05.助走付きで暴走して


 放課後になり、サラがニナに声を掛けられているのが目に入る。


 何か相談事だろうかと思い、あたしも話を聞くことにした。


「どうしたの? 相談事?」


「ああウィンちゃん。いやな、ニナちゃんが部活とか研究会に興味があって見学に行きたいんやって。その話をしとったんや」


「ああそういう事か」


「そうじゃ。ディナ先生から聞いたが、学院は部活や研究会は兼部も出来るというではないか。まずはどんな団体があるか見学しようと思ってのう」


 今日の放課後は学長先生に時属性魔力の件で質問とつげきしようかと思っていたけれど、急ぎでもない。


「そういうことならあたしも付き合うわよ」


「おおそうか。ウィンは良い子じゃのう」


「やめてよ。実年齢は知らないけど、同年代くらいの子にそういうこと言われてもムズムズするから」


 あたしが苦笑するとニナは一瞬ムッとする。


 それでも「同年代くらいの子」と言ったのが微妙に効いたのか、ニナは穏やかに笑う。


「はは、細かい奴じゃ。まあいいじゃろう。サラも同行してくれると言ってくれたし、三人で行くのじゃ」


「そうやったら、まずは部活棟に行こか」


「そうね、運動部なら外を見た方がいいかもだけど、部活棟に一度行った方がいいわね」


 あたし達は教室を離れ、構内を歩いて移動した。


 だが直ぐにあたしは妙な気配があることに気付く。


「二人ともちょっと待ってくれるかしら?」


「どしたんウィンちゃん?」


「さて、お客さんでも来たのかのう」


 サラとニナの反応をよそに、あたしはその場で内在魔力を循環させてチャクラを開きつつ、身体強化と無我と隠形を発動し気配を遮断して場に化した。


 そして追跡者を殴れる位置まで背後から近づき、声を掛ける。


「説明して」


「説明して欲しいのは俺の方だよウィン。彼女がどういう種族なのか分かってるのか?」


 そこに居たのはカリオだった。


 『学院裏闘技場』の集団戦のときにはそれなりに気配が隠せていたのに、今日のカリオは気配が漏れている。


 加えて、敵意とは言わないが相手を警戒するような気配を出していた。


 その意識が向いた先はニナだ。


「全て分かっているわ。月輪旅団として、あたしは彼女の味方よ」


「なんで……、お前は自分の身は守れるだろうけど、サラが一緒にいるのに……」


 ああ、サラがニナと一緒に居るのが気に入らないのか。


 誰かに指示されたわけじゃ無くてカリオの個人的感情で動いているにせよ、気を抜くわけには行かないな。


「あなたがどういう迷信を信じているか知らないけど、彼女は王国が招いて共和国が送り出した人間よ。種族の話も漏らして欲しく無いの、誰が聞いてるか分からないから」


「…………」


 何やら意固地になってそうな雰囲気だなこいつ。


 どうしようか一瞬考えて、共和国の情勢に詳しい人にぶん投げることを思いついた。


「最近あなた、フレディさんとは連絡とってる?」


「……取ってる。こないだの集団戦でお前らに負けたから、風牙流ザンネデルヴェントを本格的に習うことにしたんだ」


 そう言いながらカリオはあたしの方へと向き直る。


「集団戦? ああ、本腰を入れて習うかどうかの見極めで、腕試しに出たの?」


「まあな。けど、今それはいい」


「そうね。――あなたの懸念はまずフレディさんにぶつけなさい。ニコラスさんでもいいわ。国が絡む以上、彼らは情報を押さえているはずです。国が絡む以上、通信とかじゃなく直接会って話をしなさい」


