08.その起点を龍穴と呼ぶ
王家の植物園の敷地内を歩きながら、あたしはトッドに声を掛ける。
「トッドさん、もしかしたら以前ロッドさん達と一緒にウォーレン様のお屋敷を訪ねておられましたね?」
「あなたは…………。ふふ、ロッドが申していましたが、本当に記憶力が良いのですね」
もしかしたらトッドは
一瞬そう考えた。
「いえ。ロッドさんや皆さんにはよろしくお伝えください」
「ありがとうございます。皆も喜ぶと思います」
そんなことを話していると、あたし達は石造りの礼拝堂の前に辿り着いた。
自然石を切り出して作ったような、旧い遺跡のような雰囲気がある。
「……何やろう? ウチは環境魔力とか分からへんけど、この場所は妙な感じがするわ」
「そうか、サラはここまで近づけば気づくことはできるかの。参考までに伺うがトッド殿、この場所で何か妙な気配のようなものは感じたりせぬか?」
「自分ですか? ……そうですね。人間や魔獣などの気配を読むのはそれなりに経験があるのですが、残念ながらこの“場所”となるとちょっと分かりかねます」
「左様か。まあ微細な環境魔力の流れじゃからのう」
そう言ってニナは石造りの礼拝堂の外観とその上空を、注意深く観察し始めた。
「トッドさん、こちらはどういった建物ですか? 差し支えなければ由来などをご教示頂ければ幸いです」
ライゾウが丁寧な口調で問うが、トッドは微笑んで応える。
「はい。こちらは現在は礼拝堂と呼ばれ、中には神々のレリーフが祭られています。由来に関してはこの植物園が、別の建物として使われていた時から存在するものです。非常に古いものですね」
「別の建物、ですか?」
あたしが問うとトッドが頷く。
「はい。あくまでも記録に残る話ですが、この植物園はディンラント王国二代国王陛下の王妃陛下が住まわれた離宮が最初であるようです」
それはまた相当古い話だな。
ディンラント王国は建国から約二千年経っていると言われている。
この場にレノックス様が居ればもう少し詳しい話が聞けたかもしれないけど。
「ただ、その記録にしてもさらに時代が下って、迎賓館として使われるようになってから文書として残されたものが元になっています。その後王宮が整備されて、こちらは普段は植物園として管理されるようになり、他国の王族の皆さまが来られた時に長期に滞在される際に使われるようになっています」
「すんまへん。それやったら、もしかしたらこの礼拝堂はディンラント王国の建国の時期にはここにあったいう可能性もあるんですか?」
サラがトッドに問うが、彼は表情を曇らせる。
「残念ながら自分は浅学ゆえ、そこまで断言できるお話を存じません。ですので、より詳しいお話をお知りになりたいのでしたら、王宮に問い合わせるのが確実と思います。学術目的で礼拝堂の起源のお話ということなら、情報開示の許可は下りるでしょう」
トッドの説明でライゾウの目が一瞬光る。
史跡研究会の設立者としては気になる話なのかもしれない。
あたし達がトッドと話をしている間にも、ニナは礼拝堂の観察を続けていた。
割とのんびりした表情で眺めていたので、あたしは声を掛ける。
「ニナ、何か分かりそう?」
「そうじゃのう……。いまの段階で分かったことはあるが、もう少し調べたいのう。トッド殿、礼拝堂の中は見学しても良いじゃろうか?」
「問題ございません。どうぞお調べください」
「かたじけないのじゃ」
そんなやり取りがあって、ニナを先頭に礼拝堂の中に進む。
建物は半地下になっていて薄暗いが、あたし達が地上から階段を降りていくと明かりが点く。
「礼拝堂の中には、近年設置された灯りの魔道具がございます。その他は大きく手を入れられていない筈です」
移動しながらトッドがそう告げる。
長方形をした小さな礼拝堂で、中は学院の教室ほどの広さだろうか。
外観と同様で全て石造りだけれど、魔法で形成したというよりは自然石を組んで造ったように見える。
入り口を背にして、正面と左右の壁にレリーフが施されている。
古い時代のものらしくそこまで写実的に彫られていないが、保存状態は良さそうだ。
正面の壁には王立国教会で祭られている神々のレリーフがあり、右側には神々を崇める人たち、左側には数頭の竜らしきものが神々に頭を垂れている。
「研究者でないと判別は付かないだろうが、このレリーフは軽く千年以上経ってそうだな」
「うーん、王家の管理で盗掘とか免れたんやろうな」
ライゾウの呟きにサラが応える。
「共和国南部に巨石文明の遺跡があるんやけど、レリーフのたぐいは盗掘者が真っ先に切り出して盗んでくらしいで。共和国出身者としては恥ずかしい話やけど」
なるほど、古美術品の扱いで換金しようとする賊がいるのか。
この世界の遺跡だと魔法による仕掛けがありそうなものだけれど、それでも狙われるのかも知れない。
「うむ、大体分かったのじゃ」
突然ニナが声を出すが、その表情はあっさりしている。
「分からないという事が分かったのぢゃ」
「分からないのかよ、おい」
得意げに告げるニナの言葉に、反射的にライゾウがツッコミを入れていた。
でも彼女の表情では、全くの空振りというわけでも無さそうだとあたしは思う。
「もうちょっと説明してよニナ。トッドさんにも分かるように言ってあげた方が、今後あなたに協力してくれるかも知れないわよ」
「む、それは確かにそうじゃの」
あたしの言葉に少しだけ慌てた表情を浮かべたニナだったが、直ぐに説明を始める。
「まず、この礼拝堂の状況じゃが、ここを中心に地中から環境魔力が上に向かって漏れ出ておる」
