11.その歌の内容だけで


 みんなで商業地区を散策する途中で、あたし達はデイブの店に寄った。


 エルヴィスはソーン商会は知っていたようだけれど、価格帯に怯んで敬遠していたようだ。


「ようお嬢、今日は大勢でご来店だな」


 デイブは店に居たが、さすがに週末の休日の午後だと店の方が稼ぎ時なんだろう。


「こんにちはデイブ、みんな学校の仲間なの。みんな、このひとが店長のデイブよ」


「こんにちは、初めまして。店長のデイブ・ソーントンだ。うちは武器や防具の販売やメンテナンスを行ってる。あと、おれ個人は冒険者ギルドの相談役もやってるから、そっちの方でも話があったら気軽に話してくれ」


『よろしくおねがいします(なのじゃ)』


「順番に紹介するわね、まず彼女がクラスメイトのサラよ」


「こんにちは、ウチはサラ・フォンターナいいます。ウィンちゃんのクラスメイトで、狩猟部で弓術を練習してます。あんじょうよろしゅう」


「ああ、宜しく」


「そして同じくクラスメイトの、ニナ」


「ごきげんよう。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。刈葦流タッリアーレレカンネを嗜んでおるのじゃ。当面は王都で厄介になるゆえ、宜しくのう」


「そうか、おまえさんがニナか。困りごとがあったら何でもお嬢やおれに相談してくれ。宜しくな」


 デイブはニナの名前を聞くと、直ぐに件の吸血鬼だと理解したようだ。


 割とまじめな顔をしてニナに挨拶したが、彼女はニッコリと微笑んでいた。


「それで、クラスメイトは他にコウがいるけど、覚えてるわよね?」


「勿論だぜお嬢。コウは結構うちに来てくれるよな。ありがとうよ」


「いえ。武器は実家が鍛冶屋なのである程度自分でも分かるんですが、防具では助かってます」


 そうか、コウはデイブの店の常連になりつつあるのか。


 王都散策で似たような店に行ったことはあるけど、そういうところと比べてもこの店の品質は良い方だ。


 加えて身内価格というのは破格だし、お勧めできる。


「あとは、この人は風紀委員の先輩でエルヴィス先輩」


 エルヴィスを示しながらあたしは告げる。


 その言葉に頷いて彼は口を開く。


「こんにちは、ご無沙汰してます。エルヴィス・メイです」


「ああ、マルゴーの甥だったよな」


 そうか、デイブはマルゴーの関係でエルヴィスを知っているのか。


「はい」


「そう言えばここの所会って無かったな「いま白髪ババアの名前が出なかったかい?」」


 デイブとエルヴィスが話していると、別の客に応対していたブリタニーが口を挟んだ。


「おまえはそっちのお客を相手しろよ。……お嬢の先輩でマルゴーの甥っ子が来たんだよ」


「なんだ、そういう事かい。……おい兄ちゃん、あの白髪ババアにセクハラされそうになったらいつでも相談しな。私がキッチリげんこつ落としてやるから」


「あ、ありがとうございます……?」


 ブリタニーの言葉に若干戸惑いつつ、エルヴィスが礼を告げた。


「あいつの甥でお嬢の先輩なら値段は勉強してやる。装備品で困ったらいつでもうちに来な」


「はい、ありがとうございます!」


 最後にあたしはライゾウを紹介しておく。


「それで、この人がマホロバからの留学生でライゾウ先輩」


「こんにちは、初めまして。ライゾウ・キヅキと申します。ウィンにはいつも世話になっています。宜しくお願いいたします」


 ライゾウはそう言ってお辞儀をした。


「なるほど、マホロバ人か。そうなると普段使うのは刀か槍か?」


「自分は前田流鎧組討まえだりゅうよろいくみうちを使いますので無手です。最近、白梟流ヴァイスオイレを習い始めました」


「そうなると長弓か。ま、武器にしろ防具にしろいつでも相談してくれ」


「ありがとうございます」




 その後あたし達はデイブに促され店内を見て回った。


 この間にデイブはニナをバックヤードに連れて行き、十分程度で戻ってきた。


「なに? 内緒話でもしてたの?」


「何でもないのぢゃ。デイブには王都で気を付けることを、教えてもらって居ったのぢゃ」


「そうそう。まあ、基本的なことを教えておかんと、何かあってもフォローできねえからな」


「ふうん?」


 ニナが微妙に動揺している気がするが後で訊いてみるか。


「それよりニナから聞いたんだが、気になることがあるからライゾウ、ちょっと今話をしていいだろうか? あとお嬢、顔貸してくれ」


「――どうしたんだ?」


 サラと一緒に弓のコーナーを眺めていたライゾウだったが、デイブに名を呼ばれてこちらに来た。


「あたしも? 別にいいけど……」


 そうしてあたし達はデイブの店のバックヤードに移動した。


 テーブルを囲んで三人で丸椅子に座る。


「済まねえな、商品を選んでもらってたのに」


「いえ、何かあったのですか?」


「その前に盗聴対策するからちょっと待ってくれな」


 そう言ってデイブは【風操作ウインドアート】を唱えた。


 デイブは無詠唱とか使えないんだろうか。


 そういえば魔力量に自信が無いとか言っていた気がするな。


 まあ、あたしを含めて仲間にも実力を秘している可能性はあるけど。


「それでだ、ニナから聞いたがライゾウは王都地下に古代遺跡があるっていう都市伝説を追ってるんだってな」


「はい。おれが王都に来た目的の一つで、学院でも研究会を立ち上げて部長をやっています」


「済まんがその都市伝説を詳しく教えてくれないだろうか。報酬なら用意できる」


