07.情報に固定しなおす
夕食後自室に戻り宿題を済ませた後、あたしは
新しく覚えた時魔法の【
どのくらい強力な魔法なのかを確認しておきたかったのだ。
椅子に座って机に向かい、胸の前で指を組んであたしは呼び掛けた。
「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」
「いいわよ、どうしたの?」
念話では無くて普通に声が聞こえたので目を開けると、周囲が真っ白な空間にあたしは立っていた。
今回は神域に呼ばれたみたいだな。
声がした方に視線を向けると、
そして直ぐ近くに、レスラー体形の男性が佇んでいるのが視界に入った。
「こんにちは。ええと……、もしかして教会でお会いしていますか?」
目が合ったので男性に挨拶すると、破顔して口を開いた。
「ああ、会っているとも。吾輩はテラリシアス。地の神格だ」
「
いつも世話になっているというのは間違いでは無いだろう。
地の神である以上、あたしが暮らす星の形成や維持に関わってくれている神格と思うし。
「楽にしてくれ。ソフィエンタの分身なら友人の妹みたいなものだ」
「ありがとうございます!」
そう言ってあたしは頭を下げた。
「それで、何となく想像がつくけれど、今回はどんな用かしら?」
「あ、うん。あたし今日、時魔法で【
ソフィエンタに問われてあたしは説明を始める。
「うん、おめでとう」
「ありがとう。教えてくれたお兄さんは、転がしたボールをスタート位置まで逆行させる魔法って説明してたわ」
「別に間違いでは無いわね」
そう言ってソフィエンタはニヤニヤと笑う。
この反応からすると、思った通りヤバそうな魔法だと思う。
「でも例の如く、この魔法そんなにカワイイ魔法じゃ無いわよね?」
「要するに答え合わせをしたかったのね。……あなたはどんな魔法だと思ってるの?」
「ええと、物質の時計を逆回しにするような感じ? とか考えてたわ」
「ステータス情報ではどうなっていたかしら?」
まるで口頭試問するようにソフィエンタはあたしに問う。
そんなに外れている答えでは無かったと思うんだけど、彼女的には気になる部分があるのかも知れない。
「んー……、『現実の収束する方向を遡行させる』よね。……これも時属性魔力の符号化っていう性質を含んだ説明と考えると。……前にソフィエンタは『全ての物質的な存在は、同時に情報的な存在』って言ったじゃない?」
「言ったわね」
「アカシックレコードとかはいまいち分からないけど、その情報に従った“逆回し”よね。物質的な存在を、特定の時点での情報に固定しなおすとかかしら?」
あたしも自分で言っていてイメージが怪しいんだが。
いや、落ち着いて考えれば理解はできそうだけど。
「良く出来ました! それで正解ね」
ソフィエンタの笑顔を見て、あたしは自分の言葉を頭の中で再生させ、あることに気付く。
「………………ねえ、ソフィエンタ。気づいちゃったんだけどさ。【
「もちろんそうよ」
「アカシックレコードって、……未来の状態も記録されているの?」
あたしの質問にソフィエンタはニヤニヤしてから告げる。
「その辺は神の秘密だからノーコメントね!」
「……言えないってことは言ってるのと同じじゃないっ?!」
「さあ、どうかしら?」
そう応えるソフィエンタは満足げにあたしを見ている。
その表情を見る限り、あたしの気付きはほぼ確信に変わる。
アカシックレコードが宇宙丸ごとの記録なら、未来の情報も含んでいるかも知れない。
その場合、ボールをスタート位置に戻すどころじゃなくて、いきなりゴールに進ませる魔法でもあるのかも知れない。
「これだけは教えて、【
あたし的にはかなりビビりつつ問う。
だってこれって、何ていうか子供向けのお料理教室の道具に、業務用の柳刃包丁が混ざってたみたいなカンジじゃ無いだろうか。
扱い方によっては大ケガしそうだ。
あたしの問いに微笑んで、ソフィエンタは応える。
「他の魔法と同じよ、練習次第かしら。肉体の回復はもちろん、光魔法の【
あ、さりげなくさっきの質問の答えを教えてくれたな。
さすがあたしの本体だ。
「そういうことなのね」
「効果は発想次第だから、色々と試してみなさい。せっかく魔法がある世界に生きてるんだし」
「そうしてみるわ……」
この魔法がボールの転がり云々で語られる原因が分かった気がする。
符号化とか情報的存在とか、その辺りの発想が無いと十全には使いこなせないのだろう。
