02.有名税みたいなもの
お昼にイエナ姉さんたちと合流して、あたしたちはまたブライアーズ学園の陶芸部の部室に集まっている。
「ふーん、ウチは気付かへんかったけどな」
「ディナ先生の隣の席に座ってたから、先生の身内か学院に関わりがあるかだと思うんだけど」
昼食を取りながら午前に見かけたストロベリーブロンドの女の子の話をしていたが、気づいたのはキャリルだけだった。
「隠形とも違うように見受けられましたが、あの気配の扱いはなかなか見事なものでしたわ」
「私も気が付きませんでした。そこまで応援に集中していたというわけでも無かったんですが」
キャリルの言葉にジューンが首を傾げる。
「白磁のような肌でストロベリーブロンドをしていて、黒いドレスを普段着で着ている子か。学園ではちょっと思いつかないかしら」
「そもそも黒いドレスを好んで着るような子は、学園には居ないんじゃないか? わたしも知らないし、案外その担任の先生の身内だったんじゃないの?」
イエナ姉さんやリンジーにも心当たりは無いようだ。
あたし達の会話を伺いながら、ジャロッドが何やら一人考え込んでいる。
「どうしたんだジャロッド、ぼけっとして」
「いや、その子の身元はぼくも知らないけれど、ウィンさんが見たという外見的特徴が少し引っ掛かってね」
リンジーが問うと、ジャロッドが口を開く。
「目が赤いという話だったけれど、遺伝的には先祖に人間以外の種族が居るはずなんだ。それに加えて色素が薄いと感じるほど白い肌……」
「何か心当たりでもあったんですか?」
「……いや、迂闊なことを言ってヘンな先入観を持たせるのも良くないから。何より自分でその子を見た訳でも無いからね」
あたしが問えば、ジャロッドはそう苦笑した。
赤い目にそういう謂れがあるとは初めて聞いたぞ。
ライゾウもハイオーガの血が入っていると言っていたし、結構有名なのだろうか。
「普段はブラウンの瞳で、光の加減で赤く見えるなどもそういう先祖をお持ちですの?」
「いや、それはぼくは聞いたことは無い。とにかく該当する人は、普段から宝石のように赤い目をしている筈なんだ」
キャリルの問いに、若干慌てた口調でジャロッドが応えた。
そこに横からリンジーが指摘する。
「でもさジャロッド、目の色は分かりやすい特徴ってだけで、外見的特徴に出て無くても先祖にそういう血が入ってる奴は居るよな?」
「そうだね。そもそも人間との子孫を残せる時点で、魔獣と分類されている種族でも生物学的・医学的に人間だとする意見もあるんだ――」
お昼にはそんなことを話しながら過ごした。
体育祭も今日で終わりだから、陶芸部の部室を離れるとき、姉さん達はあたし達にいつでも学園に遊びに来るように言ってくれた。
「うーん、確かにおるなあ。……えっらい可愛らしい子ぉやけど、……うーん」
観客席に戻ってから、サラが件の女の子に視線を向けてそんなことを呟いていている。
「どうしたんですの?」
「いやな、すっごい失礼なんやけど、何となく実家の近所に住んだはるエラい怖いオバちゃんを思い出したんや」
キャリルに問われてサラがそう口にした次の瞬間、纏わりつくような気配が彼女に向けられた。
あたしでも察知できたので、サラは純粋に悪寒を覚えているようだ。
「あ、ウソです。勘違いやでー。うん、エラい可愛い子ぉや思っとるでー……」
サラが視線を向けながらそんなことを呟いたら、謎の気配はスッとその場から引いた。
あたしは脳裏に『地獄耳?』という単語や、『あんがい図星?』という言葉が脳裏によぎったが、口に出すのはやめておいた。
ゴールボールの試合の方はその後無事に行われ、いずれの試合も我が校が勝利した。
現地解散してクラスのみんなに交じって寮に戻ろうとしているところに、魔法でニッキーから連絡があった。
この後、風紀委員会の週次の打合せを行うので、委員会室に集まって欲しいとのことだった。
エルヴィスは元気そうに試合に出ていたが、カールの方は『学院裏闘技場』の集団戦以降に会っていないから気にはなっていた。
あたしとキャリルは委員会室に向かった。
委員会室に着いたときにはニッキーしか居なかったが、程なくエルヴィス以外のみんなも揃った。
エルヴィスにしてもリー先生と同じタイミングで委員会室に到着し、直ぐに打合せが始まる。
「皆さん今週は『学院裏闘技場』の集団戦への対応、お疲れさまでした。見事勝利したという事で取り決めにより、彼らが行っていた賭けの収益は払戻金も含めて全額王立国教会に寄進されました」
そう告げてリー先生がみんなに頭を下げた。
「加えて、報酬という訳ではありませんが、学院に協力したという事で皆さんの内申点に加算が成されましたことを併せてお伝えします。――それでは皆さんからお願いします」
リー先生の言葉を受けてカールが口を開く。
「今週の報告だが、僕からは集団戦後の附属病院での検査結果で異常が無かったことを伝えておく。それなりに長い時間検査されていたんだが、全くの健康体だと診断が出た。皆のお陰だ、感謝する」
「それに関してはボクからも感謝を述べるよ。ボクの方も異常は見つからなかった。ありがとう」
カールの話にエルヴィスが補足した。
「エルヴィス先輩に関してはゴールボールで活躍していたし心配していなかったけど、スティーブン先輩やマクスについてはどうなったんですか?」
