02.狩られるようになる人生
一夜明けて週末になり、学院は休みだ。
いつもより遅めに起き出して寮の食堂で朝食を済ませ、黒じゃ無い方の戦闘服を着こんで冒険者ギルドに向かった。
休日の朝も若干遅い時間だからか、ギルドの一階の混み具合はそれほどでも無い。
『冒険者登録・変更・抹消窓口』に向かい、職員のお姉さんに話しかける。
「おはようございます。冒険者ランクの確認と、昇格が可能そうならお願いします」
そう告げてあたしは冒険者登録証を提出した。
「おはようございます。分かりました、少々お待ちください」
職員のお姉さんはそう告げてカウンターを離れ、奥のテーブルで魔道具相手に何やら操作をしてからすぐに戻ってきた。
「ウィン・ヒースアイル様、お待たせしました。ランクDへの昇格条件を満たしておりましたので、昇格いたしました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ふむ、一番下がランクEでその次がランクDだから、一つ上がったのか。
「ヒースアイル様には連絡事項が三点ございます。一つ目は、『ランクD相当の魔獣を含む魔獣の群れを十回以上討伐』しております。従い、『ランクC相当の魔獣を単独で討伐』した場合、ランクCに昇格可能です」
「分かりました」
そういうことなら今度、王都南ダンジョンの該当する魔獣を調べてみようか。
「二つ目は、先日ヒースアイル様が単独で討伐した賞金首がランクB相当でした。これによりヒースアイル様が『ランクCになった状態』で、『ランクC相当の依頼を十回達成するか、ランクC相当の魔獣を含む魔獣の群れを十回討伐』した場合、ランクBに昇格可能です」
「え、……そうだったんですか?」
「そうだったんです」
そう応えて職員のお姉さんがニコニコと微笑む。
「ええと……。ということは確認すると、『ランクC魔獣を単独で討伐』でランクCになって、それに『ランクC魔獣を含む群れを十回討伐』でランクBになれるってことですか?」
「おっしゃる通りです。ギルドでは腕の立つ冒険者はいつでも歓迎しております」
そう告げて職員のお姉さんがニコニコと微笑む。
単独で討伐したランクB相当の賞金首って、たぶん闇ギルドの“
以前読んだ王都南ダンジョンの攻略本ではたしか、ランクB相当の魔獣が出るのは二十一階層以降だったはずだ。
“黒の蟻地獄”の強さを思い出すと今後のダンジョン攻略が不安になって来るけど、今はとりあえず考えるのを保留しておこう。
あたしがそこまで考えたところで、微妙に周囲の好奇の視線を集めている気がする。
こんな子供が賞金首を単独で討伐とか、やっぱりヤバい奴だよね。
「さて、三つ目ですが、ヒースアイル様が討伐した賞金首の賞金がご用意できております。『冒険者向け依頼関連窓口』にてお渡ししますので、そちらにお立ち寄りくださいね」
「……分かりました」
職員のお姉さんから冒険者登録証を受け取ってあたしは教わった窓口に向かうが、ギルドの依頼を受けるとおぼしき冒険者が行列を作っていた。
目的の窓口自体は八つに分かれていて、それぞれが日本の記憶にある銀行の窓口のようなパーティションで区切られている。
「まあ、依頼の詳細とかは当事者以外には秘密だろうし、話が漏れないようにしてるんだろうな」
あたしは列に並びながらそんなことを呟く。
程なくあたしが列の先頭になり、窓口の一つが空いたのでそちらに向かった。
「済みません、ウィン・ヒースアイルと申しますが、賞金が出ているとのことで受取りに来ました」
そう言ってあたしは職員のお姉さんに冒険者登録証を提示する。
少し待つとお姉さんが、奥から持ってきた革袋入りの賞金をカウンターに示す。
「はい、こちらが賞金首“
「……ありがとうございます。大金貨?!」
大金貨二十枚と言われてあたしは一瞬ビビる。
王宮の文官一年目の年収が、大金貨十二枚だったハズだからだ。
ディンラント王国の通貨は大陸共通硬貨が使われている。
これは商業ギルドがこの大陸の各国と協議して受け入れられた硬貨の規格で、発行は国ごとに行われている。
品質を下げると商家が逃げるので、各国は偽造や品質劣化に神経質になっているという話だ。
貨幣価値については、あたしの主観も混ぜてまとめると以下のようになる。
・銅貨一枚が、日本円のおよそ百円。
・銀貨一枚が銅貨十枚で、日本円のおよそ千円。
・金貨一枚が銀貨三十枚で、日本円のおよそ三万円。
・大金貨一枚が金貨四枚で、日本円のおよそ十二万円。
物価については王都の場合、食費が安めで住居の賃料などが高めだ。
庶民向けの食堂が一食銅貨三枚(三百円)くらいで、庶民向けの宿が銀貨三枚(三千円)くらいだ。
庶民向けの集合住宅の賃料が、たしか月額で銀貨二十枚(二万円)くらいか。
年間で金貨八枚(二十四万円)くらいなので、日本の首都圏のことを考えればかなり安めではあるけど、比較対象を盛大に間違っている気もする。
「どうされましたか?」
「あ、いえ。賞金首で賞金を受け取るのが初めてだったので、こんなに出るものなんだなと思って」
あたしの言葉を聞いて、職員のお姉さんが微笑む。
「そうでしたか。……こちらをご覧ください」
そう言ってお姉さんは手元の書類を見せてくれた。
それは“黒の蟻地獄”の手配書で、賞金額が書かれている。
どうやら間違いは無いようだ。
「なるほど、確かに大金貨二十枚ですね」
