12.言動が段々血生臭く


 ライゾウとショーンが言葉を交わした直後、エルヴィスとコウはほぼ同時に視線を感じた気がして振り返る。


 振り返った先は祠の壁があったが誰も居ない。


 エルヴィスは念のため【風感知センスウインド】の魔法を使い、祠の中の空気の動きを調べるが自分たち以外の人間は居なかった。


「蜘蛛が居ますね……」


 コウの視線の先には、小指の先よりも小さな茶色い蜘蛛がじっとしていた。


「どうかしましたか?」


「いえ、何となく視線のようなものを感じたんですが気のせいでした」


「代わりにというか、蜘蛛が居ました」


 ショーンに問われてエルヴィスとコウが順に応える。


 蜘蛛という単語でショーンは考えるそぶりを見せ、コウが指で示した先を観察する。


 そして音も無く一足で蜘蛛の傍らに移動すると素手でそっと捕まえた。


 彼は無詠唱で取り出した布切れで蜘蛛を包んでから、再びそれを無詠唱で【収納ストレージ】に仕舞い込んだ。


「念のため、うち、、の魔法使いに今の蜘蛛を調べさせることにします」


「だれかに観察されていたということでしょうか?」


 ショーンの言葉にエルヴィスが問うが、半信半疑な様子だ。


「その辺も含めて、調べてみますね。私の仕事は、こういう積み重ねが大事なんですよ」


「大変なお仕事ですね……」


 コウがそう呟くが、ショーンは「もう慣れました」と言って笑った。




「参ったなあ、いきなり視線を感じたってだけで捕まえるなんておかしいよ」


 そう告げて、濃い色のロングコートを着込んだ男は目を開けた。


 彼は商業地区にある小さな公園でベンチに座っていた。


 自身が仕込んであった蜘蛛から急報が入り、遠隔で現在の視覚情報を受け取っていたのだ。


 自身が呪いを施して定点監視を命じていた蜘蛛は、学生らしき数名に同行していた男に捕獲されてしまった。


 知識が無い者が蜘蛛を調べても何も見つけられないだろうし、そもそも接続を切ったので自身が手繰られることは無い。


 そこは心配していなかったのだが、男は祠に目を付けた者たちをどう判断すべきか考えていた。


「もういっそ、自分の手でアレを開けるよりは、誰かが開けたタイミングでお邪魔する方が賢明かも知れませんね」


 そんなことを呟きながら、男はベンチから立ち上がる。


「学生さん……。矢張り私も手勢が欲しいところですね。デュフフフフ」


 男はねっとりと笑ってから商業地区の雑踏に消えた。




 応接間でお茶を頂いた後、あたしはそのままブルー様たちと早めの昼食を頂いた。


 ラム肉のサイコロステーキが入ったパイと野菜スープだったけれど、臭みも無くて美味しく頂けた。


 ホリーのお母さんが居たら挨拶しておこうと思っていたのだが、今日はお友達の奥様たちの所に出かけているとのことだった。


 昼食後にそろそろ失礼しようかと思ったところで、ホリーとグライフも出かけると言い出した。


 どうやらグライフが王都にある武術流派の道場に遊びに行くらしく、ホリーも同行するつもりらしい。


 あたしも誘われたけど、グライフとの試合で満足してしまったというかおなか一杯だったので、お断りしておいた。


 ちなみにブルー様は休日なので大人しく家で過ごすそうだ。


「それでは、今日は本当にありがとうございました」


「いつでも遊びにおいで、ウィン。君なら歓迎するよ」


 あたしは再度ブルー様に礼を言ってから、ホリーとグライフに手を振ってクリーオフォン男爵邸を後にした。


 その足であたしはデイブの店に向かう。


 ジェイクの件についてブルー様から聞いた話などをデイブにしたかったのと、詳しい話を聞けないかと期待したのだ。


 身体強化と気配遮断を行って移動して、直ぐに店に到着した。


「こんにちはー、デイブ居るー?」


「お嬢じゃねえか、こんにちは。いまお客の相手をしてるから裏に回ってくれ。勝手に茶とか淹れて飲んでくれていい」


「ありがとう、お邪魔しますー」


 どうやら今日はタイミングが悪かったらしく、デイブもブリタニーも接客中だった。


 お言葉に甘えてあたしはバックヤードに回り、適当にハーブティーを淹れて頂いた。


 しばらく経ってデイブがバックヤードに来たので、あたしは口を開く。


「突然ごめんね、忙しかったら夜にでも連絡するけど」


「別に今で構わねえよ。今日はどうした?」


 そう告げながらデイブは自分でティーサーバーを使い、ハーブティーを淹れて飲み始める。


「うん、さっきまでクリーオフォン男爵邸に伺って、ブルー様とグライフさんに会って来たわ」


「おおそうか。グライフの兄貴はどうだった?」


「いやもう、大変だったわよ。渦層流ヴィーベルシヒトを使ってもらって試合をしたけど、ものすごい連撃で捌ききれなくてギブアップしたわ」


「はは、そりゃそうだわな」


「途中まではグライフさんもフェイントとかを使ってたものの、まだ対処できたの。でも手数重視の謎の剣筋で攻めてきて、いつもの技とかじゃ対処できなくて突きの連撃を使ったわ」


