10.君たちも手を打って


 寮の自室に戻り、あたしは服を部屋着に着替えてから【風のやまびこウィンドエコー】で連絡を始めた。


 ホリーから得た内容は匿名の情報提供者からという事にするし、あたしはまずリー先生に直接連絡を入れた。


「リー先生、こんな時間に済みません。いま宜しいでしょうか?」


「――こんばんはウィンさん。どうしました?」


「『連続男子生徒丸刈り事件』について匿名の情報提供があり、参加者の情報や彼らの計画が判明しました」


「匿名ですか。……分かりました、お願いします」


「はい。まず彼らは『秘密結社マルガリータ』を自称する集団です――」


 あたしはホリーを除く参加者の名前と、彼らの計画の内容、呪いの効果などを全て説明した。


 リー先生は逐一連絡内容を確認しながら話していたので、手元にメモを作ったのだろう。


「――以上になります」


「はい。――全て把握しました。まずは全員の身柄を確保したうえで、真贋鑑定の魔法を使って証言を取ります。この連絡を終え次第対応に着手しますが、他に何かありますか?」


「現時点では他に報告事項は有りません。カール先輩やニッキー先輩への連絡はどうしましょうか?」


「彼らへの連絡はわたしから行います。ありがとうウィンさん、匿名の情報提供者の方にもお礼を伝えてください」


「はい」


 そしてあたしは連絡を終えた。


 次にあたしはホリーを信じるために、デイブに魔法で連絡を入れる。


「こんばんはデイブ。いまちょっといいかしら」


「どうしたお嬢?」


「クラスメイトの友だちが、諜報活動に関わっている貴族家の娘だったらしいの」


「それで?」


「相手は月輪旅団やあたしが所属していることを知っていたけど、本人というより相手の家を信じられるのかを知っておきたいの」


「流石だな。油断しないのはいいことだと思うぜ。その娘の名前は?」


「ホリー・アンバー・エリオットよ」


 彼女の名前を聞いて、デイブは少し考え込んでから口を開く。


「名字がエリオットか……。諜報活動に関わっている貴族家……。お嬢、その娘は何か武術を修めてないか?」


「多分、蒼蜴流セレストリザードを身に付けてるわね。多少は甘いけど、その辺の賊とか一般兵くらいなら相手にならないと思うわ」


「決まりだな。クリーオフォン男爵家の娘だ」


「年上の従姉が小説の『暗殺令嬢』のモデルだって言ってたわ」


「……そこまではちょっと分からんな。だがホリーって娘は、ブルー・アーネスト・エリオット・クリーオフォン男爵の娘だろう。領地を持たないが、代々諜報技術で王国に貢献してる家だ。数年前に先代が死んで代替わりしたばかりだな」


