11.会則に違反する状況
学院構内を暴走する筋肉競争部の連中から、あたしとキャリルは生徒同士の大規模戦闘の通報を受けた。
非公認サークルの『美少年を愛でる会』と、『地上の女神を拝する会』の抗争らしい。
速報の段階では双方三十名弱が刃引きした武器を取り、魔法が飛び交う乱戦になっているようだ。
「どうしますのウィン?」
「まずは落ち着きましょう」
やや焦れるようなキャリルの声にあたしは却って冷静になる。
戦闘が起きているなら回復させる人員が必要だ。
加えて、戦闘に介入して制止する人員が必要だろう。
また、乱戦になっているというなら、制止する第三者が区別できるようにしておくべきだ。
そこまであたしは脳内で計算して口を開く。
「教職員に伝令が行っているなら、そこは手を打たなくていいわ。あたしが考えたのは三つ。一つは回復魔法研究会への連絡だけど、これは附属病院にも通報してもらうよう手を打つ必要があるわ」
「そうやな」
「戦闘に介入する人員も必要だけど、その意味で武術研究会に協力を仰ぎましょう」
「確かに彼らの腕前ならなんとかなるかも知れませんわ」
「加えて、乱戦になっているなら、味方というか制止するあたし達が区別できる必要があるわ。腕に布を巻く程度のものでいいけれど、何か手は無いかしら?」
あたしの言葉にみんなは考え込むが、ジューンが口を開く。
「それなら、裁縫部で布切れを提供してもらうか、回復研で包帯を提供してもらって腕に結ぶのはどうでしょう?」
「包帯はケガ人が使うかも知れんのう。可能なら裁縫部に当たる方が良いじゃろう」
「最近はプリシラちゃんが裁縫部にも顔を出しとるみたいやし、行けば協力してくれるかも知れんね」
それなら裁縫部に行ってみるか。
プリシラが居るかは分からないけれど。
非常事態だし、裁縫部の部長とかに協力を仰いでみてもいいだろう。
「他は何かあるかしら?」
「風紀委員会への情報共有はどうしますの?」
「みんな個別に対処中かも知れないわ。現場の部活用の訓練場に着いた段階で、魔法で連絡を入れてみましょう」
現地集合の方が無駄足にはならないだろうし、あたし達が手を打っている間に連絡があるかも知れない。
その後あたし達は役割分担した。
なし崩し的になってしまったが、サラとジューンとニナも協力を買って出てくれた。
キャリルはまず現場に急行し、他の風紀委員と情報を共有する。
もし風紀委員の仲間がいなくても、彼女が一人で戦闘に突っ込まないように念押しをした。
ジューンは回復研に行き協力を仰ぐのと、附属病院への通報を部員に依頼する。
サラは武術研究会に向かい、現場で制止する協力を仰ぐ。
あたしとニナは裁縫部に向かい、布切れを分けてもらう交渉をして受取り、現場へ届ける。
「それではみなさん、拳を出して下さいまし」
キャリルが仕切ってみんなでグータッチしてから、あたし達はその場から移動した。
あたしとニナが裁縫部の部室に辿り着くと、そこは平和そのものだった。
部員の人たちは思い思いに針を動かしたり、編み物をしたりしている。
女子生徒ばかりで男子の姿は無いな。
初等部らしき生徒は、人形を作っているのが若干多いだろうか。
どうやらプリシラは居なさそうだ。
「すみません、平和な部活中にお邪魔しますが、予備風紀委員のウィン・ヒースアイルと申します。裁縫部の部長か、幹部の方はいらっしゃいませんか?」
「はい、私が部長のエレン・ビー・ステイシーです。風紀委員の方がどうしましたか?」
一人の女子生徒が立ち上がってあたしに応じる。
「落ち着いて聞いて頂きたいのですが、いま部活用の屋外訓練場で、非公認サークルの『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』が大規模戦闘を始めたみたいなんです」
「はい……、その件で用事があると?」
エレンはあたしの話にピンと来ないようだけれど無理もない。
