02.王国のかたちとか


 エリーとキャシーとローリーのやり取りを見ていて、みんなは首をかしげていた。


 ただ、あたしは何となく分かるような気がする。


 キャシーとローリーにとって、付き合うとか結婚とかは区切りというか決め事みたいなものなんだろう。


 それとは別に、二人の日常は続いていく。


 たぶん二人は、互いが飽きるまで一緒に過ごすつもりなんじゃ無いだろうか。


 それはもしかしたら学院卒業までかも知れないし、二人がこの世を去るまでかも知れない。


 個人的には、ローリーは『地上の女神を拝する会』を抜けさせた方がいいんじゃないかと思ったけれど。


 それとは別にエリーを含めた彼女たちのやり取りに、ずっと優しい視線を送っていたリー先生の表情が印象に残った。


 その後、恐らくはキャシーに言われた言葉を理解しようとして固まっているエリーを残し、あたし達は解散した。


「さて、まだ寮に戻るのは早いし、部活に行くか……」


 あたしがそう呟くと、ガシッとキャリルに手を掴まれた。


「ちょっと話をしましょう、ウィン」


 キャリルは凄くニコニコしているけど、目が笑っていなかった。


 経験上、こういう時のキャリルは沸騰寸前だったりするんだよな。


「あ、はい。ワカリマシタ……」


 そうしてあたしとキャリルはみんなと別れ、構内にある空いているガゼボの一つに移動した。


 あたし達はガゼボ内の椅子に座るが、キャリルが口を開く。


「説明なさい、ウィン」


 そう言って腕組みしてキャリルはあたしをじーっと睨んだ。


 多分さっきの風紀委員会の打合せで出てきた情報提供者の件だろう。


 キャリルに話すこと自体は問題無いと考えているし、とっとと説明してしまおう。


「ちょっと周りを防音にするわね」


 そう言ってあたしは【風操作ウインドアート】で不可視の防音壁を作った。


「説明って、情報提供者の話よね?」


「そうですわ?」


「キャリルだから言うけど、当然だけど余所には漏らさないでね」


「分かっておりますわ」


「うん。結論から言うと、情報提供者ってホリーなのよ」


「……そういうことでしたの。それは……なるほど、余所には話せませんわね」


「そうなのよ――」


 キャリルは何かを察してくれたようだ。


 あたしは一つため息をついて、詳しく説明をした。


 昼間のパトロールの成果も上がっていない状況で、あたしは寮を抜け出し夜の学院内を調査した。


 その結果、犯人たちとホリーを見つけた。


 ホリーもまた護衛対象の脅威にならないかを調査中で、詳しく情報を持っていた。


 匿名を条件に犯人たちの情報を提供してもらった。


「――という訳なのよ」


「……おおよそ把握しましたわ。ホリーもあのクリーオフォン男爵家の娘ですし、そういったことはお手の物かも知れませんわね」


「ホリーの実家が、諜報活動を得意とする貴族家というのは本人から聞いたわ。キャリルは彼女の家のことは知ってたの?」


「貴族家のあいだでは比較的知られている話と思いますわ。爵位こそ低いものの、中立派の貴族家として存在感がある家ですわね。……それで彼女は誰の護衛なんですの?」


 ホリーの実家は、貴族から見たら存在感がある家なのか。


 護衛対象については、彼女とのやりとりを汲んで話すしかないな。


「そこは秘密らしいの。【誓約プレッジ】で縛っているらしくてね、『普段の行動で察して欲しい』とか言ったら、ホリーの舌に『誓約紋』が光り始めたわ」


「そうでしたのね」


 あたしの言葉でキャリルは何やら考え始めた。


「そこまで聞いたところで、脈絡が無い質問をしておいたわ」


「質問、ですの?」


「うん。脈絡は無いけど、ホリーはプリシラと友達なのかって訊いたの」


「……どうなりましたの?」


「もちろん友達だって言ってたわ。参考までに舌を見せて貰ったけど、『誓約紋』は光って無かったわね」


「そうでしたの。――そこを確認するのはウィンらしいですわ」


 そう言ってキャリルは満足そうに微笑んだ。


 そりゃまあ気になる事だったから確認しただけなんだけどさ。


「そう? いずれにせよ、彼女が護衛についていることは学長先生くらいしか本来は把握していないハズなの。その点は注意して頂戴」


「分かりましたわウィン」


 キャリルはそう言って真面目な表情で頷いた。




「ところでウィン。貴族家の話で思い出したのですが、あなたは来月は何か予定は入っていますか?」


「来月の予定? 特に無いわよ」


「そうですの。実は我が家の王都の伯爵邸タウンハウスで、来月に晩餐会を開く予定ですの」


「へぇ……、それで?」


「晩餐会の開催は決まっておりますが、もしかしたらウィンに手を借りようかと考えておりますの」


 貴族家の晩餐会であたしを使うってどういう話なんだろう。


「どういう部分で出てきた話なのかしら?」


「ウィンに期待していますのは警備や情報収集の面での話ですわ。あなたはミスティモントに居たとき、我が家で働いて頂いたことがありますわね」


「たしかに側付き侍女の補佐は経験したから、最低限の立ち回りは出来るわね。……なにか不安要素でもあるの?」


 伯爵邸で開催される晩餐会なら、手勢を配置すれば備えられる話である気もする。


 それでもあたしに声を掛けるとしたら、なにか意図があるんだろう。


