07.まだ研究中なのですよ


 ニナへの部活棟の案内は終わったが、本人が美術部に行くというのであたしとサラで彼女を送った。


 その足であたしはサラを食品研に送り、そのまま高等部の職員室に向かう。


 建築研究会で押収した女子生徒のミニチュアを、リー先生に提出するためだ。


 幸い先生は職員室に居たので、そのまま入り込んで声を掛ける。


「リー先生、ちょっといいですか?」


「あらウィンさん、どうしたんですか?」


「部活棟で押収したものがあって、その件で報告があります」


「押収ですか……。そういうことでしたら、あちらの打合せスペースで話しましょう」


 そう案内されて、あたしはリー先生と職員室脇にあるパーティションで区切られたスペースに場所を移した。


「それで、何があったんですか?」


「実はあたしは転入生を連れて部活棟を案内していたんです。その時に建築研究会を見学したんですね」


「建築研究会ですか」


「はい。彼らは普段建築物などを設計したり、建築物のミニチュアなどを魔法で造っているようでした」


 そこまで話してあたしは【収納ストレージ】を使い、彼らから押収したブツを取り出す。


「そのミニチュアも見学したんですが、彫像などに交じって不穏なものを見つけてしまって……。それがこれです」


 打合せスペースにあるテーブルには、十体のミニチュアが並べられた。


 制服やらトーガやら布やらを纏った女子生徒と思しきミニチュアだった。


「そういうことですか……。なるほど、こんな手が。これは中々宜しくないですね」


 リー先生はミニチュアを手に取り、細部を観察しつつしきりに「宜しくない」といいつつ、心ここに非ずと言った様子で何かに思い巡らせていた。


「こんな手が、ですか?」


「…………は?! いえ、宜しくないという判断を自分の中で深めておりました」


「はあ……」


「男女逆の立場でいえば、筋骨隆々の男子生徒のミニチュアを作るようなものですよね?」


 そう告げるリー先生の鼻息は荒い。


 いろいろ大丈夫だろうか。


「リー先生?」


「コホン、……そうですね。確かにこれは女子生徒に断りなく作っているとしたら、風紀上問題があると考えます。先ずはこれらを鑑定したうえで、作成者に詳しく話を訊いてみることにします」