「いまあたし達は抗争を始めた人たちに割って入って止めようとしています。ですが現場は乱戦になっているという情報があるんです。そこで止めようとする人を区別できるように、目印で腕に布を結ぶ案を思いつきました」
そこであたしは一呼吸置くと、エレンは口を開く。
「その布が欲しいという事ですね?」
「そうです。突然の話で大変申し訳ないですが、協力頂けないでしょうか? 重傷者が大量に出かねない状況なんです――」
あたしの言葉にエレンは右手の平を向け、微笑んでから口を開く。
「そういう事なら断る理由は有りません。風紀委員会に協力したとなれば我が部もハクが付くというものです。必要経費はリー先生にみずまs――コホン、適正価格で請求すれば済む話です」
いまさりげなく水増し価格って言おうとした気がするけど、あたしは聞き流すことにした。
エレンは視線を部員たちの方に向けて口を開く。
「そうですね、皆さん?!」
『はい!』
どうやらあたし達の話を聞いていた部員たちは、一斉に立ち上がった。
そして彼女たちは分担して流れるように複数の魔法を駆使し、数分でオレンジ色のハチマキ状の布を量産してみせた。
「これをお使いください。赤やピンクは『美少年を愛でる会』の人が、青や緑は『地上の女神を拝する会』の人が装備で使っているかも知れません。この色なら目立つし被らないでしょう」
「協力に感謝します。あたしからもリー先生には話しておきますが、エレン先輩からもきちんと請求しておいてください」
「勿論です」
そう言ってエレンはニッコリと笑った。
あたしとニナは【
「それじゃあニナ、現場まで身体強化を掛けて移動するけどいいかしら」
「そうじゃな。裁縫部は急いでくれたが、こうしている間もケガ人が増えて居るやも知れんのう。早く行くのじゃ」
あたしは頷いて内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化を掛けて薄く気配遮断をしてから移動を始めた。
あたしから一定距離で昏い闇属性魔力の気配が追ってくるので、ニナも付いて来てくれているようだ。
あたし達は現場まで急いだ。
現場である部活用の屋外訓練場に近づくにつれて、多くの人の気配と戦闘の音が大きくなってくる。
あたしは周囲の気配を探り、キャリルの位置を特定する。
そのままニナと二人で高速移動して、大量に集まった生徒たちの人混みをすり抜け、彼女の傍らに立った。
「ごめん、遅くなったわ」
「大丈夫、とは言えませんが、幸いにもまだ重傷者は出ていないようですわ」
その場にはキャリルの他にエルヴィスとジェイク、そしてエリーが到着している。
みんな制服姿だから、押っ取り刀で駆け付けた感じだろうか。
そしてあたし達が立っている場所から向こうでは、男女に分かれて数十名規模の集団戦闘が繰り広げられていた。
戦闘を行っている一人一人の実力は、『学院裏闘技場』のバトルロイヤル式予選と比べれば似たり寄ったりかも知れない。
戦闘自体は派手に刃引きした武器で斬り合ったり、そこかしこで攻撃魔法が炸裂して割と気合の入った戦闘が展開されている。
あ、火属性魔法の炸裂音の直後に男子生徒が二、三人吹っ飛んだな。
ただ、今回激突している二つの集団は、魔法による回復と魔法盾を展開する者をそれぞれ後ろに配して双方がぶつかっている。
その防御と回復が、全体としてダメージを抑えて戦いを長引かせているようだ。
突出した戦力らしき生徒が数名いるようだけれど、幸か不幸か戦力が拮抗している。
そして男子生徒の集団の中で、群を抜いてキレのある動きをしている生徒が目につく。
それは生徒会副会長のローリーだった。
「ローリー先輩がいるじゃない?! あの人、なに最前列で大剣をブン回してるのよ?!」
「その点も含めて、いまカール先輩とニッキー先輩とアイリスちゃんが確認に向かっているんだ。ボクらはここで待機だよ」
エルヴィスはそう言ってから、人混みのとある方向を指さした。
そこでは弓を持って戦闘服を着たディナ先生や複数の教師たちの姿があり、生徒会長のキャシーを交えてカールたちが硬い表情で何やら話し込んでいた。