「不安要素がある訳では無さそうですわ。ただ、ウィンの外見から来客を油断させて情報を拾えたらという話があるようです」


 だれがそんなことを思いついたんだ。


 シャーリィ様は性格的にそういう事は思い付かないと思う。


 そうなると多分ウォーレン様だろうな。


「油断……、するかなあ? 一応デイブとかに話をしていいかしら」


「デイブさんでしたら問題ございませんわ。何か指摘を受けたら教えて下さいな」


「分かったわ。来月は一学期の期末試験があるけど、予定といってもそれくらいだしお手伝いくらいは問題無いわ」


「ありがとうございます。――ところでウィン、あなたは良く寮を抜け出すのですか?」


「そんなことは無いわよ? もしそうなら、もっと早くに犯人たちに気づいたと思うわ」


「……それもそうですわね、ウィンですし」


 キャリルの同意について微妙に真意を確認したい気もしたが、藪蛇になっても嫌なのであたしはスルーした。


 その後あたし達は話を終えて、二人で部活用の屋内訓練場に向かった。


 武術研究会のみんなと合流すると、あたし達は試合をして過ごした。




 一夜明けて闇曜日になり、今日は休みである。


 ホリーと約束をしてあるので、休日としては早めに起き出して食堂に向かうと本人が居た。


「おはようウィン」


「おはようホリー。ごめんね、これから朝食なの」


「構わないわ、ゆっくり食べなさい」


 ホリーの服装を見ればすでに出かける気満々だ。


 鬼ごっこの内容は説明してあるので、スカートの下にレギンスを履いて足元はブーツだ。


 ちなみにあたしも似たような格好だったりする。


 あたしは急いで配膳口に行き、厨房のオバちゃんから朝食を受取ってホリーの席の向かいに座って朝食を掻き込んだ。


 その様子にホリーは「ゆっくり食べればいいのに」とか言って笑っていた。


 あたしが食べる間、彼女は本を読んでいた。


「何の本なの?」


「王国北部の民話をまとめた本よ」


「へえ、ホリーは民話が好きなの?」


「どちらかといえば好きだけれど、これは地域を知る意味で読んでおこうと思っただけよ」


「そうなんだ?」


「うん」


 なぜ王国北部のことを知ろうとしているのかを訊くのは、彼女の家の仕事と絡むかも知れなかったので触れなかった。


「何よ、『どうして北部を知ろうと思ったの』とか訊けばいいじゃない」


 ホリーはそう言って不敵に笑う。


 こちらが気を使ったのが気に入らなかったのかも知れないな。


「じゃあ、どうしてなの?」


「……一言でいえば、王国中の民話を整理したいと思ってるのよ。わたし自身の知識欲もそうだけど、王国のかたちとか在り方がもっと分かりやすく見えないかなって思ってるの」


「王国のかたちかあ」


 そんな話をしている間にあたしが朝食を食べ終えたので、あたしとホリーは学院の正門に向かい、そこから身体強化して王都を駆けていくことにした。


 あたし達のパーティー『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』で移動するとき程度には気配を残して、あたしとホリーはデイブの店まで走った。


「おはようございまーす。デイブ、来たわよー」


「おはようございます」


「おお、お嬢とそっちがお友達だな。おはようさん」


「お初にお目に掛かります。わたしはホリー・アンバー・エリオットと申します。ウィンさんには良くして頂いています。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」


 流れるようにそう言って、ホリーは頭を下げた。


「丁寧にありがとうよ、おれはデイブ・ソーントンだ。デイブと呼んでくれ。この店『ソーン商会』の店長をやってるのと、冒険者ギルドの相談役をしている。あと、ウィンのお嬢と同じ流派の王都のまとめ役をしている。よろしくな」


 そう告げてデイブは右手を差し出し、ホリーと握手をした。


 デイブと握手をしたホリーは嬉しそうに微笑んだ。


「貴族家の娘さんに無礼な口を利くのは気が引けるが、おれたちは虚礼が苦手でな。もし良かったら普通に接してくれるとありがたい」


「そういうことでしたら、わたしもホリーと呼んでください」


 その後デイブがホリーに店内を案内したり、店に出てきたブリタニーを紹介したりしていた。


 そうしているうちに、知った顔が三人デイブの店に現れた。


 ニコラスとジャニスと仕出し屋の娘さんだ。


 デイブはホリーにニコラスとジャニスを紹介した後、あたしにも仕出し屋の娘さんを紹介してくれた。


「――それで、この娘がエイミーだ」


「おはようございます。初めまして、エイミー・パーマーです。普段は『仕出し屋パキッシュ』が実家なので、そこで働いてます。よろしくです」


 やや緊張した顔を見せてエイミーが自己紹介してくれた。


 年齢を訊いてみると、ジャニスよりも少し年下らしい。


 もちろんあたしよりエイミーの方が年上だけれど。


 あたしとホリーも自己紹介をしたけど、エイミーはホリーが男爵家の令嬢ということで微妙にビビっていた気がした。


「さあて、それじゃあメンツが揃ったな。ボチボチ始めるか」


 デイブはそう告げて、悪戯っぽい笑みを見せた。



――

※メイドを侍女という語に変更しました。(2024/5/9)

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