03.喧嘩とかで鍛えられ


 あたしはジャニスに捕まり、荷馬車に乗せられた子牛の気分を想像しながら移動した。


 移動した先は冒険者ギルドの中庭にある訓練場だ。


「まず、お前らにはこれだな」


 そう言ってジャニスはケムとガスに木製の片手剣を一本ずつ渡した。


「で、お嬢にはこれだな」


 続いてあたしには木製の短剣を二本渡した。


「ちょっとジャニス? これでどうしろって言うのよ?」


「話はカンタンさ。ちょっとこいつらと試合をしてやってくんね? あーしだと加減ができねえかもしんねえし、困ってたんだ」


「ゼッタイ嘘ねそれ。面倒くさいだけでしょ?!」


「いや、そんなことないぜ(たぶん)。それに、適性を見分けるんだったら、横から見てた方がいいだろ?」


 いま小声で「たぶん」とか言ったの聞こえたんですけど。


 ただまあ、横から見てた方がいいというのは一理あるかも知れなかった。


「「よろしくお願いします!」」


 何やらケムとガスが、それぞれ鼻ピアスと耳ピアスを閃かせながら頭を下げた。


「はぁー……。分かったわよ。でもジャニス、タダ働きとかあたし嫌なんですけど」


「わぁーってる。デイブの兄いにはあーしから言っとくよ」


 その言葉であたしは観念し、みんなから少し距離を取って立つ。


「一人ずつやりましょう」


「おし、じゃあケム、お前から行ってこい」


「分かりやした」


 あたしの言葉でジャニスが指示を出し、ケムが前に出た。


 そうしてあたしは順に一人ずつ試合をした。


 薄く身体強化をした状態で試合したけど、ホントにまあ良くいままで生き残ったよなと思う片手剣の腕前だ。


 ただケムにしろガスにしろ、首から上に当たるのが分かっている斬撃を目をつぶらずに対処していた。


 歩法がなっていないから移動はかなり怪しいけど、体幹がしっかりしているからか戦闘中のバランス感覚はそれほど悪くはなさそうだ。


 彼らは元悪ガキだったからか、幼い頃から喧嘩とかで鍛えられたのかも知れないとあたしは思った。


「ほい試合終了ー。見立てを説明すっから集合なー」


 あたしが二人と試合を終えるとなぜか野次馬が集まっており、あたしたちを取り囲むようにみんな集合した。




「まず、ケムとガス二人に共通すっけど、基本がなってねえ! そのままだとその内死ぬぞ」


「「まじっすか?!」」


「ああ。歩法が適当だから移動がなってねえ。加えてそのせいで重心移動が甘いから、攻撃とかの威力が抜けてる。あとは意識が一対一で固定されてて周囲を伺う余裕がねえ」


 その辺りはあたしも気になったから、ジャニスの指摘は妥当だと思う。


「他にも細かいことを言い始めりゃキリがねえが、その辺は道場とかで矯正してもらうといいだろうよ」


「「はい!」」


「つぎに個別の見立てだが、まずケム。お前もう剣はやめとけ?」


「ちょ?! どういうことっすか?」


 いきなり剣をやめろと言われてケムが慌てる。


「斬るってことが全くなってねえ。使うなら叩きつけるような武器――戦棍メイスとかハンマーにした方がいいな」


「僕は彼には格闘が勧められると思う。間合いの詰め方、というにはちょっと粗削りだけど前に出る意識は評価されるべきだ。あと体幹も良く鍛えられてる」


 ジャニスの言葉に横からニコラスが補足する。


 あたしも同意見なんだよな。


「あたしもケムに関してはニコラスと同じで格闘がいいと思う。一対一に集中し過ぎてたのは良く無かったけど、フェイントの入れ方のリズムが向いてるというか。あれはたぶん元々ケンカのテクニックよね?」


