12.その勝利は無効となる
「話は聞かせてもらった、わたし達も学生自治のために助力しようッ!」
どこから話を聞いていたのか、筋肉競争部部長のスティーブンがあたし達の背後から声を上げた。
ヘルメットはかぶっていないけれど、その身には厳つい
「どうやら我々も間に合ったようだな」
サラに連絡を頼んでおいた武術研究会のみんなも駆けつけてくれたようで、スティーブンの近くで部長がそう告げた。
全員戦闘服を身に纏っている。
これは直ぐにでも突っ込みかねない雰囲気だな。
「あー、皆さん済みません! 同士討ちを避けるために、友軍が分かる布を裁縫部に作ってもらいました。協力してくれる方は、代表者が必要な数を受け取って、ひとり一本上腕部か頭部に結んでください!」
あたしはその場で叫んでから【
「数は十分にあるのじゃ! 慌てず代表者が取りに来るのじゃ!」
ニナも無詠唱で布が入った木箱を取り出して叫んだ。
その間にあたしは風紀委員会の分とニナの分を確保して、近くに居たジェイクに手渡した。
ジェイクは風紀委員のみんなに配り始める。
あたしとニナがオレンジの布を配っていると、意外な生徒がフード付きローブを着て現れた。
「二十四本の友軍を示す布を所望します」
雑踏の中でも不思議と通る鈴の音のような声で、プリシラがそう告げた。
隣には冒険者が着るような格好をしたホリーの姿もある。
「プリシラとホリーも参加するの? ……二十四てどういうこと?」
「二十二体の私の騎士たちを参加させます。このような不毛な戦闘は停止させるべきと結論します。ホリーは付き添いです」
「そうね、付き添い兼荷物持ちよ」
「荷物持ちって、そのカバン? ……マジックバッグ?」
そう言いながらあたしはオレンジの布を手渡した。
プリシラはそれを受け取ると、ホリーに頷く。
ホリーは黙って手にしたマジックバッグから、地球換算で一メートル以上あるクマの縫いぐるみを取り出した。
「起きなさい」
プリシラがそう告げると複数の属性が彼女の身体から一瞬発せられ、クマの縫いぐるみがその場に立ち上がった。
「先日私はステータスの“役割”にて、『
「王都のお屋敷で色々試したみたいなの」
ホリーは微笑みつつプリシラの説明を補足した。
「なかなか珍しい“役割”を覚えたのう」
ニナはやや羨ましそうに告げた。。
その後も見ていると、プリシラはホリーがマジックバッグから取り出す動物系の縫いぐるみに声を掛けていく。
そしてあっという間にその場には、二十二体の動物系の縫いぐるみが二足で立って整列していた。
その場に集まっていた生徒たちも興味深そうに眺めている。
プリシラは何を告げるでもなく手にしていたオレンジ色の布を差し出すと、縫いぐるみの一体が受け取って分配を始め、互いの腕に結んでいった。
指とか無い人形もあるのだけれど、気配を観察する限りでは魔力で作った疑似的な指で細かい作業をしているようだった。
「なるほどのう。魔力は縫いぐるみたちが「起きる」ときに使うだけなのじゃな。あとは勝手に周囲の環境魔力を吸っておる感じじゃのう。術者は情報共有や指示で魔力を使うのみかのう」
そう言いつつ、ニナは感心した様子だった。
その後あたしは、オレンジ色の布を配るのをエルヴィスに変わってもらった。
あたしを含め風紀委員会の女子は、ニッキーがその場に【
キャリルはいつもの鎧は持ち合わせ無かったが、品のいい仕立てのロングコートを纏っていた。
どうやら魔獣の皮素材でできているらしい。
あたしが黒じゃ無い方の戦闘服に着替えを済ませると、サラとジューンもこの場に来てくれていた。
「サラ、ジューン、ありがとう!」
「お安い御用や」
「間に合って良かったです。回復魔法研究会の皆さんも駆けつけてくれました」
ジューンが指さす方向に視線を向けると、回復研の先輩たちの姿があった。
よし、これで重傷者が出た場合の手当ては何とかなるだろう。
「みんな準備はいいだろうか?! 作戦を説明する!」
皮素材の戦闘服を着こんだカールが叫んだ。
カールが風紀委員会の会長としての立場を強調してから、今回の戦術をその場で説明した。
まず最初に拡声魔法で二勢力に戦闘停止を促す。
それに従わない場合、友軍が突入して戦闘中の二勢力を無力化する。
その流れは以下の通りだ。
・現在地を本陣とする。
・まず防御力が低いが高速移動できる者が先行突入し、二勢力の後衛の魔法使いたちの意識を刈る。
・防御力に優れる者を主力として、十名前後のチーム単位で外周部から攻め、二勢力を無力化していく。
