第14章 あたし罠は得意ですけど
01.タッグを組んで罠を張って
あたしは闇鍋研究会の調査を行っていたが、足取りを見失った。
その段階でステータスの“役割”を『風水師』に変え、学院全体の魔力の流れを読んでみた。
その結果、実習棟でマクスの『狂戦士』のスキル『無尽狂化』が使われているような異常を察知する。
気配を消してあたしを観察していたニナと共に、あたし達は実習棟に向かうことにした。
「この講義棟は人の気配が少ないのう」
「まだお昼休みだしね。それよりこっちよ」
歴史ある実習棟の建物の中をニナと進むと、目的の教室に辿り着く。
「さすがにここまで来れば異様な魔力の流れは分かりやすいのう。魔力暴走かの?」
「たぶんスキルよ。大丈夫だと思うけれど、暴走を始めるようならニナは逃げて」
「ふむ。逃げる必要があると判断したときはそうするかの」
ニナの言い回しに若干引っかかったが、ともあれあたしは目的の教室に入ることにした。
まず廊下からノックをしてみるが、特に反応はない。
カギは掛かっていないようなので、あたしは教室の扉を開けた。
そこには『無尽狂化』を発動していると思われるマクスと彼を観察するマーヴィン先生、そして他に二人の男性がいた。
二人の男性は高等部の職員室で見かけた記憶があるので、学院の関係者なのだろう。
「君たち、今この教室では特殊な実験を行っている。我々に用が無ければ退出して欲しい」
男性の一人がこちらに歩み寄りながら一方的に告げる。
だが直ぐにマーヴィン先生が口を開く。
「待ちなさい、その二人なら大丈夫です。ヒースアイル君とアルティマーニ君ですね。彼女たちの見学を許可します」
マーヴィン先生の言葉に男性二人は頷き、歩いてきた人も元居た場所に戻る。
教室内を見やれば、マクスを中心にして何種類もの魔道具を配置し、何かを計測しているようだ。
「ようお前ら」
あたし達に気づいたマクスは声を掛けてきた。
どうやら本人の意識は保たれている。
「妙なことを行っておるのう」
「特殊な実験ねえ……。邪魔はしないからそっちに集中なさい」
「勿論だぜ」
そう応えるマクスは自然体で立ち、魔力が集中するのに身を任せているようだ。
「それで、君たちはどうしてここに?」
マーヴィン先生は魔道具から離れ、あたし達のところに来てから問う。
「風紀委員会の調査で学院非公認サークルの追跡をしていたんですが、その時に妙な魔力の流れを察知しました。あたしはそれを確認しに来たんです」
「妾はその付き添いじゃ」
「そうでしたか。ヒースアイル君はどこに居たときに察知しましたか?」
「食堂の近くです」
「なるほど。実習棟からは距離がありますし、この建物はある程度は魔力の流れを抑える構造になっていますが、それでも察知出来ましたか?」
「出来ましたよ。ちょっと普通ではない魔力の流れだったんで、気になって見に来たんです」
あたしの言葉にマーヴィン先生を始め、他の男性二人も興味深げな視線をこちらに向ける。
「ふむ。……元々ヒースアイル君には協力をお願いするつもりだったのですが、嬉しい誤算ですね」
「協力ですか?」
それは初耳なんですけど。
というか、どういう流れでそんな話になっているのやら。
「ええ。魔力暴走に類する状態を制御する機序を、調べようとしていたのですよ。そして――」
そこまで話してマーヴィン先生はニナに視線を向ける。
「アルティマーニ君は精霊魔法の専門家ですし、魔力暴走には詳しいのではないですか?」
「そうじゃの。魔力暴走については精霊魔法の体系では、伝統的に『精霊の試練』などと呼ぶ向きもあるのう」
マーヴィン先生の言葉にニナはうっすらと笑う。
そしてニナの返事にマーヴィン先生は頷いた。
「アルティマーニ君には王国と共和国の取り決めで、両国の不利にならない範囲で教育や研究の協力に臨んでもらうことになっています。当然このための守秘義務も了承して頂いています」
「無論じゃの」
「君の都合がつく範囲で結構ですので、私達の研究に協力頂けませんか?」
「大丈夫じゃよ。論文執筆などを投げられたら少々考えるところじゃ。しかし、案出しや作業などは、妾の都合のつく範囲なら協力するのじゃ」
そう語るニナの表情は、あたしたちとクラスで過ごす時間に比べて老獪で知性的な印象を漂わせていた。
「ありがとうございます。アルティマーニ君への連絡はプロクター先生を介して行います」
「承知したのじゃ」
どうやらニナはディナ先生を連絡役にして、マーヴィン先生の研究に関わることになったようだ。
「ヒースアイル君への協力要請については、月輪旅団を介して冒険者としての依頼を行う方向で考えています。今すぐどうこうという事は有りませんが、いずれ話をさせて頂きます」
「……はい」
ともあれ、マクスの様子をしばらく観察したが大きな異常は起きていなかった。
今のところあたし達が出来ることも無いと判断し、マーヴィン先生に声を掛けてからあたしはニナとその場を離れた。
「ニナはいきなり研究に関わることになったのね」
「仕方ないのじゃ。もともとそういう話で王都に来たからのう」
