09.下調べや考察などは
王家の植物園を離れ、あたし達は商業地区の市場に戻ってきていた。
一行には自然な流れでライゾウが加わっている。
屋台で買ったフィッシュアンドチップスを、路上に置かれたテーブルと椅子を使ってみんなでもきゅもきゅと食べていた。
「それでニナよ。この後はコロシアムに行くんだよな?」
「何のことじゃ? 妾は行かんぞ?」
「だが先ほどのおまえの見立てで話に出てきたじゃないか」
「そうじゃのう……」
ニナがそう言った瞬間に周囲から音が消えた。
ニナが無詠唱で魔法を使い、周囲に防音壁を作ったんだろう。
「正直に申すと片方を見た時点で、妾は気が済んで居るのじゃ。環境魔力の流れの把握が上手くいかなかった理由が分かったでの」
「理由ってどういうこと?」
ライゾウとニナの会話にあたしが横から問う。
「うむ、今までは普通の都市と同じような平面で捉えて居ったが、上空に伸びる流れがあると知ったのじゃ。今後は縦方向に気を付ければいいだけじゃ」
「それだけなの?」
「それだけじゃよ? そもそも妾が環境魔力の妙な流れを気にして居ったのは、確認のためじゃ。共和国から出た依頼で、妾は王国のための仕事をする。それに支障が無ければあとは知らぬのじゃ」
そう言ってニナはフライドポテトを口に放り込む。
ライゾウには精霊魔法の話は、今のところしないつもりなのだろう。
その辺りの話はボカしているな。
確かに精霊魔法は、精霊を使って環境魔力を使う技術だ。
妙な環境魔力の流れがあって精霊魔法の邪魔をするなら、事前に何かしらの対策が要ると考えたんだろう。
「そこを何とかならないだろうか。ニナの見識があれば王都の調査が捗るんだ」
タルタルソースを付けた白身魚のフライを口に放り込みながらそう言って、ライゾウは頭を下げる。
そんな彼にニナは呆れた視線を向けた。
「おぬしのう、頭を下げれば何でも通ると思って居らんか?」
「そんなことはないぞ」
ニナの言葉に応えながら、ライゾウはポテトフライをぽいぽい口に放り込む。
食べるか喋るかどっちかにすればいいのに。
「アホめ。妾はおぬしの研究会に所属して居らんぞ。助力するのは構わんが、下調べや考察などは当事者がやらんとダメじゃろう?」
「ぐぬ、……確かにその通りだ」
「ライゾウ先輩、ニナも協力しないとは言ってません。それにコロシアムの南側が怪しいって分かったじゃないですか。まずはそこを調べてみたらいかがですか?」
「それにライゾウ先輩は、ウチよりは環境魔力の流れがヘンなところは分かるんやろ? それやったらまずは自分の足を使うて調べたらええのとちゃいます?」
あたしとサラの言葉にライゾウは黙り込む。
だが黙り込んでも、フィッシュアンドチップスを食べる手を止める様子は無かった。
やがて、ライゾウは一つ頷いて告げる。
「分かった。おまえらの指摘は正論だと思う。まずは自分で調べてみることにする。……それはそうとこの揚げ物は美味いな」
「ポテトはともかく、魚が新鮮だからかも知れんね」
ライゾウの言葉にサラが頷いた。
魚が新鮮という言葉であたしは反射的に寿司のことが脳裏によぎる。
そして以前ソフィエンタが、ライゾウがマホロバ人のネットワークを知っているようなことを言っていたことを思いだした。
それに当たれば、和食の味がこの世界でも食べられるという話も。
あたしは食べ物に関する決断力には自信があるので、思いついたから直ぐに訊くことにした。
「新鮮な魚で思い出したんだけどライゾウ先輩、マホロバ料理って魚を食べるんですよね?」
「ん? そうだぞ。流石に王都は海から距離があるから寿司はキツいが……。個人的にはウナギの蒲焼はお勧めだな」
ライゾウの言葉にあたしは心臓が飛び出しそうになったが、それを何とか隠せた。
ニナがライゾウの話に食いついたからだ。
「ライゾウよ……、おぬしいまウナギと言ったか?」
「ああ、王都にある美味い店を知ってるぞ」
「直ぐに教えるのぢゃ! あれは良い物ぢゃ!」
かなり食い気味にニナがライゾウに迫る。
だが彼女の反応に、ライゾウが不気味な笑みを浮かべた。
「さて、どうしようか。もしニナがコロシアムの調査に同行してくれたら、直ぐにでも思い出すと思うがなあ」
「ぐぬぬぬ。おぬし、そうくるか。……じゃがあの味のためなら詮無いぢゃろう。分かった、直ぐにコロシアムに向かうのぢゃ!」
そう言ってニナは椅子から立ち上がる。
「ちょっと待ってやニナちゃん。さっきまでと方針が変わっとるやん」
「仕方ないのぢゃ、ウナギを盾にされたら動かざるを得ないのぢゃ!」
「それだけ美味しいマホロバ料理ってことかしらねえ……」
何気ない会話を装ってあたしは告げるが、ウナギ屋の情報は何としても得たかった。
