03.誤作動で悶絶したく無い
「ニナ、あなたが知る呪いとは何ですの?」
キャリルが腕輪を観察し続けるニナに問う。
その言葉に視線をキャリルに移し、ニナは口を開いた。
「そうじゃの。地域によって様々に違いがあるが、王国で通じる言い回しをするなら『祈りとか祝福とは真逆にある技法』じゃよ」
「けっこうヤバいってこと?」
あたしが問うと、ニナはのんびりとした口調で応える。
「内容によるのう。別の言い方をすれば、何らかの対価を支払うことで、任意の魔法を継続的に発動させる効果を対象に与える魔法の技術じゃ」
「対価を支払って効果を付与する……」
呪いって、何かを付与する魔法というか技法なんだろう。
あたしは脳内にメモするように思わずつぶやいた。
「そうじゃ。一般的には、対象を絞るほど効果は高いが対価の要求が厳しいものになる。逆に、対象を広くするほど効果は薄く対価の要求が緩いものになるのう」
ニナの説明にキャリルは眼光を鋭くする。
「ニナ、貴重なお話本当に感謝しますわ。そういうことでしたらこの腕輪は風紀委員を統括するリー先生に報告しておきます」
「そうじゃの。妾もその方がいいと思うのじゃ」
キャリルの硬い表情とは対照的に、ニナはのんびりした顔で腕輪をキャリルに渡した。
放課後になり、昼休みに会えなかったクラス委員が来てくれたので『闇鍋研究会』の話をした。
彼らからそれぞれのクラスの話を聞く限りでは、特に異常は無さそうだ。
その後にあたしは薬草薬品研究会の部室に向かう。
「すみません、遅くなりました」
あたしが部室に辿り着くと、部員たちの他に顧問のスコット先生も待っていた。
「大丈夫よ。まだ附属研究所の先生と農場の技官の先生も来ていないし」
部長のジャスミンはそう言って微笑む。
あたしが他の部員と話したりしながら待っていると、二人の男性が部室に入ってきた。
一人は若く二十代後半くらいで、もう一人はあたしのお爺ちゃんたちと同世代くらいの年配だ。
「ありゃ、わしらを待ってたのか?」
「だからユージン先生、早く行こうって言ったじゃないですか」
二人がそんなことを話していると、スコット先生が声を掛ける。
「ユージン先生、パーシー先生、いつも済みません。ええと、一年生の部員は初対面ですので、自己紹介をお願いします」
二人は頷いた後、若い男性に促されて年配の男性が自己紹介する。
「皆さんこんにちは。わしは附属農場の技官でユージン・ポールソンという。普段は農場の方に居るから、気軽に声を掛けてくれ」
「こんにちは、俺はパーシー・レッドモンドです。附属研究所で害獣駆除の研究をしています。罠が専門ですが、ダンジョンなんかに行くひとは魔獣のことで相談があったら声を掛けてください。だいたい附属研究所に居ます」
なるほど、パーシー先生は害獣駆除が専門でも、魔獣にも詳しいのか。
もしダンジョン攻略で困ることがあったら相談してみようと思い、あたしは脳内にメモした。
「さて、リー先生にも確認したけれど、また学院非公認サークルの『闇鍋研究会』が活動を始めている可能性がある。過去の事例では附属農場の薬草園に上がり込んで、彼らは貴重な薬草を盗んでいくようなことも行っている――」
スコット先生がみんなに説明を始めた。
丁寧な説明だったけれど、概要としては薬草も学院の資産と認められているから盗難対策で罠を設置しても構わないそうだ。
ただ、犯行は学院の生徒と思われるので、殺傷力のある罠の使用は許可が下りなかった。
そこで専門家であるパーシー先生の協力のもと、妥当な効果の魔道具の罠を用意することになった。
そこまで話したところで説明がスコット先生からパーシー先生に代わる。
「はい、そういう訳で今回使用する罠の魔道具はこれを使用します」
そう言ってパーシー先生は、万年筆のようなサイズの筒状のものを二つあたし達に示す。
「王国で安価に流通しているものですので、高価な作物を作っている農家にはけっこう普及しています――」
魔道具は二種類あり、一つはピンを抜くことで作動するタイプのもの。
もう一つはスイッチを押し込むことで作動するタイプのものとのことだ。
「これとは別に、関係者に罠が作動しないように魔力を登録する魔道具もあります。誤動作防止の魔道具ですね。皆さんにはこちらにまず魔力を通してもらって、登録を行ってもらいます」
そう言ってパーシー先生は地球の卓上スピーカーサイズの魔道具を示してみせた。
「ここまでで質問のある人は居ますか?」
「はいっ!」
元気よくカレンが手を挙げるが、パーシー先生が発言を促す。
「今回使う魔道具には、どんな魔法を込めるんですか?!」
「非常にいい質問です――」
パーシー先生はそれまでの好青年風の表情を崩し、ひどく不穏な笑みを浮かべながら説明した。
彼によると魔法自体はすでに充填済みで、誤作動防止を済ませれば使える状態にして【
肝心の罠に込める魔法だが、みんなの反応としては吹き出したり苦笑いしている。
あたしの感想としては中々凶悪だなというものだった。
「ふむ、反応としては悪く無いか。パーシー先生の性格の悪さに生徒がドン引きしないかと思っていたが」
「俺の性格の悪さについては、自覚があるので別に構いません。それよりもユージン先生が毎日丹精込めて育てた薬草なのに、この程度で本当に良かったんですか?」
