09.呪いの効果を目撃する者
大講堂の大ホールには、あたしとホリーの二人が残っている。
「それで、ホリーはあんな連中と一緒に何をしてたのよ?」
「当然目的があってのことよ。一言でいえば内偵よ。何のための内偵かっていえば、護衛対象に影響が出るかを調べるためね」
「護衛対象? どういうこと?」
「わたしの家は中立派の男爵家だけれど、代々裏でこっそり肉体労働するのが好きな家系なのよ」
「肉体労働?」
「敵地や敵拠点に侵入しての諜報や情報収集、破壊工作や暗殺、人質救出とかね」
そう言ってホリーは胸を張る。
そういうのって秘密にしておくべきなんじゃないのか、とも思うのだけれど。
「……あたしにそういう事を言って大丈夫なの?」
「ウィンは、だってわたしよりえげつないじゃない。月輪旅団の家でしょう? 月輪旅団って、お隣の共和国の建国史に名前が出て来るじゃない」
家って言っても母方なんですけど。
えげつないって言わないで欲しい、微妙に心にダメージが来るから。
「……まあいいわ。それで護衛をしているのね」
「そうよ。護衛対象はわたしの普段の行動で察してくれると助かるわ」
そう告げてからホリーはあたしにべーっと舌を出してみせた。
舌の上には光り始めた『誓約紋』が見える。
「何に対する【
「護衛対象の秘密よ。ちなみに破ると三週間ほど味覚がおかしくなるわ。塩味と甘味と酸味と苦みなんかがランダムで入れ替わるの」
「うへえ……」
「食欲とかに影響するからけっこうバカに出来ないのよ」
ホリーの普段の行動ということなら、誰の護衛かという事は想像はできる。
ただ、訊いておきたいことはできた。
「ひとつ教えて。答によっては、ホリーとの接し方を考えなければいけないから」
「接し方? 何かしら」
「脈絡のない質問だけれど、あなたはプリシラとは友達よね?」
「勿論そうよ」
ホリーはあたしの質問の意図を察したのか、即答した後にべーっと舌を出してみせた。
今度は彼女の舌には『誓約紋』は光っていなかった。
どうやら彼女がプリシラと友人であることと、彼女の護衛対象の秘密は関係無さそうだ。
あたしはホリーの答に満足した。
「それで、内偵云々の話や情報を流して欲しいんですけど」
「高いわよ?」
そう言って彼女は不敵に笑う。
まあ、ホリーが身体を張って調べた情報なら、無報酬で訊き出すのも申し訳ないよな。
だが彼女はあたしに情報を持っているという事を知られてるんだよな。
「ふーん……。あたしのクラスメイトに『連続男子生徒丸刈り事件』の情報を持ってそうな人が居そうだって、リー先生に相談してみようかしら」
「そっ……、それはずるいなあ……」
そう言ってホリーはショボーンとする。
「冗談よ。こんど食堂で甘いものを奢るからそれで勘弁してくれないかしら」
「そういうことなら歓迎よ」
「良かったわ。ちょっと待ってね、魔法で周囲を防音にするから」
そう言ってからあたしは【
「これで防音になったわ」
「そうね。大ホールに響く音がしなくなったわね。……それで、そもそものきっかけから話すわ。わたしの護衛対象が所属する部活で、当人に良く接触してくる女子生徒が居たの――」
ホリーの護衛対象を護る意味で、何かしら底意を持って接してくる相手かは見極める必要があると彼女は判断した。
その行動を調べた結果、調査対象は非公認サークル『美少年を愛でる会』に所属していることが分かった。
「あとはその調査対象が接触している女子生徒を順に調べたら、妙な計画を立てている子たちだって分かったの」
「それがさっきの連中?」
「そういうこと。男子生徒の方も調べ上げて、本人たちのリストも作ってあるわ」
「そのリスト、写させてもらっていい?」
「構わないわよ」
ホリーは【
あたしも筆記具を取り出し、【
「……変わった魔法を覚えているのね?」
「複写の魔法自体は、書類仕事をしている人のあいだでは一般的な魔法よ」
そう言いながらあたしはオリジナルのメモの束をホリーに返し、コピーの内容を確認する。
ざっと見たところではあたしの知り合いは含まれていなさそうだ。
その様子を見ながらホリーはメモの束を【
「……なんだかウィンは
「そんなこと無いわよ。諜報活動のノウハウは仕込まれてないし」
「諜報活動のノウハウか。……教科書以前の話だけど、基本はおカネと異性関係の流れね」
あたしはコピーのメモの束を【
「何? レクチャーしてくれるの?」
「基本の“き”くらいはいま教えるわ、せっかくだし。いま言った二つ以外では、四つくらいあるかしら――」
ホリーによると、諜報活動を行うときに注目する情報としては以下の内容とのことだ。
・政治の動き:貴族や社会集団の動き、政策の変化や地域の実情の変化など。
・思想の動き:貴族や社会集団の思想的、文化的、宗教的な立場やその変化など。
・技術の情報:最新技術や遺失技術の情報など。
・違法取引の情報:国や地域の安全にかかわる物資や情報のやりとりなど。
「――とまあ、このくらいかしら」
