03.こんな妙な鬼ごっこを


 デイブの案内であたし達はソーン商会の屋上に居た。


 ここからだと商業地区の街並みが広がっているのを見て取れる。


 幸いにも天気がいいけれど、肌に感じる秋風は以前よりもヒンヤリしてきたかもしれない。


「念のため、一からルールを説明しておこう」


 あたし達の顔を見渡してからデイブが口を開く。


「コインで攻守を決める。守り手は視界のどこに逃げてもいいから逃げる。攻め手は三つ数えてからそれを追いかけて攻撃する。有効打で一本攻撃が入ったら攻守交替だ。ここまではいいか?」


「建物とかを壊さなければ、王都内のどこに逃げてもいい鬼ごっこよね?」


「そうだ。屋上の上とか建物のカベを使って走り回る。別に人混みを縫って逃げてもいいが、ぶつかって通行人にケガをさせても不味いからおススメはできねえな」


 あたしの質問にデイブが応えるが、ホリーを含めてみんな頷いた。


「あと、例によってギブアップするときは叫んだ相手のところに集合だ。そんでコイントスからやり直しする」


「そんでよ、デイブの兄い。今日これだけ集めたってことは三対三でやるんだよな?」


「そうだ。普段は一対一でやるが、今日は変則ルールだ。三人一チームで纏まって動いて逃げ回るし追いかける。チーム分けは悪いがおれが決める」


 ジャニスが問うがデイブが直ぐに説明する。


 要するに今日は集団戦で鬼ごっこをするのか。


 気になるところは今のうちに訊いておくか。


「攻守交替は今回はどうするの?」


「条件は変わらねえ。攻撃側のチームから、一本攻撃が相手チームの誰かに入ったら攻守交替な」


「分かったわ」


 みんなもルールを把握したようだ。


「さて、おれの独断と偏見によるチーム分けだが、まずオオカミさんチームがニコラス、ジャニス、エイミーの三人だ。そして残りの三人、ホリーとウィンとおれの三人がライオンさんチームだ」