「そんなことを言っても、今回仕掛けるのは害獣用では無く、要するにブービートラップだろう? 農場を戦場みたいに吹っ飛ばすわけには行かないし、その位でいいんじゃないか」
パーシー先生とユージン先生がそんなことを話しているが、スコット先生が口を開く。
「はい、部室での説明は以上になるので、まずは誤作動防止の魔道具に魔力登録をしよう。……僕も誤作動で悶絶したく無いからね」
その言葉にみんなは吹き出していた。
魔力を登録した後、部員みんなで薬草園に移動した。
元々は希望者だけ参加するという話だったが、みんな罠を仕掛けるのに興味を示し、今日来ている部員全員での参加になった。
薬草園ではまず箱に詰められた大量の罠の魔道具と、誤動作防止の魔道具をパーシー先生が【
そこで誤動作防止の魔道具を操作して、こんどは罠の魔道具の方に全員の魔力を登録した。
「はい、それじゃあ設置作業を始めます。資材もそこに用意してありますので、使い方が分かる生徒はもう始めて下さい。罠の設置をしたことが無い生徒は、スコット先生のところに集まってください」
パーシー先生がそう告げて、薬薬研の部員による罠の設置が始まった。
罠の魔道具を手にしたみんなが、いたずらっ子みたいな顔をしていたのが印象に残った。
「あたしも始めるか」
まずはステータスの“役割”を『罠士』に変えてから、あたしは罠の魔道具を取りに行った。
寮で姉さん達と夕食を取りながら、あたしは薬薬研のみんなで薬草園に罠を設置した話をした。
話が漏れても困るので、魔法で周囲を防音にしてある。
「そんな研究をされている先生がいるんですのね」
「あたしも知らなかったわよ。でも魔獣のことも詳しいみたいだから、ダンジョン攻略で困ったときは相談してみましょう」
「それにしても、薬草も学院の資産だから、罠を生徒相手に使っても大丈夫って初めて知ったわ」
あたしとキャリルの会話を聞きながらロレッタが告げる。
「でも妥当な判断じゃ無いかしら。学院公認の部活や研究会が手順を踏んで薬草薬品研究会に頭を下げるならともかく、やってることは窃盗だもの」
そう言ってアルラ姉さんがため息をつくけれど、確かにそうなんだよな。
「それにしても、いろんな罠があるんですわね」
「あたしが父さんの仕事を手伝ってた時は、魔道具とかじゃなくてもっと原始的な罠だったわ。ロープと矢と刃物を組合わせるようなやつとか、木のオリで囲むようなのとか」
しかも丁寧に仕掛けないと動物も命が掛かってるから、引っ掛かってくれないんだよな。
「原始的といっても、きちんと道具を使ってるじゃない。“役割”で『罠士』を覚えたんでしょう?」
「そうだけど、あまり使い道が無い“役割”よ?」
アルラ姉さんの言葉に思わず本音が漏れる。
大体、狩人を続けなければ罠を日常で使う機会なんかほぼ無いし。
「それでもウィンの可能性の一つなんだし、今回の仕掛けで何かスキルを覚えるかも知れないじゃない」
姉さんはそう言ってくれるけど、あまり期待はしてなかったりする。
「そうかなあ。……まあいいわ。ところでキャリル、呪いのお守りの件はどうなったの?」
「呪いのお守り?」
「また妙なものに関わってるわねあなた達」
姉さんとロレッタが順に口を開いて眉をひそめる。
確かに呪いなのかお守りなのか気になるよね、うん。
「そうですわね。結論を先に言えば、リー先生に報告いたしましたわ。その上でクラス担任の先生と対応するとのことです」
「ニナの見立ては正しそうなのかしら?」
「高等部の職員室でリー先生に報告したのですが、そのとき職員室に居た高位鑑定が使える先生に見てもらって確定しました。ニナの見立てが正しいようですわ」
「そう……。厄介ね」
「そろそろ私たちに分かるように話してくれないかしら、キャリル?」
あたしとキャリルが話し込んでいる内容が気になったのか、ロレッタが横から声を掛けた。
確かにリー先生の話が出てきては穏やかではない感じがするだろうか。
「姉上……。失礼しました。闇鍋研究会の件があったので、今日のお昼休みにウィンと手分けして同学年のクラスを巡ったのです。その時に『頭が良くなる呪い』が掛かったお守りの話を聞いたんですの――」
キャリルは教養科の初等部一年のクラスを巡り、クラス委員から問題のお守りのことを聞いたところから説明した。
あとは現物を借り受け、あたし達のクラスに持ち帰ってあたしに相談し、そのときにニナが分析を加えた。
ニナの見立てでは、お守りには【
そしてニナから聞いた呪いの説明についてもキャリルは伝えた。
「そういうことだったのね。……いまのところ私達の学年では聞いたことが無いわよね?」
ロレッタがアルラ姉さんに問うが、姉さんは首を横に振る。
「案外、魔法科じゃなくて教養科を中心に流行ってたりしてね」
あたしが思い付きを口に出すと、キャリルは何やら考え始めた。
「いずれにせよそのお守りはリー先生に報告した以上、問題があるなら学院が対応すると思うわ。だからキャリルは闇鍋研の警戒に集中した方がいいと思う」
「そうですわね」
アルラ姉さんがキャリルに告げると、彼女は微笑んでから頷いた。
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