04.こっそり掛けておいたのじゃ


 あたし達は薬草薬品研究会の部室で平和におしゃべりをして過ごしていたのだけれど、ある時ニナに魔法で連絡が入った。


「――平気じゃよ。うむ、うむ、そうか……、それは妾に心当たりがあるのう。準備ができ次第直ちに向かうのじゃ。……うむ、分かった、ウィンも連れて行くが構わんかの? ……うむ、承知したのじゃ」


 どうやら通信が終わったようでニナはみんなを見渡し口を開く。


「済まぬが少々用事が出来たゆえ、今日はここで失礼するのじゃ。アンよ、先に失礼するが、カレン先輩に案内してもらうのじゃ。カレン先輩、アンを頼むのじゃ」


「分かったわ!」


「うん」


 カレンとアンの返事を聞いてからニナは立ち上がる。


 そしてあたしに視線を向けて口を開いた。


「済まぬがウィン、お主も来てくれぬかの」


 多分ジェイクの関係で何か動きがあったんだろう。


 ニナの補佐兼護衛という事なら同行しよう。


「分かったわ。みんな、来たばかりだけどちょっとニナと出かけてくるわ。多分そのまま寮に戻ると思う。――アン、またね」


「行ってらっしゃいウィンちゃん」


「またね」


 あたしが手を振るとみんなも手を振って送り出してくれた。


「まずは寮に戻って私服に着替えて出かけるのじゃ」


「どこに向かうの?」


「王宮じゃ。身体強化して向かうのじゃ」


「分かったわ」


 部活棟を出たあたしとニナは薄く身体強化を掛け、寮まで急行して大急ぎで着替えた。


 そして手はず通り寮の玄関を出たところで合流する。


「少々打合せするのじゃ」


 そう言ってニナは無詠唱で魔法を使い、周囲に見えない防音壁を作った。


「実は王城での取り調べ開始直後に、ジェイク先輩が痙攣を始めたそうじゃ。これは呪いによるものだったようじゃが、王宮に常駐する神官が呪いを解除しても意識が戻らないそうじゃ」


「それは……、呪いによるダメージがジェイク先輩に残ったってことかしら?」


「その可能性も否定できんのじゃ。最悪の場合は呪いにより精神の死をむかえておるやも知れぬ」


「精神の死ってどういうことよ?!」


 思わず大きな声が出るが、右手で制してからニナは冷静に告げる。


「手は打ったが、精神の死とは根本的には魂へのダメージじゃ。それを防ぐため、ジェイク先輩には【自我回廊エゴコリドー】という魔法をこっそり掛けておいたのじゃ」


「それは……、どういう魔法なの……?」


「ひとことで言えば封印の魔法じゃ、……厳密には違うがの。闇属性魔法――闇魔法の一種でのう、属性魔力を用いて一時的に魂と肉体の間にある経路を作り変えるのじゃ。これを攻撃に使う場合は封印となるし、精神破壊や魂の破壊からの防御にも使えるのう」


「それを掛けてあるのね」


 そんな魔法を掛けていたということは、ニナは今回の動きをある程度読んでいたのだろうか。


 ジェイクが魔神の信者から精霊魔法を習ったとして、その信者が呪いに近い魔法を使うと考えたのかも知れないな。


「そうじゃ。あくまでも念のための意図じゃったがの。ただ、状態異常ではないから神官の光魔法などでは治せんじゃろう。闇魔法の使い手が診れば、何日か掛ければ治せるじゃろうがの」


「何日かって……」


「妾が診れば数分じゃ。それに気づいた宮廷魔法使いがリー先生に相談し、リー先生がマーヴィン先生に相談して、さっきリー先生から連絡があったのじゃ」


「それならジェイク先輩は無事なのね?」


「それは診てみなければ分からぬ。――しかしこれでも妾は、闇魔法の研鑽に百年以上かけておる。老齢の魔族が使う変態じみた悪辣な呪いなどならともかく、その辺の常人に毛が生えた者が使う呪い程度ではものともせんじゃろう」


