11.たぶんここがカギだ


 学院の生徒相手に――要するにジェイクの事だが、呪いを掛けた上に衛兵よりも先に動いて逃げ延びたのは、王立国教会の神官だった。


 そこまで分かっているものの、ジェイクに関して続報が無いことがあたしは気になった。


「ブルー様、こういう事を伺うのはマナー違反かも知れないのですが、呪いを掛けられた学院生徒が今どうしているか、ご存じありませんか?」


 あたしの問いにブルー様は少し考えてから告げる。


「少々気になる部分があって色々確認中だけれど、僕個人の見立てでは最終的に問題無いとされると思う。少し前に学院生徒で王宮預かりになった子がいたけれど、おおむね同じ流れになると思うよ」


「ねえウィン、その学院生徒って誰のこと? わたしも知ってる人かしら?」


 ホリーに問われるが、あたしが応えてしまっていいものなんだろうか。


 そう考えてブルー様に視線を向けると首を縦に振った。


 ホリーに教えても構わないという事なんだろう。


「細かいいきさつは省くけれども、今回呪いの被害に遭ったのは風紀委員会の先輩でジェイクっていう人よ。それでさっきブルー様が言っていた王宮預かりの生徒は、アイリス先輩ね」


「ああ、話したことは無いけど二人とも知ってるわ。魔法が得意な人たちよね。……色々あるのねー」


「その辺りの事情は、あとでホリーに僕から細かく説明しておこう」


 少しだけ得意げな口調でブルー様はそう告げた。


 呪いとか魔神とかちょっと物騒な話を含んでいるけど、娘との話題が出来て嬉しいのだろうか。


「ところで呪いといえば共和国の魔族の連中だが、いま奴らは国内の方に目が向いてるんじゃなかったのか?」


 グライフが口を開くが、その情報は以前ゴッドフリーお爺ちゃんに同行して陛下を交えて聞いた記憶がある。


「僕もそう思っているよ。だから今回のことは奇妙でね。逃げた犯人から色々と吸いだせなかったのは痛手だね」


「神官が呪いを覚えたのか、呪いの技術を持っていた者が神官に潜んでいたのかでも話が変わりそうだな」


「そうなんだよ――」


 応接室でハーブティーを頂きながら、あたし達はしばらくジェイクが関わった事件の話をして過ごした。




 試合が行われているのか、コロシアムからは時おり大きな歓声が響いていた。


 コロシアム周辺の区画は公園になっていて、各所に木々や芝生や噴水などが配されている。


 コロシアムが近いこともあり人出も多く、路上では大道芸をする者が多く見られた。


 穏やかな秋の日差しの中、コウとエルヴィスとライゾウはコロシアムの南側に来ている。


「何か気になるものはありそうかい?」


「んー……、公園のこの辺りには正直無さそうだ。……あくまでも気配とか感覚的な話なんだが、もっとコロシアムの建物に近い場所かも知れん」


 エルヴィスに問われ、ライゾウが応える。


 その様子を伺いながら、コウは何やら思案していた。


 コウとエルヴィスは、ライゾウが設立した部活である『史跡研究会』に所属することにした。


 先日連れ立って部室を訪ねてライゾウから話を聞き、興味が湧いて直ぐに入部を決めたのだ。


 今日はその活動の一環として、ライゾウに誘われて二人はコロシアムの南の区画を訪ねていた。


 ライゾウの名前で“コロシアム南部区画の調査”という活動計画は、部活の顧問に提出済みではあるのだ。


 ちなみに顧問の先生は学長であるマーヴィンとなり、他に副顧問の先生が学院の附属研究所の研究員から選ばれた。


 いちどライゾウとマーヴィンが学長室で面談したときは、思いのほか話が弾んでしまったが。


「例の植物園は、王国の建国くらいには古い歴史があるんですよね?」


 コウが二人に問うが、コウとエルヴィスはライゾウがニナ達と尋ねた王家の植物園での話を情報共有している。


「――この辺りはまだ新しい造りだね。自然石を使った訳じゃなくて、魔法による綺麗な造りになっているよ」


 エルヴィスが周囲の路面を見渡して告げる。


「それでもその下に埋まっている可能性はある。もっとも、感覚的にはおれもこの辺りは違う気がするけどな」


「もう少しコロシアムの方に進みましょう」


 コウの言葉にエルヴィスとライゾウは頷いた。


 やがて、コロシアムに大分近づいたところでライゾウの口数が極端に少なくなる。


 その様子で察したのか、コウとエルヴィスは目的の場所が近づいてきているかも知れないと考えていた。


 そしてライゾウは公園内のとある設備の前で足を止めた。


 そこはいわゆる水盤すいばんだった。


 水盤がある場所は広場になっていて、ここまで歩いてきた路面よりもやや深い位置にスロープで降りていくようになっていた。


 広場に降りてみるとそこはこれまで歩いてきた路面と異なり、自然石で出来た石畳が広がっている。


 広場は円形でかなりの広さがあったが、その中央付近にはさらに低く窪んだ円形のエリアが作られ、そこには水が張られていた。


「水の深さは十サンチも無さそうだね」


 エルヴィスが告げるが、ライゾウは水盤に見入っている。


 地球換算では十センチ未満ということだが、自然石で造られたにしては丁寧な造形で、環境との調和を強く感じさせる意匠だった。


 水は北側――コロシアムの方から広場に造られた溝を通って運ばれ、水盤の南側にある溝を通ってスロープ脇にある穴に流れていた。


「不思議な静けさがありますね」


「夏に来たら涼し気に感じるだろうね。王都にこんな場所があったんだね」


