06.越冬するのも悪くは無い


 グライフとデイブは王都の冒険者ギルドの応接室で、ソファに座って話し込んでいた。


「まったく、来るのが分かってたなら、あらかじめ手紙でも送ってくれりゃあ良かったんだ」


 冒険者界隈ではグライフは変人という噂が流れている。


 それでもデイブは、彼が案外マメな性格である事を知っていた。


「確かにな。だが今回の王国入りは旅行気分で来ただけなのだよ。吾輩もたまには気分転換くらいするのだ」


 グライフにしてみればきっかけは別なところにあるものの、旅行気分で来たこと自体は事実だった。


 ダンジョンの中ではそれほど関係無いものの、自身の故郷である公国の冬は寒い。


 たまには南下して越冬するのも悪くは無いだろうと思っていた。


「たまにはって、もっと頻繁に遊びに来てくれてもいいのによ……。まあいい、それじゃあ仕事とかじゃ無いんだな? 泊まるとことかどうすんだ?」


「仕事ではないな。泊まるところに関しては、吾輩の朋友たるブルーを訪ねようと思っている」


「あー……、記憶通り蒼蜴流セレストリザードではブルー閣下と同門だったか……。……ブルー閣下といやあ兄貴、ホリーって娘は知ってるか?」


 デイブはブルーという名をグライフから聞き、ブルー・アーネスト・エリオット・クリーオフォン男爵を思い浮かべた。


 そしてこの名は、先日会ったウィンの同級生の父親のことを指すことも理解している。


「知っているぞ。会ったこともあるが何年も前の話だ。人懐っこいが負けず嫌いの娘だったな。今では大きくなっているだろう」


「そうか。じつはこないだ会ったぜ。月転流うちの宗家の血をひく娘が、ルークスケイル記念学院に今年入学してな。そのクラスメイトがホリー・アンバー・エリオットって嬢ちゃんだった。あの娘がクリーオフォン男爵家とは世の中狭いもんだな」


「なるほどな。……時に、その宗家の娘はどの程度やる、、のだ?」


「そうだな……。ひとことで言えば、月転流ムーンフェイズを修めるために生まれてきたような娘だ。才能に関しては凄まじいの一言に尽きる」


「お前がそこまで褒めるか。会ってみたいな」


 本体に言われたからではなく、古い友人であるデイブからの話を聞いてグライフは興味が湧いた。


「まあ、その機会もあるだろうさ。しばらく王都に居るんだろう?」


「今年の冬は王国で過ごそうと思っているのだよ」


「なんだ、余裕だろそれ。お嬢にはおれから連絡を入れておく。グライフの兄貴はブルー閣下経由でホリーに声を掛ければいい。ホリーが家に行く時にお嬢を連れていくようにすればいいだろう」


