13.もっと穏当な方法


 事前に決めた分担ごとに集合を完了したのを確認し、風紀委員長であるカールがあたし達の前に進み出た。


 カールはニッキーに拡声魔法を掛けてもらい、集まった協力者たちに告げる。


「非常に残念だが、彼らの説得は失敗した。従い、これから玉ねぎ剥き作戦オペレーション・ピーリングオニオンズを始めたいと思う」


 そう言ってカールはこの場のみんなを見渡してから言う。


「作戦上、特に気を付けて欲しいことがある。幸いにもここには回復魔法研究会のみんなも駆けつけてくれている。それでも、命にかかわるようなケガを負わないようにして欲しい。そのために先行突入組以外は、局所的に数で有利になるようにして欲しい」


『応!』


「それでは諸君、戦闘準備!」


 カールの言葉であたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化と気配遮断を行って場に化して姿を消す。


 他の協力者たちも思い思いに動く準備をする。


「学生自治に勝利を! 作戦開始!」


『応!』


 気配を消したまま全力移動を行ったあたしは、数秒で『地上の女神を拝する会』後衛の一番奥に辿り着く。


 どうやら接近は気付かれていないようなので、そのまま鳩尾を狙ったりアゴを狙った打撃で意識を刈り取っていく。


 男子の後衛は十名強居たけれど、あたしが始めたのと同時にニナが杖を振るい始め、二人で四人を無力化したところで他の突入組が追い付いた。


 作戦開始から三十秒ほどで、先行突入組は現場の全ての後衛を無力化することに成功した。


 その時には『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』の二勢力外周部を、友軍の主力部隊が侵食し始めていた。