「上に向かって? ……でもニナの説明やと、王都内の環境魔力も上空を移動しとるって言うとったやん」
「うむ、上向きの環境魔力の流れ自体は珍しいものでは無いのじゃ。しかしここが奇妙なのは、礼拝堂を中心にして上空に向かってどこまでも流れが伸びて居る点じゃ」
そう告げてニナは礼拝堂の天井を指さす。
「上空ってどの位なの?」
「そうじゃの、妾の技術の種明かしになるのでボカして話すが、真上に向かって垂直に少なくとも数十キールミータ以上は真直ぐ伸びて居るのう。……そこから先は分からぬわ」
ニナの環境魔力の探査範囲は地球換算で数十キロまで届くのか。
それは中々すごいな。
彼女が王都の環境魔力の流れを説明した時点で、尋常では無いのは分かっていたけれど。
ニナの話を聞き、改めて集中して周囲の環境魔力をの流れを探ると、確かに真上に向かって伸びているようだ。
「ふむ、中心はいまニナが立っている辺りで、漏れ出る範囲は直径二十ミータくらいの円かしら」
「それは正解じゃのう」
あたし達のやり取りを伺いながらトッドが口を開く。
「それでニナ様、参考意見という事で結構ですので、環境魔力の流れには危険性などはありそうですか?」
「ふむ、学者や研究者などの視点としていうなら、『分からない』という回答になるじゃろう。じゃが……」
そう言ってニナは少し考え込んでから口を開く。
「妾が把握した事実を伝えるので、出来れば王国に報告して欲しいのう。何ならこちらでメモを取るのじゃ」
「記憶するので大丈夫です。お願いいたします」
「左様か。――まず、流れている環境魔力の量じゃが、王都を流れる通常の環境魔力の量と同等の量が流れておる。それでいて、王都の流れとここの流れは干渉をしておらん。そういう意味では安全じゃ」
これは、それぞれ環境魔力の流れとしては独立しているという事だろうか。
「そしてここの流れは淀んだりしておらず、属性の偏りといった問題のある状態は見受けられん。逆に、綺麗すぎるほど属性のバランスが取れておる」
あたしは環境魔力の属性は普段それ程意識しない。
ただ、以前王都南ダンジョンで、風の属性魔力を使う精霊を破壊したことがある。
ニナが言う以上、この礼拝堂は特定の属性魔力に依らない環境魔力の流れになっているということか。
「そもそも属性魔力の流れる方向が地中から上空に縦に抜ける時点で、王都の流れとは別の流れと考えるべきかも知れんのう。問題は地中から出てくるという事じゃが、逆に地中に入って行く環境魔力の流れもあるかも知れん」
つまり、ここは地中からの環境魔力の出口になっているということか。
「この時点で妾が気になるのは二点じゃ。王都ではこの礼拝堂以外では、コロシアムの南端付近にも環境魔力が変わった流れをして居る箇所があるのじゃ。そこを調べる必要があるかも知れんのじゃ」
ニナが気になっているのは、コロシアムの方が環境魔力の流れの入り口になっている可能性があるという事だろうか。
「もう一点、そこのライゾウがテーマにしておるのじゃが、この王都の地下に古代遺跡が眠っているかも知れぬそうじゃ。もしかしたら、その遺跡が実在し、環境魔力の流れに何らかの形で影響して居るかも知れぬ」
ニナの説明でライゾウが驚いた表情を浮かべるが、ニナが説明の途中だったからかライゾウは黙っていた。
「妾からは以上じゃが、確認があるようなら何度でも説明するのじゃ」
そう告げてニナはトッドの表情を伺う。
「――ありがとうございました。完全に記憶しましたので問題ございません。」
そう言ってトッドは頷く。
完全に記憶したとは、何かスキルでも使ったんだろうか。
トッドの言葉はさておき、ニナの説明を聞きあたしには疑問が生まれる。
「ねえニナ。環境魔力の流れについては、古くからレイラインとか龍脈って呼ばれて知られていたのよね」
「そうじゃの」
「この礼拝堂であなたが調べたような、地中から上空に向かって流れるようなケースは知られていないの?」
「うーん、知らんのう。一応海の向こうの大陸では、環境魔力の流れを龍脈と呼び、その起点を龍穴と呼ぶことは古くからあったようじゃ。しかしその流れ方としても、基本的には“大地を流れる環境魔力の流れ”なのじゃ」
「その認識からすればそもそも空に向かうのが、龍脈の考え方からはズレているってことかしら」
「そうじゃ。従って、妾が知らぬだけでこの世には他に、同じような場所がある可能性は否定も肯定もできんのう」
そう言いながらニナは礼拝堂の天井を見上げた。
そこには石材の天井があるだけだったが、ニナは上空に向かう環境魔力の流れを観ているのかも知れなかった。
その後あたし達はしばらく礼拝堂の中を観察した後、今度はトッドの案内で庭園を抜け、迎賓館の建物内を通過して正門に辿り着いた。
「それではトッド殿、ここまで案内いただき感謝申し上げるのじゃ」
「いえニナ様、こちらこそ貴重な情報を頂き、誠にありがとうございました」
「うむ。重ね重ねの話になるが、今日の妾の見立ては遺漏なく王宮に伝えて欲しいのじゃ」
「分かりました」
「加えて、近年の魔道具の発達によって、環境魔力を扱う魔道具が出てきておる。場合によってはそういう専門家の投入も検討した方が良いかも知れんのう」
「畏まりました」
ニナが魔道具の専門家と言った瞬間、あたしの脳裏には部活棟でよく見かける白衣のマッドエンジニアな先生のドヤ顔が浮かんだ。
王家の植物園だけあって手入れが行き届いているので、謎の爆発などによって荒らされないことを、あたしは秘かに願った。
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