05.当たり付きの呪いの腕輪


 放課後になって週次の打合わせのために、あたしとキャリルは風紀委員会室に向かった。


 やがて、リー先生とみんなが集まったところで打合せが始まった。


「それでは風紀委員会の週次の打合せを始めます。まず皆さんからの報告の前に、すでに情報共有されている『闇鍋研究会』の動きを整理しておきましょう。まずエリーさん、今回の経緯を説明してください」


 最初にリー先生がそう言って、エリーに発言を求める。


 エリーは少し考え込んでから口を開いた。


「分かりましたにゃ。発端は料理研の先輩が火曜日に見つけた臭いですにゃ――」


 あたしも知る話だけれど、エリーはシカ獣人の先輩から連絡を貰い現場に急行して焚き火の跡を発見した。


 彼女は思いついた順番で風紀委員のみんなに連絡を入れ、学院内を手分けして探したが空振りに終わった。


 現行犯じゃないとなかなか追跡って難しいよな。


 王都南ダンジョンに初挑戦したときだったか、王国の暗部の人が以前『どこまでも追跡できる』なんてことを言っていた記憶がある。


 本職の人はそういう技法なりスキルなりがあるんだろうか。


「――ということで、情報共有が済んだのでそれぞれ闇鍋研を気を付けるようお願いしたにゃ」


 エリーの説明に頷いて、リー先生が告げる。


「エリーさんありがとうございました。その後、皆さんには闇鍋研の動きを警戒して貰っていたのですが、ここで薬草薬品研究会関連で動きがありました。ウィンさん、お願いしていいですか?」


「あ、はい。……エリー先輩からの情報を受けて、薬薬研の部室で闇鍋研の話を出しました。その結果、過去に薬草園がたびたび狙われた話が出ました――」


 それを受けて部長が顧問の先生と話し、薬草園に罠を敷設することが決まったことをまず説明する。


 そして翌日、害獣駆除の研究者や附属農場の技官に協力してもらい、薬薬研のみんなで薬草園にブービートラップを敷設したことを説明した。


「――そして今日連絡をもらい、罠に掛かった生徒が出たことを知りました。あと蛇足ですが、今回の罠設置で部員に『罠士』という“役割”を覚えた子が何人か出ました。あたしからは以上です」


「ウィンさんありがとうございました。それで昨晩薬草園に侵入して捕まった五人の生徒ですが、闇鍋研究会の所属であることを認めました――」


 リー先生は彼らの処分について説明した。


 今回は窃盗未遂だったが、初犯であることや反省の度合いなどからリー先生や担任の先生からのお説教があり、反省文の提出が求められた。


 加えてそれぞれの保護者に連絡がされ、内申点が減点されたとのことだった。


「――その他に、闇鍋研究会に所属する生徒の個人名を訊いたのですが、互いにあだ名で呼び合うようにして名前を明かさないように活動していることが判明しました」


 リー先生の説明によると、真贋を判定する魔道具を使って確認した証言内容だという。


 本名を隠して活動するってのは後ろ暗いというか、学院側に捕まった場合のことを考えて活動していると言えるだろうか。


「その辺は過去の事例と同じですね」


 カールが眉をひそめながら告げる。


「そうですね……。加えて、部活棟裏の林の中で煮炊きしたことには関わっていないことが確認が取れています。ですので皆さんは引き続き、闇鍋研究会の活動に注意してください」


『はい(ですの)(にゃ)』




「続いて、闇鍋研究会への対策でキャリルさんとウィンさんが初等部一年をパトロールしたときに、キャリルさんが変わったものを見つけました。キャリルさん、見つけた経緯などの説明をお願いします」


