12.呪いへの対処って


 デイブの店を出た後、みんなで喫茶店で時間を過ごしてから学院に戻る。


 寮ではいつものように姉さん達と夕食を取り、ニナやサラと王都を散策した話をした。


 その後、日課のトレーニングを片付けようとしているとデイブから魔法で連絡があった。


「どうしたの? 今日会ったばかりじゃない」


「済まねえな。大した話でも無いんだが、いちおう耳に入れておこうと思ってよ。ニナが問題児扱いされてたって話だ」


「ああ、本人がいるから気を使ったのね」


「まあな。それで、あいつは精霊魔法の専門家だろ?」


「そうね」


「精霊魔法ってのは精霊を使役して環境魔力を使う技術だ。それはいいんだが、喚び出した精霊の姿は術者のイメージで固定されるそうだ」


「ふーん?」


「ニナの場合は、割と意図的にその姿を美少年で揃えてるそうでな」


 その一言であたしは脱力した。


「そ、そうなんだ?」


「ああ。そんなのは本人の趣味と言ってしまえばそれまでなんだが、あいつは二百年生きてるだろ? 共和国内の議員とか有力者の中に、少年時代の姿を再現された連中が少なからずいるらしいんだわ」


 何をやってるんだニナは。


「それで問題児扱いってこと?」


「そうだ。モデルにされた連中の中には、共和国軍の幹部になった奴なんかも居たりするらしくてな。あいつの実家にクレームが行って、それでへそを曲げて地元に引きこもってた時期が続いてたらしい」


「うへぇ……」


 何というか筋金入りである。


「まあ、中には故人の姿を再現して喜ばれた例もあるみたいで、共和国としても扱いに困ってたらしいってのが真相のようだ」


「……話は分かったわ。それだけ?」


「ああ。……いちおうニナには、王国では同じことをしないようにクギを刺しておいた。場合によっては外交問題になりかねねえからな。そうなるとおれらもフォローしきれねえ」


 そう告げるデイブの声も困った色を含んでいる。


 吸血鬼の寿命がどの位かはあたしは知らない。


 でも例えば将来、レノックス様が軍の要職に就いて同じことが起こったとき、本人は一笑に付しても周囲が不敬罪を騒いだら目も当てられない。


「何ができるかちょっと思いつかないけど、あたしも気を付けるわ」


「いちおう頼んだ。それだけだ」


 そこまで話してデイブは連絡を終えた。


 あたしはハーブティーを淹れて気分を切替えてから日課のトレーニングを行った。




 週が明けて11月の第三週になった。


 朝いつものようにクラスに向かいホームルームを待つと、硬い表情をしたディナ先生が入ってきた。


「今日は皆さんに連絡と注意事項があります。すでに知っている人も居るかも知れませんが、学院内で呪いのアイテムが流行し始めています――」


 教壇に立って開口一番に先生は呪いのアイテムの話を始めた。


 呪いとは対価を払って魔法の持続的効果を付与する技術であることや、その対価の危険性などを丁寧に説明した。


「――ですので、いままで見つかったものが無害でも、その次の一個が皆さんや友達を傷つけることを心配しています。例え話では無くて、手に持っただけで危ないかも知れないのです。怪しいものを見つけたら、とにかく先生やクラス委員、風紀委員や生徒会に相談してください」


『はい』


 そこまで話し終えるとディナ先生は表情をやわらげた。


 その後午前中の授業を受け、いつものメンバーで昼食を食べていると呪いのアイテムの話になった。


 というか、食堂にいるほとんどの生徒がその話をしている気がする。


 学院全体で情報を公開した結果だと思う。


「何やみーんな呪いのアイテムの話をしとるね」


 ベーコンとキノコ入りのチーズリゾットを食べながらサラが告げる。


「そうじゃのう。呪いと言われても、良く分からん生徒たちが殆どじゃろう。情報不足は怖いという感情と好奇心を呼び起こすと思うのじゃ」


 サラの言葉にしたり顔で応えながら、ニナは天ぷらを食べていた。


 普通に箸を使えているが、ウナギを知っていたしマホロバ料理は好きなのかもしれない。


「好奇心が悪い方向に向かわないか心配ですわね。危険だと言われると、思わず手に取ってみたくなる方も少なからず出て来るかも知れませんわ」


 そう告げるキャリルは鶏のバターソテーと生野菜のサラダを食べている。


 確かに彼女の言う通り、却って興味を持つ生徒が増えてしまうなら対策としては失敗だろう。


「どちらかといえば私も、創作の中では闇に連なる技法のお話は引きつけられます。でも、自分や友達にダメージがあるかもと言われたら、手を出すのはさすがに考えちゃいます」


 ジューンはそう言いながらミートソースパスタを食べている。


 彼女は呪いとかそういう怪しいものが好物なのか。


 何となくそんな気はしたんだけど、それでも今回は先生からのお達しがあった段階で警戒することにしたんだろうな。


「何にせよ、風紀委員会の仕事が増えるようなことにはなって欲しくないわね。暴力沙汰への対処なんかとは違って、呪いへの対処って状態異常を注意したりしなきゃでしょうし」