 大事なことだから、国が絡むって二回言ってやった。


 その言葉が効いたのか、カリオの気配が穏やかなものに変わっていく。


「……そこまで言うなら分かった。ちょっと頭を整理してくる」


「ニナはクラスメイトよ。明日も顔を合わすし逃げたりしないわ」


「……分かった」


 あたしの念を押すような口調にカリオが折れた。


 そして彼はその場からゆっくりと歩いて行った。




 カリオの追跡以降は不穏な気配も無く、あたし達は無事に部活棟に辿り着く。


「それでどうするのじゃ?」


「そうやね。普段気にせぇへんけど、部活棟の一階玄関に部室の案内板があるんや」


「なるほどのう。それでまず、どの部活を訪ねるか見当を付ければ良いか」


 しばらく興味深げに案内板を眺めていたニナだったが、やがて口を開く。


「妾としては学院や王都を歩き回るような部活に興味があるのう」


「どういうこと?」


「折角新天地に来たのじゃ、これから妾は少なくとも十年ほどはここで過ごす。その取っ掛かりとしてこの地の雰囲気を肌で感じておきたいのじゃ」


 あたしが問うと、ニナはそんなことを言う。


 十年は意外と長いな。


 ニナは長命な種族らしいから、案外一瞬で過ぎ去っていく時間かも知れないけれど。


「なるほどなあ。それやったら運動部は練習場とかで活動が閉じとるから、目的には合わんかも知れんね」


「あたしの知り合いは歴史研とかに多いけど、書籍や文書に向かうことが多いかしら」


「大概の部活はこの建物に集まっておるのじゃろう? 順番に巡ってみるかの」


 大概の部活は、という言葉であたしは重要なことを思いだす。


「そうだ、先に伝えておくけれど、学院には非公認サークルが多くあるの。中には活動を問題視されているようなものもあるから、そういうものには関わらないでね」


「色々あるのじゃのう。まあ良い、分かったのじゃ」


 結局あたし達は端から順に部活棟を巡ることにした。


 適当に歩くと魔道具研究会の部室の前に辿り着く。


 中からは妙に騒がしい声が飛び交っている。


「マーゴット先生! この場合、稼働試験は外でやった方がいいんじゃないですか?!」


「まあまあ、ちょっとだけだから……、よし、接続完了……、魔力充填完了……、回路正常確認……」


『せんせい~?!』


「だーいじょうぶだーいじょうぶ、ターゲット設定……、コンディションオールグリーン! うん、行け! 魔道パンチ! ……ポチっとな」


 その直後に大きな音が連続で発生し、魔道具研の部室からは廊下へとホコリが吹き出ていた。


「何をやっているのじゃあれは?」


「…………知らないわ」


 たぶんマッドエンジニアが助走付きで暴走して何かやらかした気がするが、あたしは関わりたくなかった。


「えーと……、ここは魔道具研究会の部室なんや。ウチも入部しとる。普段は平和に魔道具開発をしとるんやけど、たまーにハデな効果の魔道具を動かして大騒ぎになるんや……」


「なるほどのう。妾の目的からは少々遠いかも知れんの」


 のんびりした声でニナが告げる。


 直ぐに魔道具研のとなりの部室から「カベが抜けたぞー!!」とかいう声が聞こえて騒然としているが、あたし達はその場を後にした。


 次に建築研究会の部室前に辿り着くとニナが興味を示し、中に入った。


「突然済まんのう。妾は転入生で部活の見学をしておるのじゃが、ここはどういう活動をしとるのじゃろうか」


 入り口近くで製図台に向かって書き物をしていた生徒にニナが声を掛ける。


「やあ、こんにちは。うちでは魔法を使った建築とか土木の研究や実践を行っているよ。でも普段はどちらかといえば設計がメインかな」


 そう言って高等部らしき男子生徒が応えてくれた。


 彼の手元を見れば、どうやら建物の図面を引いていたようだ。


「こんな感じで設計を行って、実際の工事の前にミニチュアを造って確かめたりするんだ。あっちの方に今仕掛かってる工事のミニチュアがあるから見てきてご覧」


 そう言って部室の奥の方を示してくれる。


 部室には男子生徒ばかり集まっているから、ここの部活は男所帯なのかもしれないな。


 あたし達が通ると挨拶をしてくれるし、礼儀正しい生徒が多いのかも知れない。


 部室の奥の方に移動すると、そこはちょっとした陳列室みたいな感じで建築物や石像のミニチュアが整頓されて並んでいる。


「こうして見ると壮観やね」


「そうね。本物の建築物なんかのミニチュアでしょうし、デザインもそれに準じてるんじゃないかしら」


 サラとあたしが順番に眺めていると、少し先に進んでいたニナが当惑した声を出す。


「ふむ……。石像などがあるのは良いとして、今風の姿をした彫像のミニチュアなどもあるのう。これは実在の人物がモデルであるのかのう……」


「どしたん?」


「彫像がどうしたの?」


 あたし達がニナの見ていたミニチュア像の前に辿り着くと、そこには学院の制服を着た生徒の彫像のようなものが並んでいた。


 更に視線を横に移すと、地球でいうギリシャ時代のトーガのようなものや、単に布を身体に巻いただけの女性のミニチュア像が目につく。


 そこまで進んだところで、部室の入り口に近い方から何やら話し声が聞こえてきた。


「……おい、お前ら、アレは隠してあるんだよな?」


「え、…………あ?!」


「あ、じゃねーよ! 油断するなよ。女子が来てるんだぞ、バレたらヤベ―だろ」


「でもよ、もうあの子たち見学始めちゃったぜ?」


『え?!』


 そこまで話し声が聞こえた段階で、ザッと一斉にあたし達の方に向けられる視線を感じた。


『うげっ』


 小声で抑えられていたが、なにやら複数の建築研の部員たちが呻く声が聞こえた。


「ちょーっと君たち、いいだろうか?」


 慌てた様子で一人の男子部員があたし達のところにやってきた。


「どうしたん?」


「いや、そこにあるミニチュアは彫像のサンプルとして学院の外から集められたものなんだ」


「……へえ、学院の外では、うちの制服を着た女子の彫像が流通しているんですか?」


 あたしがじとっとした目を向けると、男子部員は脂汗を流し始める。


「ええと、たしか市場の露天商から買ってきたんだったかな……」


「…………分かりました。ちょっと風紀委員会として事実関係を確認したいので、ここにある数点をお預かりさせて頂きます」


 つとめて冷静にあたしがそう告げると、あたしの声が聞こえたのか何人かの建築研の部員たちが呻いたりうなだれたり青い顔をしていた。


 あたしは有無を言わさず、制服やトーガや布を纏った女性のミニチュア像を十体ほど【収納ストレージ】に収納した。


 顔をこわばらせつつ抗議の声を上げる部員も居たが、あたしが殺気を向けると快く了承してくれた。


 後日談になるが、建築研では活動の合間に学院の女子生徒のミニチュアを自分用に造ったり、学院内の男子生徒に売りさばく連中がいたことが発覚して学院から処分が下った。


 あたし達は気を取り直して部活棟の見学を再開した。

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