06.ある種の才能のようなもの
建築研究会の部室を出たあたし達は部活棟を巡った。
途中、料理研究会や食品研究会に寄ってお茶やお菓子を頂いたりしたが、ニナには好評だった。
「妾の目的からは若干ズレるが、料理は面白そうじゃのう」
「そうやね。普段料理する習慣が無い子でも一から教える言うとったし、興味があるんやったら入ってもええと思うで」
「たまにお菓子とかをお呼ばれするだけだったら、お茶とか持参すれば試食に混ぜてくれるわよ」
「なるほどのう」
その後吹奏楽部を覗いたらニッキーがトロンボーンを吹いていた。
また、チェス部や歴史研究会などを見学したが、ニナの反応はいま一つだった。
手品研究会を見学したときには、部員が披露してくれた手品に三人で見入ったりした。
そしてあたし達は薬草薬品研究会に辿り着く。
「ここはまた心地がいい魔力があるのう」
「心地がいい?」
「……精霊魔法に関することじゃ」
あたしが訊けば、ニナは小声で教えてくれた。
「あらウィンちゃん、こんにちは!」
「こんにちはカレン先輩。今日はちょっと転入生のクラスメイトに部活棟を案内していたんです」
そう告げてあたしはニナを示す。
「そうなんだ! はじめまして、私はカレン・キーティングです。よろしくね!」
「うむ、初めましてなのじゃ。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。共和国からの留学生じゃ。宜しくの」
ニナはサラと共にさっそくカレンに案内されて部室を見学しているので、あたしはその間にハーブティーを用意した。
薬薬研ではハーブティーはいつも、複数のハーブをブレンドしたものを部室に用意してある。
部員の趣味か、なかなか飲みやすく香り高いものが常備されている。
その後、お茶を頂きつつ薬薬研の話をしてからあたし達は部室を出ようとする。
「カレン先輩よ、おぬしとは部活のこととは別に長い付き合いになるやもしれんの」
「そうかしら? よろしくねニナちゃん!」
「うむ、宜しくなのじゃ」
廊下に出たタイミングでサラがニナに訊く。
「なあなあニナちゃん、カレン先輩と長い付き合いになるかもって、何かあるん?」
「何、ただの予感じゃが、カレン先輩はある種の才能のようなものを持って居るかも知れんと思っただけじゃ」
「才能ねえ。それってニナが王都に来た件と関係ありそう?」
「そうかものう」
そう応えるニナの表情は緩く微笑んでいた。
ニナは精霊魔法の専門家として招へいされている。
カレンに関しては以前の誘拐騒動のときに、地の精霊と風の精霊の加護をステータス情報から隠せるようになった。
それでもニナがカレンの精霊魔法の才能に気付いたというなら、加護では無く気配であるとか魔力の流れみたいなものを観察したのかも知れないな。
その後あたし達は、別の部室を回った。
部活棟を移動中にあたし達はジェイクとすれ違った。
「やあウィン。今日はどうしたんだい?」
「こんにちはジェイク先輩。転入生に部活棟を案内しているんです。こちらが転入生のニナです。ニナ、彼は風紀委員会の先輩でジェイクよ」
「そうなんだ? ――はじめまして、ぼくはジェイク・グスマンだ。委員会の活動が無い時は回復魔法研究会で活動している」
「ふむ――初めましてなのじゃ。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。宜しくの」
ニナは何やらジェイクを観察してからそう告げた。
「先輩はどこかに行く途中ですか?」
「ああ。運動部でケガ人が出たらしくてね。大したことは無いみたいだけど、呼ばれたから行ってくるよ」
「そうですか。それじゃあ邪魔しちゃ悪いですね」
「ごめんね。回復研に興味があったら是非見学して行ってねニナ。それじゃあ」
そう告げてジェイクは足早に去って行った。
その様子をニナは何やらずっと観察していた。
「どうしたの、ニナ?」
「いや、ちと気になることがあったのでな。……まあいずれ、色々と分かるじゃろう」
「ふーん?」
そんな会話をしてからあたし達はまた移動する。
あたし達が美術部の部室に辿り着くと、部員たちに混じってそこにはアイリスが居た。
何やらイーゼルに向かって真剣な表情で油彩画に取組んでいる。
まだ描きかけの絵ではあるようだが、題材は矢張りというか少年のような姿が描かれていた。
他の部員があたし達に応対してくれたのだけれど、あたし達の声に気づいたのかアイリスも手を止めてこちらに来た。
「ウィンちゃんじゃない。どうしたの?」
「こんにちはアイリス先輩。転入生に部活を案内していたんです。こちらが転入生のニナ。ニナ、彼女は風紀委員会の先輩でアイリス」
あたしが紹介すると、二人は交互に自己紹介した。
「ふむ、美術部はどんな絵を描く部活なのじゃ?」
「好きな絵を描けばいいと思うわ。ワタシの場合は美少年が個人的に永遠のテーマね」
「なるほど、それは尊いのう」
「お、ニナちゃんは分かる子ね?! もしかして絵を描いたことがあるのかしら?」
「妾はデッサンが多いのう。ちょっと待っておれ……」