「何よそのチーム名」


「特に意味はねえ」


 あたしの問いというかツッコミに、デイブはキリっとした表情を浮かべてそう応えた。


 いやまあ、何でもいいといえばそうだけどさ。


「ああ、鬼ごっこは久しぶりだなあ。ワクワクするよ」


 そう言ってニコラスは尻尾をブンブン振っている。


 その様子にジャニスも表情を緩めている。


「が、がんばらなくちゃ……」


 エイミーがなにやら呟いてるけれど、この人は実戦だと容赦ない動きをする。


 性格と実力がマッチしていない気がするから、割と油断できないんだよな。


「楽しみになってきたわ!」


 ホリーはやる気十分な様子で、手にした片手剣の代わりの木の棒を軽く振っていた。


「それで、ニコラス以外は各自、自分の得物替わりの木の棒のたぐいは持ってるな? 交換したいなら今言ってくれ。あと、鬼ごっこ中は気配を消して動くこと」


 デイブがそう言って確認するが、皆準備は出来ているようだ。


 あたしとしてはどこまで気配を消すか悩んだ。


 でも今日は月転流ムーンフェイズの鍛錬だし、場に化すレベルまでは隠れないことにした。


「準備できてるならコイントスをするぞ」


 コイントスはニコラスとデイブで行った。


 その結果鬼ごっこ開始時点では、ライオンさんチームが守り手で逃げる方に、オオカミさんチームが攻め手で追う方に決まった。


「ホリー、今のうちにみんなの気配を覚えなさいね」


「分かったわ」


 今回はデイブと同じチームだから多少は気がラクだけど、ニコラスがどの程度やるかは気になるところだ。


「それじゃあ始めるが、構わんな?」


 全員が頷くのを確認してから、あたし達ライオンさんチームは身体強化などをしてから気配を消した。


 直後にデイブが屋上から飛び降りて鬼ごっこが始まった。




 前言撤回だ。


 デイブが同じチームだからって言っても全然気が抜けなかった。


 物凄い縦の動きで逃げるんだったこの人。


 あたしとホリーもデイブの後を追い、ひさしやベランダの手摺りなんかを足場にして立体機動で移動していく。


 幸いにもホリーの動きに多少は配慮してくれたのか、速度自体は大したことは無いけど。


 そうしているうちに、オオカミさんチームが追ってくる気配がする。


 デイブに比べたら彼らは気配を隠すよりは、速度を重視している感じだろうか。


 あたし達が縦の動きで逃げているのに対して、屋上をとにかく最短距離で進んできているようだ。


 やがて、あたし達が移動しているところを狙って、魔力を纏ったすりこぎ棒や木の棒が回転しつつ飛んで来るようになった。


 威力を弱めた奥義・月転陣げってんじんだが、どうやら追い付かれたようだ。


 そう思った次の瞬間に、ものすごい勢いでニコラスが移動中のホリーに突進し、威力を弱めた掌打を肩に当ててしまった。


 これで攻守交代となり、ライオンさんチームがオオカミさんチームを追うことになった。


 だがそう思った次の瞬間、転身して逃げに入ろうとしていたニコラスの背中に、ホリーが魔力の刃を飛ばす刺突技を繰り出した。


 蒼蜴流セレストリザードの威力を弱めた蒼舌刺そうぜつしというワザだが、これがキレイに当たってしまう。


 油断しすぎだろうニコラス。


 これで攻守交替したので、そのままあたし達は逃げを打った。


 その後はオオカミさんチームがホリーを狙う作戦で攻めてきて、何回か攻守交代をして鬼ごっこを行った。


 途中であたしとデイブが気配のすり替え――通行人などに自分の気配を一瞬重ねた後に自分の気配を消す――を行ったらホリーが置いて行かれたなんて事があった。


 あとはあたし達が攻め手になってエイミーを集中的に狙ったら、半ベソをかきながらキレキレの動きで凌いで逃げ出すことが何回かあった。


 攻守交代を数回繰り返したところで、ライオンさんチームが守り手の時にデイブが適当な屋上で立ち止まって終了を宣言した。




 あたし達は鬼ごっこを終えてデイブの店に戻ってきた。


 いまバックヤードでみんなでハーブティーを飲んでいる。


「それでホリー、どうだった?」


「そりゃもう凄い楽しかったわよ! 単純な実戦稽古とも違うじゃない? 生活空間の王都の街なかで、移動しながらの打ち合いとか経験したこと無かったわ」


 確かにこんな妙な鬼ごっこをする連中はあまり居ないだろう。


「ルール自体は遊びみてえなもんだが、やってみると中々バカにできねえんだよな。ホリーの経験になったなら良かったぜ」


 デイブはそう言って笑う。


 口調とか完全に普段の状態になってるな。


 ホリーも気にしていないし、相手が貴族令嬢だからって構えていないのはデイブらしい。


「貴重な経験をありがとうございました!」


 ホリーはそう言って満足そうに微笑んだ。


「僕が地元で同じ稽古をした時はもうちょっと動けた気がするけど、やっぱり飛び道具を持つ相手だと対処が大変だね」


 ホリーの攻撃を思い出したのか、ニコラスはそう言って爽やかに笑う。


「そんでもニコラスはちっと油断しすぎだったよな?」


「そうかも知れないけど、久しぶりだったのも大きいと思うんだ」


「ふーん? 単純に稽古じゃなくて鬼ごっこが楽しくなってきたんじゃね?」


「そうかも知れないね!」


 ジャニスとニコラスがそんなことを言って笑い合っている。


 その間、ものすごい勢いでニコラスの尻尾がぶんぶんと振れていた。


 あれ、やっぱり何かの動力に使いたい気がするんだよな。


 その横でエイミーが、何やらホッとした表情でハーブティーを飲みながら空気になっていた。


 ホリーがそんな彼女に話しかける。


「エイミーさんは結構鬼ごっこに参加したりするんですか?」


「私ですか? 私としては苦手なんで、あまり参加したくないんですけどね。でもデイブから声を掛けられた時に参加しておかないと、カンが鈍っちゃうんで参加するようにはしてますよ――」


 そのあとホリーとエイミーは何やら王都の市場の話で盛り上がっていた。


 ホリーは領地を持たない貴族家の令嬢だし、元々王都が地元なんだよな。


「さて、それじゃあそろそろ昼になるし、今回の鬼ごっこはこれでお開きにするぞ」


 デイブがそう言うと、みんなは口々に礼を言った。


 そしてニコラスとジャニスとエイミーは直ぐに挨拶をして、裏口から店を出て行った。


「ウィン、この後どうするの?」


「ちょっとデイブに相談したいことがあったのよ。時間はそんなにかからないと思うんだけど」


 キャリルから話があった、ティルグレース伯爵家の晩餐会の件だ。


 王都の伯爵邸タウンハウスに手伝いに来るよう、頼まれるかも知れないとのことだった。


「相談事か? かまわないぜ」


「そういうことなら、『ソーン商会』の品ぞろえを見せて貰ってるから、終わったら二人でお昼を食べに行かない?」


「分かったわ」


 あたし達のやり取りを聞いてデイブはホリーを表に連れて行き、店番をしているブリタニーに引き継いだ。


「それで、相談事って何だ?」


 デイブが戻ってくると、あたしは【風操作ウインドアート】で防音にした後に口を開く。


「キャリルは知ってるわね? 彼女から話があったの。来月にティルグレース家の王都のお屋敷で、晩餐会があるらしいわ。そこでの手伝いに、あたしを呼ぼうって話があるらしいのよ」


「目的は?」


「キャリルによれば、警備や情報収集を期待しているらしいわ。外見で客を油断させて情報を拾わせたいみたい」


「そうか。……ふむ」


「どうしたの?」


 デイブが何やら考え込んでいるが、いつもは直ぐに応えが返ってくるので珍しく感じる。


「お嬢は貴族家で、侍女なんかを経験したことはあるか?」


地元ミスティモントでキャリルの家に出入りして、側付き侍女の補佐はしたことがあるわ」


「そうか。……お嬢に来た話なのに済まんが、その話おれに預けてくれねえか? ティルグレース伯爵家と話を通しておきたくてな」


「預けるってどういうこと? 何か懸念があるの?」


「詳しいことはまた説明する」


 そう告げるデイブの顔は完全に仕事モードだ。


 茶化したり冗談をいう事もあるけれど、この人がこういう目をし始めたときは何かが動く可能性があると考えた方がいいだろう。


 あたしは一つため息をついて口を開く。


「もともと相談事を持ち込んだのはあたしよ。その上でデイブがそう言うなら、あたしは従うわ」


「ああ、ありがとうよ」


 そう言ってデイブは頷いた。


 デイブとの話を終え、あたしは改めて鬼ごっこの礼を言ってからホリーと合流した。


 あたしとホリーはデイブとブリタニーに挨拶をしてから、ソーン商会を後にした。



――

※メイドを侍女という語に変更しました。(2024/5/9)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る