第16章 あたし名前で呼んで欲しいですけど
01.自分で判断できる生徒
学院非公認サークル二団体の衝突を制圧した翌日は、平和に過ごした。
いつも通り午前の授業を受け、みんなとお昼を食べて午後の授業を受けた。
その後あたしとキャリルは、風紀委員会の週次の打ち合わせのために風紀委員会室に向かう。
構内を移動していると、いつもよりも挨拶してくれる生徒の数が多かった気がする。
「名前を知らない人から挨拶を結構もらってる気がするわね」
「そうですわね。元々『学院裏闘技場』である程度わたくしとウィンは顔が売れましたが、昨日の制圧作戦でまた有名になってしまったのかも知れませんわ」
「そうなのかな?」
「他に理由が考えられませんもの」
確かにそうだ。
ただ、昨日の制圧作戦に関しては、キャリルの方が目立っていたと思うのだが。
「もし煩わしかったら、気配を抑えて移動してもいいかもね」
「そうかも知れませんわね。ですが学院内の平穏のためには、わたくしたちが気配を抑えずに歩く方がいいかも知れませんわ」
「そこまで考えなくてもいいとは思うけどね」
あたしとキャリルは委員会室までいつも通りに歩いて行った。
委員会室にはすでにカールとニッキーが居て、あとは生徒会長のキャシーと副会長のローリー、そして書記のシャロンが顔を見せていた。
「「こんにちは」ですの」
あたし達が挨拶をすると、みんな挨拶を返してくれた。
「今日は生徒会役員の皆さんが揃ってるんですね」
「そうなんだ。昨日の話もあるし、顔を出してもらった」
「そうですか……」
あたしの言葉にカールが応えた。
生徒会会則違反の件での単純な謝罪だけの可能性もあるけれど、事件の背景とかも話を聞けるのだろうか。
そんなことを考えていると風紀委員会のみんなが次々と委員会室にやってきた。
そして程なくリー先生も到着し、週次の打合せが始まった。
「それでは皆さんも揃いましたので、週次の打合せを始めたいと思います。まずは皆さん、昨日の非公認サークル二団体の制圧作戦、お疲れさまでした。学生自治の範囲内で対処するために手を尽くした甲斐はあったと聞いています。本当にお見事でした」
そう言ってリー先生は機嫌良さそうに頷くが、この場に居るみんなも――生徒会役員も含めて、どこか満足げな表情を浮かべている。
「生徒会副会長のローリーさんが生徒会会則違反を起こしたのは残念でした。ですが、無軌道に二つの非公認サークルが暴力事件を起こすことを避けられたのは、十分意味があったとわたし個人としては嬉しく思います」
リー先生の言葉にローリーが苦笑しながら頭を下げた。
「さて、まずは今週起きたこととして『連続男子生徒丸刈り事件』の話を整理しておきましょう――」
そう告げてリー先生が話し始めた。
みんなもおおよそは知っている内容だったが、改めて確認の意味で今週あった流れを口にする。
今週に入って二日目である水曜日に被害者が連続して出始めた。
翌日の火曜日になっても収まらず、風紀委員会の臨時の打合せが開かれた。
その後パトロールを行ったり、各自がそれぞれ情報収集を行った。
そして火曜日夜にあたしが匿名の情報提供を受け、それを元に実行犯の生徒を押さえた。
「ウィンちゃんはどうやって情報提供を受けたにゃ?」
リー先生の話の合間にエリーが手を挙げて発言する。
「その点はわたしも詳しくは聞いていません。――ウィンさん、説明することは可能ですか?」
リー先生がそう告げると、みんなの視線があたしに集まった。
みんな興味深そうにしているな。
ただ、ホリーの秘密に関わる話はしたくないんだよな。
彼女が護衛をしているのを秘していることが、そもそも保険の意味があるだろうから。
「詳細は話せませんが、さるお方を護衛する人物から、ご厚意により情報提供を受けました」
『あー……』
あたしの言葉でリー先生を含めて、みんなはそれなりに納得してくれたようだ。
「言うと始末されるのねっ?!」
「ウィン、もしヤバい時はいつでも相談してくれ!」
