10.ねっとりと笑った後


 思わぬところでコウとエルヴィスに合流したあたし達は、商業地区を散策している。


 すでに目的のウナギ屋も全て場所を教えてもらったので、いつでも来ることができる。


 やっぱり要予約だったけれど。


 そしていまあたし達は団子屋の屋台にいた。


 正確には、みんなで屋台の近くに置かれた長椅子に座って団子を食べている。


「これはみたらし団子が圧倒的に勝利ぢゃのう」


「そうかな? あたしはあずき団子の方がおいしいと思うけど」


「両方美味しいやん。何やろう、あずき団子は上品な甘さ言うんやろうか、このペーストがええ感じや。みたらし団子は濃厚なソースのとろみがたまらんわ」


 サラにペーストとかソースとか呼ばれてるけど、細かいことは気にしないことにする。


 あたしとサラとニナは、みたらし団子とあずき団子を食べ比べしていた。


 ちなみにライゾウとコウとエルヴィスは、三人とも生醤油を使ったしょうゆ団子を平和に食べていた。


「ところでコウよ、おまえはマホロバに縁があるとのことだったが、忍者を知っているか?」


「忍者ですか? ……ええと、影とか透波すっぱとか乱波らっぱとか草とか呼ばれる人たちですよね? 王国でいえば暗部にあたるような」


「そうそう。それでコウよ、おまえの伝手で忍術を教える知り合いは居ないか?」


「………………いや、ちょっと思いつかないです。どうしてそんな話を?」


「忍者や忍術にロマンを感じるからだ、うむ」


「……」


 ライゾウの言葉にどう応えたものかとコウが考え込んでいると、エルヴィスが口を開く。


「ボクはマホロバの事情に明るくないけれど、話を聞く限りニンジャって諜報員のことだろう? その技術は簡単には学べないんじゃないかな」


「むぅ、やはりそうか」


「でもロマンと言ったら、いまライゾウが習っている白梟流ヴァイスオイレだって十分ロマンを感じるじゃないか」


「そう思うか?」


「うん。ディナ先生に試技を見せて貰ったんだろう? 極めるのは難しい流派だけれど、達人に至れば正に一騎当千だよ、あの流派は。ボクはそっちの方がロマンを感じるけど――」


 何やらそんなことを話していた。


 エルヴィスはいつの間にかライゾウに付けていた「くん」を外して名を呼んでいるけれど、そうしても問題無い相手だと判断したんだろう。


 あたし達は団子を味わった後、ニナのリクエストで五平餅の屋台に移動した。


「この香りは食欲をそそるのう」


「ほな食べてみるで……。うまっ、この甘辛い味付けがえらい絶妙やんな」


「餅ってこういう感じなのね」


 ニナやサラの反応を横目に、あたしも五平餅を初めて食べる風に装う。


 王国ではマイナーな食べ物だし、あまり詳しいと変な目で見られそうだからね。


「いや、餅という意味ではさっき食べた団子の方が餅に近いと思うよ」


「そうだな。五平餅は炊いたコメをつぶして串に付け、タレを付けて焼いたものだったはずだ」


 あたし達の反応にコウとライゾウが順に説明をしてくれた。


「マホロバ料理はヘルシーだっていうイメージがあるけど、屋台の食べ物でも油とか使って無いし食べやすいねぇ」


 エルヴィスも五平餅が気に入ったようだ。


「それでライゾウ先輩、さっき言ってた史跡研究会の活動ですけど、どの程度確かな話なんですか?」


 道すがらライゾウはコウに自分が設立した史跡研の活動を説明していた。


「なんだ、コウは興味があるのか?」


「興味があるのかどうかでいえば、面白そうな話だと思っています。……エルヴィス先輩はどうですか?」


「ボクもちょっと興味があるかな。ボクは学院を出たら冒険者になる予定なんだ。古代遺跡とか見つかって、その調査なんて話になったら参加してみたいよ」


「ボクもそうなんです。まあ、冒険者になるかどうかは分からないですけど。そう、さっきのライゾウ先輩の言葉を借りるならロマンを感じるかなって」


 ライゾウに応えるエルヴィスとコウは興味深げな視線を向けている。


 確かに未踏の古代遺跡への挑戦という話になったら、冒険心がくすぐられるかも知れないな。


「そうだな。個人的な勘でいえば、自分で足を使って調べる価値はあると考えているぞ。細かい話をするにはどこでネタが漏れるか分からんから、いちどおれの部に顔を出して欲しい」


