04.おぞましい話ですわね
週が明けて十一月の第二週になった。
いつもの朝のように教室に向かい朝のホームルームを待っていると、ディナ先生が一人の女の子を連れて教室に入ってきた。
女の子は学院の制服を着ている。
体育祭の時に観客席でディナ先生の隣に座っていた子だ。
「皆さんおはようございます」
『おはようございます』
「それでは朝のホームルームを始めます。――まずは今日から学院に通うことになりました転入生を紹介します。プロシリア共和国からの留学生のニナさんです。ニナさん、自己紹介をお願いします」
ディナ先生は教壇でみんなにそう告げると、ニナに視線を移す。
「うむ、分かったのじゃ。みなの者、初めましてなのじゃ。妾はニナ・ステリーナ・アルティマーニと申す。年齢は(下二桁が)十歳じゃ」
いま小声で何か気になることを言った気がするが、早口だったためよく聞き取れなかった。
聞き間違えで無ければ「下二桁」とか言っていた気がするけれど。
「共和国はおろか地元からも(久しく)出ることが無かったひきこも――もとい、のんびり屋じゃが、今回いろいろあって王国で学ぶ機会を得たのじゃ」
また小声で告げたが、「久しく」というのは聞き取れた。
どういう意味だ。
というか、ひきこもりと言いそうになってたな。
「いろいろ不慣れなこともあるかと思うが、細かいところは見逃してくれれば幸いじゃの。これから当面、宜しくなのじゃ」
『よろしくお願いします』
みんなでそう言ってから拍手で迎えた。
この時期に共和国からの転入生という事は、デイブからの注意喚起と関係があるのだろうか。
本人か、もしくはその身内なのかも知れないな。
休み時間にでも声を掛けてみよう。
ニナの自己紹介を聞いて、あたしはそんなことを考えていた。
休み時間にニナと少し話そうかと思ったが、サラを含めクラス女子の何人かがさっそく取り囲んでいた。
自己紹介のときはひきこもりと言いそうになっていた彼女だが、クラスメイトとは鷹揚に接している。
見たところ別に人付き合いが苦手という事も無さそうなので、クラスにも直ぐに馴染むんじゃないかと思う。
午前の授業が終わりお昼になると、サラが誘ってニナを引っ張ってきた。
クラス委員長として食堂を案内するらしい。
「はじめまして、あたしはウィン・ヒースアイルよ。ニナはもしかして月輪旅団と聞いたらピンと来るかしら?」
移動しながらあたし達は自己紹介するが、その時に話を振ってみる。
「ほう、ゴッドフリーの小僧は息災かの?」
「ゴッドフリーは母方のお爺ちゃんよ。……小僧?」
あたしがそう訊くと、ニナはあからさまにしまったという顔をする。
「ちょっとした言い間違えぢゃ、気にするで無い」
「そう? ともあれ、
「心遣い痛み入る。そうか、おぬしは宗家の血を引くか。宜しくの、ウィン」
そう告げてニナは微笑む。
彼女が微笑むとそこだけ花が咲いたみたいな可憐さがあるな。
ともあれこの時点で、ニナはデイブが言っていた吸血鬼本人か、その身内というのは確定したとあたしは考えていた。
「ニナは変わったというか、時代がかったしゃべり方をするんですね。何というか地元のお婆ちゃんのしゃべり方を思い出します」
ジューンの言葉に一瞬固まったあとに、ニナはまた廊下を歩きながら話す。
「お婆ちゃん、か。ふむ……。妾の本当の年齢は二百十歳で、じつは魔神に連なるワザを身に宿し、夜の闇を友とすると言ったら信じるかのお?」
不敵な笑みを浮かべつつ、ニナは問う。
ニナの言葉にジューンは驚いた表情を浮かべるが、直ぐに彼女の手を取って告げる。
「大丈夫です、誰しもそういう事を言いたい時期はあるんです。私も経験があります」
経験があるってどういうことだろう。
ともあれ、ジューンの言葉に若干動揺したのか、ニナは驚いた顔を浮かべている。
「そ、そうか? 大変ぢゃったのう……」
「いいえ。……今でも魔道鎧や暗殺令嬢などは好きですから」
そう言ってジューンはニナと手を繋いだまま可憐に微笑んだ。
あたしとキャリルとサラは、その辺りの会話をスルーした。
食堂はいつも通りに混んでいるが、あたし達は開いている席を見つけてお昼を食べ始めた。
「ねえ、ないしょ話になるかも知れないから、魔法で防音にしていいかしら?」
あたしがそう訊くと、他のみんなからは特に異論は出なかったので【
