09.隙が無い流派
切っ先三寸という言葉がある。
日本での記憶と共に、こちらの世界でもコウから聞いた言葉だ。
刀のような曲刀で斬撃を繰り出す時に最も物理的切断力を発揮できるのが、刀身先端から約十センチほどの部分であることを指した言葉だ。
マホロバではどういう経緯かは分からないけど尺貫法が古くから使われていたようで、一寸はこちらの世界でも約三センチくらいのようだ。
日本での創作物の描写で西洋の剣は叩きつけるものであり、刀のような引いて斬り付けるものとは異なるのだという表現がある。
それは正しいけれど、ある部分間違っている。
こちらで生きて多少は見分したあたしからすれば、その辺りは流派の思想であるとか使っている武器によるんじゃないかと思う。
日本刀というか刀の製作過程は、何となくあたしの魂の記憶に動画サイトで見たものが残っている。
刀の頑丈さは、鍛造の過程で折り返しを何度も行っていることだったり、その他職人の工夫で保たれてきたことは想像できる。
でも単純な“切れ味”の部分は、研ぎの果たす役割がかなり大きいようだ。
だから切っ先三寸という言葉は、斬ることにこだわった流派では刀と剣で共通する話であると思う。
試合を始めたホリーとグライフの動きを見て、あたしはそんなことを考えていた。
挨拶もそこそこにブルー様の提案で、あたし達はお屋敷の中庭に移動した。
ホリーがどうにもグライフと試合をしたくて仕方が無かったようなのだ。
「グライフのおじさまと父さんをぎゃふんと言わせてみせるから!」
「それは楽しみだ。
試合前にホリーとグライフはそんなことを言った後に距離を取り、刃引きした片手剣を手にして構えを取った。
「それじゃあ用意、…………はじめー」
身体強化をした状態でホリーは父であるブルーからの試合開始の声を聞く。
その直後に
それと同時にフェイントの歩法を入れながら、彼女は格闘の間合いまで詰めようと前に出る。
だがグライフは属性魔力を纏わせた剣と自身の手刀でホリーの攻撃を弾き、彼女を迎え撃とうとする。
そのときには既にホリーが剣の間合いに入っており、初撃を迎撃した体勢でかすかにグライフの重心がズレていた。
ここにホリーは身体強化した状態で回し蹴りを放つ。
グライフはこれを読んでおり、自身から間合いを詰め螺旋運動を込めた掌打を彼女の胴に放つ。
ホリーはこれを属性魔力を込めた片手剣の腹で受けた後、グライフの脇腹に掌を添えて属性魔力を込めたゼロ距離打撃を放つ。
彼は自身の属性魔力の集中でダメージを殺しながら、半ばホリーの打撃力を利用しつつ後ろに下がって剣の間合いにする。
その状態でグライフは片手剣による斬撃を連撃で放ち、ホリーと剣で打ち合う。
ホリーの作戦は、とにかくグライフが剣を使いづらい格闘の間合いを保つことが第一にあった。
これに加えて自身が動き出しの切っ掛けを作ることで、グライフにその対応をさせて次の行動を予測しやすくすることを意図して動いていた。
いわば徹底して
一方グライフは彼女の攻めを読みつつ、興味深そうな表情を浮かべて丁寧に対処していった。
十歳の少女が巨漢の男に挑む光景は中々洗練された内容となっていて、試合としては見ごたえのあるものになりつつあった。
だが、ホリーの動きを確かめるように対処しているうちに、グライフは彼女の体捌きに甘さを見つけたようだ。
ある時ホリーは、グライフに誘導されるように格闘の間合いから距離を取られた。
次の瞬間フェイントを織り交ぜながらグライフは剣で連撃を繰り出した後、刺突技でホリーののど元に剣を寸止めさせた。
「それまでー」
試合終了を告げるブルーの声で、ホリーとグライフの試合は終了した。
「あー、負けちゃったなー……」
そう告げるホリーだったが、言葉ほどには悔しそうな様子は見えなかった。
「見違えたぞホリー。見事な立ち回りだった」
グライフはそう告げながら微笑んでいた。
二人のやり取りを見ながらあたしが拍手を始めると、同じようにブルー様も拍手をした。
そしてブルー様がご機嫌な様子で口を開く。
「驚いたよホリー。しばらく僕と稽古していなかったけれど、腕を上げたんじゃないかい?」
「ほんとに?! そう見えるかな父さん?!」
「ああ、見えないところで鍛錬を積んでいるんだね。そのまま頑張って欲しいよ」
「分かったよ父さん」
そう言ってホリーは、はにかんだ笑顔を見せた。
今日はグフグフとは笑わなかったな、うん。
「――ええとウィン、
「いやー勉強になったわよ。何というか隙が無い流派だなって感じたわ」
剣による刺突技や斬撃で魔力の刃を飛ばしたり、剣の間合いに加えて格闘の間合いを組合わせたりで色んな敵や状況に対処できそうな気がした。
「これに加えて無詠唱での魔法とかまで使ったら、凄まじい強さになりそうね」
「確かにね。わたしも魔法は練習しておかないとって思ってるわ」