「ライゾウ先輩の部活は、何人くらい部員が居るんですか?」


「いま部員はおれだけだ。だからいつでも歓迎するぞ。おまえ達なら力になってくれそうだしな」


 コウに問われたライゾウはそう応えつつ、五平餅の串をあたし達に向けながらニヤリと笑みを浮かべた。


「エルヴィス先輩にコウよライゾウ先輩に関わるのじゃったら、手綱を上手く握らんといきなり走り出すから気を付けるのじゃぞ? そ奴は存外アホなところがあるからのう」


 ニナにそう言われてライゾウは言い返そうとするが、植物園でのことを思いだしたのか微妙に苦笑いした。


 ニナはライゾウに「先輩」とか付けてるけど、全然遠慮が無いな。


「まあ、たまに頭よりも足が先に動くことはあるが、それで学院までたどり着いたんだ。おれの勘はなかなかバカに出来んと思ってるんだがな」


「たしかにライゾウ先輩はいきなり白梟流ヴァイスオイレを習えるようになったはるし、引き寄せいうか運がいい感じはするで」


 サラの言葉にライゾウは何やら得意げに頷いていた。




 昼下がりの王都は秋の日差しの中穏やかな風が吹いている。


 だがその爽やかさを嘲笑うかのような、いかがわしい雰囲気の者たちが三人路地裏に集まっていた。


 全員、濃い色のローブを纏っている。


「アイザック先輩、休みの日に済みません」


「構わないさ。かわいい後輩の頼みだ、現役世代の相談事くらいは構わないよ」


 その最年長が『精霊同盟』にて『竜担当』を自称するアイザックだった。


 だが今日の彼は別の立場でここに居る。


 アイザックはルークスケイル記念学院の出身であり、在学中は幾つかの部活に所属していた。


 そのうちの一つが、学院非公認サークルである『虚ろなる魔法を探求する会』だ。


 今日はその後輩に頼まれ、いま現在学生をしている世代の『虚ろなる魔法を探求する会』の後輩に会っていた。


「それで、わざわざ私なんかを呼び出さなくても、普段使いそうな技法については研究会に伝わっているんだろう?」


「そうなんですが、こちらのフレイザーが呪物の量産に興味があるそうなんです」


 アイザックが他の二人を見やりつつ問えば、仲介役のOBが理由を述べた。


 すでにこの場は風属性魔法で、不可視の防音壁を作ってある。


 少々不穏な話をしても衛兵を呼ばれるようなことは無いだろう。


 呪物――呪いをかけたアイテムの量産は、アイザックが学生時代から仲間と挑んでいた知識だ。


 そしてそれは、学院に研究会が危険視される切っ掛けとなった知識でもある。


「そういうことか……。よろしく、フレイザー」


「よろしくお願いいたします、アイザック先輩」


「それで、どこから話そうか? 呪いが視点を変えれば原始的な魔道具の一種とも言えて、魔道具内の回路にあたる部分を魔力による条件付けで行っているとか、その辺りの話は流石に大丈夫だよね?」


「はい、問題ありません。そうですね……。量産を行ったら呪いを大量に付与しなければなりませんが、この場合に発動者の精神に負荷が掛かります。これを回避しなければ、最悪精神が壊れると考えて情報を集めておりました」


 アイザックはフレイザーが説明する様子を観察する。


 その口調にせよ、纏っている雰囲気にせよ、フレイザーは優等生タイプの学生だと思わせるような硬さがある。


 同時に、知識などへの前のめりな姿勢もアイザックには目に付いた。


 それは自分がそうであるからかも知れないとアイザックは思う。


 いわば、かつての自分が目の前にいるわけだ。


 その状況が面白いと彼は思う。


 アイザックはフレイザーに興味が湧いた。


「私がすべて説明しても構わないけれど、フレイザーはどうするのが良いと思うんだい?」


「――そうですね。理想的な話をするなら、部員を増やして皆で分担して量産すればいい訳です。でも人員確保は困難ですから……。一番いいのは、目的の呪いを繰り返し発動してくれる二つ目の呪いが用意できればいい訳ですよね」


「呪いを呪いで繰り返しても大丈夫かい?」


 アイザックは面白そうにフレイザーに問う。


「……問題は、この場合無いはずです。繰り返しの呪いは、“繰り返す”という一つの効果を持つだけの一つの呪いです」


「そうだね。だとしたら、後は実装の問題だけど、アイディアはあるかい?」


「その辺りがちょっと思いつかないのです」


 フレイザーはそう言って困ったような表情を浮かべる。


「ここまで私との会話で、ヒントになる話はすでに出てきていると思うのだけれど、どうだろうか?」


 アイザックに促されてフレイザーは腕を組んで片手を顎に付け、その場で考え込む。


「もしかして、魔道具ですか?」


「正解だね、君は筋がいい。具体的な話を幾つか紹介すれば直ぐに自分のものに出来るだろう、デュフフフフ」


 アイザックはそう告げて、ねっとりした笑みを浮かべる。


「デュフフフフ?」


「ああ、済まない。最近ちょっと笑い声を感染うつされてね。耳に残るから口に出していたらクセになってしまったんだ。それはさておき、私が実装した例を紹介しよう」


「お願いいたします――」


 立ち話ではあったが、アイザックはフレイザーに幾つかの魔道具のアイディアを伝授し、フレイザーもそれらを全てメモを取って理解した。


「ところで、これはただの興味だけれど、フレイザーは何故呪いを実践しているんだい? 結構君は優等生タイプに見えるから意外でね」


 説明を終えたアイザックが問うと、フレイザーは特に悩む様子もなく応えた。


「ぼくが優等生かはともかく、理由としては可能性を感じたからです」


「何の可能性だい?」


「魔法の技術的選択肢としての可能性です。魔力を使って魔法を使うのは当たり前ですが、呪いは別種の力を魔法のために使うことができますから」


「私も同じことを考えていたよ。フレイザー、学生としての時間は意外と短い。その間に試せることは色々試したほうがいいだろう。デュフフフフ……、おっと失礼」


 そう告げてアイザックはねっとりと笑った。


 その後彼は、フレイザーと握手してからその場を離れた。


 フレイザーは仲介役のOBも見送り、ふと頭の中でアイザックが言っていた言葉を思い返していた。


「色々試す、ですか……」


 そう呟いたとき、フレイザーは強いめまいを覚えて目をつぶる。


 そして目を開けた時、何か大切なことを知ったのに直ぐに忘れたような気がした。


「まあ、まずは今日アイザック先輩から伺った話を整理すべきですね。デュフフフフフ」


 フレイザーはねっとりと笑った後、その場から去った。

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