02.呪いなのかお守りなのか


 適当な時間で寮に戻り、あたしはいつも通り姉さん達と夕食を食べた。


 その後自室に戻って宿題を片付けた後、デイブに連絡を入れることにした。


 まだニナの話をしていないことを思いだしたのだ。


「デイブ、今ちょっといいかしら?」


「ん? お嬢か。大丈夫だぜ。どうした?」


 【風のやまびこウィンドエコー】で連絡を入れると、直ぐに応答がある。


「先週末に注意喚起ってことで、吸血鬼の話をしてくれたじゃない? 本人がうちのクラスに転入してきたの」


「……は? 転入? まだいろいろ確認中だが、いま手元にある情報だと二百歳くらいのハズだぜ?」


「でも多分間違いないわ、レノックス様が把握してたみたいだし、ゴッドフリーお爺ちゃんを知ってたし」


 なんかゴッドフリーの小僧とか言ってたんだよな。


「ああ、そりゃそうか。王国が学院に招いた形なら、レノックス様を護るついでで護衛するわな。爺様のことはいいだろう、ムダに顔が広いし。――念のため、お嬢が把握している話を教えてくれ」


「分かったわ。まず、名前はニナ・ステリーナ・アルティマーニよ。外見的特徴はストロベリーブロンドに宝石みたいな赤い目をしてるわ。身長はあたしより少し低いくらいで、初等部の一年生に混じってても違和感が無いわね。学長のマーヴィン先生と面識があって、精霊魔法の専門家って扱いをされてた。あと刈葦流タッリアーレレカンネの師範代に手が届くくらいには鍛えたって言ってたわ――」


 デイブには一通り説明したが、マーヴィン先生があたしに『月輪旅団を介して冒険者としての依頼を行う』と言ったこともついでに伝えた。


「大体分かった。今のところ学長なり学院からの指名依頼は、おれのところには来てねえな。おおかた王立の教育機関だから、王宮辺りに手続きを回して時間が掛かってるんだろう」


「そうなんだ?」


「ああ。……内容にもよるが、基本的には依頼の話はお嬢が決めればいいと思うぞ。こっちに話が来たら連絡する」


「分かった」


 研究者でも無いあたしが、何の協力を依頼されるのか気になるところではある。


 そんなことが脳裏によぎるが、その間にもデイブはニナの武術流派の話をする。


「それにしても刈葦流の師範代クラスか。また凄いのが来たな」


「どういうこと? 流派のことを知ってるの?」


「おれの知り合いが居るからな。あの流派はうちとは別の意味で斬ることにこだわった流派なんだ。上級者になると木とか金属とか鉱物の棒を柄にして、自分の魔力で微細に振動する大鎌の刃を作り出す。切れ味とかは中々だな」


