07.奇妙な流れをしている箇所


 王都の商業地区にある喫茶店で地図を広げ、周囲を防音にしてあたし達は話し込んでいた。


「でもニナ、精霊魔法の使い手は冒険者には居るって聞くわ。王都では数としては少ないかも知れないけど、そういう人たちが気付いてギルドや王国に連絡したりしなかったのかしら?」


「ふむ、確かにの。しかし妾と同じほどの専門家が、王国で冒険者をしているケースはちょっと思いつかんのう」


「あ、ニナちゃんが専門家アピール始めたで」


「ふふ、アピールではなくただの事実じゃ。……それはともかく、普通の精霊魔法使いで分かる範囲の環境魔力の流れはこうなっておる」


 サラの弄りを一瞬で流し、ニナは説明を始める。


 無詠唱で【収納ストレージ】から取り出したのか、ニナは鉛筆を一本握ると地図に矢印を書き込む。


「大きな流れはまず、王都の東の街道から東門に入って行く流れと、南の街道から南門に入って行く流れがあるのう――」


 ニナの説明によれば、普通の精霊魔法の使い手で察知できる環境魔力の流れは以下の通りだ。


 ・東と南の街道からはそれぞれ東門と南門に環境魔力が入ってくる。


 ・西門と王城北にある砦の門から、それぞれ西と北の街道に環境魔力が出ていく。


 ・王都に入った環境魔力は中央広場でぶつかり、いちど地中に潜って北の王城前広場で地上に出る。


 ・そこから地上を時計回りに、王都の外周の大通りをぐるっと一周しながら、一部が王都の小さい通りに流れ込む。


 ・王城前広場に戻った環境魔力の流れは、小さい通りに流れた分少なくなっているが、今度は地上の道をたどって中央広場に向かう。


 ・中央広場では小さい通りに流れた環境魔力も合流し、今度は王都上空を通って西門と王城北の砦の門に向かう。


「けっこう複雑な流れなんやね……」


「そうじゃのう。流れといっても微細でゆっくりとした変化じゃし、ここまで細かく把握できる者は共和国の精霊魔法使いでもあまり居らんじゃろうがの」


 そう言いながらニナは胸を張る。


「でもここまで話を聞く限り、王都に流れる環境魔力の流れとしてはニナがしっかり追えているように聞こえるけれど」


「そうじゃのう……。そうなんじゃが、妾としては感覚的に奇妙な流れをしている箇所が王都では二か所あるのじゃ。ここと、ここじゃな」


 そう言ってニナは王都の地図にやや大き目の円を描く。


 その場所の一つは王都西にあるコロシアムの南側を含む円で、もう一つは王都北東にある王家の植物園だった。


 方角でいえば王都の中央広場から見て南西の地区と、北東の地区だ。


 あたしの日本の記憶がふと脳裏によぎって、王都の裏鬼門と鬼門の方角だなと反射的に考えていた。




 三人で話した結果、気になるなら行ってみようということになった。


 あたし達は王都内の乗合い馬車を乗り継いで、王都北東にある王家の植物園に向かった。


 最寄りの停留所で降りて、貴族の屋敷タウンハウスが立ち並ぶ地区を歩いて行くと、長い塀で囲まれた敷地に辿り着く。


 そして恐らく正門だろうという場所まで行くと、何やら言い合いをしている声が聞こえてきた。


「だめだだめだ。ここは王家の施設だから、許可なく立ち入りを認めるわけにはいかん」


「そこを何とかならんだろうか。別に荒らすつもりも無いし、後学のために中を少し見学させてもらいたいだけなんだ。この通りだ」


「幾ら頭を下げてもムダだ。警備の都合があるから、身元も素性も明らかでない者を入れる訳にはいかん。あまりしつこいと衛兵に職務の妨害という事で突き出さねばならん。お前が学生だと自称して礼儀正しいからそこまでやるつもりは無いが、あまりしつこいなら対応を変えねばならん。さあ、帰れ」


「ぬぅ……、そうか……」


「あ、ライゾウ先輩やん」


 正門では警備兵らしき青年とライゾウが言い合いをしていた。


 ライゾウは王家の植物園を見学したかったようだ。


「何をしてるんですかライゾウ先輩?」


 あたしが声を掛けるとライゾウはバツが悪そうな顔で口を開く。


「いや、フィールドワークで王都の調査を行ってたんだが、何となくこの塀の向こうが気になってな。見学させてもらえないか頭を下げてたんだ」


「アホな奴じゃのう。ここは王家の敷地じゃぞ、そう簡単に入れる訳が無いのじゃ」


 ニナがのんびりした口調で告げると、あたし達のやり取りを聞いていた警備兵のお兄さんが何やら頷いている。


「おぬしにも分かるようにも言ってやると、何の先触れも無くおぬしがマホロバの大名屋敷を着の身着のまま訪ね、茶室を見学させてくれと迫るようなものじゃ」


「ぐぬっ。それは無礼討ちされるか……」


 ニナの説明に一瞬で理解が及んだのか、ライゾウは明らかに肩を落としてショボーンとした。


 というかマホロバでは無礼討ちがあるのか、恐ろしいな。


「じゃがまあ、それはおぬしの場合じゃ。妾がここを訪ねたのには理由も権限もある」


 ニナはうっすらと笑い、手の中に魔法で何かを取り出した。


「おぬしがこちらの植物園の警備兵かの?」


「そうだがどうしたんだ、お嬢ちゃん?」


「済まぬが少々仕事を頼みたい。妾はこういう者じゃ」


 そう言ってニナは手の中のものを警備兵の青年に示す。


 それは複雑な意匠が施された金属製のメダルだった。


 メダルを目にした青年は、表情を一変させる。


「――失礼いたしました。手に取って確認させて頂いても宜しいですか?」


「構わぬのじゃ」


 警備兵の青年はニナからメダルを受け取り、表裏両面を念入りに確認した後に【鑑定アプレイザル】をメダルに使った。


 そして一つ頷き、メダルをニナに返してから問う。


「確認いたしました。恐れ入りますが、お名前とご用件を伺って宜しいですか?」


「うむ。妾の名はニナ・ステリーナ・アルティマーニじゃ。用向きは『植物園内の環境魔力の調査』として欲しいのじゃ。それから、この場に居るものは、そ奴も含めて妾の連れじゃ」


