07.木々が秩序無く生い茂り


 食堂でクッキー作りを手伝った後にみんなで部活棟に移動し、あたしは薬草薬品研究会に向かった。


 着いて早々貰ったばかりのクッキーを提供し、薬薬研のみんなとハーブティーで一休みした。


「けっこう美味しいわよウィンちゃん!」


「料理研が製作に関わってますし、上手に出来てると思いますよ」


 カレンが嬉しそうにクッキーを頬張っているが、他のみんなの評判も悪く無い。


「『地上の女神を拝する会』の男子がお詫びで作った、か。しっかりできてると思うわ」


 部長のジャスミンもご機嫌な声でそう告げた。


 お礼として貰ったクッキーは、けっきょくその場で食べきった。


 どうせ一人で食べきれる量でも無かったので、ちょうど良かったかも知れない。


 その後はいつも通り【鑑定アプレイザル】と【分離セパレイト】を組合わせるのを練習して、適当なところで切り上げた。


 寮に戻って姉さん達と夕食を食べている時に、クッキー作りを手伝った話をした。


「――それでウィン、その料理研監修のクッキーはまだ残ってるのかしら?」


「…………あ」


 明らかに期待した目をアルラ姉さんに向けられたが、あたしは既に部活で消費してしまっていた。


「ごめん姉さん。薬薬研のみんなと食べちゃったの……」


 それを告げた次の瞬間、笑顔はそのままにアルラ姉さんは固まり、昏い闇属性魔力が一瞬姉さんに集中したのを感じた。


 だが直ぐにその魔力は発散してしまった。


「そういう事なら仕方ないわ。ウィンは意外と薄情よね……」


「ごめんね姉さん。そこまで頭が回らなかったの」


 あたしとアルラ姉さんのやり取りを見ていたキャリルが、微笑んで告げる。


「彼らから貰ったクッキーはまだ残っておりますわ」


 そう言って彼女は【収納ストレージ】からクッキーの包みを取り出して、アルラ姉さんとロレッタに提供する。


 ナイスフォローだキャリル、さすがあたしのマブダチだ。


「ああ、これは美味しいわね。バターもしつこく無いし、甘さも控えめだわ」


「ウィンはこれを食べきったのね……。うん、美味しいわ」


 ロレッタとアルラ姉さんが順にそう告げるが、機嫌は良さそうだ。


 食べ物の恨みは恐ろしいし、これからはもっと気を付けようとあたしは脳内にメモした。


 食後は自室に戻り、いつも通り過ごして次の日になった。




 翌日、いつも通り授業を受けていたのだけれど、休み時間にいつもと違う光景があった。


 普段見掛けないような男子生徒たちが、集団であたし達のクラスを廊下から伺っているのだ。


 似たようなことは以前ライゾウがしていた気がするけれど、今回の連中は微妙に浮かれている気配を感じる。


 そういえば廊下に居る男子生徒たちの何人かは、昨日のクッキー作りの時に見かけた顔な気がするな。


「何かしらね、あれは?」


「分かりませんわ。ただ、昨日わたくし達が手伝ったクッキー作りの時にいらっしゃった人たちのような気もします」


 キャリルも同意見か。


「先手を取って、こちらから声を掛けてみる?」


「まだ何かをした訳でもありませんし、しばらく様子をみましょう」


 あたしとキャリルは休み時間にそんな話をしていた。


 だが彼らの姿はお昼になる頃には見かけなくなっていた。


 結局謎のまま時間は過ぎ、放課後になった。


 カリオも含めた『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー(うた)』の五人は学院の正門前に集まっていた。


