05.捜査情報だから教えられない


 最終的に王城の砦部分の医務室には二十名強の人間が集まった。


 元々は宮廷医師から二名と宮廷魔法使い四名が見学するつもりだったそうなのだが、その人員を決める過程で見学希望者が増えたそうだ。


 当初の六名以外は闇属性魔法は使えないそうだが、あくまでも見識を深めたいという理由で来ているとデボラから説明があった。


 ジェイクのベッドの位置は医務室の中央付近に移動させてあり、みんなでそれを囲んでいる状況だ。


 その様子を確認してからデボラが口を開く。


「それじゃあニナ、始めて欲しい」


「うむ。まずはジェイク先輩より呪いを除去してくれたことに感謝を。――それでは説明を始めるのじゃ」


 そう言ってニナは参加者を見渡した。


「まず今般妾が使用するのは、知っている者も居るやも知れぬが【自我回廊エゴコリドー】という魔法じゃ。これは闇属性魔力を用いて一時的に魂と肉体の間にある経路を作り変える効果を持つのじゃ。本質的に魂と肉体は不可分なものじゃが、現実世界において我々は魂なるものを目視することは叶わぬ。しかし高位鑑定を研究する先人の努力により、魂の実在は証明されていることはご存じじゃろう。その上で事実を元に判断すれば、位相であるとか次元を異にして魂と物理身体が存在すると仮定することができるのじゃ。その立場に立てば、同一地点同一存在である魂と肉体の間には、実は魔法的・魔素的な回廊が存在すると仮定する方が、任意の魔法の発動の機序を説明するに都合が良いのじゃ。この魔法はその立場に立った魔法であるといえ、今般見学する者はまず直線道路のようなもので魂と肉体がつながっていることを認識して欲しいのじゃ。その上で妾が今般のジェイク先輩に施したのは、意念によって属性魔力の流れを制御しその経路を分岐と屈曲を成すように形だけを整えたものなのじゃ。基本的にこれを訓練する者は闇属性魔法を使える者同士で、直線的な経路に対して論理的な分岐なり屈曲を一つ入れるところから始めて欲しいのじゃ――」