あたしの言葉にホリーは嬉しそうな顔で頷いた。
「それでウィンよ、おまえはどうするんだ? 吾輩はデイブの言葉を確かめてみたいと思っていたんだが」
それなりに派手な試合をしていたグライフだったが、全く疲労の色も見せずにあたしに問う。
「デイブが何を言っていたかは気になるけれど、あたしとしてはグライフさんの双剣術に興味があるんですけど」
あたしがそう告げるとグライフは破顔する。
うーむ、バトル脳だと思われていなければいいんだけど。
「はは、ずい分前デイブと初めて会ったときに、全く同じことを言われたぞ。
「そうでしたか。……じっさい気になります。冒険者として身を立てるかは分からないけど、せっかく学んだ技をさらに伸ばすヒントが得られたらと思ってました」
そう言ってあたしは舌を出す。
あたしの様子にグライフは目を細めた。
彼はその強面と巨漢に似合わず、後輩冒険者への面倒見はいいのかも知れない。
「吾輩から学べるものがあるなら、好きに学べばいい。そういうことなら希望通り、
「ありがとうございます。生意気を言って済みません」
「そんなことはない。武に関わる者は引き出しを広げておくべきだ」
それがそのまま本人の生存率に関わるから、という言葉が秘められていた気がした。
そういうことなら、あたしは胸を借りて試合をするまでだ。
あたしとグライフのやり取りを観察していたブルー様が、刃引きした武器を使用人に用意させた。
グライフは手にしていた片手剣に加えて二本目を手に取り、あたしは短剣を一本手に取る。
「刃引きした片手斧は無いですよね?」
「――ああ済まない。ちょっと用意が無いようだ。片手剣や短剣なら何本でもあるんだがね」
ブルー様が少し困った表情を浮かべる。
「あ、大丈夫です。持ち合わせがありますから」
そう言ってあたしは【
この前ホリーと鬼ごっこをした時に、デイブの店で何本か買っておいたものだ。
手斧を差し出し、試合に使っていいかをグライフとブルー様にいちおう確認してもらった。
すると逆に「ほんとうにこれでいいのかい?」などとブルー様から訊かれてしまった。
「だいじょうぶです」
あたしはそう言って手斧を受け取った。
ステータスの“役割”は、ホリーとグライフが試合を始める前に『双剣士』に変えておいた。
今回は気配遮断を使わずに、武術流派としての月転流で挑みたくてそう選択した。
試合の準備を済ませたウィンとグライフは距離を取って向かい合う。
グライフは勿論ウィンにも気負いはなく、互いに武器を手にしたまま自然体で立っていた。
「二人ともがんばれー」
「それでは用意、…………はじめー」
ホリーの声援の後にブルーが試合開始を告げる。
ウィンはいつも通り内在魔力を循環させ、チャクラを開いた状態で身体強化を発動している。
グライフもまた属性魔力を全身と武器に纏わせながら身体強化を発動していた。
開始直後、グライフが一足でウィンに接敵し、自身の間合いに入った段階で双剣の連撃を叩き込む。
双剣による十字斬りを高速で繰り出しつつ、魔力の刃による十字斬りを同一位置に集束させる技だ。
試合用の武器を用いているとはいえ、魔力による身体強化が成されていない相手なら、喰らった段階で重傷の切創を負う攻撃だが、これを連発した。
試合とはいえ一切の容赦がない連撃だったが、ウィンは両手の武器に加えて魔力で作り出した刃を延ばしてそれに対応し、円の動きでグライフの死角に向かう。
そしてウィンはその移動の最中に
グライフの剣筋はあらかじめ、ウィンの魔力の刃による打ち合いで誘導されていた
属性魔力が込められた四撃一斬は、グライフの片手剣の一本を狙い同一箇所に集束して炸裂する。
それによって属性魔力が込められていたグライフの剣は破壊され、刀身が途中から斬れ落ちた。
だがグライフは慌てることなく無傷の片手剣を繰り出しつつ、破壊された刀身に地属性魔力と水属性魔力を収束させて氷の属性の魔力による刃を作り出す。
ウィンもグライフの対応に慌てることなく、常に彼の死角に入る円の動きでフェイントを織り交ぜながら斬撃を繰り出していく。
ウィンは以前コウとエルヴィスの立ち合いを見たことで、武器破壊が必ずしも勝敗の決定打にならないことは学んでいた。
それでも武器が欠損した状態で魔力による刃を形成し続けることを狙い、少しでもグライフの魔力消費を早めることを狙った。
その狙いのままに、もう片方の剣も収束させた四閃月冥の裏で刀身を破壊する。
それに対しグライフは同じように氷の刀身を作り出して戦闘を継続する。
「ようやくこれで準備ができた感じかなー」
思わず呟きながらウィンは両手と二本の魔力の刃を繰り出して、グライフからの連撃に対処した。
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