 コウとエルヴィスがそう評するが、ライゾウは黙って水盤に視線を向けている。


「ライゾウ先輩?」


「……ここかも知れん」


 コウが声を掛けるとライゾウが呻くように呟き、コウとエルヴィスが止める間もなく水が張られた水盤に足を踏み入れた。


 広場には他にも人出があったが、とりあえずライゾウを咎めるものは現れない。


 ここは夏場には、子供たちなどが水遊びに来るような場所かも知れないとコウは考えていた。


「ライゾウー、だいじょうぶかーい」


 エルヴィスが水辺から声を掛けるが、ライゾウはエルヴィスとコウに背を向けたまま、足元の水面を眺めて軽く片手をあげた。


 当然ながらライゾウの靴もズボンも水に濡れてしまっている。


 それでもライゾウは腕組みし、水盤の中を歩き回りながら足元を確認する。


「何か見つけたんですかね?」


「……そんな感じがするね。少し待っていよう」


 コウとエルヴィスがそんなことを話していると、いつの間に現れたのか一人の男性が声を掛けた。


「彼は、探し物でも見つけたのかね?」


 二人が視線を向けるが、そこにいたのは特徴のない男だった。


 だがコウはその顔に見覚えがあった。


 仲間たちと最初に王都南ダンジョンに挑み、精霊魔法使いに襲われたときに現れたレノックスの手勢。


 その中の一人で見た顔だった。


「……ご無沙汰しています、ショーンさん。ダンジョン以来ですね。その節はお世話になりました」


 そう告げてコウはお辞儀をする。


「いえ、こちらこそありがとうございました。そちらの方は初めてお会いしますね、私はショーン・スミスと申します」


「こんにちは、初めまして。ボクはエルヴィス・メイと申します」


「ええ、マルゴーさんの甥御さんですね、こんにちは。それで、いま探し物、、、をしているのが噂のライゾウさんですね」


「噂の、ですか?」


「私の同僚の間で噂になっているのですよ。王都の謎を解こうとする、面白い少年が現れたと」


 エルヴィスに問われたショーンはそう告げ、穏やかに微笑んだ。


「そこまで面白いかは分からないが、おれは興味深いと思っているよ。……ええと、そちらさんはどちらさんだ?」


 水盤を確認して気が済んだのか、ライゾウが他の者のところに戻ってきた。


「こんにちは、はじめまして。あなたがライゾウさんですね。私はショーン・スミスと申します。植物園、、、で応対したトッド・ウィルソンの同僚です」


「ああ、あの植物園のね……。その節は世話になりました。ライゾウ・キヅキと申します」


 ということは国の人間なんだな、という言葉はライゾウは飲み込んでお辞儀をした。


 自己紹介で所属を告げない以上、彼の故郷でいう所の“忍び”に近い者かも知れないと思い至ったのだ。


 少なくともトッドのフルネームを知っていて、植物園でライゾウ達を応対したことを知っている。


 ショーンがトッドの同僚という話は信ぴょう性が高いだろうとライゾウは判断する。


「ご丁寧にありがとう。それでいまライゾウ君のお仲間と、君の探し物の話をしていたんだ」


 ショーンの言葉に少し考えてからライゾウは口を開く。


「探し物に関しては、可能性の段階だが見つかったかも知れない。ショーンさん、お仕事を増やして申し訳ないが、もし可能ならこの広場が荒らされないように見張って欲しいんだ」


「見張り、ですか」


「不躾な無茶を言っているのは分かっている。だがもしかしたら王都の秘密の――」


 そこまで話したところでショーンは人差し指を立て、自身の唇に当てる。


「誰が聞いているか分かりません。ニナ殿からの情報も伺っておりますし、当面の間ライゾウ君の提案に従います」


 ショーンからニナの名が出たことで、ライゾウは彼が王国の者ということは信用することにした。


「助かります。……もう一点だけこの広場で調べたいことがあるので、ちょっと移動していいですか?」


 誰からも異論が出なかったので、ライゾウの先導で一行は移動した。


 目的の場所は水盤に水が注がれる溝を辿った水の出元だった。


 そこには自然石で建てられた祠があり、祠の根元に溝が繋がっていた。


「ここが水源だな」


 ライゾウがそう言って歩を進め、祠の中に入る。


 明かりの魔道具が設置されていたのか、ライゾウが踏み込むと内部は明るくなった。


 他の者も黙って付いていくが、中は意外と広くなっていた。


 そして祠の奥の壁には、自然石を掘ったレリーフがある。


「相当古いが、たぶんここがカギだ。ショーンさん、ここは特に注意して守ってください」


「分かりました」


 ライゾウはレリーフに見当がありそうだったが、他の者にはピンと来ないようだった。


 レリーフは女性の像だ。


 古代の服を纏い身体をこちらを向け、上向きにした右手の平の上には水晶のような何かの結晶のようなものを浮かばせている。


 左手には葉の付いた木の枝だろうか、棒状の物を手にして佇んでいる。


 ライゾウはおもむろに【鑑定アプレイザル】を無詠唱で使い、その像が薬神のレリーフだと判別する。


「ライゾウ先輩、この像は何ですか?」


 コウが問うがライゾウは腕組みし、口を開く。


「先生たちに相談したい。コウ、エルヴィス、部室で検討しよう。――ショーンさん、検討した内容はレポートにまとめ、学長に上げますので少し時間をください」


「問題ありません」


 ショーンはそう告げて微笑んだ。

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