08.やんごとなきお方が褒め


 王都の商業地区にある商家の一室に、三人は集まっていた。


 すでに窓の外は暗く、夜も更けている。


「急に訪ねて済まないね、ノエル。オードラさんも手間を掛ける」


「全くだ。あんたが“精霊同盟”の関係者じゃ無かったらそのまま下水に流すか、衛兵に突き出して賞金をせしめたところだ」


 オードラはそう言って苦笑するが、テーブルを挟んでソファに座るアイザックが厄介な手練れという事は突き止めてあった。


 彼女にとって利用価値もあるし、少なくともアイザックが自分たちと敵対しないうちは、彼に恩を売っておくことに決めている。


「とうとう年貢の納め時ですか? せっかく神官として王都の観測部で働いていたのに、もったいないですね」


 そう告げるノエルにしても、言葉ほどには心配そうな様子は無い。


 アイザックが自分たちのところを訪ねた用件は既に聞き出した。


 部下にする予定だった者を王国に押さえられたのを、何らかの魔法的手段で察知して逃げてきたようだ。


 加えて顔や経歴を変えたいという話だった。


 闇ギルドは勿論、豪商であるノエルの伝手でもそういったことは可能だ。


 魔法であるとかスキルを使えば、高位の鑑定魔法さえ騙せるようにステータスを弄ることもできる。


 変装などとも異なり、魔法による整形と言った方がいいだろう。


 その場合は別人になる事で、公けには古い伝手を使えなくなるデメリットがある。


 それでもアイザックは、このままではお尋ね者になると判断して腹は括ってあった。


「勘弁してよノエル。まさかいきなり私の副官候補の一人が押さえられるとは思ってなかったんだし」


「あなたは脇が甘いところがある。今後の教訓とすべきです」


「分かったよ」


 ノエルのお説教にアイザックが嘆息するのを見て、オードラは口を開く。


「それであんたの望み通り、フサルーナ王国出身の元神官の巡礼者ってことで準備を進めている。術士の連中もそろそろ準備が出来るだろう」


「ありがとう。お礼に君の右目を復元しようか? 光魔法で今すぐにでもできるけど」


「気にすんな。魔道具を入れてあるから不自由は無い。必要な時に手を貸してくれりゃあいいんだ。こういうのはお互いさまだからな」


 オードラはそう応えて自身の眼帯に触れる。


 その様子にアイザックは興味深そうな表情を一瞬浮かべたが、直ぐに視線をノエルに戻した。


 目の前に居るのは闇ギルドの元締めだ。


 ノエルの伝手で仲良くしてくれているが、迂闊な言動で機嫌を損ねても面白いことにはならないだろう。


 そう思ってアイザックは一つ嘆息する。


「今後の事ですが、結局どうしますかアイザック? わたしの店で働くなり、オードラのところで働くこともできるでしょうけれど」


「元神官様が闇ギルドうちの汚れ仕事に耐えられるかね?」


 ノエルの言葉でオードラは面白そうにそう告げる。


「そうだねえ。呪いの研鑽を積む意味でも、オードラさんのところを手伝うのは面白そうだね、デュフフフフ」


「うちの仕事は遊びじゃねえんだがな」


「ああ済まない、別に君の仕事をどうこう言うつもりは無いんだ。それに、今後については案がある。じつは以前から情報だけは集めていたんだがね――」


 そう言って今後の予定について、アイザックは二人に説明した。


「――ふむ、取りあえずは問題無いでしょうね」


「そんな求人、ホントに出てるのか?」


 ノエルとオードラは順に告げるが、アイザックは得意げな表情を浮かべる。


「意外と出したまま集まらない求人って、探せばあるものなんですよ」


「……確かにそうかも知れません。ですがアイザック、あまり研究と称して妙なことを始めてはいけませんよ」


「分かっているさデュフフフフ」


「ホントに大丈夫かね、この変人は」


 オードラに腐されても気にする様子が無かったのは、今のところアイザック自身にも変人だという自覚があるからかも知れなかった。


 やがてドアがノックされオードラの部下が現れると、三人は打合せに使っていた部屋を後にした。




 一夜明けて闇曜日になった。


 今日は休みだし、予定も無いのでゆっくりと起きて朝食をとる。


 食堂で一人で食べていると、ホリーが現れて声を掛けられた。


「ねえウィン、ちょっといいかしら?」


「どうしたの?」


「もしかしたら連絡が行っているかも知れないけど、公国からデイブの友人の高ランク冒険者が来てるの」


「あ、聞いてるわよ。かなり凄い人らしいじゃない」


 きんにく、という単語が一瞬脳裏によぎるが、あたしは直ぐにそれを意識の外に追いやる。


 テラリシアス様の紹介が偏り過ぎだろう、幾らなんでも。


「そうなのよ。それでね、もし今日時間があるならウチに来ない?」


「ええと、実家にってこと?」


「そう。おじさまがウチに滞在してるから紹介するわよ。向こうもデイブの話であなたに興味を持ったみたいなの」


 ホントはテラリシアス様から本人に話が行ってる気もする。


 取りあえずソフィエンタ本体からも勧められてるし、会うこと自体は問題無いだろう。


 あといまホリーが『おじさま』とか言ってたな。


 ソフィエンタからの評価もあるし、まともな人なんだろうな。