「それで?」


「五秒で諦めて距離を取ってギブアップ宣言した」


「ははは、さすがお嬢だな。初見で五秒持てばいい方だろ」


「正直、武術流派としての試合だと勝ち筋が思いつかなかったわよ」


 そこまで喋ってからあたしはハーブティーを飲みほした。


 その様子を面白そうに伺いながらデイブが告げる。


「真っ正直に打ち合ったらそうだろうさ。ダメージ覚悟で一撃を重くして持ち手を狙っていくか、気配遮断と足を使って打ち込むかだな」


「試合でそれってアリかしら?」


「そう思うなら、色々考えて挑んでみたらいいと思うぜ。グライフの兄貴はこの冬は王都に居るみたいだからな。クリーオフォン男爵邸で厄介になるらしい」


「考えとくわ」


 そう言ってあたしはため息をついた。




「用件はそれだけか? おれとしては例の呪いの騒動の話をするのかと思ってたんだが」


「確かにそっちがメインのつもりで来たわ。ブルー様達ともその話をしたもの」


 先にデイブにグライフの話を振られただけなんですけど。


「そうか、あの男爵様の見解が聞けるなら、そりゃ面白そうだな」


「と言っても、表に出てる話に色を付けた程度だけどね――」


 あたしはデイブにブルー様達と話した内容を説明した。


 ブルー様がジェイクやアイリスのことを把握していたことや、ジェイクがアイリスと同様の扱いになりそうなこと。


 逃げた犯人が裏社会でステータス情報を弄る可能性を、グライフが指摘していたこと。


 呪いは共和国の魔族が得意とするが、彼らの目は内政に注がれていること。


 神官が呪いを覚えたのか、呪いを使える者が神官に潜んでいたのかということ。


 そういった内容だ。


「なるほどな。確かに新しい話はねえが、ウィンの先輩の生徒がまた学院に通えそうなのはいい情報じゃねえか」


「確かにね。その辺りが無かったらデイブと一緒に今ごろ、逃げた犯人を狩り出す相談をしていたかも知れないわ」


 そう告げて努めて冗談めかして微笑んだが、デイブはしょっぱい顔をした。


「なんつうか、お嬢はこっちに来てから言動が段々血生臭くなってねえか?」


「そんなことないわよ」


 うん、たぶん。


「そうか? その歳であんまり切った張ったのノリに染めると、おれがジナの姐御に吊るされるからよ……」


「だいじょうぶ、だとおもう」


 たぶん。


「そうか? まあいい。折角だからもう少し具体的な話をしておこう」


「具体的な話? ちょっと防音にするわ」


 あたしは【風操作ウインドアート】で見えない防音壁を用意した。


「ああ。まず今回逃げた奴は、名前はアイザック・エズモンドで二十代後半の男だ。王立国教会の観測部に所属して仕事してたらしい――」


 現場の連中からは概ね「信じられない」という声が出たけれど、「好奇心に取り付かれるような奴だった」という声もあったそうだ。


 国教会に入る前は学院で勉強していたそうなので、あたし達のOBということになるらしい。


 逃げた当日の足取りとしては、午後に突然体調不良を訴えて早退し、そのまま帰宅したようだ。


 だが街の情報屋などから目撃証言を集めても、商業地区に入ったところで足取りが途切れるとのことだった。


「ええと、……教皇様なんかはあの辺の集合住宅に住んでた気がするけど、そういうところに帰った訳でも無いのね?」


「そうだ。とにかく、足取りがキレイにフッと消えてるんだわ。この場合考えられるのは二つだ」


「二つ? 何かしら」


 碌な話でも無さそうな予感がしたので、あたしは覚悟して聞くことにした。


「一つは他に居た仲間や黒幕に処分された。もう一つは裏社会かどこかの国の暗部などが逃亡を助けた」


「国が逃げるのを助けたっていうの? 冷たい言い方だけど、そのケースなら切り捨てた方が今回は楽じゃないかしら」


 あたしの言葉を耳にして、デイブはじとっとした目をこちらに向けてくる。


「お嬢、おれが言うのも何だが、ホントにこっち側に染まり過ぎてねえよな?」


「だいじょうぶ、……だと思う。……思いたいです」


「まあいい。今挙げたのはあくまでも可能性の話だ。現状ではこんな感じだな」


「分かったわ」


「……一応クギを刺すが、今回は王都でヒマしてる賞金首狙いの冒険者が動いてる。もしお嬢もやりたいならおれに相談してくれ」


 そう言ってデイブは再度じとっとした目をあたしに向けた。


 いや、あたしそこまで血生臭くないですから、ホントに。


「やらないと思うけど、ちょっと思いついたことはあるわ」


「どうしたんだ?」


「その逃げた人、アイザックだったかしら? 学院のOBよね。卒業生ならその人の活動の痕跡みたいなものが残ってないかしら?」


「どうだろうな。……その辺は衛兵も国も思いつくだろうから、資料として残ってるものは回収してるだろうよ」


 まあ、それはそうか、学院は王立の組織だし。


「確かにそうかもだけど、念のため調べてみるわね」


「ああ。とりあえずお嬢が血生臭いことをしそうになったら、一言おれに相談してくれ」


「…………納得いかないけど分かったわ」


 そこまで自分の思考回路がヤバくなってる自覚は無い。


 でも、気づいたときは手遅れだったら確かに嫌だなと、あたしは考えていた。


 デイブとの話を終えた後、あたしは商業地区を散策してから寮に帰った。

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