 参加者を前に、ニナは淡々と説明を重ねていく。


 言っている内容は一応耳に入るものの、途中から専門的な説明に突入する。


 そして固有の人名だとか論文やら文献の名前が出てきたところで、あたしは聞くのをあきらめた。


 アルラ姉さん辺りだったら喜んで聞いてそうな気が一瞬したけれども。


「――さて、理論面はこのあたりで良いと思うのじゃ」


 一連の説明を終えた後ニナがそう告げてデボラの方に視線を向けると、彼女は満足そうに頷いた。


「そうだね、詳細な説明に感謝する。共和国が自信を持って送り出すだけのことはあるよ、ニナ」


「自信を持ってか厄介払いかは微妙なところじゃがのう……」


 ニナが苦笑しながらそう告げると、見学者は冗談と思ったのか笑う者も出て、場の雰囲気が少し和らいだ。


 デイブから聞いた問題児の話は王国では言えないよな、アレ。


「さて、これより詠唱を伴って魔法を発動するのじゃ。闇属性魔法に適性がある者は、特に注意して見学して欲しいのじゃ」


 そう言ってからニナは横になったジェイクの傍らに立ち、両手のひらを彼の頭部に向けて詠唱した。


「【自我回廊エゴコリドー】!」


 ニナの詠唱によって彼女の両手のひらから闇属性魔力が放たれ、ジェイクの頭部を昏い魔力が包んでいった。




 魔力で覆っているため肉眼ではジェイクの様子も観察できるけれど、放たれた闇属性魔力はかなり濃密だ。


 先ほどまでのニナの説明では難易度的には上級に届くそうなので、濃密なだけではなく複雑な魔力制御が成されている。


 あたしは闇属性魔力の才能は無い。


 それでも武術としてではなく魔法として属性魔力の制御を練習すると、ここまで精緻な魔力の流れを作ることが出来るのかと衝撃を受けていた。


 あたしが訓練している時魔法が爪切りで足の爪を切る作業としたら、ニナは内視鏡で脳腫瘍に挑んでいるような緻密さで魔力を制御していた。


 いや、脳腫瘍摘出手術なんざ、見学した記憶とか無いですけど。


 その位の違いがあるんじゃないかと、あたしは考えていた。


「百年以上か……」


 あたしは思わず、彼女が闇属性魔法の研鑽を積んだという時間の長さに、眩暈のようなものを感じた。


 ニナが言っていた通り数分程度――体感では五分ほどで魔力の照射は完了した。


「さて、実践編もこれで完了じゃの。状態としてはただの睡眠という事になっておるはずじゃ。……誰でも良いが、通常の手順でジェイク先輩の意識を覚ましてやって欲しいのじゃ」


「分かりました、それではわたしが声を掛けてみます。――ジェイクさん、起きて下さい。ジェイクさん、もうあなたは問題無いはずです」


 ここまで黙ってその場に佇んでいたリー先生が、ジェイクの傍らに立って声を掛け始めた。


 やがてその声に反応してゆっくりとジェイクは目を開き、ベッドで上半身を起こしてから周囲を見渡した。


「ええと、これはどういう状況でしょうか……。リー先生?」


「ジェイクさん、あなたは精霊魔法の件で取り調べを受け始めたら呪いが発動して、それから今まで意識を失っていたんです」


 ジェイクはリー先生の言葉に固まる。


「…………そうですね。……そうでした」


 ジェイクの様子を見て、この場に集まった宮廷医師と宮廷魔法使い達は笑顔を浮かべて拍手した。


 いやもう、ホッとしたよ。


「ジェイク、君は取り調べに非常に協力的なことは確認されているし、もう少しマシな環境で取り調べを受けてもらうことになるだろう」


「取り調べ……。分かりました」


 デボラの言葉にジェイクはそう応えて頷く。


「あのー、ジェイク先輩。犯人て誰ですか?」


 あたしはさり気なく質問を突っ込んでみた。


「ウィン? 何で居るんだい? きみは……ニナまで居る?」


「ちょっと待ったぁぁぁ! 犯人などの情報は捜査情報だから教えられない。それをいま捜査に関係ない者が聞いたら、最悪記憶をいじる必要があるので面倒だからやめてくれ!」