「そうか」


「ああ。お嬢も冒険者登録してるからな、グライフの兄貴と伝手ができるのはいいことだろうさ」


「確かにな。冒険者なら公国に来ることも将来あるかも知れん。――その宗家の娘の名前は何というのだ?」


「ウィン・ヒースアイルだ。宗家は母方だな」


「なるほどな。覚えておこう」


 グライフにしてみれば、本体から聞いていた名が出てきたことで、内心安堵する。


 彼の本体は神格である以上誤った情報が無いのは分かっているのだが、その話しぶりで時おり不安になるのだ。


 その後談笑する二人だったが、デイブがグライフを食事に誘い二人で市場の食堂に向かった。




 王城の砦部分の医務室でジェイクを起こした後、ニナは宮廷魔法使い達に頼まれて【自我回廊エゴコリドー】を教えることになった。


 時間的にはまだ寮の門限まで時間があったのでニナは快諾し、あたしもそれに同行した。


 ジェイクについては念のため、医務室でそのままベッドから身体を起こした状態で取り調べを行うことになった。


 呪いによる痙攣でジェイクは全身の筋肉にダメージがあったが、これは既に魔法で治療して貰っている。


 それでも本人がリラックスできるようにという意図で、そのように決まったとのことだ。


 あたしとニナはジェイクとリー先生と別れ、デボラに案内されて砦内の魔法の演習場に向かった。


 移動後ニナは早速指導を始めたが、かなりご機嫌な様子だった。


 以前マーヴィン先生とのやり取りの時も感じたけど、やっぱり彼女は誰かに頼りにされるのが嬉しいのかも知れないな。


「ウィン、君は闇魔法は使えるのか?」


「あたしですか? あたしは時魔法は使えるんですけど、闇魔法はムリですね」


「あー……、時魔法か……」


 そう言ってデボラはしょっぱい顔をする。


 マーヴィン先生も過去に腐された経験があるようだし、時魔法の地位はそれほど高く無さそうなんだよな。


 そんなことを考えていると、デボラが苦笑いして口を開く。


「済まない、別に時魔法に偏見がある訳じゃ無いんだ。光魔法だったら私が教えられたのにと思っただけでね」


「光魔法ですか? 国教会の神官の方に多い印象があるんですが」


 主にスキンヘッドの人たちのことだが。


「いや、そういう訳でも無いよ。神官の連中は光魔法を外で使う機会が多いから、そう感じるのかも知れないな。それより時魔法か……」


「どうしたんですか?」


「いや、同僚にいるけど、折角だし君が知らない魔法があったら習っていくかい?」


「ぜひお願いします!」


 王国というか恐らくこの世界での評価に反して、時魔法はえげつないほど強力な魔法だ。


 もちろん使いこなせたらという話ではあるけれど。


 でもそれを言ったら他の四大属性の魔法とかでも同じか。


 デボラは「分かったよ」と言ってその場を離れ、直ぐに同僚の男性を連れてきた。


 挨拶もそこそこにあたしが既に覚えている時魔法の話をすると、宮廷魔法使いのお兄さんは驚いた表情を浮かべる。


「その歳でそんなに習得しているのか、大したものだね」


「先生に相談したら教えてくれたんですけど、まだ覚えたてです」


「それでもいい感じだ。そうだね、なら僕からは【符号遡行レトロサイン】という魔法を教えられるね」


「どういう魔法なんですか?」


「ステータス情報では『現実の収束する方向を遡行させる』魔法だって分かってるけど、地味だねー、あはは……。具体的には転がしたボールをスタート位置まで逆行させる魔法として有名だねー」