何をどう理解したのか分からないが、アイリスとジェイクが順番にそう言って頷いていた。
あたしは否定も肯定もせずに、(聞かなかったことにして)曖昧な笑みを浮かべた。
するとキャリルがニコニコしながら、「あとで説明なさいウィン」というメッセージを含んだ刺さるような視線をあたしに送ってきた。
まあ、キャリルへの説明は後で行えばいいだろう。
「ウィンさん、ありがとうございました。そして今回の犯人の生徒たちを確保したのですが――」
犯人の生徒たちは男子が『地上の女神を拝する会』に、女子が『美少年を愛でる会』にそれぞれ所属していた。
彼らは『秘密結社マルガリータ』を自称し、三段階の作戦を計画していた。
一段階目で髪を集め、二段階目で被害者に呪いを掛け、三段階目で被害者を女子がなぐさめ好意を向けさせる。
呪いは“皮膚の色を緑色にする呪い”で、発動が直ぐに発覚するらしい。
呪いの手順は、非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』の関係者が関わったらしいが詳細不明だった。
「ここまでが、火曜日夜までの時点での話です。この段階で犯人の生徒たちは半年間の自宅謹慎処分が確定的になりました。そして制圧作戦が行われた風曜日になる訳です――」
昨日午前中の段階で『美少年を愛でる会』の幹部が事件の顛末を把握し、昼休みに『地上の女神を拝する会』の幹部に迫った。
『秘密結社マルガリータ』に参加していた男子の身柄を渡せと要求するが、『地上の女神を拝する会』の幹部がそれを跳ね除ける。
「そこで集団暴力事件に発展しそうだった所を、ローリーさんが模擬戦で決める旨を伝えて放課後に至る訳です」
リー先生がそこまで説明したところでローリーが手を挙げて発言する。
「じつは僕も後から知ったのだけど、『地上の女神を拝する会』の幹部の一人が、『連続男子生徒丸刈り事件』を起こした男子生徒の動きを把握していたみたいなんです」
「その点は犯人の生徒たちから証言が取れています。ローリーさんが会長をしている非公認サークルは学院の管轄外ですので問題とはしませんが、一般論として管理責任が問われるところですね」
「はい、反省しています……」
そう告げてローリーが視線を落とす。
その様子にリー先生は優しい視線を向ける。
「集団をまとめるというのは本当に大変なことです。今回の経験は、ローリーさんにとっては良い事だったと思いますよ」
「はい……」
ローリーはリー先生の言葉に真面目な表情を浮かべて頷いた。
「……さて、話を戻しますが、その後昨日の制圧作戦とその成功という事になる訳ですね。この作戦が成功したことは、学院としても非常に大きかったと考えています」
「学院として、ですか?」
反射的にニッキーがリー先生の言葉に反応する。
確かにリー先生個人としてではなく、学院がどこに注目したのかは気になるかも知れない。
「ええ。『学生自身による学生生活の管理の実績』となるからです。ここが実績として少なくなってくると、王宮から締め付けが強くなります」
普段意識しないけれど、たしかに学院は王立の学校なんだよね。
「それが妥当なら受け入れるべきでしょうが、この学院での教職員に共通する意識としては、自分のことは自分で判断できる生徒を育てたいんですよ」
リー先生の言葉に、その場にいたみんなはそれぞれ思いを巡らせていた。
あたしとしても、ラクが許容される学院であってほしいと願っている。
軍学校みたいな学院になるならたぶん転校すると思う、うん。
『連続男子生徒丸刈り事件』と制圧作戦については情報共有が出来た。
今後に関しては運動部に協力してもらい、模倣犯などの発生をパトロールするという話がリー先生からされたけれど特に異論は出なかった。
またこれは『闇鍋研究会』を警戒する意味もあるという話になった。
「現時点では『闇鍋研究会』の活動は学院内では確認されていません。先生方の話し合いでも、活動の場を学院外に広げているのではという話も出ています」