「めんどくさそうな魔力制御ね」


「刈葦流の知り合いからは、月転流うちの方が覚えることが多そうで面倒そうだって言われたことがあるぜ」


「なるほどねえ」


 まあ、短剣と手斧の二刀流とかは面倒かも知れないけど、慣れだよね。


「おまけに上級者の上の方の奴は、魔力が届く範囲ならどこでも好きな位置に大鎌の刃を作り出せるらしい。遍刃へんじんとかいうワザだったかな」


「どこでも?」


「ああ、罠代わりに使えるらしい。敵の両ひざの内側に生やせば、相手が防御してなけりゃ脚を斬り落とせたりするらしいぜ」


「うへぇ。……もうそうなると、単純な大鎌術とはちょっと感じが違うわね」


「まあな。だが師範代クラスって言っても、お嬢の話を聞く限りではノンビリした性格みたいだな」


「そうね。意外とクラスに馴染んでるわ。引き続きニナの周りを注意しておくけど、組織的に襲われない限り彼女は大丈夫じゃ無いかしら」


「それでも一応お嬢の出来る範囲でいい、王都に馴染むまでは気にかけてやってくれ」


「分かったわ」


 デイブとはそこまで話をして連絡を終えた。




 一夜明けて次の日、午前に体術の授業があった。


 ここでもニナは平均的な女子生徒の運動能力で身体を動かしていた。


 ただ、武術を修めているだけあって、卒なくディンルーク流体術の動きをこなしていた。


「ニナちゃんはディンルーク流体術は経験があるん?」


「いや、特に習ったことは無いのう。無手の間合いは新鮮に感じておるよ」


 大鎌術の間合いと素手の格闘技術の間合いでは、大分違いがあるよね。


 そこに面白さを感じるのかも知れない。


 キャリルも戦闘では長い柄の戦槌ウォーハンマーを使うからか、体術の授業ではノリノリで動いてるし。


 ちなみにサラとジューンに関しては、ようやく体術の間合いに慣れ始めた感じだ。


 あたしは授業だから淡々と練習をしているけど、素手の間合いでは円の動きで攻防をしたくなるからディンルーク流体術の動きからはズレてる気がする。


 いちおう教科担当の先生からは、間違いでも無いからそのままでいいと言われてるけど。


 午前の授業も終わり実習班のみんなでお昼を食べた後、あたしとキャリルはお昼休みを使ってパトロールをすることにした。


 闇鍋研の活動があるようだし、まずは足元を固める意味でも同学年で妙な動きが無いか見回ってみようという話になったのだ。


「それではわたくしは教養科のFクラスからクラス委員に話を聞いてまいりますわ」


「うん。あたしは魔法科のFクラスから回るわ。終わったらうちのクラスで合流しましょう」


「分かりましたわ。なにかあったら連絡します」


「あたしも何かあったら連絡するわね」


 やや気配を消してから、あたしは同じ学年の建物を移動する。


 お昼休みという事もあって、各クラスは生徒が全員いるわけでは無さそうだ。


 相変わらずD、E、Fクラスでは大声で騒いでいる集団があるな。


 まあ、会話の内容はどうでもいいような話みたいだ。


 あたしは彼らに関わることも無く、クラス委員の生徒を見つけて話しかけて行った。


「こんにちは。変わったことは起きていないかしら?」


「え? ああ、ウィンか。こんにちは。そうだな、特にうちのクラスでは変わったことは起きてないぞ」


「そう? じつは今、『闇鍋研究会』が活動を活発化させているらしいの。もし妙な話を聞いたりしたら、担任の先生でもあたし達風紀委員にでも連絡して」


「『闇鍋研』かぁ。噂には聞いてるけどヘンな連中が居るよな。何かあったら連絡するよ」


 そんな話をしてクラスを巡った。


 前に各教室を回ったときは目に付いたけど、何をするでもなく独りで机でぼーっとしているような生徒は見掛けなくなっていた。


 あれから少々時間が経っているし、クラスに限らず部活なんかで過ごすようになったのかも知れない。


 クラス委員には、孤立しているような生徒が居たら声を掛けたり、担任の先生や風紀委員や生徒会に相談するよう念押しをしておいた。


 クラス委員と会えなかったクラスでは、放課後にAクラスまで顔を出してくれという伝言を別の生徒に頼んでおいた。


 あたしの方が先に見回りを終えたようで、しばらくしたらキャリルがクラスに戻ってきた。


 そしてそのタイミングで、サラとジューンとニナもクラスに戻ってきた。


 あたしはキャリルに声を掛ける。


「キャリル、こちらは特に問題無さそうよ。会えなかったクラス委員も居たけど」


「そうですか。わたくしの方は『闇鍋研』の情報は特に得られませんでしたが……」


「どうしたの?」


 あたしが声を掛けると、キャリルは何やら考え込んでいる。


「何か問題でもあったの?」


「いえ。……唐突ですがウィン、あなたはのろいは信じますか?」


「え゛? 呪い? んー……、神々を信じますかって言われたら信じるって即答するところだけど、呪いかあ……。何かあったの?」


 キャリルは言葉を選ぶようにゆっくりと告げる。


「あったというか……、判断に困ったことがあったんですの。教養科のあるクラス委員から、クラスメイトの間で『頭が良くなる呪い』が掛かったお守りが流行っているという話を聞いたんですの?」


 『頭が良くなる呪い』が掛かったお守りかあ。


「……えーっと、呪いなのかお守りなのかはっきりしろって悩んでたの?」


「ウチにも聞こえとったけど、それめっちゃ引っ掛かるわウィンちゃん!」


「クラス委員の生徒から、現物を借りることができたのでお見せします」


 あたしとサラの反応にどう応えるか一瞬考えてから、キャリルはそう告げた。


 そして【収納ストレージ】の魔法を使って金属製の腕輪を取り出した。


 机に置かれたその腕輪は、真鍮か何かで作られた安物だ。


 ただ妙な気配がする気がする。


「たしかに微妙な魔力の動きがあるわね」


 あたし達のやり取りを遠巻きに見ていたクラスメイト達も、腕輪が気になったのかあたし達に近づいてきた。


「その腕輪、少々妾に貸してくれんかの?」


「構いませんわニナ」


 キャリルはそう言ってニナに腕輪を手渡す。


 ニナはじっと腕輪を眺めた後、口を開いた。


「やはりな。この腕輪は、そうじゃの……。確かに呪いが掛かっておる。しかも直ぐにはそれと分からないほど微弱な呪いじゃ」


 そこまで平板な口調で告げた後、ニナは妖しい笑みを浮かべてさらに告げる。


「ふむ、そうぢゃの、この腕輪を付けたものはいずれ朽ち果て、全てを失い、この世を去り行くことになる呪いを受ける――」


「なんですって?!」


 キャリルが大きな声を出してニナに詰め寄ろうとする。


「――などという凶悪な呪いは特に掛かっておらんのう」


 ニナのその言葉に、クラスのみんなはため息をつきながら脱力した。


「ニナ、あまりそういうおふざけは感心いたしませんわよ?」


 ここ最近では珍しく、キャリルがじとっとした目をしてニナに視線を向けている。


「ああ済まぬのう。みながどうやら呪いを知らぬようじゃったから、ついついふざけてしまったのぢゃ。……それでも妾が言えることは二つほどあるのう」


「何か分かったのニナ?」


 あたしが問うと、ニナはようやく真面目な顔をして応えた。


「うむ。一つは、この腕輪には創造魔法の一種である【上達プログレス】が掛かっておる。属性は確か『進化』だったかの」


「どういう魔法なんですの?」


「話にあった『頭が良くなる』というよりは、普段まわりにいる人間の評価を好意的に受けとめ、自分の課題とする魔法じゃ。加えて、そのことで新たなスキルを覚えやすくするはずじゃのう」


 なるほど、能力値上昇効果の魔法というよりは、意識付けをポジティブに変える暗示の魔法という感じか。


「そこまで悪い効果という訳では無いんですのね。……もう一つは何ですの?」


「うむ。二つ目は、この腕輪に【上達プログレス】の効果を定着させるために、呪いの技法が使われて居ることじゃ」


 それを聞いたあたしとキャリル以外のクラスメイトが、ザッと腕輪から距離を取った。

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