10.連撃必倒を重視するのは
ウィンとグライフの攻防を伺いながらホリーとブルーが話し始める。
「父さん、これはウィンが有利になったの?」
「そうとも言えない。けれど……、双剣の本質は対応力の広さだ。ホリー、単純に剣を二本持っているから攻撃力が二倍ある訳じゃ無いのは分かるよね?」
「対応力……」
「ああ。双剣使いは剣を二本持つことで、攻撃や守りでとれる選択肢を増やすんだ。一撃必殺ではなく連撃必倒を重視するのは、堅実さの表れと言うべきなんだ」
「……その堅実さが崩され始めたってこと?」
「ああ。と言ってもグライフ程になるとそこまで痛手ではないけど、少なくとも守勢の剣が使いづらくなった」
「……そっかー、魔力消費が増えたのね。おじさまは魔力の刃も使っているし、急がないと魔力がどんどん減っていくわ」
「そういうこと。ホリーはやっぱり賢いよね」
父に褒められるが、ホリーとしては目の前の試合の中で、初見の相手にそれを始めたウィンのセンスを褒めたくなっていた。
ホリー達が話す間もウィンとグライフの攻防は続く。
ウィンが円の動きでグライフの攻撃を避けつつ攻め、それを避けるようにグライフも巨漢を感じさせない体捌きでウィンを攻める。
やがてその攻防は、試合に使っているブルーの屋敷の中庭で、二人で剣舞を行っているような鮮やかな光景に移行していく。
グライフは内心舌を巻いた。
デイブの話もあり宗家の血を引くと聞いていたので、彼本人もウィンと会うのを楽しみにしていた。
それが良い意味で裏切られている。
グライフが修めた
これは双剣に加え魔力の刃を用いた斬撃を併用することで実現していた。
加えて渦層流に伝わる魔力制御により、自身の体表面には絶えず氷属性魔力が層になって循環し鎧の役目を果たしている。
ウィンがグライフの剣による防御を潜り抜けて身体に斬撃を入れても、体表面の氷の魔力による鎧が彼女の武器にダメージを与えるはずだった。
その効果が感じられないのは、ウィンが武器に纏わせた属性魔力の制御が緻密であることを示していた。
「少なくともデイブと同格か、その歳で」
呟きながら、末恐ろしいなと思いつつグライフは笑う。
「なら、これも受けきれるかな?」
そう言ってグライフは剣筋を変える。
いままで切断力を意識した斬撃を放っていたのを、より手数を意識した乱撃に切り替える。
奥義・
他の武術流派からは、手数の多さが大陸随一と評される技だった。
一方ウィンは後悔していた。
好奇心を出して試合に臨んだこともそうだが、武術研で行っているように本気を出さずに挑んだ方が手加減してもらえた気もしていた。
ただそれで、デイブの友人を落胆させるのも忍びなかったのだが。
ともあれ彼女は、グライフが乱撃を始めた直後からいつもの斬撃では手数が完全に足りないことを予感した。
そして反射的にデイブのニヤケ顔が脳裏によぎる。
若干気分をイラつかせながら、ウィンは左右の手にある武器と魔力の刃を用いて刺突技を連続で繰り出し対処を始めた。
グライフによる乱撃と、それを迎撃するウィンの連撃は五秒ほど続いた。
ウィンは勝負を諦めてグライフから距離を取り、場に化して完全に気配を消した後にブルーとホリーの傍らに高速移動する。
その直後彼女はくたびれた声で告げた。
「ごめんなさい、ムリです。ギブアップします」
グライフが手を止め、構えを取ったままウィンの声がした方向に向き直る。
次の瞬間ウィンは気配遮断を切った。
傍らに現れたウィンに感心しつつ、ブルーは口を開く。
「はい、試合終了ー」
そうしてウィンとグライフの試合は幕を閉じた。
とにかくくたびれたというのがあたしの本音だ。
グライフの剣筋や体捌きには隙が無く、流石の貫録と言った感じだった。
もっともデイブ辺りと打ち合えば、意図的に隙を用意して動きを誘導される気がする。
グライフにはそれが無かったので、今回はあたしの実力を測るために、虚実はそれ程混ぜないで試合をしてくれたんだろう。
途中から母さんと打ち合うのを何となく思い出していた。
でも実戦ではもっとえげつないフェイントを使う予感があるし、グライフは魔法も何か使ってきそうな気配があった。
たぶんこの人は無詠唱を使う気がする。
「ありがとうございました…………」
「こちらこそありがとうウィン。吾輩にとっても良い練習になった」
「いやもう一杯一杯というか、必死でしたよホントに」
破顔するグライフに、あたしが浮かぶのは苦笑いだった。
「それでも自身からギブアップしたし、その為に試合の間合いから離脱した手並みは見事だったね」
あたしとグライフの話に、横からブルー様が告げた。
「気配の消し方がちょっと異常なレベルだったわね」
挙句はホリーがそんなことを言い出す。
「そこまでヘンかな?」
「多分気配の消し方だけだったら、父さんと並ぶくらいじゃない?」