「はい。参考までに申し上げますと、ランクB相当の賞金首の賞金額は、おおよそ大金貨十枚相当になります。今回のケースでは、脅威度や王国内での犯罪歴などで額が上がっていたということですね」
「そうなんですね」
「もし今後、賞金首を狙って狩るお積りでしたら、対象のランクや活動地域などをご相談いただければこちらの窓口で情報を有償にて提供できます」
『狙って狩る』か。
賊のたぐいとは言え、そうなってしまうと魔獣討伐の依頼と大して変わらないよな。
人として生まれてきたはずなのに、狩られるようになる人生って無常だ。
でもこれがこの国というか、たぶんこの世界での常識なんだとあたしは実感を持つ。
「分かりました。……現状ではその予定はありませんが、利用する場合はお願いします」
「こちらこそ、いつでもお待ちしております」
冒険者登録証をあたしに返しながら、職員のお姉さんはにこやかにそう告げた。
大金貨で賞金を受け取ったが、お姉さんからは両替は商業ギルドで行うように言われた。
商業ギルドでの両替は、たしか手数料を取られるんだよな。
微妙にケチ臭いことを考えつつ、あたしは冒険者登録証と共に【
冒険者ランクの手続きと賞金の受取りも済んでしまった。
この後はせっかく商業地区まで来ているのだし、ウィンドウショッピングでもしていこうかと考えていると声を掛けられた。
「
何となく知った気配だった気がしたが、声の方に振り向くと鼻ピアスをした『
隣には耳ピアスをしているガスも居るけど、オールバックのゲイリーは今日は居ないのか。
「ああおはよう、あなた達もギルドに用事?」
「そうです。というか、今日はジャニスの姐さんにおれ達の適性を見てもらうことになってるんです」
ガスが嬉しそうにそう告げる。
「適性って何の話? それよりあなた達、身体はもう大丈夫なの?」
「大丈夫です! オレとガスはあの後神官さんたちに応急処置をしてもらってから、学園の生徒さんらが代わるがわる魔法で身体を治してくれたんです」
「たぶん【
ケムとガスが交互に応えるが、若干興奮気味に話している。
「お陰で以前よりも調子がいいくらいなんです」
「途中からすげえ一生懸命に魔法を掛けてくれてたよな。おれちょっと感動したぜ」
さりげなく治療に使う魔法を間違えたか、試したことが無い珍しい魔法の実験台にされたあと、慌てて真っ当な治療を改めて行ったんじゃないかそれ。
あたしはそんな気がしたが、本人たちは調子が良くなったと言っているし黙っていよう、うん。
「あれ? お嬢じゃん、おはー」
「おはようウィンさん」
知った声がするので視線を向けると、そこにはジャニスとニコラスが居た。
「おはよう二人とも。今日はどうしたの? この二人が適性がどうとか言ってるんだけど」
「あーしがデイブの兄いに頼まれたんだよ。ニコラスはあーしのつきそい」
まあ休みの日だし、交際相手と出歩いてても不思議でも無いんだけどさ。
「こないだの件ですげー戦闘の基本がなってないくせに、何故か生き残ったろこいつら」
さりげなく容赦ないなジャニス。
でも言ってることは理解できる。
「んで、兄いと相談したら、まともな流派に入門させたらもうちっとマシになるんじゃね? ってことになったらしいんだ」
「そっか。その適性の見極めってこと? デイブは?」
「適性ってのは流派の適性の話だな。デイブの兄いはギルドの相談役の仕事で駆けずり回ってる。例の“受け皿”の件さ」
ストリートチルドレンの受け皿としての冒険者クランの件を、さっそく進め始めたのか。
「んで、店はブリタニーに任せて、こいつらの適性の見極めはあーしにギルドからの依頼ってことで投げてよこした」
「あー……そうなんだ」
「そうなんだよ。なあお嬢、あーしとニコラスって付き合い始めじゃね? その二人の週末を邪魔するっておかしくね?」
何やら微妙にキレているけど、ジャニスの言ってることは分かるんだよな。
「でもギルド依頼なら仕方ないよ。僕も手伝うからさ、早く終わらせよう」
「お、おう。ありがとうな、ニコラス」
ニコラスさんがフォローしてくれて助かった。
ここで念を入れて話題を逸らしておこう。
「ところで、ケムとガスは居るけど、ゲイリーはどうしたの? 身体に何か後遺症でも出たとか?」
「ゲイリー? ……ああ、奴な! 聞いてくれよお嬢、あいつさあ髪型オールバックだったろ?」
「……うん」
「あの晩に光神様の神官に助けられたのに影響されて、突然スキンヘッドにしやがった! またこれがチンピラ顔に似合うっつーか何つーかでさ」
「へ、へえ」
「んで本人はデイブの兄いの見立てで、
あの晩、ゲイリーは片手剣を使っていたんだったか。
よく生き残ったなホントに。
向き不向きがあるなら、まずは向いているものを身に付けた方がいいだろう。
「なるほど。……影響を受けてスキンヘッドって、おでこのマークも真似したの?」
「いや? さすがにそれは真似してねえみたいだけどな。まああいつのことはいい。ところでお嬢、ギルドに来た用事は済んだのか?」
「あたし? うん、済んだけど」
そう応えるとジャニスはあたしの隣に立ち、肩を抱いて一言告げた。
「ならよう、お嬢もちょっとあーしの手伝いをしてくんね?」
「え゛? マジで?」
「返事は“はい”か“イエス”で応えてくれよな?」
“いいえ”や“ノー”は無いのかよ。
気が付いたときには、あたしはジャニスに肩をがっちりとホールドされていた。
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