「そういう事なら喜んでうかがうけど、どんな格好をしていけばいいかな? ホリーの実家でしょ?」


 前にお爺ちゃんと王宮に戦闘服で伺ったことはあるけど、ホントはドレスとか着た方が丁寧だよね。


「ああ、戦闘服でいいわよ」


 いいのかよ。


「そ、そうなんだ?」


「たぶんあたしとおじさまが手合わせするし、その流れでウィンもどうぞって話になると思うわ」


「手合わせかぁ……」


「王都で渦層流ヴィーベルシヒトの皆伝者と試合する機会なんて、こんな時じゃないとほぼ無いわよ」


「むむ……そう言われると興味が出てきたかも」


 べつに脳筋ってわけじゃ無いんだぞ。


 渦層流は双剣の流派だから、月転流ムーンフェイズとの違いとかは興味があるかも知れない。


「お昼もご馳走するし、行きましょ?」


「分かったわ、直ぐ支度する」


 べつにお昼に釣られたわけじゃ無いんだぞ。


「慌てなくてもいいから、ゆっくり朝食を食べてね。食べ終わったらわたしの部屋で合流ってことで」


「了解よ」


 そう応えて食堂から去るホリーを見ながら、あたしは朝食を一気に食べた。




 ホリーと二人で学院を出て王都を駆け、途中市場に寄ってお使い物用のハーブティーの詰め合わせを買い、彼女の実家を訪ねた。


 ホリーからは気を使わなくていいのにと言われたけど。


 貴族の屋敷タウンハウスが並ぶエリアまで身体強化と気配遮断をして走り、塀に囲まれた大きなお屋敷に到着する。


「はー……やっぱり大きな家ねぇ」


「やめてよ。これでも貴族家の中では小さい方なんだから」


 そう言ってホリーは苦笑する。


 それでも父さんの実家のブルースお爺ちゃんの家と比べれば、一フロア増えて四階建てで、敷地の面積は三倍以上あるんじゃないだろうか。


 ちなみにお爺ちゃんの家は、ホリーの家からもっと南に行った方にある。


 貴族の屋敷のあるエリアと、王城に勤める人たちの住むエリアは隣接している。


 それでもやっぱり貴族と勤め人で差はあるよなと思う。


 ホリーの案内で門をくぐり玄関でドアノッカーを叩くと、直ぐに侍女服を着たお姉さんが現れた。


「ホリーお嬢さま、お帰りなさいまし」


「ただいま。今日は友達を連れてきたの」


「そうでございましたか。お嬢さまがいつもお世話になっております」


「いえ、こちらこそお世話になっております――」


 あたしは略式のカーテシーをして挨拶し、市場で買ったハーブティーを渡した。


 そして侍女のお姉さんに案内され、あたしとホリーは応接室に向かう。


 少し待つと、文官風の服装をした細身の男性と、テラリシアス様みたいなレスラー体形の男性が現れた。


 だが細身の男性は歩き方に隙が無く、何となくデイブと似たような雰囲気を身にまとっていた。


 どんな雰囲気かをもっと具体的に言うなら、膨大な対人戦の実戦経験を積んだ人間のような、いつでも動き出せそうな所作をしていると感じられた。


「ああホリー、お帰り。元気にしていたかい?」


 細身の男性が口を開く。


 その表情はあくまでも優しい。


「ただいま父さん。そんなの見ればわかるでしょ、元気よ。それより件のウィンを連れてきたわ」


「そうか、君が八重睡蓮やえすいれんだね。こんにちは、僕はブルー・アーネスト・エリオット・クリーオフォンだ。いつもホリーがお世話になっている。ありがとう」


 ブルー様はそう告げて柔らかく微笑む。


「こんにちは、クリーオフォン男爵閣下。あたしこそ、いつもホリー様にはお世話になっております。どうぞ今後ともお付き合い頂けましたら光栄です」


 そう告げてあたしは戦闘服のまま略式のカーテシーをした。


 その様子を微笑みながら観察していたブルー様だったが、一つ頷いて口を開く。


「やんごとなきお方が褒めていらした理由が少し分かった気がするよ。ウィン、僕のことは公の場以外ではブルーと呼んで欲しい。口調も普段通りで構わないよ、ウォーレン様から色々聞いているからね」


 おっと、そういうことか。


 ウォーレン様からは、キャリルとの口調についてクギを刺されて今まで過ごしている。


 それにしても、やんごとなきお方か。


 誰の事かはとりあえず気にしないことにしよう。


「分かりましたブルー様。それではそのようにさせて頂きます」


 あたしがそう言うと一つ頷き、ブルー様は巨漢の男性を紹介する。


「ああ。――それで、僕の親友についても紹介しておかないとね。この男性は、名をグライフ・ジュースミルヒという。月転流の王都の取りまとめ役とも友人だから、仲良くしてくれると僕も嬉しい」


「こんにちは、初めましてお嬢さん。吾輩はグライフ・ジュースミルヒという。ブルーやデイブの友人だ。宜しくな」


 そう言ってグライフは笑顔を見せた。


「初めまして、グライフさん。あたしはウィン・ヒースアイルと言います。若輩者ですが、よろしくお願いします」


 あたしの言葉を聞くとグライフが歩み寄り右手を差し出したので、二人で握手した。


 グライフのとりあえずの第一印象がまともそうな人だったので、あたしは内心安どしていた。

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