で過ごしていると、突然扉が開いて誰かが入ってきたのだ。
驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのはリリアンさんだった。
彼女は微笑みながら言った。
「おはようございます、愛羅様」
それを聞いてホッとした。
私は彼女に話しかけた。
「おはよう、リリアンさん! 今日もよろしくね」
そう言いながら笑いかけると彼女も微笑んで返してくれた。
それからしばらくして朝食の時間になったため食堂へと向かったのだった。
そこで出会った人物を見て私は驚愕した。
なんと、そこにはもう一人のリリアンさんがいたのだ!
彼女は微笑みながら言った。
「おはようございます、勇者様」
二人のリリアンさんは左右対称の動きをしながら交互に話しかけてくるのを見ているうちに頭が混乱してきた。
私は目眩を起こし倒れてしまったのである。
気がつくとベッドの上で寝ていたようで、心配そうに覗き込む顔があった。
それはリリアンさんの顔では無かったが、見覚えのある顔であった。
そう、もう一人のリリアンさんだったのである。
私が驚いていると、彼女は微笑みながら言った。
「大丈夫ですか? 勇者様」
「ええ、大丈夫よ……」
と答えることしかできなかったが、内心穏やかではなかった。
何しろ自分と同じ顔をした人間が二人もいるのだから混乱するのも無理はないだろう。
私の様子を見て心配したのか、もう一人のリリアンさんも声をかけてきた。
「本当に大丈夫ですか?」
と言いながら私の顔をじっと見つめてくる彼女の視線に耐えられず目を逸らすしかなかったが、
すると落ち着いたので改めて話をする事にした。
まずは自己紹介をしてもらおうと思ったのだが、何故か二人とも黙り込んでしまったままだった為こちらから話しかける事にしたのだ。
いつまで経っても返事が返ってこないためどうしたものかと考えていると、
ようやく口を開いたかと思えば予想外の言葉が飛び出してきたのだった。
「……実は私たち双子なんです」
という衝撃発言に驚きを隠せなかったが、言われてみれば確かにそっくりだと思ったので納得することができた。
それにしてもまさか同じ顔の人間が二人もいるとは思わなかったので驚いたが、
同時に嬉しくもあったのだ。
というのも、これで見分けが付くようになるだろうと思ったからだ。
現実はそれほど甘くはなかったようだ。
彼女達は同じ顔をしているだけでなく声も一緒なのである。
どちらか一方だけに話しかけても必ず反応してしまうということになるのだ。
これでは判別することができないではないか、
どうすればいいのかと悩んでいるうちに時間だけが過ぎていったのだった。
このままでは埒が明かないと思い、思い切って聞いてみることにしたのだ。
まず最初に聞いたのは名前についてだ。
一人ずつ呼んでみて反応を見ようと考えたのだが、どちらも同じように反応するだけだった為に失敗に終わった。
こうなったら仕方がないと思い、二人まとめて呼ぶことにしたのである。
二人は揃ってキョトンとした表情を浮かべた後で互いに見つめ合い始めたと思ったら、いきなり笑い出したのである。
わけがわからないといった感じの表情をしていると、二人が同時に喋りだしたものだから余計に混乱してしまったのだった。
とりあえず落ち着かせるために深呼吸をさせてから話を聞くことにしたのだが、
その結果わかったことは驚くべき事実だった。
何と彼女たちは元々同一人物で、それが分裂して二人に増えたというのだ。
そんなことが起こり得るのだろうか?
と思ったが実際に起きているのだから信じるしかないだろう。
それだけではなく、他にも色々と違いがあることがわかったのだ。
例えば身長や体重といった基本的な身体的な特徴に始まり、性格や嗜好などの違いもあるようだった。
根本的な部分は変わらないらしく、好きなものや嫌いなものなどは一緒だったのである。
それを知ったことで安心した私は、二人を別々に呼ばなくても済むようになったというわけだ。
「ねぇ、どっちが本物のリリアンさんなの?」
試しに聞いてみたところ、両者ともに答えてくれたのだが、やはり両方とも本物ということになってしまったのだった。
つまり、どちらが偽者なのかわからなくなってしまったのだ。
そこで今度は質問の仕方を変えてみることにした。
具体的には、どちらの方がより多く自分の名前を呼ばれるかによって判断するというものだ。
それによって区別することができるのではないかと思ったのである。
早速試してみたところ、結果は予想通りとなった。
片方を呼べばもう片方も反応するのだが、回数を重ねるにつれて差が出始めるようになっていったのである。
最終的には五分五分といったところだろうか?
最終的に決めることができず困っていたところに、思わぬ助け舟が現れたのである。
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