 そう言ってデイブは懐から金貨を一枚出した。


「まずは手付でこれだけ払う。どうだ?」


 ライゾウは驚いた表情を浮かべるが、目を閉じて少し考え口を開く。


「その金額が妥当なのか、おれには判断できません。だから、情報には情報と行きませんか?」


「ほう。具体的にはどんな情報が要るんだ?」


 ライゾウの要求に、デイブは興味深げな表情を浮かべる。


「勿論、おれの調査に有益な情報です。王都を調べるのにも、詳しい人に訊けば済むような話だってあるでしょう?」


「はは、そう来るか。面白えじゃねえか。ライゾウ、おまえは冒険者に向いてるよ。こっちはそれでも構わんが、本当にいいんだな?」


「構いません。おれは別に一獲千金を目指しているわけでは無いので。それでおれが知る内容ですが――」


 ライゾウが話してくれた内容は以下の通りだ。


 ・今から数百年前にガドという姓の者たちが、ライゾウの地元に流れてきた。


 ・彼らは故郷の政治に関わる者だったが、失敗により一族が国外追放になった。


 ・彼らは自分たちの失敗を悔いて歌を残したが、それが『我堂がどうの歌』という名でライゾウの地元に残っている。


 ・『我堂の歌』は以下のようなものだ。


 「かみよのとちをたまわりし、りゅうのくにのひかりのち


  ひかりのしたにねむるまち、せいれいにてをのばしたち


  すべてふうじたことわりは、いまもわれらにといをなす


  すべてふうじたおたからは、ねむりしゆえにやすきなり」


「まさかとは思うけど、その歌の内容だけでライゾウ先輩は王都ディンルークに来たの?」


「この街に来たのはおれの勘も勿論あるが、他にもマホロバから共和国よりも近かったからな」


「どういうことだ?」


 デイブに問われ、ライゾウは少し考えてから応えた。


「近いってのは故郷から地理的に近かったって意味ですね。……勘の方ですけど、さっき教えた『我堂の歌』についてです。おれの地元では共和国南部にあったネコ獣人族による巨石文明でのことだって分析が主流なんです。落人はその子孫じゃないかって。でも――」


 ライゾウによればその巨石文明では光神信仰が盛んであったり、精霊魔法を発達させていたという研究成果があるという。


 だが彼は、歌にあった「りゅうのくにのひかりのち」が巨石文明に該当しないと感じたそうだ。


「それよりは、ディンラント王国は古語で“竜の土地”ですし、王都ディンルークは“光の導き手たる竜”って意味ですよね――」


 その辺りの古語との対比で、地下に眠る古代都市という可能性を考えたのだという。


「確かにネコ獣人の巨石文明と竜は関係は薄いな。皆無じゃねえが、「竜の国」ってほど重視はしていなかった筈だ」


 ライゾウの説明にデイブは口を開く。


「おれもそう学びました」


「ともあれ、ライゾウの情報は分かった。いきなり核心部分の情報をありがとうよ。これに釣り合う情報となると……」


 そこまで話してデイブはあたしの方を見る。


「なによ?」


「いや、ダンジョンでの襲撃の話をしようと思ってな」


「……どうして?」


「宝物庫の話をしようと思ってな」


 王家の、とはデイブは言わなかった。


 あたしの反応で決めるつもりなんだろう。


 あたしはライゾウの目を覗き込む。


 彼はおバカなところはあるが、勘が鋭く地頭は悪く無い。


 加えて何よりも、お人好しなところがある。


「たぶん問題無いわ。ライゾウ先輩は信頼できると思う」


「分かった」


 あたしの言葉でデイブはライゾウに向き直り、口を開く。


 彼はレノックス様へのダンジョンでの襲撃事件の話や、陛下から仕入れた王家の宝物庫の話、『古エルフ族が関わった防衛機構』の話をした。


 所々で確認を入れながら聞いていたライゾウだったが、一通り聞き終えると腕組みして考え込んでいる。


「ここまでが、ライゾウからの情報への対価だ。情報には情報を返したが、納得できたか?」


「……はい、貴重な情報に感謝します。第三王子が学院に通ってるのか……。王都地下にそのような防衛機構や宝物庫があるかは分かりませんが、今後のおれの調査は慎重に行うべきですね」


「それなんだが、改めておれたち月輪旅団の協力者になってくれる気はないか?」


「協力者? おれの先祖にはハイオーガが居ますし、それなりに腕っぷしは有りますが」


「ハイオーガの子孫ってお前だったのかよっ?! ……まあそれはいい。腕っぷしよりは情報面での協力関係だ。今日みたいに情報交換すべき話があったら、互いに情報をやり取りするってことだ」


「いいですよ。むしろおれの方がお願いしたいくらいです」


「よし、決まりだな」


「ねえデイブ、あたしは何で呼ばれたの?」


「ん? お嬢はライゾウをおれに紹介したからな。はじめは金で情報の取引をしようとしてたから、立会人みたいなもんだ。知らない間に取引をしてたとかイヤだろ?」


「それもそうね」


 確かにあたしの知らない間に、勝手に話を進めたりされるよりはありがたいけどさ。


 ともあれ、あたし達はそこまで話をしてから店に戻った。


 バックヤードで話し始めてから少々時間が経ったので、みんなは店から離れたようだ。


 ブリタニーに伝言を残していて、直ぐ近くの喫茶店に向かったとのことだった。


 あたしとライゾウは、デイブとブリタニーに挨拶してからみんなを追いかけた。

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