確かに薬草とかはともかく、魔獣素材を闇鍋に突っ込みというのなら、王都南ダンジョン内で活動していても不思議では無いのかも知れない。
あたし達のパーティー、『
闇鍋研については引き続き警戒を続けるという方向で話がまとまった。
「そして、今週の頭に学院の全てのクラスで呪いのアイテムへの注意喚起が成されました。これに関しては現在、魔道具研究会の協力のもと、魔道具による監視体制を作れないか検討中です」
これは週の頭にマーゴット先生を訪ねたときに聞いた話だな。
マーヴィン先生から頼まれているという話だったけれど、学院全体に展開するつもりなのかもしれないな。
学院で過ごす全員が全員、ニナとか高位鑑定持ちの教員みたいに呪いのアイテムを判別できるわけでは無い。
魔道具で監視体制を作れるなら、確かにその方が安心だろう。
そこまで考えたうえであたしは手を挙げて発言する。
「学院内で呪いといえば、非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』の動きも気になります。丸刈り事件の呪いに関わったという情報もありましたが、学院としては彼らの脅威はどう考えていますか?」
あたしの質問にリー先生は頷いてから応えた。
「『虚ろなる魔法を探求する会』は警戒が必要な危険な集団だと考えています。所属している生徒が見つかった場合は、直ぐに学院に知らせて欲しいと思います」
「それは見つけ次第、学院として処分するという事ですか?」
「いいえ。真贋鑑定を魔法や魔道具で行いながら質問を行い、問題があれば指導を行います」
なるほど、地球の魔女狩りみたいな事がしたいわけでは無いんだな。
「分かりました」
その後、呪いや『虚ろなる魔法を探求する会』に警戒するという話をして、みんなからの報告という流れになった。
みんなは特に報告は無いようだった。
あたしも特に無いのだけれど、リー先生には報告済みの裁縫部を訪ねたときの話をした。
いちおう「裁縫部が必要経費を適正価格で計算するかは、気を付けた方がいい」と話をしておいた。
風紀委員会の週次の打合せは終わったが、ここまで生徒会長のキャシーと書記のシャロンは特に発言をしていなかった。
「そういえばキャシー先輩とシャロンちゃんは、何か用があったの?」
ニッキーが訊くが、みんな気になっていたのかキャシー達に視線が向いた。
「うーん……大丈夫だとは思ったけど、ローリーの不手際の話をするときに生徒会役員が居ないのはまずいかなって思っただけよ」
「要するに付き添いね」
キャシーとシャロンはそう言って苦笑いしていた。
「そういえばキャシー先輩に訊きたいにゃ。先輩とローリー先輩は付き合ってるにゃ?」
今日の夕食の予定を確認するくらいの気軽さで、エリーが訊いた。
その発言でニッキーとアイリスは目の色が変わり、キャリルとリー先生と当事者二人を除くあたし達はエリーにどうやってツッコミをいれようかと悩む目をしていた。
だが、キャシーとローリーは柔らかく笑う。
「良く訊かれるけど、別に付き合ってないわよね?」
「そうだね。昼ご飯は食堂とか生徒会室で一緒に食べたりはするけど、デートとかは行ったことは無いよね」
「学院内の下手なカップルよりもウンザリするくらい一緒にいる時間が長いのに、そういう時間は無いわねー」
キャシーとローリーはサバサバと応える。
だがそれに対しさらにエリーは食い下がる。
「そ、それなら、それだけ一緒にいるなら、お二人は将来結婚するってことにゃ?」
エリーの質問に二人は視線を交わした後、キャシーは微笑んで首を傾げ、ローリーは肩をすくめた。
「さて、どうだろう?」
「あなた、もうちょっとだけ物事の本質を観察した方がいいと思うわ?」
そう言って二人は本当に可笑しそうに笑った。
その応えにエリーは衝撃を受けたのか、しばらく委員会室で固まっていた。
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