ニナはそう言ってから【
そこには炭だろうか、鉛筆とはまた違う道具で描かれたらしい絵が並んでいる。
「おお、木炭画じゃない! ちょっと見せてもらっていいかしら?」
あたしやサラも横から眺めるが、素人目にもなかなかの出来栄えだ。
題材としては人物画が七割に風景画が三割くらいか。
人物画は少年の絵ばかりだった。
「凄いわね、スケッチブックで木炭画だと擦れたりするのに、キレイに保たれてるわ」
「それはの、仕上げに秘密があるのじゃ。【
「え? ……あ、そういうことか!! それで紙に絵が定着するのね!!」
「その通りじゃ。意外と絵描きでも知らぬ者は多いが、いちど試してみると良い」
「分かったわ!! ありがとうニナちゃん! どう? 良かったら美術部に入部しない?」
やや興奮気味にアイリスがニナを誘うが、ニナもまんざらでは無いようだ。
その後ニナとアイリスは美少年談議に花を咲かせたが、適当なところであたしとサラは水を差す。
「ニナ、楽しそうなところ悪いけど、他も見に行くわよ?」
「アイリス先輩とはまた部活の時にいろいろ話せばええやん」
「――むむ、そうじゃの。アイリス先輩よ、また来るでの。それにおぬしとは部活とは別に、長い付き合いになりそうじゃの」
「そう? 分かったわ。ワタシもウィンちゃんと同じで風紀委員会だけど、その仕事が無い時はだいたい放課後は部室に居るから遊びに来てね」
ニナの言葉にアイリスは微笑んでいた。
美術部を離れたあたし達はその後も部活棟を巡り、やがて史跡研究会の部室に辿り着く。
部室にはライゾウが居るが、放課後になってそれなりに時間が経っている。
狩猟部の練習を終えてこちらに来たのかも知れない。
ちなみに彼以外には生徒の姿は無かった。
「こんにちはライゾウ先輩、狩猟部の方はもう練習終わったん?」
「お、サラたちか、こんにちは。ディナ先生に扱かれてからこちらに来たぞ。といっても、おれの地元のことを考えれば丁寧な指導で助かってるがな」
ライゾウから以前聞いた地元での話は、ちょっとネジがすっ飛んでた気がするな。
それとディナ先生を比較するのは何か違う気がする。
「そうなんや? そんでな、ウチらいま転入生のニナちゃんに部活棟を案内しとったんよ。ニナちゃん、このひとがライゾウ先輩や」
「こんにちは、おれはライゾウ・キヅキという。マホロバからの留学生だ」
「ふむ――、こんにちはライゾウ先輩。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。宜しくの。ところでおぬし、鬼の血が入っておるの?」
「おお、分かるか。そういうニナも変わった気配がするな」
「まあ、共和国の辺境の出じゃ。変人の集まった街の出じゃからあまり吹聴はしたくないがの」
変人て何だおい。
ニナの言葉にライゾウは一瞬考えた後で頷いた。
「そうだな、血などはどうでもいい話だ。サラにしても普通に暮らしているしな」
「え゛? ……ウチがどないしたん?」
突然ライゾウから話を振られてサラが当惑する。
「「え?」」
その様子にライゾウとニナが疑問符を浮かべた。
「サラよ、おぬし少々薄まっておるが、先祖に
「……え゛? いや、ぜんぜん知らへんのやけど。霊狐ってなんなん?」
サラの言葉にニナとライゾウは顔を見合わせる。
「そこまで言ったんやったら教えてんか?! めちゃ気になるわ!」
サラに促されるとニナはライゾウに視線を向けた。
ライゾウは少々神妙な顔を浮かべて口を開く。
「てっきり知ってる話かと思ったんだがまあいいだろう。マホロバには特殊な狐獣人の種族が居てな、膨大な魔力を使いこなして魔獣討伐を代々執り行う者たちが居る。その一族を霊狐と呼ぶんだ」
「ウチがその末裔なん?」
「そこまではおれも分からん。親にでも訊くんだな。一つ言えるのは、霊狐の一族には魔法や魔力を用いた尋常ならざる戦闘の才があるということだ。マホロバの平民から見て尊敬の対象だな」
たしかにサラは入試の実技で【
「とりあえず、他人様の家系の話を吹聴するほどおれは下衆じゃ無い。忘れることにするから気にするな」
「妾も忘れた」
「あたし、何も聞かなかったから」
うん、一件落着。
「そ、そうなんや。…………まあ、つぎに父ちゃんかおかんと会うたら問い詰めとくわ」
「それで、ライゾウ先輩の部活の話をしましょうか。休みの日にフィールドワーク? 何か王都で調べてたみたいですけど」
あたしは無理やり話題を流すことにした。
「ん? あ、そうだな。王都地下の上下水道の入り口を調べたときに会ったんだな」
「それが史跡研究会の活動内容なのかの?」
「うーん。……週末に調べてたのは半分はおれの趣味みたいなものだ。うちの研究会の活動内容は、『遺跡やダンジョンなどの研究を行う部活』だ――」
そう言ってライゾウは彼の地元に伝わるという都市伝説の話をしていた。
王都の地下に古代遺跡が眠っているという伝説に、ニナは興味を引かれたようだった。
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