04.闇鍋の基本姿勢


 美味い物に美味い物を入れればより美味くなる。


 じつはこれが闇鍋の基本姿勢である。


 それゆえに彼らは、食材調達に妥協を許さなかった。


 いつしかそれは、ある種の偏執的な衝動を彼らに呼び起こすようになる。


 闇鍋に入れる食材は、他の参加者を唸らせるモノであるべきだ、と。


 そしてある者は行列のできる菓子店に走った。


 そしてある者はダンジョンで魔獣を狩った。


 そしてある者は異邦の露天商を巡った。


 そしてある者は学院某所で自前の畑を作った。


 すべては闇鍋のために。


 そんな彼らの中の一部が今宵月明かりの下、学院の附属農場の敷地に現れた。


 附属農場内にある薬草園で、特殊な薬草を手に入れることを考えた者たちが五名。


 無論これは窃盗だ。


 そもそも彼らが所属する『闇鍋研究会』は、学院非公認サークルである。


 正規の手続きで入手できるもので無いことは、ここに集まった全員が分かっていた。


 すべては至上の闇鍋のために。


 そのために彼らは活動を開始した。


「……気配はどうだ?」


「俺は問題無いと思う」


「おれも大丈夫だと思う」


「そうか。風紀委員が俺たちを追い始めたという情報があるが、薬草園には手当てしていなかったか」


 黒いローブを着た生徒が問うと、茶色いハーフコートを着た生徒と黒いコートを着た生徒が応えた。


「例の必殺委員キラーモニターだったか。噂の一年生が居たら、今ごろ俺たちは仲良くおねんねしてるぜ」


「あー、僕も必殺されたいなあ(ハァハァ)」


 藍色のローブを着た生徒が口を開けば、焦げ茶色のローブを着た生徒がなにやら荒い息で告げた。


『お前は多分秒殺されるぞ』


「秒でも僕に触れてくれるなら本望だね」


『マジキモいぞ』


「……あまりノンビリしている訳にもいかん。警備が巡回で来る前に手に入れるぞ」


 周囲を伺いながら黒いローブの生徒がそう告げた。


『分かった』


 彼らは夜の闇の中を移動し、附属農場奥にある石壁で囲まれたエリアに辿り着く。


「この中が薬草園だ。入口は正面と裏口の二か所ある」


「カギは無いだろう? どうするんだ?」


 黒いローブの生徒に黒いコートの生徒が問う。


「石壁は問題無いよ。僕が【土操作ソイルアート】で階段を作るから」


 焦げ茶色のローブを着た生徒がそう言うと、他の面々は黙って頷いた。


 そして彼らは魔法で出来た階段を上り無事に全員石壁を越えた。


「それで、この階段はどうするんだい?」


「退路は残したほうがいいんじゃないか?」


「いや、警備員が来た時に目につくとマズい。必要ならまた作ればいいから消しておこう」


「分かったよ」


 仲間の声に頷き、焦げ茶色のローブの生徒が魔法で用意した階段を消した。


 そして彼らの前にはガラス張りの温室が見えた。


 他には作業小屋があったが、人工の明かりも無く人の気配は無さそうだ。


「ここまでは順調だな」


「温室はカギが掛かってるんじゃないか?」


「よく見ろ。暗くて分かりづらいかも知れないけど、高い位置にある窓が開いている」


「換気のための窓かもしれないな。俺たちが言うのも何だけど不用心だな」


「手分けしよう。お前とお前は魔法で階段を作って窓から侵入してくれ。俺たちは扉から入れないか調べてみる」


「窓から入ったら、中から入り口を開けに行こうか?」


「遅れているようなら頼む」


 そこまで話してから彼らは温室に侵入を試みた。




 黒いローブを着た生徒と他二名は、温室の入り口に向かった。


 だが直ぐに扉にカギが掛かっていることに気づく。


「ダメだな……、施錠されてて扉が開かない」


「さすがに建物を破壊するのもまずいだろうし、窓から入る奴らを待つか?」


 黒いローブの生徒がドアノブを捻っているが動かないようだ。


 茶色いハーフコートの生徒が問うが、藍色のローブの生徒が声を掛ける。


「ちょっと待て。こういう場所では意外とカギは手近なところに隠してあるんだ」


 そう言って月明かりの下で近くを見やると、扉のすぐ近くに郵便受けのような木箱が目につく。


「例えばこういうところとかに置いてあったりとかな」


 やや得意げな声で藍色のローブの生徒が告げながら、温室入り口脇の木箱を開ける。


 カチン。


「……何か音がしなかったか?」


「そうか? この箱のフタが鳴ったんじゃないか?」


 黒いローブの生徒が問うが、藍色のローブの生徒は特に気にした様子は無い。


「それよりカギはありそうか?」


 茶色いハーフコートの生徒が問う。


「ああ、何か入って……、あれ?」


「どうした?」


 仲間の挙動に黒いローブの生徒が声を掛ける。


「いや、何かヘンなんだ。……何か顔が火照ってきたような」


「「え?」」


「あ、ぐ、か、か、か……」


「「か?」」