ジェイクが口を開くが、あたしを含めてみんな気になっていた話だろう。
「スティーブンくんやマクスくんも、身体に異常は認められませんでした。ただ、マクスくんに関しては魔力暴走に近いスキルの行使ということで、まだ附属病院で追加検査を行っているようです」
リー先生が補足で説明するが、その口調に含むところは無さそうだ。
来週になればマクス本人から色々聞けるかもしれないと、あたしは考えていた。
その後ニッキーの報告になり、体育祭の裏で賭けが行われていた話になった。
「――という訳で、ウィンちゃんの報告内容を元にリー先生経由で検挙になったところまでは把握しています」
「そうですね。該当する生徒は賭けの胴元となっていた生徒たちの他に、換金に現れた生徒も含めて人数としては四十名強となりました。彼らは全員指導の対象になりました」
そこまでリー先生が説明した後に、あたし達を見渡してから告げる。
「風紀委員の皆さんなら心配いらないと信じていますが、学生のあいだは通常は賭博は許されません。また、卒業後も違法な賭博で身を持ち崩すことの無いように気を付けてくださいね」
『はい(にゃ)』
集団戦のことや賭博生徒の検挙が告げられた後は特に報告も無く、打合せはスムーズに進んだ。
だが、キャリルの報告の段になって風向きが怪しくなる。
「わたくしからは特に報告はございませんが、ステータスの称号欄に新しいものが増えていたんですの。みなさんは変化はありませんか?」
その言葉に一瞬あたしとキャリル以外のみんなが固まった。
「ち、ちなみにどんな称号だったにゃ?」
「はい、『
そう応えるキャリルの言葉は弾んでいる。
「そ、そうにゃ。アタシが去年付けられたのが
そういえば、とあたしは思いだす。
前回の風紀委員会の打合せで、あたしの二つ名の話が少し出ていた気がする。
「キャリルの称号、なかなかかっこいいじゃない。ところであたしも先週二つ名の話が出ていた気が「さて、これで今週の報告は終わりだろうか?」」
なぜかあたしの言葉はカールに遮られてしまった。
心なしか、みんなの表情が硬い気がする。
というか、あたしに視線を合わせないのは何かあるのだろうか。
そこまで考えてから、あたしは自分がステータスを確認していないことを思いだした。
なぜか急いで週次の打合せを終えようとするところで、あたしは【
「…………なんじゃこれっ?!」
思わずあたしがその場で叫んでしまったとき、キャリルとリー先生以外はみんな一斉にあたしから視線を逸らした。
あたしのステータスに関しては、大きく変わっていない。
正確には、称号欄の記載が増えているだけだった。
そこには『
あたしの脳がその情報を認識した瞬間、チャララーンと謎のトランペットの音が聞こえた気がした。
「どうしたんですのウィン?」
「あたしの称号に、『必殺委員』とかいうのが増えてるの……」
「あら、なかなか渋い称号ですわね」
キャリルは冷静に応じるが、あたしとしては不本意である。
というか、やり直しを要求したいんですけど。
「……やり直し、出来ないんですかね?」
「称号が消える可能性があるとしたら、普段そう呼ぶ人が誰も居なくなったときらしいわ」
ニッキーが同情的にそう告げた。
「結構学院内でそういう二つ名が広まっているにゃ。少なくともウィンちゃんが卒業するまではムリにゃ」
エリーは首を振りながらそんなことを言っているな。
「広まってるって、どの位なんですか?」
「学科を問わず、初等部と高等部の全学年で広まってるみたいだね。気にしない方がいいと思うよ」
ジェイクが同情的な視線であたしに言うが、気になってしまうんですけど。
「そういえば……」
それまで黙っていたリー先生が口を開く。
何かいい情報でも持っているのだろうか。
「どうしたんですか先生?」
「いえ、ウィンさんの『必殺委員』という称号ですが、どこかで聞いたことがある気がしたんです」
「そうなんですか?」
「ええ。それでいま思い出したんですが、王家の諜報機関である暗部を今の形に組織したとされる一人が、学院の卒業生だったんですね」
あたしはそこまで聞いた時点で嫌な予感が高まる。
「その方が学生時代に付けられた二つ名が『必殺委員』だったはずです」
思い出せてスッキリしたのか、リー先生はいい笑顔を浮かべている。
というか、そんな情報をあたし達に話していいものなんだろうか。
「二代目か何代目かは分からないが、当代の『必殺委員』という二つ名を襲名したのか」
カールはそう言って呻く。
「そうそう、二つ名の話で思い出したんだけど、美術部の友達への依頼が増えてるらしいわ。ウィンちゃんの似顔絵を描いてほしいって奴」
「そ、そうですか……」
アイリスが教えてくれた話に、あたしとしてはどう反応すべきか分からなくなった。
「難しく考えなくてもいいんじゃないかな」
「え?」
あたしが固まっていると、エルヴィスが言葉を掛けてくれた。
「そういうのは有名税みたいなものだから、気にしなければいいのさ」
エルヴィスは主に女子からの視線を集めているが、そのことで男子からも色々言われているのかも知れない。
反射的にそんなことを思う。
「そうですかね?」
「そうだよ」
エルヴィスはそう告げて静かに微笑んだ。
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