04.主導権を握られること


 お昼になったので、あたしはホリーの案内で彼女のお勧めの喫茶店に向かった。


 何でも伝統的なミートパイが絶品らしく、テーブル席に着いて同じものを注文し二人で待つ。


 休日のお昼時ということもあって、店内はそれなりに混んでいた。


「ホリーは結構こういうお店に来るの?」


「そうね、地元だからね。ここのお店はちっちゃい頃から通ってるわ」


「そうなんだ。……ということは、ホリーに訊けば王都のオススメの店とかを教えてもらえるのか」


「教えるのはいいけど、自分で探したほうが楽しいわよ?」


「それはそうね」


 ホリーと話していると、店員さんがミートパイと野菜スープを持ってきてくれた。


「……ずい分シンプルね」


「ふっふっふー、そう言うと思ったわよ。まずは食べてみて」


 出てきたミートパイはこんがりと焼かれていて、一人用のやや大き目の皿の上にでーんと乗っかっており、ソースも何も掛かっていない。


 見た目は半円形のパイだけど、地球でいう餃子のように丸い生地に具を入れて包み、端を閉じている。


 ナイフとフォークが付いてきたので、それでミートパイを割ってみると芳醇なビーフの匂いがした。


 あ、これ美味しい奴だ。


 ナイフで適当なサイズに切り、パイ生地と一緒に中の具を口に放り込む。


「ふん、ほひひい!」


「でしょー!」


 牛のひき肉にジャガイモと玉ねぎ、あとは根菜が入っているか。


 それらの具材がハーブで味を調えられ、ちょうどいい塩加減で牛肉の旨みを味わうことが出来た。


 下味はたぶん野菜を煮しめたスープを使っているだろうけど、口の中でひき肉のゴロゴロ感を邪魔しないで深い味わいにしている。


 そこにパイ生地の食感が加わって口の中に幸せが届けられている。


 期待していなかったわけでは無いけど、こんなシンプルなミートパイでもこんなに美味しいんだな。


「これ、おかわりしちゃいそうね」


「別にいいけど、キチンと食べきってから注文した方がいいわよ。けっこう一個でもボリュームがあるから」


「確かにそうね。……ところで今日はどうだった? 少しは稽古になったかしら」


「それは想像以上だったわよ。――周りを防音にしましょうか」


 そう言ってホリーは【風操作ウインドアート】を使った。


「別にグチってわけじゃ無いから気にしないで欲しいけど、デイブとウィンに置いてきぼりにされたじゃない? あれは衝撃だったわ」


 そう言ってホリーは苦笑いを浮かべる。


「気配のすり替えね。口で説明されるよりも、実際に体感した方が分かりやすかったんじゃない?」


「確かにあれは口頭で説明されるよりも、目の前でやられた方が分かりやすかったわ――」


 反省会という訳でもないけれど、あたしとホリーはしばらく鬼ごっこの話題で盛り上がった。




 その間にミートパイは食べ終わったけど、確かに二個目はちょっときついかも知れないなコレ。


「ところでウィン、さっきお店を出る前にデイブと何か相談していたでしょう? 何か困りごとでもあったの?」


「あー……、ごめん。話していいかあたしでは判断できないの」


 キャリルはデイブには話していいとは言われたけど、ホリーに話していいとは言われて無いんだよな。


「そっかー」


「それでね、脈絡が無い話だけど、この時期に貴族家の晩餐会が開かれるのは結構あることなの?」


 あたしの言葉でホリーは何かを察するが、直ぐに考え込む。


 そして注意深く口を開いた。


「晩餐会が開かれるには少し早めかしらね。とはいっても、来月になれば大きな貴族家は割と開くかしら」


 貴族の社交シーズンは春だった気がするので、ホリーの話は参考になりそうだ。


「貴族の晩餐会の目的は、情報交換や顔つなぎよね?」


「それを言ったら、貴族の集まりはほとんどがそういう目的よ」


 それはそうか。


 食事の席や趣味の集まりで顔を合わせ、情報を交換して大切なことを決めたりするのだろう。


「晩餐会はやっぱり同じ派閥で集まって行われるの?」


「それは目的によるわ。派閥をまたいで情報を交換したいときは、むしろ派閥を気にするよりも、出来るだけ爵位が高い貴族家を呼ぼうとするわね」


 キャリルの家、ティルグレース伯爵家が晩餐会を開く目的は分からないけど、情報収集云々と言っていた。


 そこから判断すれば、派閥をまたぐ晩餐会という事になるのかも知れないな。


「なるほどね。貴族ってめんどくさいわね。あたしには想像もつかない世界よ」


「王国は派閥が分かれていることもあるしね。個別の貴族同士のつながりの他に、派閥のしめつけもあったりするらしいわね」


