05.天気や地形という話が


 ホリーに案内してもらった喫茶店の名前は『木漏れ日の温もり亭』だったが、場所は覚えたのでまた今度来ようと思う。


「それで、このあとはどうする?」


 あたしは特に予定も無かったので、ホリーに話を振ってみた。


「特に予定はないけど、雑貨屋さんでも見て回ろうかなって思ってたわ」


「あたしも付き合っていい?」


「別に構わないわ」


 ホリーが雑貨屋を見て回るというので、あたしも同行して時間をつぶしてから二人で寮に戻った。


 寮に戻ってからは、キャリルとロレッタが王都の伯爵邸タウンハウスで夕食を食べてくるという事なので、姉さんと夕食を食べた。


 その後は日課のトレーニングをして寝た。




 一夜明け、週が明けて十一月の第四週になった。


 朝のホームルームを過ごしながら、あたしは最近の出来事を考える。


 先週は『連続男子生徒丸刈り事件』の対応に追われたけれど、本来この時期は大きな学校行事が無い。


 だから勉強なり部活なりに集中できる時期のハズだけれど、風紀委員会に所属している以上色々と巻き込まれている。


 事件が起これば面倒でイヤになるけれど、それでも委員会の活動を通じて顔見知りが増えていくこと自体は、あたしの楽しみになりつつある気もする。


 知り合いが増えるという事は、何かあったときに相談できる相手が増えるということだ。


 それはつまり、あたしがラクができる伝手が増えるという事に他ならない。


 やはり、ラクこそ正義である。


 あとは何かあったときに巻き込まれることを、どう考えるという問題だけではあるのだが。


 差し当たって風紀委員会として気になるのは『闇鍋研究会』の動きと、学内での呪いのアイテムの流れだろうか。


 今週は平和に過ごしたいな。


 そんなことを考えながら、ホームルームの時間を過ごした。


 その後いつも通り午前の授業を受け、昼休みになった。


 実習班のメンバーと昼食を食べたあと、あたしとキャリルは『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー(うた)』の打合せをするために魔法の実習室に向かった。