「ずい分詳しいわね」
「我が家はそういう家だからね。……ウィンは『暗殺令嬢』シリーズは読んだことがあるかしら?」
そう言ってホリーがこの世界の小説の話を始める。
まさか創作物からの受け売りとか言い出すんじゃないだろうな。
「ええと、あたしは読んだことは無いわね。ジューンがド嵌りして、今でも好きみたいだけど」
「そうなのね。ウィンも一度読んでみるといいわ。あの作品の主人公の暗殺令嬢は、わたしの年上の従姉がモデルなの」
「そ、そうなんだ? ……機会があったら読んでみるわよ」
というか、そういう事をあたしにバラしていいのか、ホントに。
「それって絶対あとで読まない奴じゃないー。食わず嫌いは良くないわ」
「そうかなあ……」
それにしてもモデルとはね。
概要しか知らないけれど、貴族家に生まれた女児が暗殺の英才教育を受け、賊とか悪徳商人とか悪徳貴族を狩りまくる話だった気がする。
あたしが言うのも何だけど、世の中にはいろんな人が居るものだな。
「ところでホリー、機嫌良さそうじゃない?」
「そうね。ウィンとこういう話を誰にも気兼ねなく出来たのが、ちょっと嬉しいかも」
「そう……?」
「うん。わたし、人様に内緒の仕事をする家の人間だから、幼なじみにも言えないことが多かったのよ。友達とかに、わたしがこういう人間だって話せるのが、ちょっとスッキリしたかなって」
ホリーはそう言って苦笑する。
代々諜報などに関わってきた貴族家なら、その教育は子供心にはストレスになることがあったかも知れないな。
「友達なのはそうだけど、あたしなんかに話して良かったのかしら?」
「父さんから聞いてるけど、月輪旅団の関係者でしょウィンは。むしろ父さんには褒められると思わ」
「そこは過大評価な気はするけど、とりあえず分かったわ」
そう言ってあたしは右手を差し出す。
ホリーはそれを見て、うれしそうにあたしと握手した。
ホリーの立場とか『連続男子生徒丸刈り事件』のメンバーは分かったけれど、気になる部分は残っている。
「ここまでの話は分かったけれど、呪いのことは何か知ってるかしら?」
あたしの問いにホリーは一瞬考えこんで口を開く。
「わたしが追えた情報では、『秘密結社マルガリータ』の男子生徒が外部で教わったらしいの」
先ほどの連中が『秘密結社マルガリータ』を自称することはホリーのメモにあったけれど、口頭で言われた名前を聞くと吹き出しそうになるな。
あたしは努めて冷静にホリーに確認する。
「その呪いを教えた外部の者の情報は無いのね?」
「ええ。非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』の関係者らしいけれど、詳細は分からなかったわ」
「まあ、仕方ないわ。肝心の呪いの内容とか、彼らの計画は分かってるのかしら?」
「彼らの計画は三段階あったわ。まず標的の髪を入手するのが第一段階。その髪を使って標的に呪いを掛けるのが第二段階。呪われた標的を女子が慰めて好意を向けさせるのが第三段階ね」
「なるほど…………。魅了みたいな精神操作の呪いを心配したけど、『女子が慰める』のが一手間入るのね」
ある意味で練られた計画だ。
魅了などの呪いで精神操作を行った場合は、呪いが成功しても同時に犯行の証拠になる。
精神操作の呪いで利益を得るのは犯人だろうから。
「……いざという時はシラを切って、呪いと自分は関係ないって逃げるつもりなのね」
「たぶんそうだと思うわ」
あたしの言葉にホリーが頷く。
「それで肝心の呪いの効果だけど、『秘密結社マルガリータ』の男子が言うには、“皮膚の色を緑色にする呪い”らしいわ」
「……けっこう悪趣味ね。呪いは教会で解けるとは思うけど、場合によっては被害者がずっといじめられる原因になりかねないし」
「ホントにどういう神経をしてるのかしらね。……ただ、そういう呪いだから、発動させるとしたら周囲の目がある昼間を狙う筈よ」
夜に発動させたら被害者は朝起きて授業に出ず、そのまま附属病院に行くか教会での解呪に向かうだろう。
確かに最大の効果を得るには、呪いの効果を目撃する者が必要だ。
「呪いを発動させる作業もあるでしょうし、『秘密結社マルガリータ』の活動は昼休みあたりになるかしら」
「わたしはそう睨んでいるわ。だからウィンを足止めしたんだし」
あたしの目算にホリーが同意する。
そういうことなら、今からリー先生に通報すれば間に合うか。
「ホリー、あなたが情報提供者っていうのは、リー先生に話して大丈夫かしら?」
「ええと……、学長先生には父さんから入学の時に一言断ってるけど、できれば匿名ってことにしてくれると助かるわ」
「分かったわ。まずはここを離れて寮に戻ってから、あたしは風紀委員会関係に連絡を始めるから」
そう告げてから二人で頷き合い、あたし達は大講堂から離れた。
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