ここまでの魔法とは思わなかったけど、ソフィエンタと答え合わせしておいて良かったよ。
思わずあたしはため息をついた。
「それで、用件はそれだけかしら?」
「ええ。あたしの用事は済んだけど、地神様がいらっしゃるのはどういう……」
新しく覚えた符号遡行のヤバさに衝撃を受けていたあたしだったが、我に返って巨漢の神格に視線を向ける。
神様を待たせてしまったのは大丈夫だったんだろうかとふと気になる。
「吾輩が来たのは、おまえと吾輩の分身がそのうち会いそうだからだよ」
「地神様の分身さんですか?」
神様からのお告げみたいなもののために来てくれたんだろうかと一瞬考える。
「立ち話も何だし、座って話しましょうか」
あたしとテラリシアス様のやり取りを伺っていたソフィエンタがそう告げる。
彼女は傍らに視線を移すと、そこにはテーブルと椅子が出現した。
「座って」
ソフィエンタに促されて、あたし達は席に着いた。
「実はまだ確定していないのだが、おまえの暮らす街で厄介なことが起こるやも知れなくてな。念のため吾輩の分身たる
「はあ……」
神格が厄介なことという以上、普通に暮らしている分には本来は発生しないことなんだろう。
「ひとことで言えば邪神群対策のためなんだけど、ウィンの人生でもプラスになると判断したの。だからあたしもオーケーを出したのよ」
ああ、邪神群関連の動きか。
王都でヘンなことが起きなければいいんだけど。
「あたしの人生?」
「うん。デイブから話だけ聞いたと思うけど、公国出身のグライフ・ジュースミルヒという冒険者は彼の分身だから」
「そう、そして吾輩と同じく、分身もまた肉体を鍛えている。筋肉は宇宙の神秘にして神の深秘なのだよ」
あたしはテラリシアス様の言動に固まってしまった。
まさか地の神格が
「ちょっとテラリシアス、あなたの趣味にあたしの分身を巻き込まないで欲しいんだけど。あなた“宇宙筋肉祭り”で懲りて無いの?」
「ふむ、吾輩は反省こそすれ後悔はしていないからな。ぶっちゃけあのイベントは楽しかったな。次回があればソフィエンタも誘うぜ?」
「断固お断りよ! というか口調! ウィンはあたしの分身だから別にいいけど、すこしは威厳を保ちなさい、全く」
テラリシアス様の言葉に、ソフィエンタは何やら頭を抱えている。
何の話かは分からないが、あたし的には“宇宙筋肉祭り”という言葉に不穏なものを感じたので空気になっていた。
「ともかく、グライフという冒険者には会っておきなさいウィン。テラリシアスよりはよほど地に足の着いた人間よ」
「そ、そう?」
「さりげなくひどい言い草だなソフィエンタ」
テラリシアス様が不服そうに言うが、あたしもソフィエンタもスルーする。
ソフィエンタがああいう以上、グライフという人は真っ当な人物なんだろうと思うことにする。
「……因みにどんな人なんですか?」
「無論、吾輩の分身ゆえ、筋肉だよ」
それにどうコメントを返せばいいんですかテラリシアス様。
「きんにく、ですか」
「ああそうとも。――ウィンよ、おまえもせっかく吾輩と会ったのだし、もっとプロテインでも摂って行きなさい」
もっとってどういう意味だろう。
あたしは筋トレとか興味無いんだけど。
「ちょっとテラリシアス、その辺にしといてよ。ウィンはそもそも現実では夕食を食べたばかりよ。デザートくらいしか入らないわよ」
プロテインって夕食とかデザートと同列で語られるものだっただろうか。
いや、そういう人も居るんだろうけれど。
ボディービルダーの人とかは、日々の食事の管理とか凄そうだよね。
「ふむ、そうか……。ならばお近づきのしるしにこれを振舞っておこう」
そう言ってテラリシアス様が視線を移動させると、テーブルの上にコップに入った飲み物とティラミスのようなデザートみたいなものが出現した。
飲み物にはストローが刺さっているな。
「ソイシェイクとソイケーキだ。これは中々バカに出来ないぞ」
テラリシアス様は白い歯を見せ、笑ってサムズアップした。
あたしとソフィエンタは生返事したあと頂いたが、味自体は確かに悪く無かった。
というか、普通にクリーミーで美味しかったのが微妙に悔しい。
その後あたしは無事に現実に戻してもらえた。
日課のトレーニングは行ったけど、【
当面は地魔法の【
一方、いくら神格からの言葉とはいえ、筋トレとかプロテインとかは保留(という名目で無期限延期を)することにした。
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