 そう言ってニナは何でもない事のように微笑んだ。


 じっさい彼女にとっては何でもない事なのかも知れないと、あたしは思った。


 しかし同じ呪いでも“変態じみた悪辣な呪い”ってどう違うんだろうな。


 そんなものには関わり合いたくないけれど。


「そういう事なら急ぎましょう」


「うむ。気配遮断はやや強めにかけて、身体強化を掛けたうえで妾が先行して全力で駆けるのじゃ」


「分かったわ。あたしを気にしないで王城までブッ飛ばして」


「リー先生は正門で待つと言って居ったのじゃ」


「了解よ」


 あたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化をしたうえで気配遮断を行った。


「いつでもいいわ」


「うむ、行くのじゃ」


 そうしてあたしとニナは王都を全力で駆けた。




 王城の正門前には数分で到着し、あたしとニナはリー先生に合流した。


 その場には他に王宮の関係者なのか、品のいい装飾が施されたローブを纏う男性が居て、あたし達を案内してくれた。


 たどり着いたのは王城北側の砦部分にある医務室だった。


 砦の中の医務室という事もあり、室内はかなり広い。


 戦時の運用も見据えた造りなのかベッドがズラッと並んでいるが、使用されているのは一つだけだ。


 ベッドの一つにジェイクが寝かされ、その傍らには女性が一人椅子に座って待っていた。


 女性はあたし達に気づくと立ち上がり、ニナとあたしを観察しながら口を開く。


「君がニナだな。君の来歴は聞いている。私はデボラ・フェイス・クレイトンという。宮廷魔法使いなんぞをしているけれど学院の卒業生だ。よろしく」


「初めましてデボラ殿。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。よろしくの」


 互いに自己紹介をしてデボラはニナと握手を交わした。


「それでそちらのお嬢ちゃんはお弟子さんかい?」


「こちらはウィンと申すデボラ殿の後輩じゃの。もっとも、八重睡蓮やえすいれんと紹介した方が通りが良いかも知れんのう」


「なるほど……、それは失礼した。月輪旅団の新鋭の噂は私にも届いているよ。……というか、光竜騎士団にファンクラブがあるって話は聞いたことはあるな。ニナの護衛ってことで来てくれたのか」


「初めまして、ウィン・ヒースアイルと申します。ファンクラブのことはあたしは感知していませんのでお構いなく」


「そうかい? まあよろしく」


 そう言ってデボラはあたしに手を差し出したので握手した。


「ヒースアイルってことは、もしかしてブルース殿は知り合いかい?」


 さすがに王城の砦部分ならブルースお爺ちゃんの名前は出るか。


「ブルース・マリク・ヒースアイルは父方の祖父です。いつもお世話になっております」


「よしとくれ。連隊長殿とはたまに会議で顔を合わせるくらいさ」


 騎士団とか軍の階級はそれほど詳しくないけど、光竜騎士団のトップはギデオン陛下だ。


 王国の場合その次が将軍閣下で、そこからは師団長、旅団長、連隊長、大隊長、中隊長、小隊長、分隊長と続くのだったはず。


 日本の記憶にその辺の軍事的な知識が無かったので、どのくらいの幹部なのかはあたしの知識ではかなり怪しい。


 一般的な会社だと社長に当たるのが陛下で、専務が将軍閣下、常務が師団長、本部長が旅団長、部長が連隊長、次長が大隊長、課長が中隊長、係長が小隊長、主任が分隊長か。


 かなり乱暴だが、そんな感じで理解している。


 さすがに軍属だった記憶は無いんだよな、あたし。


 連隊長をしているブルースお爺ちゃんは、企業でいえば部長さんという感じだろうか。


 ちなみに父さんの兄であるバリー伯父さんは、大隊長をしているハズだ。


「さて、挨拶も済んだところで用件に入ろう。この坊や、ジェイクだが私の同僚が取り調べを始めた直後に呪いが発動した。発動直後は痙攣と叫び声を上げていたんだが、意地を見せたんだろうね、犯人だとする者の名前を挙げてから意識を失った」