 そう言ってお兄さんは苦笑してみせる。


 それを聞いてあたしは思わず顔を引きつらせた。


 頭の中ではボールを逆行させるところまで分かってるなら、その魔法のヤバさに気づけよと思っていたのだけれど。


 ソフィエンタに後で確認はするけど、他の時魔法と同じくこれもまたヤバい魔法だと思う。


 ともあれ、ニナが宮廷魔法使いたちに闇魔法を教えている間に、あたしは【符号遡行レトロサイン】を覚えてしまった。


 あたしがホクホクした顔で宮廷魔法使いのお兄さんにお礼を告げると、お兄さんとデボラは微妙な笑顔を浮かべていた。




 ニナとあたしは暗くなる前に学院の寮に戻った。


「感謝するぞウィンよ。お主が同行してくれたお陰で、王城内も含めて気楽に移動できたのじゃ」


「お安い御用よ。護衛程度なら引き受けるからいつでも声を掛けてね」


「うむ」


 そんな会話をしてあたし達は自分の部屋に戻った。


 自室で時計の魔道具を確認すると夕食の時間までまだ少しあったので、ジェイクの件をデイブに伝えておくことにした。


 国が手を打ってくれるならそれでもいいけれど、風紀委員会の仲間が巻き込まれた段階であたし的にはまだモヤモヤしているのだ。


「突然ごめんデイブ。今いいかしら?」


「ああお嬢か、ちょうど良かった。おれも連絡があったんだ」


 【風のやまびこウィンドエコー】を使うと直ぐに応答があった。


「あら、何かしら?」


「そっちから先に伝えてくれ。おれの方は急ぎじゃねえからな」


 急ぎの用事じゃないというなら、前にデイブに預けた晩餐会の件で何か決まったんだろうか。


 キャリルの話では来月ってことだったよな。


「分かったわ。あたしは風紀委員会に所属してるじゃない? 同じく風紀委員会に所属している男子生徒が、精霊魔法を覚えているのが分かったの」


「なるほど。それで?」


「ちなみにそれを見つけたのはニナよ。その男子は身柄を王城に移して取り調べが始まったけど、開始直後に呪いが発動して痙攣して意識を失った。でもその直前に犯人とする名前を証言したらしいの」


「その名前は分かるか?」


「残念ながら分からないわ。訊こうとしたら捜査情報だからダメだって」


 デボラに止められちゃったんだよな。


 記憶を弄られたくないから諦めたけど。


「まあ、そうなるか。……一応王都内で気になる動きはあったが、こちらでも気を付けておく」


「うん。宮廷魔法使いの人の話だと新聞で分かるだろうって言ってたわよ」


「そうか。ところでお嬢、王宮に顔を出したのか?」


「件の男子が呪いを解いても意識が戻らなくてね。ニナが念のために予め闇魔法を掛けて、呪いから守ったらしいの。その対応で王城の砦に行って、あたしは護衛兼付き添いね」


「そりゃご苦労だったな」


 苦労って訳じゃ無かったけどね。


 基本くっついていっただけだし、時魔法を習えたし。


「あたしは何もしなかったけどね。……あと別件だけど、例の晩餐会の件は動きはあったかしら?」


「そっちは未だだな。もう少し時間をくれ。他は何かあるか?」


「あたしからは以上よ」


「そうか。……おれからは参考情報だ。古い友人が数年ぶりに王都に来てな、お嬢に紹介しようと思ったのさ」


「ふーん?」


 デイブの友達か。


 そういう話は初めて聞いたかもしれないな。


「オルトラント公国出身で、名前はグライフ・ジュースミルヒだ。おれが冒険者として各地のダンジョンに挑んでた頃に、公国でダチになったおれの兄貴分だ。ちなみに冒険者ランクはS+な」


「結構凄そうな人ね」


 デイブの冒険者時代の話も気になるけれど、S+というランクはやっぱり気になる。


「じっさいスゲエな。普段は公国の辺境でダンジョンに潜って、ダンジョン開拓に尽力してる。渦層流ヴィーベルシヒトの皆伝者だが、過去に王都に居る間に蒼蜴流セレストリザードを学んでな。ホリーの親父さんのクリーオフォン男爵閣下と、同門で親友だそうだ。二つ名は双剣の鷲獅子ツインソードグリフォンだが、これは渦層流の腕前で付いたようだ」


 ここでホリーの名が出たことで、デイブがグライフって人の話を始めた理由を何となく察した。


「もしかしてホリーと知り合いなの? そのグライフって人」


「会ったことがあるそうだ。それでだ、グライフの兄貴はこの冬は男爵家で世話になるらしい。だからホリー経由でその内男爵閣下の家に招待されて、グライフの兄貴を紹介されるかも知れねえ」


「そうなのね」


 そういう事ならたぶん会うことになるだろうな。


 何となくそういう予感がする。


「筋肉の塊みたいなナリをしてるが、見た目に反してマメな人間だ。お嬢がもし将来公国で冒険者として仕事をすることがあったら、必ず力になってくれるだろう。挨拶しとけ」


「分かったわ、気を使ってくれてありがとう」


 というか、さりげなく見た目に反してとか言ってるけどいいんだろうか。


 まあ、そういう事を言える間柄なんだろうと思うことにする。


 デイブとはそこまで話して連絡を終え、あたしは姉さん達と夕食を食べた。

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