 そ奴というのはライゾウのことだ。


 あたしとサラもニナの連れという扱いにするらしい。


「承知いたしました。確認をいたしますので、恐縮ですがこちらで少々お待ちください」


「突然の訪問で済まぬの。承知したのじゃ」


 そう言いながら無詠唱で【収納ストレージ】を使ったのか、ニナの手にあったメダルは仕舞われた。


 警備兵の青年は正門脇の詰め所に行き、代わりの警備兵をその場に立たせてから敷地の中に消えた。


「ニナちゃん、今のは何なん?」


「ちょっとしたお守りじゃ。妾は王国に招かれてきたのでの、王宮が気を利かせて身分証代わりに用意してくれたのじゃ」


 なるほど、国賓とかそれに準じる人間を示すメダルといったところか。


 そんなものがあるとは知らなかった。


 “王国内ならどこでもフリーパス”などとは行かないだろうけれど、王家の施設に予約も無しに訪ねて立ち入りを認められるとしたら凄いアイテムだな。


 そんなことを考えつつ十五分ほど待つと、さっきの警備兵の青年が戻ってきた。


「確認が取れました。お連れ様につきましては、学生証などの身分証をお持ちでしたら内容を控えさせて頂きたいのですが」


「ありがとうなのじゃ。ほれ、おぬしら、学生証を出すのじゃ」


 そうして手続きを済ませ、あたし達は王家の植物園に入った。




 警備兵に案内されて正門を通り、常緑樹が生い茂る林の中の道を進むと直ぐに迎賓館ゲストハウスらしき建物が目に入った。


 その車寄せのところに、地味な色のスーツを着込んだ一人の青年が静かに佇んでいる。


 年齢は十代後半から二十歳前後と言ったところだろうか。


 気配とか立ち姿の重心の置き方などであたしは反射的に暗部の人間を想起したけれど、良く見れば彼は見たことがある顔だった。


 以前王都南ダンジョンでも会ったロッドと同様、たぶん彼はウォーレン様の館で見掛けたことがある。


 あの頃はもう少し子供っぽかった気がするけれど。


「ようこそいらっしゃいました、アルティマーニ様とそのお連れ様方。自分はトッド・ウィルソンと申します。本日はこちらの植物園のご案内をさせて頂きます。よろしくお願いいたします」


 そう告げてトッドは一礼したあと、警備兵の青年に一つ頷いた。


 警備兵の青年はニナに一礼してから正門の方に去って行く。


「忙しいところ済まんの。妾がニナ・ステリーナ・アルティマーニじゃ。ニナと呼んで欲しいのじゃ。長居はするつもりは無いが、今日は手間を掛ける」


「ニナ様は、本日は調査目的でのご来訪とのこと。どうぞごゆっくり調査をなさって下さい」


「ありがとうなのじゃ。調査と言っても状態の確認が主目的じゃし、それ程時間は掛からんよ」


「そうでしたか」


「気になる場所についてもおおよその位置は分かっておるのじゃ。そこまで歩きながら、今日訪ねた経緯を説明するのじゃ」


「分かりました。どちらに行かれますか?」


「まずはこの館の向こう側に行くのじゃ」


 そうしてニナの誘導でみんなは移動する。


 植物園の中に入る許可は得たが、彼女は迎賓館の中を通り抜けるつもりは無いようだ。


 歩きながらニナはトッドに、植物園に来た理由についてかいつまんで説明をした。


「――つまり、王都の環境魔力で奇妙な流れが察知できたということですか?」


「そうじゃ。そのうちの一か所がここでの。王国が把握しておるのならお節介とは思ったんじゃがのう。王家の植物園と知って、念のため環境魔力の流れを確認に来た次第なのじゃ」


「そういうことでしたか。……今に至るまで、この植物園で環境魔力に関する異常などは報告されておりません」


「そうであったか。まずは調べてみないとのう」


 そんな話をしているとあたし達は迎賓館を回り込むが、様々な植物が植えられた庭園が目に入る。


 庭園の向こうには池が造られており、その向こうにも林が広がっている。


「……ウィンよ、おぬしは何か感じぬか?」


「何となく気になる場所は分かるわね」


 そう言って池の向かって右側にある石の構造物に視線を向ける。


 見た感じ、旧い時代に作られた小さな礼拝堂だろうか。


 さっき正門前で待たされた時に、ニナに促されてステータスで“役割”を『風水師』に変えておいたのだ。


 なにが「環境魔力が捉えられるなら、その方がいいとおもうのぢゃ」だよ、妖しく笑う時点で催促だよ。


「ライゾウやサラは気になるものはあるかの?」


「ウチは環境魔力とか分からへんで。庭がキレイやなーって感動しとるだけや」


「おれも環境魔力云々は自信が無いが、ここまでくれば異様な気配は何となく分かる」


 そう言ってライゾウは、あたしが見ていた石の構造物に視線を向けた。


「ふむ、サラが分からんのが少々意外じゃが、まあ良いわ。近くまで行くのじゃ」


 あたし達は地球を基準にしていえば秋の花が咲く西洋庭園の中を、周囲を観察しながら進んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る