06.道路の上を流れるように
寮に戻って姉さん達と夕食を取り、宿題を片付けてあたしは日課のトレーニングを始めた。
順番にいつものメニューをこなしていたのだけれど、ここで一つ変化があった。
環境魔力の制御だが、指輪サイズの魔力循環に成功したのだ。
内心達成感で小躍りしながらも、集中を切らさないようにする。
自身の右手人差し指の周りを大き目な指輪が回転しているような感じで環境魔力が動いている。
「よーし、まずは動くようになったぞ……!」
意識を向ければ回転も停止も制御できることに気づく。
試しに一度集中を切って普通の状態に戻ってから再挑戦を繰り返したが、何度やっても再現が出来た。
「まずは第一歩ね。ここから次は腕輪サイズの環境魔力循環だって言ってたけど、しばらく指輪サイズで感覚を掴んだ方がいいよね……」
以前、広域魔法研究会の先輩と話をした時には、環境魔力の流れを作り出すことが目的だと言っていた。
手を抜くとひどい目に遭うと言っていたし、ここからしばらく指輪サイズでの環境魔力循環に集中する事を決めた。
そんな成果があったので、他のメニューをこなす時も気分的に集中してトレーニングすることができた。
一晩経って翌朝、休日なのでゆっくり起きるつもりでいたのだが、あたしの部屋の扉がノックされた。
時計の魔道具を見れば、いつもはクラスに行っている時間ではある。
ノックを聞かなかったことにして二度寝しようかボンヤリ布団の中で考えていると、扉の向こうで声がする。
「ウィンちゃんは部屋に居らんのやろうか?」
「いや、妾が気配を読む限りでは室内にいるのぢゃ。しかもこの感じはまだベッドの中に居るかのう。……おそらく二度寝するかどうかで悩んでおるだけぢゃ」
サラとニナか。
というか、ニナの読みが的確なので、とりあえず夢の中に回れ右しても怒られることは無いかも知れない。
だが扉の向こうからサラの声がした。
「なあなあウィンちゃん。今日ニナちゃんと王都巡りをしよう思っとるんや。喫茶店とか行って三人で甘いものを食べ比べせぇへん?」
彼女の言葉を脳が認識したときには、反射的にベッドからノソノソと起き出して移動し扉を開けた。
「………………おはよう。…………きっさてん、いくの?」
「おはようウィンちゃん。そうやで、ニナちゃんと王都巡りするんや」
「おはようウィン。妾とサラとで行くつもりだったのじゃが、サラがウィンを誘おうと言い出したのじゃ。聞けば王都は屋台も充実しておるらしいの。どうじゃ、一緒に行かぬか?」
「…………わかったわ。……すぐ、支度するから、食堂で待ってて頂戴」
買い食いの話がされた時点で、あたしの脳は活動モードに移行する。
直ぐに着替えを済ませ、あたしは二人の下に向かった。
あたしたちは王都内の乗合い馬車で中央広場まで移動し、商業地区の市場に向かった。
今日のあたしは町娘風のスカートにレギンスとブーツを合わせている。
サラは街の商店のお嬢さん的な大人しい格好だ。
それに比べニナは黒いゴスロリドレスを着ていて、ある意味気合が入っている。
「ニナのその服装は普段着なの?」
「そうじゃよ? あまり派手な色合いは好みでは無いのでの。それよりウィン、おぬし朝食がまだであろう? さっそく何か食べに行くのじゃ」
「そうね。まだあんまりおなか空いて無いけど、とりあえず行きましょうか。二人は食べたいものはあるの?」
サラもニナも取りあえず今のところは要望が無いらしい。
「ウチは喫茶店巡りして、甘いもん食べれたらええと思っとったけど、後でええよ」
「妾は屋台に興味があるのじゃ。店は知らぬから、どう巡るかは任せるのじゃ」
サラは漠然と喫茶店のスイーツ巡りを考えていて、ニナは屋台メシを考えていたようだ。
「――そういうことなら、ここからだと肉巻きパンを出す屋台がお勧めだから、まずはそこに行きましょうか」
肉巻きパンは王都のあたりだと、地球で言うケバブサンド風の形が主流だ。
大きさも選べるので、ちょっとだけ食べるのにもお手軽だったりする。
「うん、ええと思うわ」
「分かったのじゃ」
そんな感じであたしたちの王都散策が始まった。
まずは屋台を二軒はしごして、三人でもきゅもきゅと軽食を食べた。
「そんでお腹も膨れたし、このあとどないする? ニナちゃんは屋台以外で、行きたいとことかあるん?」
「そうじゃの。一応気になることはあるのじゃが、そのためには王都の地図が欲しいところじゃ。どこかで買えたりはしないかの?」
「そういうことなら店を知ってるわ。案内するから行きましょう?」
あたし達は地図屋に寄ってから、サラのリクエストで商業地区にある喫茶店に向かった。
ニナも地図を広げて確認したかったそうなので、特に異論は出なかった。
「注文はウチに任せてくれへん? この店はおススメがあるんや」
「構わんのじゃ」
「別にいいわよ」
店に入ってテーブルに着くとサラがそんなことを言う。
「すんません、セミフレッド三つとカフェラテ三つ。ラテはミルク多めにしてください」
店員さんが注文を取りに来ると、直ぐにサラはそう告げた。
「それで気になることって何かしら」
「そうじゃの。ちょっと内緒話にした方がいいかも知れないのじゃ。注文したものが届いてから話すのじゃ」