あ、キャシーが泣きだしたな。
ニッキーが直ぐにキャシーを抱き留めて慰めている風だけど、どういう話になってるんだ全く。
「幸いというか、戦況は拮抗してるみたいですけど、あまり放置しても不味くないですか?」
あたしがエルヴィスに告げると、彼は頷く。
「同感だよ。……いま戦っている集団は『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』だが、生徒会副会長のローリー先輩が仕切って模擬戦という形にしたらしい」
「原因は『美少年を愛でる会』の八つ当たりにゃ。例の丸刈り事件の犯人が、男子が『地上の女神を拝する会』、女子が『美少年を愛でる会』だったらしいにゃ」
「丸刈り事件の犯人たちは男女とも半年間の自宅謹慎コースが確定的で、多分そのまま留年だろう。それは自業自得だけど、男女のどちらが主導したかという事で揉めたようだ」
エルヴィスの言葉にエリーとジェイクが補足してくれた。
「主犯の押し付け合いってことですか?」
「それだけなら取り調べで済む話だね。でも今回の事件の被害者は『美少年を愛でる会』の女子から慕われていた男子たちでね。丸刈りにしてしまったことの落とし前という方向に話が転がったようだ」
あたしの問いに、ジェイクがそう言ってため息をつく。
「そして女子たちが実行犯に制裁を加えるという話になって、身柄の要求を『地上の女神を拝する会』に迫ったのさ」
エルヴィスも難しい顔をして告げる。
要するに目の前で戦ってる女子たちは、『秘密結社マルガリータ』の男子に
男子たちはそれを跳ね除けようと戦ってるわけだ。
つくづく面倒くさいなコレ。
あたしは思わずため息が出た。
「ニナ、この状況で使えそうな魔法は無いかしら?」
「そうじゃのう。魔法盾を意外と上手く展開しておるから、無詠唱で一息に眠らせていく訳には行かぬのじゃ。妾の例の魔法は、学長と公開する時期を相談中ゆえここでは使えぬしのう」
「要するに、魔法で一気に制圧するのは現状ではむずかしいという事ね?」
「そうじゃな、体術で意識を刈り取っていく方が、結局は楽だと思うのじゃ。妾も手伝うのじゃ」
ニナが助力を申し出てくれたのはありがたい。
内心、精霊魔法で何とかならないかと脳裏によぎったのだけれど、そういう話なら仕方がない。
そうなるとみんなで地道に対処するしかないか。
ただ、地味に連携してくる上に数が多いんだよな。
速報の段階から増えたのか、全体で百人近くが戦ってる気がする。
そこまで考えていると、カールたちがこちらにやってきた。
生徒会長のキャシーもいるが、彼女は表情が暗い。
「みんな揃ったな、状況を説明する。現状は生徒会副会長が仕切って、生徒会として非公認サークル間のトラブルを解消するため模擬戦が開始された。だが、模擬戦の参加者に副会長が加わったことで生徒会会則に違反する状況になった――」
カールの説明はこうだ。
もめごとの解決の模擬戦はいいけど、参加者に生徒会関係者を入れるときは風紀委員や教員が開催する形にしないとダメだ。
ダメな状態で続けたら教員が割って入るけど、その場合は模擬戦に参加した生徒会役員が処罰される。
そうならないためには学生自身の力で、模擬戦を停止させなければならない。
「――ということだ。先生たちには日が暮れるまで猶予をもらった。暗くなると危ないからな」
「……もし、先生たちが介入したら、ローリーは生徒会会則違反で彼だけペナルティを受けるんです。そうなると生徒会から居なくなったり、最悪留年したり、学校から……」
カールの説明に補足しようとしてキャシーが告げるが、最後まで言葉にできなかったようだ。
そんな彼女をニッキーが抱き寄せてなだめていた。
「安心してくれキャシー、ここからは僕たちが引き受けよう」
そう言ってカールは【
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