「痒い! か、かゆ、かゆ、かゆ、かゆー!!」


「バカ、大きな声を出すな」


 黒いローブの生徒が藍色のローブの生徒の口を抑えるが、微妙に体温が高めなことに気づく。


 その様子を横目に、茶色いハーフコートの生徒が木箱から金属片を取り出す。


 ピンッ。


「ん? 何か引っかかってたのか?」


 少々疑問に思いながらも、彼は手にした金属片を確認する。


 だがそれはカギでは無く、金属製の小札に穴が開いたものだった。


 その穴からはワイヤーのようなものが伸び、その先には金属製のリングが付いていた。


「何だこれ? ……あれ? ……ぐ、が、ぐぅっ、あー、かゆっ! かゆっ! かゆっ!」


 そう叫びながら茶色いハーフコートの生徒は身体を掻きむしり始めた。


 仲間の異変を前に、黒いローブの生徒はさすがに異常に気づく。


「くそ、薬草園だしヘンな花粉でも付いてたのか? まずいなこれは……」


 そうしている間も仲間の二人は身体を掻きむしっている。


 それぞれの額に手を当てるが、若干熱があるかも知れない。


 黒いローブの生徒は考える。


 まず植物による毒などで仲間が痒みを覚えているなら、水魔法の【解毒デトックス】が必要だ。


 だが今日のメンバーでは焦げ茶色のローブの生徒しか使える者が居ない。


 合流するまでは自分が何とかするしかない。


 そう思った彼は周囲に視線を走らせる。


 そして月明かりの下で管理小屋の傍らに、水を張った大きな木製のタライが置かれているのに気づく。


 その近くには木製のバケツが幾つか置かれていた。


「まずはこいつらの身体を冷やせば、すこしは痒みが引くんじゃないのか?」


 そう呟きながら、黒いローブの生徒はバケツに手を伸ばして持ち上げた。


 ピンッ。


 その音がしてから数十秒後、黒いローブの生徒も痒みでのたうち回り始めた。




 焦げ茶色のローブの生徒は魔法で即席の階段を作り、温室の高い位置にある窓に辿り着く。


「まず僕から行くよ」


「分かった。おれもすぐ後ろにいる」


 そうして彼らは階段を上り、月明かりを頼りに温室の中を確かめつつ下りの階段を温室内に用意した。


 先に焦げ茶色のローブの生徒が窓を通り抜ける。


 ピンッ。


「あれ? 何か音がしなかった?」


「そうか? 気が付かなかったが」


 気のせいかと判断し、焦げ茶色のローブの生徒は仲間と共に階段を降りた。


 カチン。


 カチン。


 カチン。


「なあ……。ここの通路の板を踏むと音がする気がするんだけど」


 黒いローブの生徒が焦げ茶色のローブの生徒に声を掛けた。


「かゆ! かゆかゆかゆかゆー! 痒いよー!!」


「バカ、大きな声を……、あれ? ぐっ、ぎっ、があああ!」


 その後しばらく彼らはその身を掻きむしり、それでも何とか外に出ようとした。


 だが彼らは冷静な判断はすでに出来ず、入ってきた階段ではなく温室の入り口に向けて走っていく。


 その間も通路の板からカチンという金属音がしたり、薬草の傍らからピンッという金属音が小さく鳴っていた。


 温室に入り込んだ二人が何とか入り口を中から開いて飛び出ると、そこには身体を掻きむしる仲間の姿が目に入った。




「それで、どうなったんですの?」


「結局、構内を巡回していた警備員が、薬草園で大騒ぎしていた生徒五人を見つけて宿直の先生に連絡したらしいわ」


 あたしたちは実習班のメンバーで昼食を食べていた。


 昨日の夜に闇鍋研に所属する生徒五人が薬草園に忍び込んで罠に掛かり、悶え苦しんでいるところを連行されたらしい。


 その連絡があたしの所にも回ってきた。


 彼らはそのまま学院の附属病院に放り込まれ、症状を緩和する魔法が掛けられたそうだ。


 痒みといっても魔法による効果なので、アレルギー反応などとは異なるみたいだ。


 日本での記憶に花粉症の記憶があるからか、あたしは痒みって凶悪だとおもう。


 それはそれとして、罠は仕掛けたけどさ。


「休み時間に連絡を受けとったんはその話だったんや?」


「ええ。薬草薬品研究会のジャスミン先輩から連絡があったの。どうやら薬薬研の何人かはステータスの“役割”で『罠士』を覚えたみたい」


「ウィンは何か覚えなかったんですか?」


「あたし? 『偽装』っていうスキルを覚えたわ」


 ジューンに訊かれてあたしは応えた。


 ステータスを確認する限りでは、以下のような内容だ。


 ・偽装:設置物を周囲に融け込ませやすくなる。


 当分は使いどころが無さそうだと思っている。


「ふむ。侵入者は痒がって、薬薬研関係者は旨みがあったのかの。『薬草園かゆうま事件』とでも呼ぶかのう……」


 何やらのんびりとした口調でニナがそう呟いた。


 ちなみに、ニナ命名の事件名が定着することは無かった。

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