「はい。……あたしもその方がいいと思います」


 断りを入れればいいというものでは無い気もするが、確かに無断で作られたら当事者は困るだろう。


 あたしは今は、それ以上考えるのを止めることにした。


「報告は以上ですか?」


「以上です。――ですがこれとは別に、せっかくリー先生と話しているので、ちょっと相談したいことがあるんです」


「相談ですか? 大丈夫ですよ」


 そう言ってリー先生は優しく微笑む。


 良かった、通常モードに戻ってくれたみたいだ。


「実は今、時属性魔力が使えないかと思って色々試しているんですが、性質が分からないんです」


「時属性魔力ですか。珍しいものに目を付けましたね」


「そうなんですよ。それで、誰に訊いたのかは忘れちゃったんですが、学長先生が理論魔法学に詳しいそうですよね?」


「ええ。高等部で授業を担当していますからね。確かにそういう事であれば、マーヴィン先生に訊くのが一番早いかも知れません」


 ソフィエンタ本体が誤情報を渡すとは思えないけど、リー先生も言うなら間違いないんだろう。


「学長先生――マーヴィン先生は、いきなり質問に伺って大丈夫ですかね?」


「確かに忙しい方ですからね。わたしから連絡してみましょうか。ちょっと待ってくださいね」


「ありがとうございます」


 その場からリー先生が【風のやまびこウィンドエコー】で連絡すると、今から時間を作れると言われたそうだ。


 あたしは直ぐに向かう旨を伝えてもらい、リー先生に学長室の場所を訊いて、お礼を言ってからマーヴィン先生の下に向かった。




 学長室の扉をノックすると返事があるので、そのままあたしは中に入る。


「失礼します。魔法科初等部のウィン・ヒースアイルです」


「こんにちはヒースアイル君。ムーア先生から話は聞きましたよ。そちらに座ってください」


「はい」


 マーヴィン先生に促されて、あたしはソファに座った。


 先生もテーブルを挟んで反対側に座る。


「さて、ヒースアイル君は学業も優秀ですが、風紀委員としても頑張ってくれていると聞いています。学長として感謝します」


「え、いえ……。あたしなんかまだまだです。委員会の仕事にしても一部に関わっているだけですし」


 開口一番にマーヴィン先生に褒められたので、あたしは若干動揺する。


 体育祭の時など日向ぼっこに集中していた。


 例えばそれがバレたらどんな顔をされるだろうと、一瞬頭によぎった。


「今回質問に来た件にしても、初等部の内容を大きく超えるものです。学習意欲という面でもヒースアイル君は評価されるべきです」


「いえ、正直に言うと時属性魔力を使うという発想自体は、クラスメイトのキャリル・スウェイル・カドガンさんから指摘されて試行錯誤した結果なんです」


「なるほど。どういうことを試したのでしょうか」


「実際に先生の前でやってみせてもいいですか?」


「構いませんよ」


 マーヴィン先生が穏やかに告げたので、あたしは【収納ストレージ】から果物ナイフと数本の木の棒を取り出した。


 そして時属性魔力を込めた果物ナイフや木の棒で、別の手に持つ木の棒を切ったり千切り飛ばしたりした。


「こういう状況だったんです。ナイフと棒とで結果が変わるのは御覧の通りですが、理屈が分からなくて……」


「時属性魔力は扱いが非常に難しいですが、ヒースアイル君の魔力制御は本当に見事なものですね」


「いえ……」


「何が起きているのかを語る前に、ひとつ試して欲しいことがあるのです。いま君は木の棒で木の棒に触れて見せました。今度は、木の棒で木の棒をつつくように同じことをして貰えますか?」


 マーヴィン先生に言われた通り時属性魔力を込めた木の棒で、そっとつついてみる。


 するとパキッという音とともにつつかれた棒が二つに分かれた。


「分かれた方の棒の、断面はどうなっていますか?」


 マーヴィン先生がそう訊いてきた。


 あたしが確認すると、緩くカーブを描くようなキレイな切断面になっていた。


 それを説明すると、先生は頷いて口を開く。


「ヒースアイル君が棒で棒をつついたとき、『貫く』とか『突き刺す』というイメージが働いたからそのような結果になったのです」


「イメージが働いた、ですか?」


「ええ。現時点で知られている話をすると、時属性魔力は使用者のイメージを補うように働くことが知られています――」


 マーヴィン先生の説明によれば、剣に時属性魔力を込めれば切断力を高め、ハンマーに込めれば打撃力を高め、槍に込めれば貫通力を高めるという。


 加えて、刃が付いていない棍棒でも使用者が「切断するぞ」と強くイメージすれば剣と同じように使えるのだという。


「――という性質があります。ただ、剣では峰打ちが出来ますし、水属性魔力や地属性魔力を使えば刃やハンマーヘッドなどを形成することが出来ます」


「それって、時属性魔力は他の属性よりも効率が悪いという事ですか?」


「あくまでも戦闘などに用いるという事を考えた時は、「効率が悪い属性魔力」ということになります」


 そこまで話を聞いて、あたしは考える。


 属性魔力の操作はそもそもイメージの働きで行われることが多い。


「マーヴィン先生、地水火風の属性魔力の操作でも、イメージによる操作を行うのは同じだと思うんですが。時属性魔力は『イメージ』ということが性質なんですか?」


「君の指摘は重要なポイントです。実はそのあたりがまだ研究中なのですよ」


「もう少し、具体的な課題として話して欲しいのですが」


「具体的……、そうですね。一つは『時とは量やエネルギーなのか?』というもので、もう一つは『時とは概念なのか?』というものです。そして根本的には『時とは何か?』という話に繋がります」


「…………かなり哲学的な内容に傾いてる気がします。でも……」


「でも?」


 マーヴィン先生はあたしが考えながら言葉を探す間も、どこか楽しそうにあたしの返事を待ってくれた。


「あたし達は『時属性魔力』と判断できる属性魔力を、現実で扱うことが出来ます。だから、時は量とかエネルギーを何らかの形で持つと思います」


「ええ」


「同時に、『時が概念的なものである』という事は、もしかしたらそれと矛盾しないかも知れません」


 あたしの中にある地球の記憶では、あたしは理系では無かったと思う。


 けれど時が次元の話などに関係したり、物理学だけでは無く数学でも哲学でも扱われたのは知っている。


 時速の問題とか、ふつうに日本の中学生も数学で扱ってたし。


 数学で扱ってたという事を思い出して、方程式だとか変数の話が脳裏によぎった瞬間、あたしはソフィエンタ本体の説明を思い出す。


 あの時『現実世界で符号化』とか、『概念化』とか言っていたか。


 『符号化』は字義通りに理解するなら、記号に置き換えるという意味だろう。


 たぶんそれがゼロと一なら、デジタル化という事になるかも知れないな。


 現実を時属性魔力を使えば、ゼロと一とかに置き換えられるという事なんだろうか。


 それを助ける性質って、どういう事なんだろう。


 少なくとも、この世界での時属性魔力の性質は、『符号化』という事がカギになるのかも知れない。


「そうですね。折衷案という訳では無いですが、私もヒースアイル君と同じ意見です。量でありエネルギーであり概念であるのが、“時”なのだと想像しています」


 あたしが押し黙ったところで、マーヴィン先生は意見を述べてくれた。


「……やっぱり難しいです」


「同感です。ただ、属性魔力の性質に比べて、時属性魔法は覚えるのは意外と簡単ですよ?」


「え?」


「ヒースアイル君が時属性魔力を扱った時点で、『時神の加護』を持っているのは分かっています。実は私も同じ加護を持っていて、幾つか時属性魔法を覚えているのですよ。今日覚えて行きませんか?」


 あたしはマーヴィン先生の申し出に、反射的に頷いていた。

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