「分かりました。ウィンと相談して、闇鍋研の活動の調査と注意喚起の意味でパトロールを行いました。このとき教養科のクラスの一つで、興味深い話を聞いたんですの――」


 これもあたしは知っている話だ。


 『頭が良くなる呪い』が掛かったお守りが流行っている事を知り、キャリルは現物の腕輪を借り受けた。


 それをニナが観察し、【上達プログレス】の魔法が掛かっていて、効果の定着に呪いの技法が使われていることが指摘された。


 キャリルはそれをリー先生に報告した。


「――わたくしからは以上でよろしいでしょうか?」


「ありがとうございますキャリルさん。彼女から報告を受けた後、高位鑑定のできる先生に確認してもらいました。そして【上達プログレス】が掛かっていることと、呪いの技法が使用されていることまで確認が取れています」


 その後、リー先生は学院のクラス担任の先生たちに情報共有を行った。


 相談して結果、呪いのお守りが流行っているクラスでは件の腕輪を回収することになったそうだ。


 また、生徒に周知することで手に入れようとする者が現れるリスクを懸念し、対応はいま検討中だという。


「今回の場合はすでに初等部の一年で流行っているクラスがあったことで、学院全体に噂が広がることを懸念しています」


「確かに箝口令を敷いたとしても、いちど流行ったものなら噂を止めるのは難しいですね」


 リー先生の説明にニッキーが難しい顔をする。


 どんなに禁止しても、効果があるなら手に入れようとする生徒は出てくる気がするな。


「呪いの技術は対価を必要とするはずです。そこを踏まえて注意喚起するべきでしょうね」


 ジェイクが難しい顔をして告げる。


 彼の発言にリー先生は頷いた。


「その通りです。すでに該当するクラスからは腕輪の回収は終えています。現在、高位鑑定ができる先生を総動員して一つ一つ危険が無いかのチェックを行っています」


「そうか……。作成者の意図は分からないけど、腕輪のごく少数に危険な呪いが使われる可能性はありますよね?」


 あたしが思わず口に出すが、リー先生は真面目な顔で頷く。


「そうです。現在のところ、身に付けた者の生命力を対価に効果を発揮することが分かっています。ただ、生命力と言っても、ちょっとした運動をした程度の負荷しか掛からないようです」


