第8話*黄金寺詩織

*優斗視点



 高瀬と足湯に通う日々が続いた。基本あんまり会話はしないけれど「水分大事」と言い、飲み物を注文していない時はこまめに無料の水を持ってきてくれたり、足湯からあがるタイミングを僕に合わせてくれたり。


 学校では誰にも気遣いをしないタイプっぽく見えていたのに、女装している僕に対しては色々気にかけてくれた。


そして高瀬は本を読むのが大好きらしく。おすすめの小説を貸してくれたりもした。「返すのいつでもいいから」って、次々に貸してくれるから、借りた本がどんどん部屋の机の上に積み上がっていく。


 こんなふうに友達と過ごしたことはなかったから、楽しくて。そもそも友達と呼んでいいのか分からないけれど……ちょっと戸惑うこともあるけれど、これからもこうやって過ごせるといいなと思う。


 ***


 そんな充実した日々を過ごしていた時。

 そろそろ雪が降りそうな香りがしている季節。


「赤井、可愛いな」


 教室で黄金寺がそんなことを言ってきたり、急に触れてきたりのスキンシップも増えてきた。


 それにはわけがあった。


***


 ふたつ前の日曜日。


 高瀬兄弟と咲良ちゃんがお店に来ていて、それぞれが別のお菓子コーナーにいた。高瀬と咲良ちゃんのお父さん、紫音さんは兄弟だけど全然似てないなぁと見比べていた時、突然黄金寺がやってきた。


「赤井、どうして女装してるの?」


 僕の姿をひとめ見ただけで、僕が女装していることを見抜いて質問してきた。


 この質問はやばい。だって、未だに高瀬には、赤井優斗と優香が同一人物だとバレていないから。それに咲良ちゃんも僕のこと完全に女の子だと思ってる。


 高瀬には、タイミングがあれば打ち明けようとも考えている。だけど、クラスメイトの男の僕に対しての態度は相変わらず冷たい。こないだなんて先生に頼まれたプリントを回収する時に、高瀬がまだ提出してなかったから声をかけたら、無言でムッとされながら渡された。


 優香に対しては優しくて、会話がしやすい。好意もあるなとひしひしと感じている。


 今バレるとどうなるんだろう。


 高瀬を見ると全く黄金寺の存在に気がついてなく、スナック菓子の食品表示部分を真剣に見ていた。高瀬は文字を読むのが好きなのか、よく食品表示部分を読んでいて、そのタイミングで話しかけても、いつも聞こえてない様子だった。


 黄金寺の顔にぐっと近寄ると、小さな声で「黄金寺、理由は後で話すから……今は僕だってこと、気付かないふりをしていて?」と伝えた。

「何でか分からないけど、分かった」

「っていうか、黄金寺はなんでここに来たの?」

「ドライブしててさ……そういえば赤井、この辺の駄菓子屋の店に住んでるって言ってたなぁって思い出して。扉を開けたらビンゴだった」

「この辺、ここしか駄菓子屋ってないからね……」


 黄金寺はニヤッと笑い、つられて僕も笑った。「可愛いな」と言いながら黄金寺が僕の頭をくしゃっと撫でてきた。


 女装に関しては、紫音さんには学校での僕たちの様子も詳しく説明していて「自分から高瀬に言うべき時が来たら説明します」と伝えてある。今知らないのは、高瀬と咲良ちゃんのふたり。


「それにしてもこの髪の長さ、似合ってるよね。確か中学の時も長かったよね?」

「あ、覚えてたんだ」

「うん。可愛かったから」


 中学時代は、ただ切るのが面倒でいつの間にか伸びている感じだった。可愛かったのかな?と疑問に思う。


 コソコソ顔を近づけたまま黄金寺と話をしていると、突然高瀬が「優香ちゃん!」って大きめな声で僕を呼び、話に割り込んできた。


 大きい声にびっくりして、名前を呼ばれてもびくっとして返事が出来なかった。


「えっと……優香ちゃん、今日の夜も、ひょう花に行く?」

 

 高瀬が訊いてきた。


「どうしようかな。行こうかな」


「優香ちゃんって名前なんだ? 俺も優香ちゃんって、呼んでいい?」


 黄金寺が話をちゃんと合わせてくれている。

 これは初対面の設定だよね?


「うん。大丈夫……です」

「赤……優香ちゃんたち、どこにいくの?」

「足湯だ、です」

「……俺も行ってみよっかな?」


 初対面の設定なのにいきなり一緒に足湯行くとか、なんか違和感だけど……。


 高瀬を見ると、黄金寺を睨んでいた。


「高瀬、その顔怖いよ? 呪ってきそう」

「うるせー」


 何だか不穏な空気が流れてる。

 ここで喧嘩とか、絶対に辞めて欲しい。


「ゆっちゃん、お菓子決めたからぴってして?」


 ふわふわオーラの咲良ちゃんと紫音さんがこっちにきて、一気に不穏な空気は消え去った。


 黄金寺の家には夜、家庭教師が来るらしく「夜は行けないな」と残念がっていた。すると奥で休んでいたばあちゃんが「お店は私がみるから、今から行ってきてもいいよ」って言ってくれた。


「優香ちゃん、俺の車に乗りな? 運転手に伝えてくる」

「私も行きたい。車に乗りたいな……」

「いいよ! 車、子供の席の準備も頼んどくね」


 黄金寺の車に乗って、咲良ちゃんと紫音さんも行くことになった。


 運転手に伝えるため、外に出ようとしていた黄金寺。外に出る直前に黄金寺は僕の耳元に顔を近づけてきて「普段学校でしか会えないからプライベートも一緒に過ごせるなんて、嬉しいよ優香ちゃん」と呟いてきた。




***


 準備を終えると、黄金寺の車に乗った。

 車の種類はよく分からないけれど、黒くてお金持ちっぽい車だった。


 助手席に黄金寺が、後ろには僕と咲良ちゃん、そして紫音さんが乗った。


 黄金寺に「車の中に高瀬の嫌な跡は残したくない」とか言われて、高瀬は乗車拒否されていた。


 車だと一瞬でひょう花に着いた。


「すぐに着いたね! 今、蒼にぃと一緒に歩いていたら、すっごい時間かかったかな。蒼にぃとふたりでお菓子を買いに行くとね、お店につくのがいっつも遅くなるの」


「蒼は、道を覚えるのが小さい頃から得意じゃないからかな?」


「何、あいつ、方向音痴なの?」

「ねぇねぇ、方向音痴って何?」

「方向音痴ってな……」


 黄金寺が咲良ちゃんに説明する。

 咲良ちゃん、慣れてない男の人が苦手だって言ってたけど、黄金寺は大丈夫なのかな?


 高瀬が来るまで、車の中にいることにした。


 高瀬遅いな。歩きだと十分か十五分ぐらいで着くから、多分もう着くと思うけど。


 しばらくしてから高瀬が来た。

 迷子になりながら来たのかな?って思ったら、ちょっと高瀬が可愛く思えた。


 高瀬たち、ひょう花で喧嘩しないかな?ってちょっとだけ心配だったけど。


 この日は争いは起こらず、みんなで仲良く並んで足湯を堪能した。


――なんか、すごく楽しくて居心地がいいな。

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