 デボラがジェイクとあたしの間にあわてて割込んで説明した。


 そうか、記憶をいじられたくはないな、うん。


「そういう事なら分かりました」


「ふぅ……心配しなくても国が動いているから、そのうち新聞などで知ることが出来るだろう。そしてジェイク。君も今回の話題は外に漏らさないで欲しい」


「はい……。それで、ウィンとニナがいるのはどういう……」


「ジェイク先輩よ、詳しいことはまた説明するのじゃ」


「そうなのかい?」


「うむ。お主とは長い付き合いになりそうじゃしの」


 まあ、精霊魔法が使える時点で、ジェイクがニナの特別講座に参加するのは義務になりそうだよね。


 ジェイクとニナのやり取りを見ながら、あたしは苦笑した。




 その男が王都ディンルークを訪ねたのは数年ぶりの事だった。


 冒険者らしい旅装に鞄を背負い、王都西広場にある乗合い馬車の停留所に降り立った。


「ふむ、矢張りのんびりした旅は良いな。……王国は変わらんな」


 そんな事を呟きながら辺りを見渡す。


 視線を動かせば右手にはコロシアムが見えるが、今回の訪問で試合に出るつもりはない。


 もっとも、男の出場については色々と揉める可能性もあるかも知れないが。


「さて、どうするかな。本体、、からの指示で息抜きがてら来てみたものの、いきなり巫女、、に会っても避けられるやも知れんし……」


 男は呟きながら少し歩き、広場にあった屋台の一つで軽食を買って頬張る。


 久しぶりに食べた王都の屋台メシに、男は満足感を覚える。


 そして腹が多少は膨れたからか、自身の頭がすこし回り始めた気がした。


「そうだな。旅団と付き合いはないが、デイブと話をしてみるか。まだ相談役を続けていればいいが……。本体の話だとブルーと話してみろと言ってたが、まあいいだろう」


 男は呟いてから気配を消し、身体強化を行った上で王都の屋根の上を駆け始めた。


 数分後、男の姿は冒険者ギルドの受付にあった。


 男は総合受付の列に並ぶが、戦いを生業とする冒険者たちの中にあっても一際逞しい体つきをしている。


 それでも気配を抑えているからか、男が冒険者たちの目を集めることは無かった。


 やがて男の番になり、受付の女性に告げる。


「ギルド関係者との面会などは、この窓口で良かったな?」


「はい、そうなります。どなたとの面会をご希望ですか?」


「冒険者ギルド相談役のデイブ・ソーントンは、まだ在職しているだろうか」


「はい、在職しております。恐れ入りますが冒険者登録証などの身分証をご提示いただけますか?」


「ああ」


 男は無詠唱で【収納ストレージ】を使って登録証を取り出し、女性に提示する。


 すると女性は一瞬固まって息を呑む。


「グ、グライフ様……?」


「ああ」


「しょ、少々お待ちください!」


 青い顔でそう叫んで登録証を本人に渡し、受付の女性は事務スペースの奥に駆けて行った。


 受付の女性の反応と何よりそのグライフという名で、ギルドの一階に居た高位冒険者の視線が男に集中した。


 程なく受付の女性が窓口に戻り、口を開く。


「お待たせしております。いま相談役はギルドにおりませんが、直ちにお取次ぎいたします。恐れ入りますが、三階の応接室にてお待ち頂けませんでしょうか」


「そういう事なら吾輩は出直しても構わんが」


「どうかお願いいたします。別の者が案内いたしますので」


「済まんな。別に顔を見せに来ただけだから、慌てず来てくれと伝えてくれるか?」


「お気遣い感謝いたします!」


 そこまでグライフと受付の女性が話したところで、案内役のギルド職員の女性が彼の傍らに現れた。


「それではご案内いたします」


「ああ」


 そうしてグライフは応接室に向かった。


 その様子を見ていた高位冒険者の一人が、表情を変えた仲間に問う。


「なあ、今の奴只者じゃ無いのは分かるけど、お前知ってるの?」


「グライフと言われてピンと来ないのか? ……『双剣の鷲獅子ツインソードグリフォン』って言えば分かるだろ?」


「…………公国の切り札の一人とも言われるS+が何しに来たんだ? 一年の殆どを公国辺境のダンジョンに潜る変人と聞いたぞ」


「俺が知るか。何か仕事か……、相談役がどうこう言ってたが顔つなぎかも知れんしな」


「顔つなぎだけでわざわざ王国まで来るかねえ……。それにしてもなんだあのガタイ。筋肉競争に出ても上位に食い込むんじゃね?」


「過去に数年間滞在してた時期があるらしいが、じっさい参加して上位に食い込んだらしいぞ」


「マジで? あれって身体強化禁止だよな……」


「まあ、王都に顔を出すS+以上の連中は、顔を覚えといて損はねえぞ」


「おれ、顔を覚えるの苦手なんだよな……」


 そんなやり取りがあったとも知らず、グライフは冒険者ギルドの応接室に案内され、ホットコーヒーを味わっていた。


 やがてドアがノックされ、デイブが到着した。


「すまねえグライフの兄貴。待たせちまった」


「久しぶりだなデイブ、元気そうで何よりだ」


 グライフはソファから立ち上がって破顔し、同じく嬉しそうに微笑むデイブと固く握手した。

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