 犯人というのはどういうことだろうか。


 単純に考えればジェイクに呪いを掛けた者という事になるかも知れない。


 でもそれを知っていたという事は、ジェイクは脅迫だったり何か不穏なことに巻き込まれていたんじゃないだろうか。


 そこまで考えて、あたしの心の奥の方に怒りの感情が燃え始めていた。


「呪いに関しては解除してくれたのじゃな?」


「そうだよ。王宮に常駐する王立国教会の神官が動いて、本人に掛かっていた呪いは取り除いた。神官によれば、ジェイクには二つ呪いが掛かっていたようだ。一つは行動を阻害する呪い……、要は痙攣させて麻痺させる奴だ。もう一つは記憶を失わせる呪いだが、どの位の期間の記憶を狙ったかまでは分からなかった」


 ああ、シンプルな状況だ。


 犯人の名をジェイクが挙げたなら、そいつを押さえて情報を訊き出せばいいんだ。


「麻痺と記憶消去の呪いじゃな?」


「そうだ。だが、神官の魔法で呪いは解除できたんだが、意識が戻らない――御覧の通りでね」


 怒りに飲まれそうになるが、デボラの冷静な声であたしは我に返ってジェイクを見る。


 まずはジェイクが意識を取り戻すのを確認しなければ。


「それで宮廷医師と宮廷魔法使いで診断したり色々と検討した結果、闇属性魔法で何らかの防御のようなものが行われた可能性が指摘されたんだ。」


「それは正解じゃ。そもそも今回ジェイク先輩が、精霊魔法を使えることを判断したのは妾じゃ。当然『魔神』信者のリスクも懸念して対策を施しておいたのじゃ」


「なるほど。それなら坊やの意識を取り戻すのは任せていいな?」


「うむ。じゃが折角なので妾が魔法を使うのを、闇属性魔法を使う宮廷魔法使いに見ておいて欲しいのじゃ」


「それは……、確かにその申し出はありがたい。ジェイクの手当てがその分遅れるが、構わないだろうか?」


 デボラの言葉に、ニナは落ち着いた表情で頷く。


「話を聞く限り大した呪いでも無かったようじゃし、妾がいま診た限りでも問題無さそうじゃ。直ぐ済むゆえ呼んでくるが良いのじゃ」


「分かった、感謝するよ」


 そう言ってデボラは席を外した。


「ウィンよ落ち着くのじゃ、ジェイクはこの程度なら問題無いのじゃ」


「…………そうなのね」


「犯人の名が分かっておるなら、王国が動くじゃろう」


 ニナが言う事は妥当だ。


 精霊魔法を使う学院生徒にそれを教え込んだ人間で、なおかつ呪いを躊躇なく学生に掛けられる者。


 王国が危険視して衛兵なり暗部なりを使うだろうことは、あたしにも想起出来た。


 王国の対応まで想像したところで、別の考えが浮かぶ。


「うん……。ねえニナ、あなたはジェイクに掛けられていた呪いは見つけられなかったの?」


「済まぬが妾では無理じゃ。魂に直接触れるような魔法、――神官が学ぶ魔法というか祈祷の類い。あるいは各国で秘されておる禁術の類いなら分かったじゃろうがの」


「そうなのね」


 そういう事なら仕方がない。


 ニナはそれでも予防策を用意しておいてくれたのだ。


「ニナさんとウィンさん、急な呼び出しに来てくれてありがとうございました」


 それまで黙っていたリー先生が口を開いた。


 ニナと他の人とのやり取りを観察して、情報を整理していたのかも知れないな。


「気にしないで欲しいのじゃ」


「仲間のために行動するのは、当たり前のことですから」


 のんびり応えるニナを見ながら、あたしは苦笑した。

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