「派閥かあ……。基本的な話だけど、王国の貴族派閥って北の公国と南の王国の関係で決まるのよね」


「そこは表の部分ね。実際には貴族たちの利益の話も絡むからめんどくさいわよ」


 ホリーに利益と言われ、反射的に学校の授業で先生が話していた、王国の地理的な情報が頭によぎる。


「利益って、やっぱり産業のこと?」


「産業もそうだけど、前に母さんから派閥の話を聞いたことがあるの。その時の話では、派閥を作る根っこには穀物というか食べ物の調達の話になるみたい」


「ああ、何となく分かるかも知れないわ」


「そうね。一応わたしが母さんから教わった話をしてあげるけど――」


 ホリーによれば、王国の北部貴族の領地は南部貴族に比べて耕地面積――農作物を栽培するための土地の面積が少ないらしい。


 これは地形とか気候が原因で、足りない分は王国南部や他国から買い付けてきた歴史がある。


 あまりにひどい場合は王家が介入するものの、北部貴族が買い付ける穀物の価格交渉は南部貴族の方が優位に立つことが多かったようだ。




 経済的な話をすれば、北部貴族はその代金を林業や鉱業や牧畜などに頼っていた。


 決して貧しい訳では無かったが、領主の経営感覚がかなり要求される地域だった。


 しかしここ数十年くらいは、北のオルトラント公国との交易路となることで豊かになっていた。


 これは公国が、魔道具の技術で他国より発展していたためだ。


 我が国や周辺国に最新式の魔道具を運ぶための交易路として、北部貴族の領地が潤った。


 加えて、穀物価格の交渉で南部貴族に主導権を握られた意趣返しもあった。


 北部貴族は魔道具流通の取引量を、通行税などでコントロールしてきた。


 言い方を変えれば王国の南部貴族は穀物価格で、北部貴族は魔道具の流通量で、ここ数十年は駆け引きを続けてきたようだ。


「――というのが、経済の勉強をすれば習う話みたい」


「必ずしも、北の公国や南の王国との繋がりだけでは無いのね」


「そうね。もっとも、周辺国との血縁なんかの繋がりもあるのは事実らしいけど……。貴族家ごとの利益の話も絡めると、わたしは複雑すぎて理解できなかったわ……」


 そう言ってホリーは死んだ目をする。


 ホリーは社会科の成績は悪く無かった気がするんだけど、国際情勢とかになるとさすがにキツイか。


 まあ、あたし達は十歳なんだよな。


 貴族家の奥方である、ホリーのお母さんレベルの国際情勢分析が出来たら神童だよ。


「そ、そうなんだ?」


「うちの母さん、説明を始めると細かいことを延々と説明し続けるのよねー……」


「ああ……、それはまず大きな話をしてもらった方がいいよね」


「本当よ! ……でも、わたしでも理解できた話もあるわ」


「どんな話?」


「商業ギルドなんかも気が付いているらしいけれど、ここ数年で庶民が使うような魔道具が王国や周辺国に一通り普及したみたいなの」


「それって……!」


「ええ。もしかしたら、北部貴族が駆け引きに使ってた魔道具の流通量が使えなくなるかも知れないらしいわ」


 場合によっては、北部貴族の財力は昔に逆戻りするかも知れない。


 そして穀物価格の交渉で、北部貴族が南部貴族に主導権を握られることもあるかも知れない。


「流石にそれは、王国は気が付いているわよね?」


「だと思うわ、わたしでも理解できる話だもの。そうなると、穀物の買い付けの仕組みを貴族同士に任せるんじゃなくて、王国で管理する話も出て来るかもね」


「でもそれをやると、今度は南部貴族が不満を持つんじゃないかしら」


「そうなのよね。その辺をどうするのかしらね」


 お金とか食べ物に関わる話が拗れるとすると、個人間の揉め事でも厄介だ。


 ましてそれが貴族同士の話になるなら、キナ臭い話になりかねないだろう。


「ねえホリー、北部貴族と南部貴族の対立の話は分かったわ。それはそれとして、学院内で貴族派閥の話は聞いたりするかしら?」


 あたしの質問にホリーは少し考えてから口を開く。


「わたしはまだ聞いたことは無いわね。学院では派閥の話で揉めるのは、時間のムダって感じじゃない?」


「先輩たちを見てると、それはそうなんだけどね。……ホリー、もし今後学院内で貴族派閥の揉め事があるようなら、あたしで無くてもいいから風紀委員会に教えてくれないかしら」


「それは勿論よ。火が点くと面倒そうだもの」


「ホントにね」


 ここまで話してから、あたしとホリーは二人でため息をついた。

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