 今日のあたしの昼食はバゲットサンドで野菜スープも付けている


 学院の食堂のバゲットサンドは、通常サイズを頼むと運動部生徒御用達のごついサイズの奴が出てくる。


 おなかが空いてるときはそれでいいのだけど、注文するときはいつも覚悟が必要だったりする。


 覚悟が足らないときはハーフサイズにするんだけど。


「ふむ。ウィン、この状況で風紀委員としてラクをするためには、どんな手が考えられますの?」


「ラク……。そうねえ……。やっぱり呪いのアイテムの対処をラクにしたいから、初動を早くできるようにしたいわね。そのためにはヤバいアイテムを自動で見つけてくれるような魔道具でもあればラクかも知れないわね」


 キャリルに問われてあたしが応えると、サラが疑問を示す。


「魔道具かあ。呪いがそもそもよう知らんし、魔道具で検出できるんかね?」


「そうじゃの。妾は魔道具は詳しく無いのじゃが、『魔道具を検出する魔道具』はおぬしらは作れるかの?」


「それは対象次第ですが、基本的には簡単に作れると思いますよ」


 ニナの言葉にジューンが応えると、ニナは一つ頷いて口を開く。


「それじゃったら話は簡単じゃのう。呪いの技法は魔道具開発の初期に取り込まれておるはずじゃ。魔道具の専門家に訊けば、いい案が出るかも知れんのう」


「そうなん?! そうやったら、今日の放課後はみんなでマーゴット先生に突撃せえへん?」


「構いませんわ」


「いいわよ?」


「私は元々行きますよ?」


 あたし達がそう応えると、ニナが少々渋い顔を浮かべる。


「む、妾は美術部に籠りたいのぢゃが……」


「そういえば美術部といえばニナ、あたしデイブに聞いたんだけど……「と言っても、たまにはよその部を見学に行くのも良いぢゃろうのう」」


 あたしの言葉に被せるように、ニナは突然方針変更をした。


 デイブの名で本人に思うところがあったのかも知れない。




 昼食後にあたしとキャリルはみんなと別れ、ダンジョン行きの打合せをするために魔法の実習室に向かった。


 すでに実習室にはレノックス様とコウが来ていたので、あたしは【風操作ウインドアート】で周囲を防音にした。


「お待たせしましたわ」


「お待たせ」


「大丈夫だ、オレ達も来たばかりだ」


「それで、さっそくダンジョン行きの打ち合わせに入ろうか?」


 パーティー『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー(うた)』の打合せもすでに慣れたものだ。


 週明けの地曜日昼休みに打合せをして、翌日の水曜日放課後に王都南ダンジョンに挑む流れが出来ている。


「そうだな。まず今週挑む日取りだが、明日の放課後で問題無いだろうか?」


 レノックス様が問うが、みな特に問題は無いようだった。


「では明日放課後に挑むことにしよう。それでだな、明日の挑戦は予定通りに進めば第八階層からスタートし、第十階層に到達することになる」


「いよいよ階層ボスとの戦闘ですわね」


 レノックス様の言葉に上機嫌でキャリルが応じる。


「そうだ。この中で実際に挑んだことがあるのはコウだけだが、お前から何か注意点などはあるだろうか」


 レノックス様から問われたコウだったが、少し考えて口を開く。


「特に無いかな。強いていえば、他の冒険者が挑戦中だったら、加勢を頼まれない限りは見学して再度出現リポップするのを待つのがマナーってくらいだよ」


 そう言ってコウが肩をすくめる。


「そういう機会は多いのでしょうか?」


 やや不満げな顔をしてキャリルが問うが、コウは笑顔で応じる。


「こればかりはタイミングだと思うよ。何なら見学だけして出口に向かってもいいかな。転移の魔道具に魔力を登録して、日を改めるのでもいいだろうし」


「ボスはゴブリンの上位種だったかしら? 何か気を付けることはある?」


「そうだなあ……。特に無いけど、ボスが一体にその取り巻きが数体いる。この連中は魔獣のランクが全てCの個体だ。可能なら一人一体は独力で撃破した方が冒険者ランク上げに有利かも知れない」


 ランクCの魔獣一体は、そのまま同じランクの冒険者が独力で倒せるという想定で決められている。


 今回のランクなら並の狩人や冒険者が単独で討伐できる相手なので、向こうが連携してこない限りはそこまで難敵では無いだろう。


「参考までにいえば、ボク一人で挑んでもボスと取り巻きは討伐できたよ。だから乱戦が苦じゃ無いなら、一人一体は独力で倒したほうがいいんじゃないかな」


「そういうことでしたら、わたくしはボスに挑みたいですわ!」


 キャリルはそう言うんじゃないかと思ったんだよな。


 まあ、ヤバそうならすぐ加勢すればいいんだけど。


 その後レノックス様もボスに挑みたいとか言い出し、コイントスでキャリルが挑むことが決まった。


「焦らなくても第十一階層から先は、全部ランクC以上の魔獣になってくるよ」


 コウがそう言ってレノックス様を納得させていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る