「ニナがこの時期に転入してきたのって、ご家族の都合なの? それともニナ自身が誰かに頼まれて転入したとか?」
「あ、それウチも聞いておきたいわ。ニナちゃんが転入したのが共和国での政治的理由とか諸々面倒なことがあるんやったら、クラス委員として力になるわ」
あたしとサラの言葉に少し考えて、ニナは告げる。
「そうじゃの。転入がこの時期になったのは国の都合じゃ。妾が、とあることで王国に協力する代わりに、王国からは共和国に人材を送り出す。そんな取り決めが最近決まったのじゃ」
ベーコン入りクリームソースのフィットチーネを食べながら、ニナは応えた。
「国家間の取り決めという事ですの?」
白身魚のバターソテーを食べつつ、キャリルが問う。
「そうじゃ。詳しいことは関係者以外には伝えんつもりじゃが、妾が依頼を受けて王国に来たのじゃ」
「そうだったんですね。それではニナは研究者に相当する身分かも知れませんが、初等部のクラスに転入したのは何故ですか?」
キノコとベーコンのドリアをつつきながらジューンが訊く。
もしニナが精霊魔法の専門家ということなら、附属研究所に入れば良かったはずだ。
その点は確かに謎だ。
「ふむ……、そうじゃな。学生生活が未経験だったからということが応えになるが、それでは色々省きすぎておるかの」
「ん? 学生生活が未経験で、共和国から依頼が出るほどの専門家なん? ……それって特殊な家系とか種族の生まれで、家庭教師に教育を受けたって事やんな?」
サラがミートソースのパスタを食べつつそんなことを言う。
その言葉にニナが頷く。
「そうじゃの。矢張り共和国出身者が居れば、実情が伝わって話が早いのう。妾はそういう種類の専門家なのじゃ」
ドヤ顔を浮かべつつニナが応える。
それを見つつ、鶏のバターソテーをつつきながらあたしは考える。
「それって、集団生活に馴染みが無いから学院で生徒として過ごそうって感じなのかしら?」
「ま、まあ、そうとも言うかも知れんの。別に集団生活が苦手という訳では無いのじゃが……(別に家でグダグダ遊んでるんじゃ無いと放りだされたわけじゃ無いんじゃが)」
何かブツブツ言っているけど、詳しくツッコむとニナの地雷を踏みそうな気がしたので、あたしはそれ以上掘り下げないことにした。
お昼を食べ終えて、あたしたちはニナと【
その後あたしとキャリルはレノックス様とコウとでダンジョン行きの打合せをするためにみんなと別れた。
ニナについてはサラとジューンが構内を案内して回るとのことだったので、困ったことがあったらすぐ連絡するように伝えておいた。
魔法の実習室でキャリルと待つとレノックス様とコウが現れた。
あたしは【
「このメンバーで集まるのも久しぶりな気がするわね」
「先週は体育祭があったからね。でもゴールボールの試合は学院の完全勝利になって良かったよ」
あたしの言葉にコウが微笑んで応える。
「それで、お前らの都合はどうだ? 問題無いようなら明日の放課後にまた王都南ダンジョンに行こうかと思っているが」
「わたくしは大丈夫ですわ」
「ボクも問題無いかな」
「あたしも平気よ」
そんな感じで直ぐに次の日程が決まってしまった。
時間が余ってしまったので少し考えて、あたしはニナのことをみんなに伝えておくことにした。
このメンバーなら信頼がおけるし、何かあっても力になってくれると考えたのだ。
「ダンジョン行きのことが決まったから、時間もあるしちょっといいかしら。情報共有しておきたいの――」
あたしはデイブから聞いていたこととニナから聞いた話をした。
「吸血鬼か……、そんな種族があるんだね」
「いま聞いた話はオレはすでに耳に入っていた。ウィンが話さなければ説明しようと思っていたのだ」
考え込むコウを横目にレノックス様が告げる。
王家の人間なら、同じクラスに転入することになった時点で情報は入ってくるよね。
「食人目的に人間に狩られるなど、おぞましい話ですわね」
「感覚的に受け入れられないわ。まだニナが来て半日しか経っていないけれど、口調がちょっと変わっているだけで普通の子よ」
「そうだね、ボクも気を付けておく」
「当然だが、オレも力になろう。王国として招いた客なら、その安全を保障するのは我が家の義務だ」
あたし達は頷き合って、ニナの力になることを決めた。
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