ニナがこれほど食いつくという事は、彼女もウナギの蒲焼の味を知っているのだろう。
「――落ちつけニナよ、冗談だ。今日、植物園見学に加えてくれた礼だ。ウナギの蒲焼が食いたいなら店は教えてやる」
そう告げてライゾウは微笑んだ。
「本当に良いのかの?」
「ああ。それにさっき言っていた正論はその通りだと思うし、冷静に考えれば一番面白いところでもある。自分で足を使って調べるさ」
「そうか。……ならばどうするのじゃ?」
「そうだなあ。まずはウナギ屋がどこにあるかを教える。ただおれが知る店は三つあるが、全て予約制だ」
「なるほどのう。今日訪ねて食べる訳には行かぬか」
「ああ。だが、予約自体は数日前に頼めば取れる。だから食うまで何か月も掛かるようなことは無い。その代わりと言っては何だが、うどん屋に案内してやる」
あたし的にはフィッシュアンドチップスでおなかが膨らんだので、これからうどんと言われても食べきれない気がした。
「ライゾウ先輩、うどんってマホロバの麺料理だったかしら? いまフィッシュアンドチップスを食べたばかりだから食べきれないわよ?」
「そうか? うどんぐらい食えると思ったんだが……、そういうことならどうするかな」
「それやったらライゾウ先輩、そのうどん屋? ――の場所だけ教えてもろうて、マホロバ料理の屋台とか知っとったらそっちに行かへん?」
「屋台か……。まあ構わんが、甘いものと辛いものではどちらがいいんだ?」
「どんなものがあるのじゃ?」
「今すぐに思いつくものだと、焼き鳥、五平餅、団子、しるこ、大判焼き、あとはおでんだが……。おでんの屋台は夕方にならんと出てこないだろうな」
「全部興味があるわね」
「確かにのう。ま、焼き鳥は鶏の串焼きじゃったから優先度としては低めじゃの。食べやすいのは団子かしるこじゃが、五平餅は妾も名しか知らんし興味があるのう」
すみません、あたしは日本の記憶で全て味を思い浮かべることができます。
というか、王都におでん屋があるとは思わなかったよ、うん。
「なら順番に行ったらええやん。屋台メシやったら、食べたい人が買うたらええとおもうし」
サラの言葉にみんなは頷き、その場を移動した。
途中、一軒目のウナギ屋の場所を案内された段階で、あたしとニナとサラはその匂いに思わず釣られそうになっていた。
「これはまたうまそうな匂いやね」
「香ばしいのう」
「香りだけで食事が進みそうよ」
あたし達の様子を見ながらライゾウは頷いていたが、最初の話通りここは予約制らしい。
後ろ髪を引かれつつ、あたし達は商業地区を移動する。
そしてうどん屋の前で足を止めるとサラが口を開く。
「んー……醤油と似た感じの匂いがするやんここ」
「そうだな。マホロバ料理らしい匂いがするだろう。と言っても、店の外からでも分かるのはサラの嗅覚がいいからだろうがな」
そこまで話したところでうどん屋の入り口の戸が開き、中から知った顔が二人出てきた。
「あれ? ウィンちゃんにサラちゃんに、……こんなところで会うとはね」
「やあウィン、サラ、ニナ」
目の前には店から出てきたエルヴィスとコウの姿があった。
「こんにちは二人とも。何、デートでもしてたの?」
「ボクたちはそういう趣味は無いよウィン。ダンジョン攻略とか武術のことで話しながら、商業地区を散策してたんだ」
「分かってるわ、冗談よ」
苦笑するコウにあたしも苦笑する。
でも花街で会ったときもこの二人だったよな。
「(なんぢゃ冗談か……)」
ニナが何やら残念そうに呟いた気がしたが、あたしはスルーした。
「それで、みんなはどういう集まりなんだい? あとライゾウくんとは話したことは無かったね」
エルヴィスにそう言われ、あたし達はコウとエルヴィスにライゾウを紹介した。
エルヴィスにはニナも紹介したが、相変わらずいつもの女子生徒を前にするような態度で接していた。
「そもそもは、朝から妾がサラとウィンに王都を案内してもらって居ったのじゃ。その道すがら、フィールドワークをして居ったライゾウと会って、皆でこの辺りを回って居ったんじゃよ――」
ニナがライゾウに、ウナギ屋やマホロバ料理の屋台などを案内させていた話をするとコウが興味を示した。
「そういう事ならボクも興味があるかな。ボクはマホロバからの移民の子だけど、王都に来るまでは、マホロバ料理はほとんど家でしか食べたことが無いんだ」
そう言ってコウはエルヴィスに視線を向けるが、エルヴィスも頷く。
「ボクも今日は特に用事は無いし、もし迷惑で無かったら同行していいかな?」
みんなからは特に異論もなく、その後はコウとエルヴィスを加え商業地区を散策した。
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