03.カギを外したいなら


 あたしとしては不本意な称号が増えてしまった。


 それを確認した風紀委員会の打合せも終わり、寮に戻る。


 いつものように姉さん達と夕食を食べ、自室に戻って日課のトレーニングをこなしていると、デイブから魔法で連絡があった。


「お嬢、ちょっと今いいか?」


「ええと、大丈夫よ。寮の部屋で一人で過ごしてるけど、どうしたの?」


「そうか。いやな、若干気になる話が月輪旅団の連絡網で入ってきたから、情報を伝えとこうと思ってな」


 この時間にわざわざ連絡してくる以上、不穏な話なのだろうか。


「結構めんどうな話かしら?」


「その点は未確定だ。連絡の種類としては注意喚起だな。以前からディンラント王国は、プロシリア共和国に精霊魔法の専門家を長期間派遣するよう要請していた。その専門家が王都に着いたようだ」


 その話は確か聞いたことがある気がする。


 アイリスが『魔神の印章』の所持で身柄を押さえられたりしたときだったか。


 王国が共和国から、精霊魔法の使い手を招へいする計画があるということは聞いている。


「以前『魔神の印章』をデイブに鑑定してもらったことがあったじゃない? あの時に『招く計画がある』というのは聞いたことがあるわ。具体的内容までは知らないけれど」


「その話だな。わざわざ共和国の魔導馬車で王都までかっ飛ばしてきたらしい。交渉自体はだいぶ前から行われてたみたいだが、魔法工学の研究者を王国から長期出張させることで話が付いたようだ」


「ふーん? それがなんであたしに注意喚起なの?」


「王国から送られる研究者が、学院の附属研究所の研究員だった。その関係で、共和国からの専門家が所属するのは学院になるようだ」


「そうなんだ?」


 でも研究員同士の行き来ということなら、学生のあたし達はそこまで接点が無いような気はする。


「加えてここからが月輪旅団うちの連絡網で補足された内容なんだが、二点ある。一つは、王国に来る精霊魔法の専門家ってのが、どうやら共和国で問題児扱いされていた奴だってことだ」


「問題児かあ……。子供なの?」


「そこは詳細を確認中だ。もう一点は、種族がどうやら吸血鬼らしいってことだ」


「吸血鬼? ……魔獣とか亜人ってこと?」


「そこが説明が必要だが、吸血鬼はそういう名前の種族で、ほとんど人間だ――」


 デイブの説明によれば、吸血鬼は魔族と並んで長命な種族であるという。


 環境魔力を扱う能力は未発達なものの、食品などから効率良く魔力を摂取する能力に長けるため、内在魔力が膨大であることが知られている。


 ただ出生から一定期間は魔力吸収が不得手であるため、母乳に加えて魔力を多く含む血液を摂取させる必要があり、それが種族名となった。


 ところがその実態が誤って伝わったりして魔獣扱いされたり、吸血鬼になることを望む人間に狩られることもいまだにあるらしい。


「人間に狩られるってどういうことよ?」


「血肉であるとか心臓を食らえば吸血鬼になれるとかいう馬鹿な迷信を、いまだに信じてる連中もゼロじゃ無いんだわ」


「うへえ……。それはヒドい話ね」


「そういう訳で、吸血鬼はバレると狙われやすい。共和国がその辺を理解して送り出す以上手練れだとは思うが、お嬢も気を付けてやってくれ。吸血鬼の連中は月輪旅団の協力者にも居るんでな」


