03.肉体の制御を少しでも


 いつか、こういう日が来るかもしれないとジェイクは考えていた。


 実はそのリスクを知りつつも、彼は精霊魔法に手を出した。


 そのことに後悔は無い。


 そもそも彼の中で王国に仇なす意思は無い。


 ゆえに、精霊魔法を学んだこと自体で、恥じ入るところは何一つないという確信がある。


 それでも馬車に乗せられ、アイマスクと拘束具を付けられたことにどうしたものかと考えてしまう。


 走り出した馬車の中で揺られているうちに、ジェイクは思う。


 これもまた一つの経験であり、これまで重ねた自身の研鑽が試される時が来たのだと。


 幸いにも風紀員会の仲間となったアイリスの例もある。


 問答無用でジェイクが処分される可能性は、過去の王国ほどには高くない。


 懸念があるとしたら一つ、『竜担当』を自称するアイザック・エズモンドという神官との関係だろうか。


 その件にしても、ジェイクにとっては恥じるような選択はしていない。


 結局のところ、王国の判断に従うことになるだけだ。


 そこまで考えて彼は腹をくくった。


 やがて馬車は止まり、ジェイクは複数の人手に補助されながら降ろされた。


 王城に着いたのかも知れないと彼は思う。


 そのまま促されて石材の床の上を移動し始める。


 やがて室内に辿り着き、誘導されるままに肘掛けのある椅子にジェイクは座る。


 アイマスクと拘束具は付けたままだ。


 しばらくして同じ室内に何人分かの足音が響き、椅子に座ったような音がした。


「ディンラント王国法に従い、ここで発生する全ての情報は記録されます。私の声が聞こえていたらジェイク・グスマンは「はい」と返事をしなさい」


 初めて聞く女性の声だった。


 厳格さを感じさせる硬い声だ。


「はい」


 気負いもなく、彼は一つ返事をする。


 そして次の瞬間、誰かが呻くような叫び声を上げていることに気づく。


「ぉぉぉぉぉぉぉ」


 その声が自分の口から洩れていると認識した瞬間に、ジェイクは身体の自由が利かなくなっていることに気づく。


「おおおおおおおおおおお!」


 【麻痺パラライズ】の魔法が掛けられたときのように自らの意志に反し、肉体は全力で筋肉を収縮させている。


 だが、その変化を認識するジェイクは、自身の状態を頭の中で分析し始めていた。


「魔法による痙攣だ! 恐らくこいつも呪いを掛けられてる!」


「またかよ! おい! 大至急手が空いてる神官を王宮から呼んで来い!」


 矢張りか、とジェイクは思う。


 叫び声を上げ続ける自身の肉体をよそに、その様子を冷静に観察する意識をジェイクは自らの裡に作り出す。


 激しく痙攣する肉体が痛みを発生させつつあるが、この状況が呪いであるなら懸念がある。


 きっかけは分からないが、アイザックが仕掛けた何かが起動した可能性が高いと判断する。


 上等だ。


 たかが呪いに、負けてたまるか。


 ジェイクは自身の裡に作り出した意識の冷静な部分を働かせて、肉体の制御を少しでも取り戻すことを決める。


 この状況で呪いが働くとして、一番懸念されるのは仕掛けられた者の記憶を消されることだ。


「おおおおおぉぉぉぉぉ…………」


 これまで自身に課した様々な魔法の訓練の事を考えれば、一時的に肉体の制御を取り戻す程度で音を上げてたまるか。


 ジェイクはそう意志力を込めながら、その想いを具体的な言葉にする。


「ぁいざっく……えず……もんど……、こ……きょうかい……かん……そくぶ……はん……に……」


 少しでも意志を揺るがせば途端に意識を失う気がする。


 それでもジェイクは意志を込める。


「ジェイク! ジェイク!」


 リー先生が耳元で叫ぶ声が聞こえる。


 先生とか、仲間とか、父の名誉のために、たかが呪いに負けてたまるか。


 そう思いつつジェイクは意念を込め、口を動かす。


「あい……ざっく……えず……もんど、こっきょう……かい……かん……そくぶ……しんかん! はん……にん!」


「記録しろ! アイザック・エズモンド、王立国教会観測部神官! 重要参考人とする!」


「もうやってる!! 神官まだか!!」


「ジェイク! ジェイク!」


 上出来だ。


 これで自分の記憶とかそういうものが飛んだとしても、後は何とでもなるだろう


 そこまで思惟したところで笑おうとして、ジェイクの意識は暗転した。




 放課後になってあたしはキャリルと風紀委員会室に向かった。


 ジェイクとリー先生を除いて全員が揃ったところでカールが口を開く。


「さて、それでは風紀委員会の週次の打合せを始める。リー先生は今日は用事があって出かけている。ジェイクも所用で出られないと先生に連絡があったそうだ」


 それを聞いてあたしは気が重くなるけれど、いまは待つしかないと気持ちを切り替える。