 制圧対象の二勢力にはすでに魔法の援護がない。


 このため友軍による制圧は順調に進んでいるようだ。


 あたし達先行突入組もそちらに加わって加勢する。


 視界の隅ではプリシラの縫いぐるみ騎士団が動いている。


 擬音を付けるとしたらぽいーんぽいーんという感じの音がしそうな軽やかなステップで、気を失った生徒たちを休まず本陣に移送していた。


 プリシラは一般兵程度と言っていたけれど、制圧対象の生徒を縫いぐるみ一体が二、三人まとめて抱えていくので、腕力はそれなりにあるのかも知れない。


 プリシラ本人は本陣から動かず、傍らにはホリーが控えているから彼女は安全だろう。




 あたしは事前に決めてあった流れで主力組のキャリルが居るチームに加わり、多人数で足止めした相手に打撃を入れて意識を刈り取っていく。


「ウィンが来てくれてから制圧速度が上がりましたわ!」


「ここからは作業よ。どんどん行こう!」


「勿論ですわ!」


 制圧作業を進めるあたし達だったが、『地上の女神を拝する会』の男子生徒はある段階から主力組に組み付かれると投降するようになった。


 これは元々、今回の騒動が『美少年を愛でる会』から起こされていることもあるのだろう。


 対して『美少年を愛でる会』の女子の反応は様々だった。


 一番多いのは暴れる子だったが、これは分かる。


 次に多かったのは「犯される~」とか「手ごめにされるわ~」とか不穏な言葉を叫ぶ子だったが、キレ気味に叫ぶ子に混じって嬉しそうに叫ぶ子も居たのが謎だった。


 あとは特定の友軍の生徒に対し制圧をねだる女子が居て、そこは混沌としていた。


 特にエルヴィスの前には武装解除して行列を作り始める女子が発生し、謎の握手会に発展した。


 ちなみにそれを見た近くの『地上の女神を拝する会』の男子が、投降した後なのに凶暴化して意識を刈られるという意味が分からない状況になっていた。


 ともあれ、一部で想定外の動きはあったものの、玉ねぎ剥き作戦オペレーション・ピーリングオニオンズは順調に進んだ。


 作戦開始から体感で三十分ほど過ぎたころには、制圧対象の二勢力のほとんどは無力化された。


 目の前では制圧対象の主力各十名ほどが、あたし達を気にせずに激しい戦いを繰り広げている。


「最終段階だ! 主力組は魔法担当組を護衛しろ!」


『応!』


 カールが叫ぶと友軍の主力組は防御陣形を作り、その後ろにニッキーやジェイク、アイリスなどの魔法の使い手たちが集合した。


「魔法による弱体化を開始しろ!」


『はい!』


 カールの指示で魔法担当組は制圧対象の主力へと、【潭水スタグナント】などの弱体化効果をもつ魔法を容赦なく掛けまくった。


 程なく制圧対象の主力たちは、その動きを鈍くしていった。


「さあ仕上げだ、ここまで来たら最後まで油断するな! 魔法担当組は本陣まで下がれ! 残りは制圧を開始!」


『応!』


 カールの号令で友軍が動く。


 そこからは数の暴力というか、あっという間に制圧対象を取り押さえることに成功した。


 これには残りの『地上の女神を拝する会』が直ぐに投降したことも大きかった。


 ただ、『美少年を愛でる会』の主力の女子たちは、最後まで叫び声を上げて暴れていた。


 こうして、玉ねぎ剥き作戦オペレーション・ピーリングオニオンズは一時間弱で成功裏に完了した。




 形の上では風紀委員会の介入により、学生自治の枠内で生徒会会則の違反状態は解消された。


 その旨を風紀委員長であるカールが先生たちに説明しに行っているのだが、あたし達と制圧に関わった友軍は解散できないでいた。


 今回の模擬戦騒動の発端である『美少年を愛でる会』の女子生徒たちが、荒ぶったまままだったからだ。


 全員という訳では無くて、最後まで彼女たちの主力として戦っていた女子たちが納得できなかったようで、本陣に乗り込んできている。


「初めにカール先輩が言ったけれど、より良い案をみんなで考える訳には行かないのかい?」


「幾らあなたの頼みと言えど、私たちは止まらないわエルヴィス。自分たちのことではなく、何の落ち度もなく被害に遭った子のために怒っているのだもの」


 代表者のような態度で話をしているのは、先ほどの戦闘で槍を使って戦っていた女子生徒だ。


 エルヴィスと知り合いなのだろうか。


 彼も女子生徒の剣幕に苦笑して黙ってしまった。


 本陣には多くの生徒の姿があるが、皆どう声を掛けたものか考え込んでいるようだ。


 だがここで口を開く者が居た。


「名も知らぬ先輩よ。それでも妾は、お主たちが誰かを傷つけるのを、美少年たちが望んで居ると思えぬのじゃ」


 その場に居たニナがのんびりした口調で告げる。


「私はパメラ・レイエス・ヘンダーソンです。普段は礼法部で過ごしていることが多いわ」


「妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニじゃ。普段は美術部で過ごしておるのじゃ。宜しくのう」


「ニナさん。ご高説は結構だけれど、それでも被害者の生徒たちは心に傷を負っているわ。その落とし前をつけなければならないのよ。部外者は黙っていてくれないかしら」


 口調は穏やかだが、パメラは睨むような視線をニナに送り付けた。


 もっとも、ニナには全く効果は無さそうだったが。


「部外者と切り捨てられるのは心外じゃのう。転入前に描いたコレクションのごく一部じゃ――」


 そう言ってニナは無詠唱で【収納ストレージ】を使ったのか、手にスケッチブックを取り出す。


 そしてパメラに近寄り、手渡して告げる。


「好きなだけ確認するが良いのじゃ」


 怪訝な顔を浮かべつつパメラがスケッチブックを開くと食い入るようにページを観察し、数ページ確認してからそっと注意深くスケッチブックを閉じた。


「部外者と言ったのは謝るわ、ニナ。でもあなた、綺麗事じゃ済まないことも世の中にはあるのよ?」


 そう言いながらパメラはスケッチブックをニナに手渡した。


 一体何が描かれていたのかは分からないけど、美少年に関わる絵であることはあたしでも想像はできた。


 ニナは取り出した時のように、無詠唱で【収納ストレージ】を使ってスケッチブックを仕舞う。


「確認したいのじゃが、いま問題となって居るのは美少年たちが勝手に丸刈りにされたことじゃろう?」


「そうよ。本人の意を無視して勝手にね。これはいじめとか傷害事件と言ってもいい事態よ」


「ならパメラ先輩たちは彼らを癒すために、本人たちへ手を打って居るかのう?」


 確かにこれは妥当な指摘ではある。


 あたしだけではなく、その場に居た他の人たちもニナの言葉に興味が出てきたようだ。


「それは……、でも私たちが彼らの仇を取れば……」


「そうではないのじゃ、パメラ先輩よ。彼らの失った髪への手当てはしたのかのう?」


「でも、髪は回復魔法では復元できないわ。傷を負ったという訳では無いもの」


「そうじゃのう。しかし、我が共和国には大きな都市にはカツラ――ウィッグを扱う店があったのじゃ。王都は越して来たばかりで詳しくないが、ウィッグの店は無いかのう?」


「カツラ……ウィッグ……」


 ニナの言葉にパメラは何かを考え始める。


 そしてそれに畳みかけるかのようにニナは顔を近づけつつ、言葉を重ねる。


「もちろん少年たちも自分の毛が一番じゃろう。しかし優れたウィッグは舞台で俳優が使ったりするものもあるのう。ウィッグを変えるだけで、別人のように雰囲気が変わるのは不思議なものなのじゃ」


「………………」


「のう、パメラ先輩よ。不謹慎じゃから着せ替え人形とは申さんのじゃ。しかし、少年たちの心を癒すために様々なウィッグをとっかえひっかえするような機会は、こんな時でも無ければ訪れんと思わんかの?」


 ニナが外見からは想像もつかない妖艶な笑みを一瞬だけ覗かせると、パメラはたじろぎ頬を染めた。


 そして『美少年を愛でる会』の女子生徒の一人がパメラに近づき、何事かを耳打ちすると彼女は途端に表情を蕩けたように緩ませる。


 だがすぐにあたし達の視線を感じて元の表情を作ってみせると、一つ咳払いしてから告げた。


「――そうですね、ニナさん。あなたにはある種の哲学のようなものを感じるわ。言っていることも説得力を感じますし、私たちは今回の被害者たちを癒すための具体的な手立てを考えることにします」


 そう言ってパメラはやる気のこもった表情を浮かべてニナに頷く。


 ニナも満足したような笑みを浮かべてパメラに頷く。


 パメラが言った哲学がどんなものかは個人的に気になったけれど、あたしは頑張って沈黙を保った。


「ここに集まったみなさん、今回は私たちがお騒がせ致しました。これより私たちはもっと穏当な方法により、今回の被害者を癒すことに致します。――そうですね、みなさん?」


『はい!』


「それでは失礼いたします」


『失礼いたします!』


 パメラや『美少年を愛でる会』の女子たちは一方的にそう宣言して一礼し、部活用の屋外訓練場から去って行った。


 その光景を見て、制圧に関わったあたしたちと『地上の女神を拝する会』の男子生徒たちは、安どのため息をついたのだった。

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