「そういう事なら分かったわ。月輪旅団の名前は出していいの?」


「むしろ出してやってくれ。手が足りないようなときは迷わず連絡しろ」


「了解よ」


 そこまで話してデイブは通信を終えた。


 だが、あたしは何となくデイブに伝え忘れたことがあったような気がしていた。


 それでも忘れているなら大したことでも無いかと考え、日課のトレーニングを再開した。




 一夜明けて休日になった。


 あたしはゆっくりと起き出し、寮の食堂で朝食を取ってから出かけることにした。


 デイブから貰った魔獣用の睡眠薬を回収したので、ソーン商会まで行って返して来ようと思ったのだ。


 ついでに商業地区の店を適当に散策しようと思っていた。


 だが寮を出て気配を消し、移動を始めたところで構内に珍しい人物の姿を見かけた。


 『路地裏の風蝶草ふうちょうそう』の店長であるブルーノだ。


 素通りしても良かったのだが、何となく気になって声を掛けることにした。


「おはようございます、お久しぶりです」


 死角からブルーノに声を掛けると一瞬固まったが、あたしの顔を見ると柔らかい表情になる。


「これはこれは八重睡蓮やえすいれん様、おはようございます。ご活躍は耳にしております」


「あたしなんてまだまだです。……今日は学院にご用ですか?」


 今日のブルーノは、グレーのスーツにベージュのコートを品よく合わせている。


 やり手のビジネスマンに見えてくるような格好だ。


「ええ、マルゴー様の使いでございます。八重睡蓮様ならお話しても問題ございませんね。変装の魔法を検知する魔道具の件で伺っているのです」


 そういえば花街で最初にマルゴーに会ったときに、そんなことを言っていた気がする。


「お話はマルゴーさんから伺っています。何か進展があったんですね」


「ええ。魔道具の試作品と、その設計情報を受け取りに参った次第です」


「そうだったんですね。……もし何かお手伝いできることがありましたら、あたしかデイブにご相談ください」


「ありがとうございます。その時には宜しくお願いいたします」


 そんなやり取りをしてブルーノと別れた。


 再び気配を消し、あたしは王都の屋根の上を直線移動する。


 今日は休日だし普段着だけれど、スカートの下にスパッツを履いているから屋根の上を飛び回っても安心だ。


 まあ、ふつうに移動しろって話ではあるんだけど、身体強化して走った方が早いのだ。


 程なくデイブの店に着き、いつものように裏口から入る。


「こんにちはー。デイブかブリタニー居るー?」


「なんだいウィンじゃないか。仕事じゃ無いなら表から入ればいいのに」


 店の方からブリタニーがバックヤードに顔を出した。


「まあそうなんだけど、何となくね。……前にデイブから貰った魔獣用の睡眠薬で、使わなかった奴を返しに来たの」


「ふーん、そうかい? そういうことなら私が預かっとくよ」


「助かるわ……」


 あたしは【収納ストレージ】の魔法で睡眠薬を取り出し、全てブリタニーに渡した。


「デイブによろしく言っといて」


「あいよ。――ところで、デイブからは共和国から来る奴の話は聞いてるね?」


「ええ。昨日、【風のやまびこウィンドエコー】で連絡を貰ったわ。注意喚起って言ってたわね」


「まあ、何も無いとは思うけど気にかけてやんな。私らの仕事はご近所付き合いが基本だから」


「そうね。分かったわ」


 月輪旅団の“身内”の範囲は案外広いし、そうやって持ちつ持たれつでみんな暮らしているんだろうなとは思う。


 要件も済んだので、あたしは店を後にした。


 その後、適当に商業地区をぶらついて雑貨などを買ったりしていたらお腹が空いてきた。


 そろそろお昼かもしれないと思いつつ、どこかお店に入ろうか考えているといつの間にか『とろける恵み亭』の前に居た。


「まあ、学食ではスープとかシチューメインの料理はあんまり食べて無いし、ここでもいいか……」


 そんなことを呟いて店に入ると知り合いが居た。


 サラとジューンとプリシラである。


「あれ、ウィンちゃんやん?」


「「こんにちはウィン」」


 向こうも直ぐにあたしに気づいたようだ。


「やあみんな。……サラとジューン、ホントに気に入ったのねこの店。今日はプリシラも誘ったの?」


「そうなのですウィン。私達は午前中、魔道具の店を巡っていたのです。こちらの席に座ることを希望します」


 あたしの言葉にプリシラが応えた。


 同じテーブルに誘われたのでそこに加わった。


 とりあえず日替わりのシチューセットを注文する。


「プリシラにしろ私にしろ、それぞれが魔道具研で関わっている作品のヒントになるものを市場に探しに来たんですよ」


「ウチはその付き合いやね。魔道具造りは興味あるし勉強もしとるけど、他にも今は弓とか上手くなりたいし」


「なるほどね」


 料理は直ぐに出てきた。


 お昼時という事もあるし、シチューとかなら作り置きができるから直ぐ出せるんだろう。


 みんなが食べている途中から合流したので、あたしはシェアすることも無く普通にシチューセットを頂いた。


 昼食後あたしは特に予定も無かったので、みんなにくっ付いて王都を散策して過ごす。


 商業地区でいろんな店を巡ったのだけど、その途中にある小さな公園で不審な動きをしている知り合いが目についた。


 冒険者が着るような格好をしたライゾウが、小さな公園の端にある何かの前でウロウロしているのだ。


「あ、ライゾウ先輩やん?」


「ん? サラじゃないか。――ウィン達も居るのか」


 狩猟部で顔見知りだからか、サラが比較的気軽な感じで声を掛けたがライゾウがそれに応じる。


「ええと、何をやってるんです? 不審者かと思ったんですけど」


「失礼だな?! まあ、怪しいと言われたらそうかも知れないか……。いま王都にある地下への入り口を足を使って探していてな」


 思わずあたしが本音を伝えると、ライゾウは微妙にダメージを食らったようだ。


 最近は収まりつつあるけど、カリオのような不審者ムーブをする知り合いにはクギを刺すべきだと思うんだ、うん。


「王都の地下に古代遺跡が眠ってるとかいう都市伝説、でしたっけ?」


「そうだ、覚えてくれていて嬉しいぞ」


「そのような都市伝説が存在するのですか?」


「ああ。……ええと、その子は?」


「申し遅れました、私はプリシラと申します。ウィンたちのクラスメイトです」


「おれはライゾウだ。史跡研究会の設立者で部長をやっている。狩猟部にも入っているから、部活ではサラの後輩になるか?」


「ライゾウ先輩の腕前でウチの後輩とか言われても、冗談にもならへんやん」


 サラの言葉に微笑んで視線をプリシラに戻し、ライゾウは説明する。


「都市伝説に関しては、おれの地元に残る落人伝説が根拠になっているんだ。詳しく知りたかったら学院で教える。放課後はいつも狩猟部か史跡研で活動している」


「今日はフィールドワーク中と理解します。いまライゾウ先輩が調べていたのは、王都地下の上下水道の入り口と推察します」


 そう告げてプリシラは石造りの物置のような建物に視線を移した。


「そうだな、今日調べているのはその辺りの情報だ」


 建物には入口らしき鉄扉が付いており、扉は厳ついカギが掛けられていた。


「カギを外したいならこのタイプの奴なら出来ますよ? ダンジョン攻略用に練習してあるし」


「いや、不法侵入をするつもりは無いぞ。それこそ本物の不審者になるからな」


 あたしの冗談にライゾウは笑った。


 口には出したものの、冗談で済んで良かった。


 その後あたし達はライゾウと別れ、商業地区を散策して過ごした。

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