 生命力を吸う腕輪か。


 見つかった腕輪の危険性が低くても、だからと言って安心できないのは厄介だな。


 学院としても同じ心配をしているようで、リー先生は直ぐにその事を指摘する。


「これが、より深刻な対価を要求する腕輪を隠すものだった場合は、非常に危険です」


「んー……当たり付きの呪いの腕輪とか困りものだにゃー」


 エリーが分かりやすい感想を漏らすが、みんなは苦笑いを浮かべる。


 市場でたまに見かけるクジ引きとかじゃ無いんだから、呪いの腕輪で当たりがあったらたまったもんじゃないよね。


「先生、腕輪の作成者の情報は何か分かっていますか?」


「高位鑑定の結果としては、『底なしの壺』という二つ名のような情報が得られました。現在、衛兵と冒険者ギルドに照会中です」


 アイリスの問いにリー先生が説明した。


 感覚的な部分の話だけれど、あたしは『底なしの壺』という名にブキミなものを感じた。


 ただ、それだけでは個人名なのか団体名なのかは分からないな。


「学院としては、危険性を前面に出して説明するべきですね」


 カールが落ち着いた口調で告げるが、リー先生が頷いた。


「現在その方向で調整中です。ですので風紀委員会の皆さんは、呪いが使われたような物を見かけたら、すぐに連絡をして下さいね」


『はい(ですの)(にゃー)』




 続いてみんなからの報告に移ったが、エルヴィスが運動部の間で気になる噂を耳にしたという。


「あくまでも噂なんだけど、非公認サークルの『地上の女神を拝する会』が最近活動を活発化させつつあるって話を聞くんだ」


 あの集団は確か、サラのおんぶ紐騒動に関わった連中が所属していたのだったか。


 あたしとしては勿論いい印象は無い。


 ふとキャリルの方に視線を移すと、彼女も表情を曇らせていた。


「具体的内容までは分からないから、何か分かったらまた連絡するよ」


 エルヴィスはそう言って報告を終えた。


 その後みんな報告をしていき、今日はあたしが最後に報告することになった。


 キャリルとは同じ学年でクラスメイトだし、彼女とあたしの報告の順番は割と適当だったりするのだ。


「あたしからはリー先生に報告済みなんですが、建築研究会が生徒のミニチュアを作っていたことが発覚しました」


 あたしの言葉にリー先生以外は首を傾げる。


「先日、あたしのクラスに転入生が来た関係で、その子を部活棟に案内していました。その時に建築研を見学したんですが、建物や石像のミニチュアに混じって妙なミニチュアを発見しました」


「それが生徒のミニチュアだったにゃ?」


「そうです。具体的には学院の制服を着た女子のミニチュアや、同じ年代の女子がトーガやただの布を身にまとったような小さい像を部室の奥に展示しているのを発見しました」


『うわぁ……』


 みんな絶句する。


 いや、あたしも内心そんな気分だったよ。


 同時にややキレ気味になりましたけど。


「あたし達がミニチュアを発見した直後、彼らは良く分からない言い訳じみた話をしようとしていました。そのため事実関係を把握する目的でブツを押収しました」


 現物を押さえないと証拠隠滅されても困るし。


「突然の押収に抗議する部員も若干居ましたが、軽く殺気を込めたところ快く協力を申し出てくれました」


『あー……』


 だってあの状況で隠そうとする神経とか理解できないし。


「その後、転入生の案内を終えたタイミングで、あたしはリー先生に報告に行きました。その時点でリー先生には、問題があると判断されました。あたしからは以上です」


「ウィンさんの報告には、わたしから補足します。建築研究会の女子生徒のミニチュアについては、風紀上問題があると判断しました。具体的には本人に断りなく作っている点です」


 リー先生がそこまで話した段階で、アイリスがものすごい勢いで手を挙げた。


「先生!! それはつまり、本人に断りを入れれば問題無いということですか!?」


「まさしくその通りです! 美術部のアイリスさんは分かるでしょうが、学院では生徒同士が絵の描き手とモデルになることは普通のことです!」


「はい!!」


 そんなことを話しながらリー先生とアイリスは妖しく笑って頷き合う。


「……先生?」


 あたしが声を掛けるとリー先生は我に返る。


「コホン……、今回問題になった建築研究会の生徒は全員を集めて面談し、無断でモデルにしたことを本人に謝罪するようお説教しました」


 なるほど、後は当事者の問題になるようにしたのか。


 暴力沙汰になったらまた考える必要はあるかも知れない。


 でもせいぜいお小言なり、罵声なり、汚物を見る視線なり、ビンタなり、ボディーブローといったところで手打ちだろう。


 ある意味妥当な落としどころではある。


「今回の建築研究会のことは、わたし個人として非常に考えさせられる事例でした」


 口調はマジメだけど、そう告げるリー先生の視線は妖しく光り、心ここに非ずといった感じだ。


「先生! 問題無いミニチュアのサンプルはお持ちではありませんか!?」


 アイリスがさらに手を挙げて問う。


「もちろんあります! 秘蔵のコレクション、…………もとい、顧問としての生徒との思い出という意味で、本人たちの許可を得てわたし自ら作製しました」


 何やら真相をあっさりぶちまけつつ、リー先生は【収納ストレージ】から上半身ハダカの筋肉野郎たちのミニチュアを机に並べていった。


「「「うわぁ……」」」


 カールとエルヴィスとジェイクが、反射的に呻き声を上げた。


 彼らの気持ちは分かる。


 その後得意げに「必要なのは想像力と【土操作ソイルアート】だけです」などとリー先生が言い始める。


 そこにジェイクが真顔になって「でも似顔絵よりも楽かもしれない」とか言い出し、結局みんなで少し練習をした。


 今回の風紀委員会の打合せは最後はグダグダになったものの、みんなそれなりの精度で人物のミニチュア像を作れるようになってからお開きになった。

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