 どうやらデイブが知る家らしい。


「あたしとしては普通に接して大丈夫かしら?」


「そうだな。便宜を図れとか言われたなら即答で断って問題無い。月輪旅団うちとは標的が微妙に被るときがあるが、今までトラブルになったことはねえし」


「相手を信用して大丈夫なのね?」


「おれたちが王国の味方であるうちは、全く問題ねえだろうよ」


「分かったわ、それが聞きたかったの。ありがとう」


「ああ。……気が向いたら、いつでもその娘を連れて遊びに来な」


 デイブから確認が取れたので、あたしは連絡を終えた。


 デイブのところにホリーを連れて行く、か。


 ホリーも最近試合をしていない云々言ってたな。


 稽古がてらまた鬼ごっこ、、、、をしに行こうかな、などとあたしは考えていた。


 リー先生がお礼を言って欲しいって話だったし、あしたクラスで少し話をしてみようか。


 そんなことを考えつつ、あたしは宿題をやっつけることにした。




 宿題を無事に片付け、日課のトレーニングをこなしていると、【風のやまびこウィンドエコー】でニッキーから連絡があった。


「ウィンちゃん、今いいかしら?」


「はい、大丈夫ですよ?」


「リー先生から『秘密結社マルガリータ』の件は聞いたわ。ふざけた名前よね」


「どういう神経してるんでしょうね、全く」


「それで彼らなんだけど、リー先生からついさっき最新情報の連絡があって、全員身柄確保して情報の裏付けが取れたらしいわ」


 ずいぶん早い動きだな。


 呪いが絡むから万一を考えて急いだのかも知れない。


「良かったです。それじゃあ、今後はもう被害者は出ないってことですかね?」


「模倣犯が出ない限りはね。一応今週いっぱいは警戒態勢を維持するそうよ」


 模倣犯とか出るとしたら迷惑この上ないな。


 ただ、手口が割れている以上対策も取りやすくなってくるだろうけれど。


「分かりました。引き続き、パトロールを行う形になるんですね」


「それなんだけど、リー先生の方から案が出て、運動部の持ち回りでパトロールを分担することになりそうよ」


「へえ……。あたし達はラクが出来そうですけど、運動部からは文句が出ないですかね?」


「どうなのかしらね。リー先生は筋肉競争部顧問だし、部員たちをぐるぐる構内を走り回らせる口実にする気だと思うわ」


 それは凶悪だなおい。


 あたしが模倣犯なら裸足で逃げるぞ。


 確かに言われてみれば、収穫祭の後はそれほど構内を暴走している姿は見ていなかった気がする。


 何か決まりでもあるんだろうか。


「そ、そうですか。まあ、頼りにしましょう」


「そうね。――そういう訳だから、風紀委員会は通報を受けて駆け付ける形になったわ」


「分かりました。運動部がパトロールしてくれるなら、闇鍋研究会への牽制にもなりそうですね」


「確かにね」


 ニッキーとはそんな話をして連絡を終えた。




 一夜明けて普段通り授業を受けた。


 休み時間にあたしはホリーに話しかける。


「ホリー、ちょっといいかしら?」


「どうしたの?」


「例の件だけど、お礼言ってたわよ?」


「そう、良かったわね」


 今日の天気の話題でも振った時のように、ホリーはサバサバと応えた。


「あともう一つ。今週末の休みは空いてるかしら?」


「わたし? 大丈夫ね」


「そう? また連絡するわ」


 ホリーは確か寮生だったと思うし、帰ってから話をしに行ってもいいか。


 あたしはそんなことを考えていた。


 いつも通り授業を受け、みんなでお昼を食べて授業を受け放課後になった。


「筋肉競争部が構内をうろついているんですか……」


「いちおうパトロール目的だから、普通に過ごしている分にはあたし達には関係ないと思うわ」


 実習班のみんなで部活棟に行く道すがら、ジューンがややげっそりした顔をしていたのであたしはフォローする。


「妾もどちらかといえば筋肉は趣味では無いのじゃ」


「苦手やったら、もし近づいてきたら脇によけとったらええんのとちゃう?」


「魔獣の類いとは違うのですし、前に飛び出したりしなければ問題無いと思いますわ」


 ニナものんびりした口調ではあるものの、筋肉競争部は避けたいようだ。


 あたしも同意できるけれども。


 サラとキャリルがフォローしているが、比較対象が魔獣の生徒たちって時点で充分問題な気がする。


 そうしてみんなで構内を平和に歩いていたのだが、特徴的な地響きと共に複数の気配が迫りくるのをあたしは察知した。


「噂をすれば何とやらね……。みんな脇に避けていましょう」


 あたしの言葉でみんなは一斉に道の脇に避けると、直ぐに上半身ハダカの筋肉集団が鬼気迫る感じで通りかかった。


 だが今回は脇に避けているし、あたし達は彼らに追われるようなことは無いはずだ。


 そう思っていた矢先、筋肉集団の一人とあたしは目が合ってしまった。


 次の瞬間、その筋肉が叫んだ。


「全員止まれッ!」


『応ッ!』


 どこをどう走ってきたのか、秋空の下で微妙に身体から湯気を上げながら、筋肉集団はその場に待機する。


「そこに居るのはッ! 必殺委員キラーモニターとッ! 真銀の戦槌ミスリルウォーハンマーのッ! 二人ではあるまいかッ!」


 彼らはそう言って、割と切羽詰まったような視線をあたしとキャリルに向ける。


 というか代表者がふつうに喋ってくれればいいのに。


「何かトラブルでもあったんですか?」


 あたしが問うと筋肉集団は仲間同士で視線を交わした後に、筋肉を纏った年長者らしき生徒(?)が口を開く。


「もしや連絡がまだなのかッ?! 部活用の屋外訓練場で大規模戦闘が発生しているッ!」


「どういうことですの?!」


「未確認だが、非公認サークルの『美少年を愛でる会』と『地上の女神を拝する会』が抗争を始めたという情報があるッ!」


「何ですって?!」


 大規模戦闘ってどういうことだろう。


「人数と現場の状況は?」


「速報では双方が三十名弱ずつ参加して、刃引きした武器で武装し、魔法も飛び交う乱戦に発展しているッ! このままでは重傷者が大量に発生しかねないが、見過ごせんッ!」


 あたしが問うと年長者が説明してくれたが、それは確かにマズい。


 どういう理由で抗争に至ったのか分からないけど、状況によっては下手をすれば死人が出かねない。


「パトロールをしていた我々は、介入して制止するつもりだッ! そのために部室に急行し防具を取りに行く途中だッ!」


「教職員への連絡はどうなっていますの?」


「教員へと伝令は走らせたが、他は情報が錯綜していると思われるッ! 可能なら風紀委員会の君たちも手を打って欲しいッ! それでは失礼するッ! 行くぞお前らッ!」


『応ッ!』


 次の瞬間、来た時と同じように鬼気迫る感じで、筋肉集団は部活棟へと爆走していった。


 聞いてしまった以上、あたし達も対応を始める必要があった。

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