第10話*黄金寺の告白
*優斗視点
次の日。
昨日からずっと高瀬のことばかり考えてしまって、今日は朝からいつもよりも高瀬を意識して見てしまう。そして目が合うと、どうしてだろう。心臓の音が早くなる気がする。でも高瀬はいつもと変わりがない様子。
一時間目の授業が終わった。次は化学室に移動する。化学の教科書を机から出して準備をしている時だった。
教室の窓のところに立っていた黄金寺に手招きされた。他のクラスメイトたちは廊下に出ていく。僕も移動したいけど、とりあえず黄金寺のところへ行った。
そこへ行くと白いカーテンをしゅっと閉められて、ある意味ふたりだけの密室空間みたいになった。
なんでわざわざカーテン閉めるの?
「赤井、いや、優香ちゃん。昨日さぁ、足湯で高瀬とイチャついてただろ。手なんか繋いじゃってさ……今日はずっと高瀬のことばかり見てるし」
見られてたんだ……。
黄金寺はいつも学校では王子様みたいな雰囲気。だけど今は、ガラの悪いお兄さんに尋問されている気分。
「イチャついてないよ。それに今は、赤井でいいよ……」
「あいつも、優香に惚れてるな」
たしかに自分も同じことを感じていた。昨日はそれっぽいことも言われたし……だけど黄金寺に「うん、そうなの」って軽々しくは言えなかった。
あんまりこの話題を深堀りされたくはなくて。僕と高瀬ふたりのことだし。
「あっ、次って化学室に移動だよね? 準備しないと……」
思わず話をそらしてしまった。
「赤井の髪の毛、伸びたね?」
黄金寺も僕の言葉を無視してきた。
「う、うん。最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時と同じぐらいじゃん。もうウィッグいらないんじゃない?」
学校では肩くらいまで伸びた髪の毛をひとつ結びにして、後ろでまとめてある。
黄金寺は僕の髪をまじまじと見つめる。そしてまとめてある髪の毛の先に触れ、くるりと指に絡ませた。
何回かくるりとした後、僕の髪の毛を急にほどいてきた。なんで――?
「やっぱり赤井、可愛いな。髪もさらさらで、綺麗」
「あ、ありがと……」
「地毛の色も金色っぽくて似合ってるし……でも中学の時は見た目で決めつけられて、不良とか呼ばれてたよな?」
「うん。その時の僕のこと、そこまで覚えてたの?」
「本当に可愛いって思ってたから。その時はまだ赤井に恋してるわけじゃなかったけどね。赤井、学校に来なくなったけど、大丈夫なのか?って、気にはなってた……」
あの時、気にしてくれていた人なんていたんだ……。中学校では最終的に、自分は透明人間になっていたような気がしていた。
ん? 今、その時はまだ僕に恋してるわけじゃなかったって言った?
〝その時はまだ〟?
「ねぇ、赤井の手、太陽にかざしてみて?」
「今?」
「うん」
外は寒いのに、黄金寺が窓を開けだした。
言われた通りにかざしてみる。
あれ? ほんのり赤みたいなピンクのような、曖昧な色が見える。横では黄金寺もかざしている。
「俺なんも色出ないわ。赤井は色がちょっと出てたな?」
黄金寺は僕の手首をぎゅっと掴んできた。
「ちょ、痛いよ黄金寺……」
「なんで赤井だけ出てるんだよ……まだ俺の年齢が達してないからなのか……それとも運命の相手じゃないのか?」
黄金寺の瞳が揺れている。
もっと強く腕を握られて「痛いよ」って言っているのに離してくれない。声も尖っている。いつもと違う。怖い――。
そのまま黄金寺の顔が近づいてきて……キスされた。
うわ、何これ。どうなってるの?
何が起きたの?
「いや、だ……」
痛くて怖くて、わけが分からなくて涙が出てきた。
僕はカーテンの密室空間から逃げて、目的地は一切ないけど廊下を走った。
とりあえずトイレの中に隠れた。黄金寺は気づかないでトイレの前を通り過ぎていく。名前を呼ばれたけれど返事は出来なかった。
何? 今の……。
感触が忘れられない。僕の初めてのキス……相手は、まさかの黄金寺?
そっと人差し指で自分の唇をなぞる。
相手は黄金寺だったけど。
今、頭の中に思い浮かんでいるのは黄金寺ではない、別の人――。
どうしてなのか分からないけれど、初めてのキスは今、頭の中に浮かんできた人とがよかったなという思いがよぎった。
*蒼視点
化学室に行こうと廊下を歩いていたら、途中で教科書を忘れたことに気がついた。
なんという凡ミス。
教室に戻ると、カーテンの向こう側に人がいた。誰だろう?と思っていたら、赤井と黄金寺の声が聞こえてきた。
「赤井の髪の毛、伸びたね?」
「う、うん。最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時と同じぐらいじゃん。もうウィッグいらないんじゃない?」
はっ? どういうことだよ。
赤井が駄菓子屋で女装?
「やっぱり赤井、可愛いな――」
カーテンでこそこそ隠れながら何してるんだよ。途中小声すぎて聞こえない部分もあったけどずっと聞いていたら、痛いとか嫌だとか聞こえてきた。
もしかして、赤井が何かされてやばい状況なのか?
そっと様子を伺っていると、赤井が出てきて、走ってどこかに消えた。
髪の毛をほどいていた赤井。
今聞こえてきた会話が頭の中をよぎり、赤井と優香ちゃんが浮かび上がる。そして……ピタリとふたりが重なった。
動悸がおさまらない。
優香ちゃんと赤井が同一人物?
残されていた黄金寺と目が合った。
「高瀬、おまえ……今、聞いてただろ?」
「うん、赤井が女装してたって……」
「俺は赤井が好きで……赤井の女装のこととかも、そういうことだから」
そういうことだからって。そんな短い言葉だけで「はい、そうだったんですね」なんて納得できるわけがない。
「待てよ、どういうことだよ」
俺の言葉を無視して黄金寺も教室から出ていった。ひとり教室に残されて、ぽつんと立ちすくんだ。
すれ違った時に泣いていた、赤井の表情がはっきりと頭の中に残っていて消えない。
教室の中では、カーテンだけが揺れている。
赤井は優香ちゃん。
優香ちゃんは赤井。
優香ちゃんが赤井だって最初から知っていたら、優香ちゃんと仲良くなりたいとか思わなかったし。思わなかった? いや、今は……赤井が優香ちゃんだって知っていたら、赤井に冷たくなんてしなかった。
赤井のこと何も知らないのに雰囲気だけで嫌だって決めつけて……でも赤井は優香ちゃんで。優香ちゃんは誰に対しても思いやりがあって優しくて、だから赤井も優香ちゃんだから実は優しくて……。
なんだよこれ――。
しかも、黄金寺は赤井のことが好き?
混乱しながら自分の机に行き、机の中から教科書を出す。次の授業は化学だったのに、音楽の教科書を持って化学室に向かっていった。
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