のんびりと応えるニナだったが、その表情は機嫌が良さそうだった。
もしかしたら、マーヴィン先生に協力をあてにされていたことが嬉しかったのかも知れない。
ニナと実習棟を出たあたしは、まずエリーに【
「エリー先輩、こちらは空振りでした。食堂付近までは勘で追えたんですけど、そこからはちょっとあたしではムリでした」
「ウィンちゃんにゃ? 連絡ありがとうにゃ。他のメンバーも探してくれたけど、怪しい生徒は見つからなかったにゃー」
それは残念だった。
まあ、初動が遅れてしまったから今回は仕方ないかも知れない。
「時間的にそろそろ昼休みが終わるにゃ。週次の打合せ以外で、アタシから用があったら呼ぶにゃ。取りあえずみんなには情報共有できたから、それぞれ気を付けていて欲しいにゃ」
「分かりました。このままクラスに戻ります」
そうしてあたしとニナはクラスに戻った。
放課後になってあたしは薬草薬品研究会に行くことにした。
ニナを案内して顔は出したけれど、体育祭があった関係でしばらく出ていなかった気がしたからだ。
薬薬研の部室に向かうとカレンが居た。
「こんにちはカレン先輩」
「ウィンちゃんこんにちは! 今日はニナちゃんは一緒じゃ無いのね?」
「ニナは美術部が気に入ったみたいで、部活棟に着いたら真っ先に向かいました」
美術部が気に入ったというよりは、アイリスが気に入ったのかも知れないけれど。
ニナまっしぐらである。
「そうなんだ? 美術部も面白そうよね!」
「そうですけど、あそこでは美少年談議に巻き込まれる気がするんです」
そんなことを言いながらあたしは乳鉢を用意し、塩と砂を使って【
適当なところ練習を終えて、リンダ伯母さんから貰った医学系の薬草図鑑を開く。
まだ医学とかは入門書しか勉強していないので、薬草の分類や特徴を大まかに頭に入れていく。
こういう図鑑があるってことは、薬草が病気に効くという経験則は知られているハズなんだけど、魔法薬以外は民間療法の扱いなんだよな。
もし将来的に鑑定と分離の魔法を組合わせて、病気に効果のある成分を分離したらどうやって効果を証明したらいいだろう。
直ぐに思いつくのは地球と同じで実験動物を使う方法だけど、効果の証明には実験動物を病気にする必要があるか。
ラットとかマウスとか飼うのは大変だろうし、再現性を証明するには統計的な情報管理とか要るだろう。
それならまだ、高度な鑑定ができる魔法の使い手に、狙った病気に効くのかを見てもらった方が早そうだ。
そんなことを考えながらページをめくっていると、あたしの名を呼ばれたので頭を上げる。
「ウィンちゃん、そろそろお茶にしようとおもうの!」
「あ、そうですね。あたしもお茶飲みたいです」
あたしはそう言いながら図鑑を魔法で仕舞い、ハーブティーを淹れるのを手伝った。
そして部員たちでお茶を楽しんだが、たまたま煮込み料理の話が出た。
「そういえば煮込み料理といえば、今日のお昼に風紀委員の先輩に呼び出されたんですけど、『闇鍋研究会』が下ごしらえをしたらしい痕跡が見つかったんですよ」
あたしがその話をすると、先輩たちはピタッと会話を止めてあたしを見た。
その雰囲気に同じ学年の部員も話を止め、この場を見回す。
「ウィンちゃん、『闇鍋研』の話は間違いないのかしら?」
先輩の一人が恐る恐るといった表情であたしに問う。
「どうでしょう? そもそもの経緯から説明しますけど――」
あたしはエリーに呼び出され、シカ獣人の料理研の先輩が見つけた痕跡の話をした。
「――ということで、今回は下ごしらえをしてたのを逃がしたんじゃないかって話になってます」
「それは困ったわね。……じつは『闇鍋研』には附属農場にある薬草園がたびたび狙われているの」
部長のジャスミンがうんざりした表情で告げる。
ジャスミンによれば、ここ数年は附属農場の職員が害獣駆除の研究をしている研究者とタッグを組んで罠を張って撃退しているそうだ。
害獣駆除レベルで撃退される学院生徒ってスゴいな。
ただ薬草園には貴重な薬草も栽培されているので、対策のやりすぎという事は無いらしい。
「ちょっとわたしはスコット先生に、いま連絡しておくわ」
「あ、ジャスミン先輩。もしも薬草園に罠を仕掛ける話になるなら、あたし実家が狩人ですし手伝えるかもしれません。どちらかといえば罠は得意なので」
「前にそんな話をしていたわね。分かったわ、あなたのことも念のため先生に伝えておきます」
そう言ってジャスミンは【
あたしたちそれ以外の部員はその様子を伺いつつ、過去の被害の話などを先輩たちから聞いて過ごしていた。
スコット先生との連絡を終えたジャスミンはあたしに告げる。
「明日の放課後に薬草園に罠を仕掛けることにするそうよ。ウィンちゃん、もし良かったらだけど明日の放課後に部室に来てくれるかしら」
「分かりました」
動物用の罠の知識が活かせるかは分からないけど、みんなの手伝いくらいは出来るだろうとあたしは考えていた。
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