 するとそこにはコウとレノックス様に加えてカリオの姿があった。


「ようキャリル、ウィン」


「あ、カリオだ」


 あたしは打合せのために【風操作ウインドアート】で防音壁を作る。


「カリオも居るということは、わたくしたちのパーティに加わることが決まったんですのね」


「そういうことだ。オレの家の方から許可が出た。その関係で昨日カリオを王宮に呼び、魔道具に魔力を登録しておいた」


 キャリルの問いにレノックス様が応えたが、その声は少し弾んでいる気がした。


 カリオが加わったのが嬉しいのかも知れないな。


「あとは次にダンジョンに行くとき、俺が現地に直接行けばいいんだな?」


「そうだ」


 カリオの問いにレノックス様が即答する。


「衛兵の駐屯所まで魔道具で行けるなら確かに楽でいいな。俺としては草原の中を自分の足で走るのも好きなんだけど」


「それならムリに魔道具で行かなくても、走って行ってもいいのよ――カリオだけ」


 あたしがそう言うと、カリオはイヤそうな顔を浮かべる。


「べつにそこまで走りたい訳じゃ無いって。……というかウィンは分かって言ってるだろ」


「どうかしらね」


 あたしがニヤニヤしながら応えると、カリオはため息をついた。


「それで、次回のダンジョン行きはいつも通り明日でいいのかい?」


 あたしとカリオのやり取りを苦笑して見ていたコウが口を開いた。


 コウの問いに対しては特に誰からも異論が無かったので、次回のダンジョン行きは明日に決まった。




「それで、次回のダンジョン攻略だが、そのまま進んでも構わないだろうか? 第十階層のボスに挑みたいというなら、オレはそれでもいいと思っている」


「それに関してはカリオから参考意見を聞きたいわね。あたし達のダンジョン行きは鍛錬が目的だけれど、第十一階層以降は魔獣のランクはすべてC以上になるわ」


「確かに第十階層のボスがCランクだったから、先に進んでしまってもいい気がするけれどね」


 レノックス様の問題提起に、あたしとコウが順に口を開く。


 あたしとしてはコウと同意見だ。


 第十階層にこだわらずに先に進んでしまってもいい気がする。


「参考意見か……。俺は先に進む方が鍛錬にはいいと思う。魔獣のランクの話が出たけれど、階層の厄介さは確実に第十一階層以降の方が増してくる」


「厄介さ、ですの?」


「ああ。みんなはダンジョンの予習はしてあるってレノから聞いてるけど、第十一階層から第二十階層はジャングルだ。これは待ち伏せをしている魔獣の方が有利なんだ」


「ですが、わたくし達はみな気配が読めますわ」


「それも聞いている。でも、ジャングルの植物が茂っている上に時々激しい雨が降ってきたり、足元が急にぬかるみから泥とか沼地に変わったりするんだ」


「草原のようには行かないね」


「そうなんだ。魔獣は自分の縄張りの天気や地形変化は慣れてるけど、俺たちは変化するジャングルに慣れる必要がある」


「その分が厄介という事ですのね」


「ああ。でもホントにやばかったら、ジャングル内にも農場があるからそこに逃げ込むのも手だけどな」


 ダンジョンのジャングルを利用した農場か。


 それは初めて聞いた気がするな。


「農場なんてあるのね」


「あったぞ。俺が行ったときに立ち寄ったら、新鮮なフルーツを売ってくれた。フルーツの他には香辛料とかサトウキビとかが栽培されてるみたいだな」


 ヤバい、新鮮なジャングル産フルーツと聞いて、農場に寄りたくなってしまった。


 サトウキビもダンジョン産だったのか。


 けっこう王都って王都南ダンジョンに依存している気がするな。


 そりゃ各階に転移の魔道具が整備されるよね。


「あたしフルーツ買いに行きたいかも……」


「売ってくれた農場のおっちゃんの話だと、王都で買うより少し安いそうだぞ。寄ってみてもいいかもな」


「それは行くしかないでしょ!」


 あたしは反射的にそう応えてしまった。


 安さとかお手ごろ価格というのは、見過ごせないと思うんだ、うん。


「そうか? ……俺からの参考意見はその位だ。質問なんかがあったら応えるぞ」


「ジャングルの天気や地形という話が出たけど、キャリルの鎧はジャングルでも行けると思う? もっと軽い素材のものにした方がいいかしら?」


「鎧に関しては本人の慣れの問題じゃないかな? でも俺としてはキャリルの場合は戦槌ウォーハンマーが少し心配だったりするけどな」


「どういうことですの?」


 自身の武器が心配と言われ、キャリルが怪訝な表情を浮かべた。


「単純に周囲を樹々に囲まれた空間で、長物をブン回せるかが気になっただけさ。武術研の時はともかく、実戦でのキャリルの腕は知らないからな」


「そういうことですの。……でしたら今使っているものと短いものを何本かと、短めの槍を持って行きますわ」


「そういうことなら問題無いかな。他には無いか?」


 槍という言葉を聞いて納得したのか、カリオは質問を促した。


「基本的なことだが、出現する魔獣について確認して構わないだろうか?」


 レノックス様がカリオに質問をするが、現地で出てくる魔獣の話は確かに気になるかも知れない。


 だが、事前に攻略本などで集めた情報からは外れていなかったようだ。


 魔獣のランクは全てCで、出てくるのはハ虫類、昆虫、スライム、亜人、鳥などだ。


 脅威度は上位か下位かでいえば、スライムだけが上位で他は下位とのこと。


 また、亜人はオークが出るらしい。


「オークって豚とかイノシシの亜人だよね?」


「確かそうだったはずだな。俺が戦った奴らはそんな感じの魔獣だったし、第二十階層のボスもオークの上位種だった」


 コウの問いにカリオが応える。


 そういえばまだ少し先だけど、ボスとの戦いも考える必要があるんだよな。


「第二十階層のボスって、個体のランクがBだったわよね? 群れでの動きはどうだった?」


「塊になって集団で突進してくるのが、向こうの基本戦術みたいだった。簡単にいえば、こっちにとっては対騎馬戦闘みたいなもんだ。だから側面を突くのがカギだと思うし、実際そうしたぞ」


「第二十階層についてはまた近くなってから考えればいいだろう。――結局のところ、第十階層のボスは挑まずに先に進むということでいいだろうか?」


 あたしとカリオの話に横からレノックス様が口を出した。


 そういえば元々は、第十階層のボスをどうするかという話があったのだった。


 みんなを見渡すが、レノックス様の言葉に特に異論は無さそうだ。


 カリオの話を聞いているうちに、みんなそちらに意識が移ったのかも知れないけれど。


「よし、じゃあ明日のダンジョン行きは第十一階層攻略から始めよう。――そろそろ昼休みも終わるし、打合せはこの辺りで切り上げるぞ」


「そうだね、追加の質問があるようなら、また放課後にでもカリオに訊こう」


「いつでも訊いてくれ」


 そんな感じで『敢然たる詩』の打合せは終わった。

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