06.熱が何となく残ってる気がして


 午後の授業が終わり、いつものメンバーで部活棟に移動した。


 今日はあたしは薬草薬品研究会で過ごすつもりだった。


 だが移動の道すがら、何となく熱気というか、妙に人が一か所に集まりつつあるような気配を感じる。


 立ち止まって気配を読むのに集中してみると、どうやら食堂に人が集まり始めているようだ。


「ねえ、今日の放課後って、食堂で何かあったかしら?」


「ん? ウィンちゃんどしたん? 食堂……、はどうやったかな」


 サラは特に情報を持っていないようだ。


「特にわたくしも知りませんわ」


「そう言われてみれば、確かに食堂に向かう気配が多いような気がするのう。こういう事は結構あるのかの?」


「ちょっと覚えが無いと思います。強いていえば食堂に集まるなら、料理研究会の人達かも知れないですけれど」


 みんなも心当たりは無さそうだ。


「気になるなら行ってみますかウィン?」


 キャリルがそう言ってくれるが、風紀委員会として介入するべき事態なら早めに動く方がいいかも知れないんだよな。


 ただ、あたしは今週は平和に過ごしたいんだよ。


「面倒ごとは関わりたくないけど、予備風紀委員として巻き込まれるなら最初に介入した方がいいのも事実なのよね」


「ウィンは心配性じゃのう。まずは様子見だけして、必要なら先生たちに通報するだけでも風紀委員の仕事として十分と思うのじゃ」


 ニナの言葉は一理ある。


 ここの所、色々と巻き込まれて感覚がマヒしつつあったけど、先生たちへの通報で済むならそれでもいいか。


「確かにそうね。気がかりなのは事実だし、ちょっとだけ様子見に行ってみるわ」


「どんな感じなん? 危険そうな雰囲気やったらウチ達は遠慮した方がええかも知れへんけど」


「ええと、危険というよりは熱気みたいなものを感じるわね」


「そうじゃな。祭りの類いに近い気配じゃが、そこまで荒ぶっている訳でも無いしのう。イベントごとに近い感じがするのじゃ」


「そうね、そんな感じかしら」


「わたくしも予備風紀委員としてウィンに同行しますが、皆さんも興味があるなら様子見に行ってみますか?」


 キャリルの問いに、サラもジューンもニナも首を縦に振った。


 ニナの見立てた「イベントごと」という言葉が気になったのかも知れない。


 そうしてあたし達は食堂に向かった。




 食堂に入ると、いつもの放課後に比べて男子生徒が多い気がした。


 同時にあたしは知った気配にすぐ気が付き、みんなとそちらに移動すると料理研究会の生徒たちが集まっている。


 そこにはエリーやカリオの姿もあった。


 そして料理研究会の生徒に混じって生徒会副会長のローリーの姿もある。


 ローリーの姿に気づいたあたしは、改めて周囲の男子生徒たちの顔を確認した。


 すると、先日の玉ねぎ剥き作戦オペレーション・ピーリングオニオンズで制圧したときに見た顔が多い。


 非公認サークル『地上の女神を拝する会』の男子生徒ばかりだという事に、ようやく気付いた。


「おおいみんな、どうしたんだ?」


 あたし達に気づいたカリオが声を上げ、こちらに歩いてきた。


「部活棟に移動しようとしたら、食堂に人が集まってる気がしたから様子見に来たのよ。特にイベントのようなものは無かったハズだし。必要なら風紀委員会として介入する必要があるかと思ってたのよ」