「それじゃあ手はず通り、俺は地上の街に直接向かうぞ」


「ああ、また後でな」


 カリオとレノックス様がそんなやり取りをしてから、カリオは気配を消して王都の南門の方に走り去った。


 あたし達も身体強化や気配遮断などを発動し、王宮に向かう。


 装備を整え転移の魔道具で王都南ダンジョン地上の街に移動し、待ち合わせ場所にした衛兵の駐屯所の前で時間をつぶす。


 程なくここまで走ってきたカリオが現れ、気配の遮断を解いた。


 レノックス様がカリオに声を掛ける。


「疲れは無いか?」


「大丈夫だぞ」


「忘れないうちに魔道具に魔力を登録してしまおう」


「分かった」


 レノックス様とカリオは二人で駐屯所に入り、少し経つとまた外に出てきた。


「無事に登録できた。先ずは第十一階層入り口まで移動して、小休止しながら簡単に打合せをしよう」


 レノックス様に促され、あたし達はダンジョンに移動した。




 前回王都南ダンジョンに来た時に第十一階層の入り口から少しだけ見えた光景が目の前に広がる。


 様々な太さの木々が秩序無く生い茂り、数十メートルから先の視界は緑で遮られている。


 入り口から向こうの木々を見れば、その根もまた好き勝手に伸びて人間の立ち入りを歓迎していない感じがする。


 そこはまさにジャングルだった。


 幸いにもこの階層の入り口の辺りは木々が無く、ちょっとした広場のようになっている。


 気温がずい分高い気がするけれど、ロングコートは脱いでしまおうかと一瞬脳裏によぎった。


「やっぱり暑いねえ」


「そうね。この服装だときついかも知れないわ」


 コウとそんなことを話す。


「みんな【風操作ウインドアート】は使えるだろ? 自分の周囲で風を循環させるようにイメージすれば大分マシになるぞ」


 カリオがそう言ってお手本を見せてくれる。


 確かに難易度的には、連絡で常用する【風のやまびこウィンドエコー】が使えるなら可能なレベルの制御だ。


 結局その場で三十分ほど試して、みんな熱帯の中でも耐えられるようになってしまった。


「全く、暑いって分かってたなら、昨日の打合せで教えてくれても良かったのに」


「でもウィン、実際にここに来て試したほうが、ホントに効くか確かめられるし手っ取り早いだろ?」


「カリオ、そうだとしても次からは出来るだけ早めに教えてくれ」


「分かった、そうするよ」


 カリオはレノックス様に言われて少し反省したようだ。


 事前に想像しなかったあたし達も甘かったんだけど。


 その後、縦列の陣形で進むことやカリオの役割分担の話をした。


 カリオには攻め手の補助をメインにして、斥候と遊撃の補助も担当してもらうことにした。


 あたしたち全員が周囲の気配察知をそれぞれで行っていることを説明したら、納得したような顔をして頷いていた。


 そしてあたし達は移動を開始した。


 基本的には冒険者などが踏み固めた道を進むが、魔獣の気配を感じたらジャングルに分け入って大きく迂回するようにした。


 草原のエリアで採用した移動の方針だったけれど、ジャングルの植物が行く手を遮るので、移動速度は本来の六割ほどに落ちてしまっている。


 必要ならあたしの得物で枝やツタや草を刈って進んでいるが、本来はどう進むのが正解なんだろうな。


 それでも丁寧に進み、農場を見つけたのであたし達は立ち寄った。


 農場といってもかなり広いうえに、魔法で作ったのか土壁で覆われている。


 ちょっとした砦みたいな雰囲気だなこれ。


 入り口に向かうと農場に雇われたらしい冒険者が警備していた。


「こんにちは。あのー、ジャングル内の農場でフルーツとか売ってくれるって聞いたんですけど」


「ああ直売かい? 壁の向こうが農場で、その奥の建物に農場主のおっちゃんが居るから訊いてみてくれ」


 あたし達は礼を言って中に入らせてもらった。


 いちおう冒険者登録証を見せた方がいいかを訊いたけど、作物を盗む奴は農場内でも見張っているから人間は素通りさせているとのことだった。


 南国風の背の高い作物が整然と植えられた畑の中を進み、案内された建物であたし達はフルーツを買うことが出来た。


「ウィンはそんなに買い込んでどうするんだい?」


 少々呆れたような顔を浮かべてコウがあたしに訊いた。


 コウやカリオもフルーツを買っていたけど、マンゴーとかパイナップルとかバナナを少量ずつ買った感じだ。


 それに対しあたしは、日本の記憶でいえばスーパーの買い物かごで三つ分くらいは買い込んだ。


「自分用に少し取って、残りを姉さんとか先輩とかにあげようと思ったのよ」


 そう応えながらあたしはフルーツを【収納ストレージ】に仕舞い込んだ。


 このくらい多分すぐ無くなると思うし、処分に困ったら料理研に持ち込めば何とかしてくれるだろう。


 その後移動を再開し、時間は掛かったものの無事に第十一階層の出口に辿り着いた。


 そのまま第十二階層の入り口に向かい、転移の魔道具に魔力を登録してから小休止に入った。

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