「そんな訳無いでしょう? あたしはまだまだよ」
あたしはゴッドフリーお爺ちゃんの気配遮断を以前見ている。
それを参考にして、あたし的にはもうちょっと場に化する精度を上げたいのだけれど。
あたしが謙遜すると、ブルー様は可笑しそうに笑っていた。
「さて、君たちは身体を動かしたし、少し休憩しないかい? お茶を用意するよ」
「おお、それはありがたい。少し休憩しよう」
ブルー様の申し出にグライフが頷き、みんなで応接室に移動した。
最初に会った侍女のお姉さんがハーブティーを用意してくれたけど、気分的に手伝いたくなってしまったのは庶民感覚なんだろうか。
「それにしてもホリーにしろウィンにしろ、その歳で良くそれだけの鍛錬を積んでいるよ」
「どうしたの父さん? いままでそんなこと言ったこと無かったじゃない?」
「ぎゃふんって言わせるとホリーがさっき言っていたじゃないか。僕はぎゃふんと言いたくなったんだよ、気持ち的にね」
ブルー様はそう告げてホリーに優しく微笑む。
「特にホリーについては学院に入ってから急激に伸びた気がするんだ。それもウィンや他の学友たちと切磋琢磨しているからかも知れないね」
「表立って試合をしたりはしていないけど、色んな人の色んな体捌きを参考にするようになったのはあるわ。いわば見取り稽古ね」
個人的にはホリーも武術研に顔を出せばいいと思うけど、護衛の件があるから隠しておきたいんだろうな。
「それは良いことだと思うぞホリー。吾輩が最後に会ったのは三年前だから見違えて当たり前だが、それでも公国の同年代と比べてホリーとウィンは頭抜けているな」
「いや、あたしとかまだまだです。今日の試合にしてもグライフさんは殆どフェイントらしいフェイントを使わなかったじゃないですか」
あたしの実感としてはそう言う感じがした。
「む? そんなことは無いのだが……、
「確かにね。強いていえば
なんか異常とか言われてるな、ブルー様はオブラートに包んでくれたけど。
リズムという面でいえば渦層流は確かに“剣術”だ。
あたしの流派よりも、片手剣を使って斬ることを意識した体捌きだったのは参考になった気はした。
ハーブティーを飲みながら、あたし達はしばらく試合内容とか武術の話をして過ごした。
因みにあたしが壊した刃引きした片手剣だが、グライフが後で直すから弁償しなくても良いと言われた。
彼の実家は武器を作る鍛冶屋で、幼い頃から親を手伝って来たそうだ。
切断面がキレイだから、グライフが覚えている魔法で簡単に繋がると言っていた。
「ところで話が変わるが、王都では妙な事件が起きているじゃないか。呪いの使い手が現れて、確保しようとして逃げられるなんて良くあるのか?」
話題が切れたタイミングでグライフがそんなことを告げた。
その内容であたしは心がざわめいた。
「ああ、今朝の新聞記事かい? 新聞に載るような事件ではここ数年なかったと思うよ」
「ブルー様、その呪いの使い手が逃げられた件は、もしかして学院生徒の取り調べがきっかけになった件ですか?」
あたしの問いにブルー様が一瞬意外そうな顔をしてから口を開く。
「今朝の新聞を見逃したかい? 恐らくウィンが知っている生徒の証言で動いた件だ。逃げたのは王立国教会に所属する人間だった。どういう手段を使ったのか、衛兵が踏み込む前に察知したようで行方をくらましたそうだ」
「そうだったんですね……」
諜報に長けているという貴族家だけあって耳が早い。
あたしが知っている生徒と言ったので、たぶんブルー様はジェイクが学院の風紀委員というところまで把握していると思う。
ブルー様は侍女のお姉さんに言って新聞を取って来させた。
それを借りて読むが、分かっていることは多く無かった。
だが呪いに関わる被疑者が神官だったことで、新聞社が大々的に報じているようだ。
教皇様とか今ごろ頭を抱えてるんじゃないかな。
「王国として行方を追っているし、今日中には手配書が各所に出されるだろう。王国内に潜んでいる分には捕まると思う」
「だがブルーよ、顔やステータス情報を変えたら追いきれないんじゃないのか?」
「そんなことが可能なの?」
ブルー様の説明に、グライフとホリーが順に口を開いた。
ステータス情報を弄れるという話は初めて聞いた気がするな。
「表の手段では無理だが、裏社会にはそういう手段を持つ連中がいると聞いたことはある」
「その場合は厄介だね。いっそ顔を変えたなら王国から出て行ってくれたら気が楽なんだが」
グライフの言葉にブルー様はそう言っているけど、あたし的には狩り出したい気持ちが心の奥に微かに燻っていた。
逃がしたことで発生するリスクについて、一度デイブと話してみようかとあたしは考えていた。
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