「それやったらウィンちゃん、例のお守りがどうなったんか教えてくれへん」
「お守りって腕輪のこと?」
「そうやで」
「そうね。リー先生に提出して、対策を検討中らしいわ。来週には動きがあると思うけど――」
あたしは呪いの腕輪について、今の段階で話せることを説明した。
ナイショのことは魔法で防音にしてしまえば良かったのかも知れないけど、いずれにせよ生徒には注意を促すのは決定している。
そこまで急いで話すことも無いかと思ったのだ。
「――ひとつ言えるのは、呪いの中に危ないものがあったらマズいってことね」
「呪いは呪いやしなあ……。でもそんな危ないもんがあるんかな?」
「そこを含めて、いま色々調べてると思うわ」
「ふーん」
そんな話をしていると店員さんがスイーツと飲み物を持ってきてくれた。
その直後に周囲の音が消える。
「いま無詠唱で周囲を防音にしたのじゃ。このまま内緒話をしても大丈夫なのじゃ」
「ニナちゃん無詠唱が使えたんや?!」
「妾は魔法がそれなりに得意じゃからの。それよりも王都でセミフレッドとはのう」
「この店のは季節のフルーツを添えとるらしいんや。せっかくやし、食べながら話そ?」
そう言ってサラはさっそくセミフレッドを食べ始め、ニコニコし始める。
「そういうことならあたしも頂くわ。……これは、アイスケーキ?」
この店のセミフレッドの見た目は、パテとかティラミスとかチーズの塊のような感じだ。
だがスプーンですくい取って皿に盛られたベリー系ソースを絡めて食べると、冷たくてフワッとしたクリーミーな食感が口の中に広がる。
「これは美味しいわね!」
「そやろ~? 共和国では古くからあって、冷凍の魔法が使えるんやったらカンタンに作れるスイーツなんやわ」
プロシリア共和国はパスタとか食べるし、名前のセンスなどが地球のイタリアを想起させる。
そしてそのセンスがスイーツでも同様なら、共和国に縁がある店ではドルチェ――イタリアンスイーツを頂けるということなのだろうか。
その可能性にあたしは一瞬めまいがした。
「――ウィンちゃんどないしたん?」
「いや、このスイーツのおいしさに衝撃を受けていただけよ。気にしないで」
「そうなん?」
「ええ。……それよりニナ、防音にして話したいことって何かしら?」
「うむ、それを話すためには、環境魔力の流れについて基本的なことを説明せねばならんのじゃ」
セミフレッドをスプーンで食べつつ、のんびりした口調でニナが告げた。
「環境魔力の流れ?」
サラが不思議そうな顔で問う。
「そうじゃ。おぬしとウィンなら話しても構わんが、妾は精霊魔法の専門家なのじゃ。そして精霊魔法は、自然界に存在する精霊を呼び出して環境魔力を使うのじゃ」
「あー、ニナちゃんは精霊魔法の使い手やったんか……。そんな気はしたんやわ」
「……精霊を介して環境魔力を使うから、精霊魔法の使い手は環境魔力の流れが読めるってことかしら?」
「その通りじゃ。もっとも、環境魔力の流れは全てを追うことを考えたら複雑すぎて追いきれん。しかし、大地にある流れは古くから知られておる。この大陸ではレイラインと呼んだり、海の向こうの大陸では龍脈と呼んだりするのじゃ」
ニナの話を聞いて、あたしが自分の“役割”の『風水師』のことを思いだす。
普通に学院内の魔力の流れとかを読んでいたのだが、あたしは精霊魔法の使い手じゃあ無い。
「ちなみに、漁師が潮の流れを読めるように、環境魔力の流れを読んだり利用することに長けた『風水師』という“役割”が世の中にはあるようじゃがの」
ニナはそう告げてあたしにニヤリと笑ってみせた。
共和国が送り出すレベルの精霊魔法の使い手だし、彼女の地元には仙人がいるらしい。
ニナはあたしの“役割”はお見通しかも知れないな。
「それでじゃ、話を元に戻すが環境魔力の流れは、古くはレイラインや龍脈というもので理解されてきたのじゃ。しかし、人類の活動が活発になることである変化が生じたのじゃ」
そこまで話してニナは王都の地図をテーブルに広げ始める。
彼女が選んだもので、大まかな通りや施設の名が描かれていた。
「それが地図に関係するの?」
「そうじゃ。ヒントは人類の動きじゃが、何のことか分かるかの?」
ニナはあたしとサラの顔を見ながら問う。
まあ、人類の動きとか地図に関係するとか言っている時点で、道路とかが関係しそうだよね。
「もしかして、レイラインの代わりに道路が環境魔力の通り道になっとるん?」
「その通りじゃ。普通の都市はその歴史が古いほど、環境魔力は道路に沿って流れるようになるのじゃ」
そこまで告げるニナだったが、彼女の声のトーンに少しだけ戸惑っているような響きが混ざっているようにあたしには感じられた。
ニナの視線は広げられた地図を見ているが、その表情は何かを考え込んでいる。
そしてあたしは彼女が考え込んでいることを何となく察する。
「ニナ、いまあなたは『普通の都市は』って言ったじゃない。もしかして王都では、環境魔力の流れが道路に沿っていないのかしら?」
「基本的には問題無いんじゃが、……そうなんじゃよ。それが精霊魔法の専門家としては気持ち悪いのじゃ」
そう告げてニナはため息をついた。
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