「そ、そうかも知れねえっす」


 あたしとケムのやり取りにジャニスが一つ頷く。


「そういうことか。どーにも妙な剣の振り方をしてたのは、素手でのフェイントのリズムから半端な斬撃を出してたんだな。あれをフェイントと呼ぶかはさておきだけどよ」


「うぅ……」


 ケムがジャニスの言葉でダメージを食らってるな。


 多少はフォローしておくか。


「重心移動は課題ありだったけど、バランス感覚は悪く無いと思ったわ。だからたぶん、あたしは蹴り技メインにした格闘が一番向いてると思う」


「そうだね、その辺りかな」


 あたしの言葉にニコラスが同意する。


「そだなあ。そーすっと順当に蒼蛇流セレストスネークを勧めるか。サクッと入門してこい」


「僕も賛成だ」


「あたしもー」


「分かりやした! 頑張るっす」


 ケムはあたしたちの意見で自分に気合を入れていた。


「とにかくケム、あなたは蹴りがカギになるわ」


「はい!」


 そこで野次馬を含めてみんなの視線はガスに移る。




「んで、ガス。お前は手数が足りてねえのに守勢でどーすんの? 最後とか攻め手が無くなって防戦一方だったじゃんかよ」


「そ、そうっすね」


 ガスはジャニスに指摘されて目に見えてショボーンとしている。


 確かに立会ってみて、前に出る意識は足りていなかったけれど。


「守勢自体は悪いことじゃ無いけどね。でも手数の足りなさを補う方法を持っていなかったのは問題だよね」


 これはニコラスからもダメ出しが入ったな。


「まあ、手数が足りて無いなら増やせばいいけど、蹴りとか空いてた手を使うのでも無かったのよね」


 あたしは立会った実感を告げる。


「手数を増やすか。あーしらの流派は外に教えらんねえから、他に二刀にするならオルトラント公国発祥の渦層流ヴィーベルシヒトとかはあるわな」


「でも渦層流の使い手は、王国では希少なんじゃないかな?」


 ジャニスとニコラスが話し合っているが、確かに直ぐ習える流派では無い。


 渦層流は公国が本場の片手剣の二刀流だ。


 緻密な魔力制御が必要な古流剣術で、王都ではあまり聞いたことが無い。


「他にも二刀流だと刻易流ライフトハッケンもあるけど、あれこそ守勢からは程遠いのよね。だから選択肢としては二つじゃない?」


「二つ、ですか……?」


 ガスが遠慮がちにあたしに問う。


「うん。ひとつは無理に攻め手を増やすって考えじゃなくて、竜芯流ドラゴンコアを習って盾の使い方を習うこと」


「まあ、守勢の剣では無難な選択肢だな」


 あたしの言葉にジャニスが頷く。


「もう一つは間合いが近いから手数で押される局面が出るってことで、武器を槍とかの長物に持ち替えること」


「あー、その手があるか」


 そう言ってジャニスは野次馬を見渡す。


 そしてその中の一人に声を掛けてみんなに紹介する。


「ギルド職員のこいつは雷霆流サンダーストームを使える。お嬢、ちょっと試合をしてガスに見せてやってくれ」


「分かったわ」


 職員が野次馬っていいのかと思いつつ、あたしは適当にみんなから離れる。


 そうしてジャニスの合図で立合ってみるが、雷霆流はキャリルの動きで慣れているから無難に打ち合ってみせた。


「おーし、じゃあガスに槍を持たせてちょっとやらせてみようぜ?」


「まじっすか? 今のをおれがやるの?」


「ちゃんと手加減するから大丈夫よ。今見た試合の見よう見まねでいいから、ちょっと槍を振るってみなさい。あなたの場合、剣よりも収まりがいいと思うから」


「はい……」


 しぶしぶといった感じでガスは木製の槍を受け取り、あたしとの試合を始める。


 試合とは言ってもきちんと手加減をして、どちらかといえば約束組手に近い動きを誘導する。


 こちらの攻める速度はかなり落とし、一般的な衛兵の速さくらいで緩く攻撃を重ねた。


 最初のうちはおっかなびっくりと言った風に槍を振るっていたガスだったが、間合いを掴み始めると落ち着いて反応し始めた。


「おし、その辺でいいぞ」


 ジャニスの声であたしとガスはみんなの所に戻る。


「意外と眼は悪くなさそうだね。逆に今までは、見えすぎてて守勢に回ってたのかもね」


「お嬢が手加減してたとはいえ剣筋は追えてただろ、どうだ?」


 ニコラスとジャニスがそんなことを言う。


「ええと、なんつーか槍は振るってて面白かったっす」


 ガスはそう応えるが、手ごたえを感じたようだ。


 結局ガスについては、ギルド職員の伝手で雷霆流の王都の道場を紹介してもらうことになった。


 その後は依頼達成ということで、ジャニスがケムとガスから依頼票に署名を貰っていた。


 ようやく解散かと思った段階で、野次馬が数名「俺も見てくれ!」とかジャニスに詰め寄った。


 そしてその野次馬は、「ギルドに依頼を出しやがれ」とかジャニスに怒られるという一幕があったりした。


 その後、あたしとジャニスとニコラスは冒険者ギルドを離れた。


 ジャニスたちにはいっしょに遊びに行かないかと誘われたけど、「デートの邪魔をしたくない」と言ったら顔を赤くしたジャニスが「分かったぜ」とか言っていた。


 二人と別れたあたしは商業地区を散策してから寮に帰った。

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