 あたしがそんなことを言うと、周囲の男子生徒から何となく視線を集めている気がした。


 ただ、そのほとんどは敵意とかじゃなくて、畏れに近い視線のような気がする。


 あたし、そこまで警戒されるような生徒では無いんですけど、たぶん。


「わたくしもウィンと同じですわ。他のみんなは付き添いで来てくれたんですの」


「それで、これはどういうイベントごとなのじゃ? 何やらこの場の男子生徒たちの(心地よい)熱気のようなものを感じるのぢゃ」


 ニナがさりげなく何かを小声で言った気がするが、あたしはスルーすることにした。


「うーん……イベント、かなあ? 先週末の段階でローリー先輩から料理研の部長に連絡があって、その件でみんな集まってるんだ」


「副会長さんからの連絡なん? それってもしかして……」


「ああ。先週の『地上の女神を拝する会』が関係する、模擬戦騒動のお詫びだってさ。お菓子を配りたいって話が持ち込まれて、みんなでクッキーを作ることになったんだ」


「「「ほほう?」」」


 カリオの説明を聞いて、反射的にあたしとサラとニナが声を上げる。


「試食もするだろうし、みんなも時間があるようなら手伝ってくれると助かるな。たぶん、菓子作りをやったことがない男子生徒が殆どだろうから」


「良かろう! お安い御用なのぢゃ!」


 ニナは即答した。


 あたしを含め、その他の実習班のメンバーも、そういうことならと手伝うことを決めた。


 それをカリオに伝えると、周囲の『地上の女神を拝する会』の男子生徒たちが感謝の声を上げたり拍手をしてくれた。


 おおげさだろお前ら。


 ニナは彼らに手を振って応えていたけれど。




 手伝いと言っても今回はクッキーである。


 材料を量って順番に混ぜていき、型で抜いて最後に焼くだけだ。


 幸い料理研の伝手で食堂の冷凍室が使えるようだから、生地を寝かせるのも問題は無い。


 オーブンも使えるそうなので、大量生産できるだろう。


 あたしやキャリルは予備風紀委員ということは知れ渡っている。


 だからあたしとキャリルに表立って妙な行動をしてくる者は、この場では居ないだろう。


 実際、以前サラに言い寄った獣人の生徒たちの顔も見かけたけれど、あたし達から離れた場所で大人しくしている。


 でも他の実習班のメンバーを、一人で男子生徒の集団に放り込むのも不安だった。


 そういうことでエリーも入れて、三人一組で手伝いに回ることにした。


 あたしはニナとエリーと組み、残るキャリルとサラとジューンで組んでもらった。


 そうしてクッキーづくりが始まったけれど、混ぜる作業は全部『地上の女神を拝する会』の男子生徒たちに丸投げした。


 初めは言われるままに手を動かしていた男子たちだったが、最初の型抜きができる段階に突入すると彼らのテンションは一気に上がった。


「おれ、菓子作り楽しくなってきたかも!」


「ハート形ってなんか安心するな」


「やってみると意外と簡単だな!」


「でもさ、道具とか揃えるの大変じゃない?」


「バカ、それはそうだけど、菓子作りとか料理とかできたら女子にモテそうな気がするだろ?」


 男子たちはそんなことを好き勝手に喋りつつ、思い思いにクッキーの型抜きを行い、最初のロットを料理研究会の生徒たちがオーブンで焼き上げた。


「はい、できましたよー」


 料理研の部長がそう宣言し、『地上の女神を拝する会』の男子生徒たちのところに焼き上がったクッキーが運ばれた。


 そしてみんなで試食すると、彼らのやる気に完全に火が点いた。


 確かに焼き立てのクッキーは美味しいんだよね。


 ローリーがその場の男子たちに叫ぶ。


「みんな、この味なら行けるぞ! 僕たちの汚名挽回どころか、好感度も上がるかも知れない! 場所を貸してくれている食堂のスタッフさんや料理研の皆さん、飛び込みで手伝ってくれている人たちに感謝しながらジャンジャン作ろう!」


『応っ!』


 その後は流れ作業である。


 どうやらローリー他、『地上の女神を拝する会』幹部数名が昨日のうちに市場で材料を大量に買い込んだらしい。


 マジックバッグから材料がどんどん取り出され、食堂はちょっとしたクッキー工場状態になっていた。


 やがて男子たちは作業に慣れて行ったので、適当な頃合いであたし達は引き上げることにした。


 今回は揉め事とかでは無かったし、料理研が協力しているならエリーも居るから大丈夫だろう。


 実習班のみんなに声を掛けるが、そろそろここを離れることに賛成してくれた。


 なし崩し的に巻き込まれたというか巻き込んだという感じなので、彼女たちも自分たちの部活に行きたいだろう。


 そう思ってエリーに一言告げてから去ろうとしたところ、その場の男子たちから声を掛けられた。


必殺委員キラーモニターさんと、真銀の戦槌ミスリルウォーハンマーさん、それからお仲間の皆さんも待ってくれまいか」


「あのー、あたしその呼び名凄くキライなんです。ウィンって、名前で呼んでくれませんか?」


 少々冷ややかな視線でそう告げると、呼び止めた男子の一人が口を開く。


「僕ら程度が君の名前を呼んでも構わないのかい?」


「どういう意図でそう言っているのか分かりませんが、ヘンなあだ名で呼ばれるくらいなら名前で呼んで欲しいです」


『ごめんなさいウィンさん』


 お前らなぜ謝る。


「よく分からないけど、あたし達そろそろ行きますね。皆さんはもうクッキー作りは覚えたじゃないですか」


「君たちに手伝ってもらった礼を渡そうと思ったんだ」


「――おまたせー。こんな包みで悪いけど、焼き立てのクッキーをお礼に差し上げるよ」


「もう味見してくれたけれど、良かったら持って行ってくれないか?」


「せめてものおれたちの感謝の気持ちだ!」


 彼らは口々にそう言って、あたし達にクッキーの入った紙包みを渡してくれた。


 飾り気は無い包みだったけれど、焼き立てのクッキーの熱が何となく残ってる気がして、少し温もりを感じた。


 こんなに大量に貰ってもいいものだろうかとも思う。


 それでも彼らの向こうで、ものすごい勢いでクッキーが焼かれていくのが見えるし、大丈夫なのかも知れない。


「気を使わせて済みません」


「そういう事ならありがたく頂いていくのぢゃ」


「先輩たちおおきに!」


「ありがとうございました」


「確かに頂きましたわ」


 あたし達は彼らに礼を告げて食堂を去り、自分たちの部活に向かった。


 今週は平和に過ごせるかもしれない。


 部活棟に向かってみんなと歩きながら、この時あたしはそう考えていた。

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