・このとき必ず局所的に数で有利になるように立ち回り、出来るだけ二勢力と友軍にケガ人を出さないようにする。
・無力化した者は、順次プリシラの縫いぐるみ騎士団が主体となって本陣に移送する。
・本陣で暴れる者は魔法で寝かし、必要なら治療を施す。
・最後に残った連中を魔法で弱めて全員で制圧する。
「質問は良いだろうか? その作戦では、戦う二勢力の主力への対応が最後になる。彼らが重傷を負うリスクはどう考えるべきか?」
カールと風紀委員のみんなを中心にして、本陣には助力に来た各勢力の代表者が集まっている。
その中で筋肉競争部部長のスティーブンが質問を出した。
「見たところ、彼らの腕前なら回復魔法が切れても、重症に至る可能性は低いと考えている。むしろ後回しにすることで、無力化する際の抵抗を弱める意図もある」
「承知した」
カールの応えにスティーブンが頷いた。
他にも先行突入した者が、二勢力の後衛を無力化した後の分担を確認する質問が飛んだ。
けれど最終的には、カールの案でみんなは納得した。
「――よし、それでは本作戦を、
『応!』
因みに作戦名はニッキーが名付けたが、特に異論は出なかった。
「いま戦っている諸君! どうか手を止めてくれないか! 僕は風紀委員長のカール・ボテスだ! 君たちに話がある!」
カールがニッキーに拡声の魔法を掛けてもらい、戦っている『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』に呼びかける。
その呼びかけに、取りあえずは二勢力も戦いの手を止める。
「いま君たちが模擬戦と称して行っている戦いは、生徒会会則に違反している。だから、どちらが勝ってもその勝利は無効となる。どうか、この場は僕たち風紀委員会に預からせてくれないか!」
カールの説明に、主に女子たち――『美少年を愛でる会』の連中がざわめき始める。
「ふざけるんじゃないわよ! なにが無効よ! 私たちは復讐者よ! 勝手に話を流すんじゃないわよ!」
『そうだそうだっ!』
中央付近で戦っていた槍使いの女子生徒が大きな声を上げると、女子たちがそれに同意する声を上げる。
「考えてくれ! 君たちが戦い傷つくことは、君たちが慕っている男子生徒たちあるいは女子生徒たちは望まないだろう! 誰も幸せにならない! 戦いを止めて、より良い案を皆で考えないか!」
カールは怯むことなく説得に叫ぶ。
その言葉に二つの集団はざわめき始めるが、ここで先ほど応じた槍使いの女子生徒が叫ぶ。
「そんなものは詭弁よ! 事実として、私たちの目に前には打ち倒すべき敵が居るわ! 彼らの仲間が髪を刈ったりしなければ、私たちはこうしていないわ!」
『そうだそうだっ!』
「時間のムダよ! みんな、攻撃開始っ!」
『攻撃開始っ!』
そう叫んで『美少年を愛でる会』の女子生徒たちは戦い始め、『地上の女神を拝する会』の男子生徒たちは応戦を始めて行った。
迷った挙句、あたしはステータスの“役割”を『格闘家』にしてみた。
今回は素手で戦うつもりだからだ。
「こうなる気はしていたがな、中々ままならんな……」
あたしの近くに立つライナスが乾いた口調で言う。
「そもそも理性的ならこんな戦いを始めるはずがない、ですか?」
サラの告白騒動の模擬戦の時に、そういう話をローリーが言っていた気がする。
あたしが話しかけるとライナスがあたしに気づく。
「ウィンか。確かに理屈ではないな、目の前の連中が暴れているのは。……それだけに厄介でもある」
「そうですね」
「心配しなくてもこれだけアタシ達の戦力があれば直ぐ片付くにゃ」
「そうじゃの、早々に片付けて妾は美術部に行くのぢゃ」
あたしとライナスの会話を聞いていたエリーとニナが、不敵な笑みを浮かべつつ告げた。
ライナスもエリーもあたしも武器を持たずに素手で待機しているけれど、ニナは【
素材を訊いたが「秘密ぢゃ」と返されてしまった。
先行突入組に割り振られたあたし達は、まず『地上の女神を拝する会』の後衛を無力化することになっている。
この場に集まった友軍の中で女子は少数だったが、カール達の判断で男子生徒たちの制圧に充てられた。
『美少年を愛でる会』の女子がかなり好戦的になっており、そこに向かわせたくなかったらしい。
足りない人員はライナスなどの男子が補充され、あたし達に同行することになっている。
友軍の準備が整う頃には、野次馬目的で現場に来た生徒たちの気配も増え始めた。
そして、
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