第9話*好きな人
*蒼視点
年が明けて二月になった。
今日は日曜日で、昼からひょう花に来ている。
今の時期は寒すぎるから、ちょっと外にいただけで、身体が芯まで冷える。
だから足湯がさらに気持ちよく感じる季節だ。お湯の中に足を入れると、じんとして、温かさが冷えた身体全体にめぐり、全体を温め浄化させる。足湯はすごい。
今日も優香ちゃんと一緒に、足湯に入っている。
毎回思う。優香ちゃんと同じ湯に足を入れているのが不思議だ。隣同士で足湯に浸かると、優香ちゃんとひとつに繋がれている気分だ。
最近の優香ちゃんは前と比べると、俺に対しての笑顔が自然になり、警戒心が解けた状態で俺と接してくれている、気がする。
満足だけど、不満もあった。
やつも一度ここに来てから、何回も来るようになってしまった。
「はい、おごり」
「ここのリンゴジュース美味しいんだよね。ありがとう」
黄金寺がリンゴジュースを優香ちゃんに渡すと、優香ちゃんは可愛く両手で受け取り微笑んだ。俺にも気を許してくれている気がするけれど、黄金寺にはもっと心を開いている気がする。リンゴジュースとかソフトクリームとか……黄金寺が優香ちゃんに沢山奢っているからなのか? 俺よりも黄金寺の方が優香ちゃんと仲良く見える件は、気のせいだといいのだが。
「優香ちゃん、熱くない?」
そう言って黄金寺も優香ちゃんの隣に座り、足をお湯に入れてきた。
正直、黄金寺とはお湯で繋がりたくはない。
「しおりん! 遊ぼ!」
後ろから咲良の声がした。〝しおりん〟とは、黄金寺の名前、詩織のしおりんだ。今日は兄貴と咲良も来ている。
「あと五分ぐらいしたら行くね!」
「分かったー。ゲームしよ」
でかしたぞ咲良。黄金寺が咲良のところに行けば、優香ちゃんとふたりきりでまったり出来る。やつは五分ちょうど経つと、咲良がいる遊び場所へ旅立った。三人仲良い家族みたいにテレビゲームをして遊んでいる。
ちなみに今三人がしているゲームの本体と、格闘系のゲームソフトは金持ちの黄金寺がここに寄付していた。
近いうちに優香ちゃんと深い話をしようと決めていた。多分、咲良たちはしばらくここに来ない。今しようかな?
よし、今あれを訊いてみよう。
でも、どうやって踏み出そう。
なかなか最初の一歩を踏み出せず。
「優香ちゃんのリンゴジュース、本当に美味しそうだね」
「うん、搾りたてだからすごく美味しいよ。でも値段が高いから、なかなか自分では頻繁に買えなくて……飲める時がいつも貴重なんだよね」
「そっか、いいね」
俺はじっと飲んでいる姿を眺めていた。
「あ、飲んでみる? ひとりで飲んでごめんね」
そう言って優香ちゃんは俺にコップを渡してきた。俺は「ありがとう」とお礼を言い、普通にストローに口をつけて飲んだけど……こ、これって間接……。
「あ、ありがとう。美味しいよ」
「でしょ?」
優香ちゃんは俺が返したコップを受け取ると、普通に微笑みながらストローでジュースを飲み干した。
もしかして俺って、全く男として意識されていないのか……。でもあのことを訊いてみて、深い話をしたいって決めたから――。
「……優香ちゃんって、恋人か……好きな人っているの?」
質問開始した時点で、このふたりの空間だけが周りとは別の空間になったみたいに、静かになったように感じた。
返事を訊くまでの時間が長い。
「いないよ」
いないと訊いて、ほっとした。
「でもね――」
まだ続きがあるのか?
*優斗視点
「でもね、恋人はいないけど、好きな人はいるかな? ばあちゃんと、あとは……。あ、でも今は恋の好きな人ってことだよね?」
「ばあちゃんか……」
僕が質問に答えると、高瀬はふんわり微笑んだ。
恋の好きな人がもしも出来たら、どんな気持ちなんだろうな。ばあちゃんや、人じゃなくて犬だけど、ゆきちゃん。そして離れて住んでる両親に対しての〝好き〟は実際に体験しているからよく分かる。一緒にいると、温かい気持ちになって、幸せでいてほしいなって気持ちになる。
「人って恋心を抱くと、実際どんなふうになるんだろうね」
「恋をすると……相手のことでいつも頭がいっぱいになったり、楽しそうにしているとこっちも嬉しくなったり、自分の好きなものを一緒に好きになってほしくなったり……俺の場合は足湯かな? あとは、一緒にいる時間ごと、彼女の触れたものが全て愛おしくて……」
自分がリアルで体験しているかのように、優しい表情で話す高瀬。恋心について淡々と軽く何か言うだけかな?ぐらいに思っていたのに。
ふと呟いたことに対して、こんな具体的で長い返事が来るなんて予想外だった。
「恋をしているの?」
「うん」
僕の目を真剣に見つめて、高瀬はうなずいた。
「ねぇ、色彩のバースのやつ、優香ちゃんの学校では習った?」
「うん、習ったよ」
言えないけれど、高瀬とは同じクラスだから、同じタイミングで習っている。
「やってみない? 手を繋いで太陽の光にかざすやつ」
「えっ? 私と? いいけど……」
高瀬が運命の相手なわけがない。
そう思いつつも手を繋ぎ、ふたりの手を光にかざしてみた。
あれ? 一瞬光った?
違うな、多分光の反射かな。
高瀬が僕の手を強く握り、手を離そうとしても離してくれない。
力が僕よりも強くてビクともしない。
「あ、あの、手を……」
「今は教科書に書いてあったような反応はなかったけど、運命の相手だったらふたりの手の周りが輝くらしいよね?」
「……そうらしいね」
「一ヶ月周期で数日間、手をずっと繋いでいたくなるらしいよね」
「うん、そうみたい」
「もうすでにこの手を離したくない……」
「えっ? でも反応はなくて……」
すごく真剣な表情でこっちを見てきて、僕の心臓の音がドクドク……って、急に早くなった。足湯のせいもあるのかな? 顔がぼうっと熱くなる。どうしようってなって、視線を足元に落とした。
「……いや、ごめん」
そう言いながら、慌てた様子で高瀬は僕の手を離した。
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