「まず最初に各クラスで連絡があったと思うが、最近流行していたクッキーのプレゼントについて規制が入った――」


 カールからの説明はみんなも知っている話だったので、再確認の意味が強かったと思う。


「確かにクッキーをあまりもらえなかった子は気になっていたにゃー」


「そうだね。ボクからも上げられれば良かったんだけど……」


「エルヴィス先輩はうちの部長からクッキー作りにストップが掛かったにゃ。争奪戦が起きてまた妙な騒動に発展したらたまらないにゃー」


「はは、そこまで気にしなくてもいいと思うけどね」


「それは気にするにゃー」


 エリーとエルヴィスがそう話していたが、エルヴィスの様子にカールやニッキーやアイリスなどはじとっとした視線を送っていた。


「それでは、各自から個別の連絡をお願いする――」


 続いてカールに促されてみんなからの連絡となったけど、特に目立った情報などは無いとのことだった。


「次はあたしですね。それで今週ですが、昨日附属農場のむこうにある演習林でキノコ鍋を作っていた集団を見つけました」


「その場にはわたくしも向かいましたわ」


 あたしとキャリルの言葉に、みんなは怪訝そうな視線を向けてくる。


「確認の結果、毒キノコを誤って鍋に入れようとしていたところを止めることが出来ました。加えてその場にいた生徒ですが、『闇鍋研究会』の前身である『食文化研究会』の理念を守ろうとする者を自称していました――」


 クラウディアと話した内容を説明し、あたしは闇鍋研から分離することを提案して前向きな回答を得たことを説明した。


「――つまり、闇鍋研を切り崩すことで、問題のある行動を行う人たちを動きにくくすることを期待しています。あたしからは以上です」


「了解した、いい判断だったと思う」


 そう言ってカールは視線をキャリルに向ける。


「わたくしからは特にありません。以上ですわ」


 だがキャリルからの連絡は一言で済んだ。


「了解だ。……今日の打ち合わせについては僕からリー先生に報告しておく。それでは今週の打合せはここまでにする。みんなお疲れさま」


 カールの言葉で解散となり、あたし達はそれぞれの部活に向かった。


 だが部活棟に着いたところであたしは、先日アリスと名乗っていた同学年の女子生徒のことを思いだした。


 友達になって欲しいとか言われたんだよな。


 取りあえず昨日演習林で話したとき、薬草薬品研究会とかに遊びに来てと伝えたんだった。


 そう考えながらキャリルやアイリスと別れ、あたしは薬薬研に向かった。




 薬薬研の部室ではみんながハーブティーを味わっていたが、そこにはアリスと名乗った少女とニナも居た。


 その様子を見ながらあたしは口を開く。


「こんにちはー。ニナとアリスちゃんも居たのね」


 カレンやジャスミンなど薬薬研のみんなが挨拶を返してくれるけど、その後にニナが口を開く。


「そうなのじゃ。そろそろウィンが風紀委員会の打合せを終えるんで無いかと思っての。アンと一緒に遊びに来たのじゃ」


「薬薬研に居なかったらどうするつもりだったのよ」


 そう言いながらあたしはニナの横に腰かける。


「居そうなところを探そうと思って居ったのじゃ(例の件でもしかしたらそろそろ動きがあるやも知れぬのでのう)」


 ニナがあたしに顔を寄せて小声で告げる。


「……なるほど。それで、いまニナがアンと言ったけど」


「あ、ええと、はい。わたしはアン・カニンガムといいます。魔法科初等部一年のDクラスです。よろしくです」


 そう言ってアンは軽く頭を下げるけど、何というか可愛らしい。


 Aクラスのクラスメイトが妙に大人びている分、これが普通の十歳なんじゃないかと思ったりする。


「はい、ウィン・ヒースアイルです。宜しくねアン。敬語とかいらないし、ウィンと呼んでね」


「はい……。あ……、うん、よろしくねウィンちゃん」


「そもそも何であたしなんかと友達になってくれたの?」


「ええと、ウィンちゃんて強そうだから、かな。わたしも強くなりたいなって思ったのがきっかけなの」


「そう? あたしなんかまだまだよ?」


 あたしとアンの会話に興味を持ったのか、ニナが口を開く。


「なんじゃ、アンは強くなりたかったのかの。それなら妾が武術を教えても良いのじゃ」


「え、ニナちゃん武術を教えられるの?! 私も興味あるわ!」


「ふむ、カレン先輩も興味があるのかの。それならまたいずれ、色々と場が整ったら相談するのじゃ。そのときまでアンもカレン先輩も少々待って欲しいのじゃ」


「分かったわ!」


「うん……」


 ニナの言葉にカレンとアンが頷いていたが、薬薬研のみんなも興味深そうにそのやり取りを伺っていた。

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