第12章 あたしタダ働きはイヤですけど

01.聞いてるけど意味が分からない


 その日、姉さんたちと夕食を取った後、あたしはキャリルの部屋を訪ねた。


 昨夜黒血の剣こっけつのつるぎの悪ガキ共の護衛から戦闘になった。


 そのことで話せることは話しておこうと思ったのだ。


 ノックをすると直ぐにキャリルが出た。


「はい……あらウィン、どうしたんですの?」


「ちょっと話したいことがあってね。今いいかしら」


「別に構いませんわ。お入りなさい」


 一旦キャリルの部屋に入れて貰ったのだが、そこで今日もらった牛乳粉をコーヒーに入れることを思いつく。


「話の前に、コーヒーを淹れるわ。今日料理研に顔を出したら、牛乳が無い時は牛乳粉を入れるといいって教わったのよ」


「分かりましたわ。わたくしもコーヒー豆を挽いてみてよろしくて?」


「べつにいいわよ」


 あたしがコーヒー豆とミルを出すと、キャリルは興味深そうな顔で豆を挽いていた。


 その後給湯室でコーヒーを淹れ、キャリルの部屋に戻って牛乳粉を入れて飲む。


「これは、……香ばしくもまろやかな味ですわね」


「ハーブティーとも違う独特の味よね。……それはさておき、本題に入りましょうか」


 そう告げてあたしは【風操作ウインドアート】の魔法で防音にした。


「それで、何かあったんですの?」


「詳細は話せないけど昨日の夜、月輪旅団の仕事に参加したの。そこで護衛の仕事をして、賊みたいな手合いを斬り殺しちゃったのよ」


「そうでしたの……どのくらい敵が居たんですの?」


「詳しくは話せないけど……、あたしが殺したのは四人よ。別の仲間がとどめを刺すきっかけを作ったのを入れると、もっと増えるわ」


「そういう事だったんですのね。今朝、ウィンが微妙にいつもと違うような気がしたんですの」


 そう告げてキャリルはコーヒーを一口飲む。


「割と激しい戦いでね。死に掛けた手勢も出たり、重症者も結構出たわ。もっとも、その場に居た敵は全員殲滅できたみたいだけど」


「それでクラスに来てホッとしていたんですのね」


「そうなのよ」


 そこまで話してあたしもコーヒーに口をつける。


「賊を斬った感想は、どんなものでしたの?」


「ええと、……人間を斬るということで、もうちょっと何か思うかなって考えてた気もするんだ。だけど、良心の呵責は全く感じなかったわ」


「相手が賊ということも大きいかも知れませんが、それでも見事なものです。我が家の手勢から初陣の話は聞いたことがありますが、兵によっては剣を置く者も居りますし」


 そう言ってキャリルはため息をつく。


 ティルグレース領の兵には、賊の類いなどと戦う者も居るのだろうなと思う。


 彼女はその声を思い出したのかも知れない。


「知っての通り、あたしは狩人の娘よ。しかも仕事を手伝ってたの。動物相手に命のやり取りが日常だったことも大きいわ。生き物はね、殺せば死ぬのよ、当たり前だけど」


「それはそうですわね」


「だから今回良心の呵責を感じなかったことで、将来、命の重みを忘れるようなことになったらイヤだなって思ったりはしたわね」


 あたしの言葉に一瞬意外そうな顔を浮かべた後、キャリルはニヤリと笑った。


「そんなことになったときは、マブダチとしてはこんこんとお説教をして差し上げますわ」


「その時はお願いね」


「分かりましたわ。――ところで、どんな戦闘だったんですの?」


「ええと、話せないことが多いけど、二つ名持ちの賊を討伐したから賞金がもらえるかも知れないわ――」


 それからしばらくあたしは、キャリルの部屋で『先の先』と『後の先』の話をしたりしていた。




 王都ディンルークの商業地区にある傭兵団の自分の執務室で、闇ギルドの幹部であるクレイグは部下からの報告を受けていた。


 昼間は表の仕事として傭兵団の業務を片付けて、闇ギルド幹部としての仕事をこの時間にこなしているのだ。


「――報告は以上です」


「分かった。良く追撃に出ずに情報を持ち帰った」


「いえ。月輪旅団相手では自分では死んでいたでしょうし」


 報告を行った部下の言葉にため息をついてクレイグは告げる。


「あいつらが出張ってくるなら、そもそも今回は手を出すべきじゃ無かったな。国教会の対応を甘く見てたってこった」


「それでクレイグの兄貴、今回のことで“黒の蟻地獄ブラックアントライオン”が殺られましたが、報復とかどうしますか?」


「そうだな、あいつが死んだか。蟻地獄の野郎は死にたがりな貌があったからな。……他の連中は言葉は良くねえが替えが効く」


「死にたがり、ですか?」


「汚れ仕事はしても、死ぬときは戦いの中で死にたいとか前に言ってたのさ」


 そこまで告げて、クレイグは執務机の引き出しから紙巻きタバコと喫煙具を取り出して火を点けた。


「報復をするなら、国教会の実働部隊に嫌がらせでもしとけ。月輪旅団には手を出すなよ。戦争になったら幹部の一部しか生き残れねえ」


「分かりました」


「ところで、蟻地獄を殺ったのは八重睡蓮やえすいれんだったな?」


「そうです。王立ルークスケイル記念学院の、魔法科の初等部に今年入学したガキです」


「間違っても関わるなよ?」


「え?」


 紫煙をくゆらせながらクレイグは苦笑する。


「あれはある種のバケモノだ。おまえが十歳のとき何をしてた? おれは冒険者になったばかりで、カスみたいな仕事に駆けずり回ってた」


「俺も似たようなものですよ、クレイグの兄貴」


「だろ? 一方あいつは二つ名持ちで、月転流ムーンフェイズ宗家の血が入ってて、竜殺しの伯爵家と縁があって、“鱗の裏”やら花街の輩にファンクラブがあるそうだ」


「月転流の若いのは、他に黒野薔薇とか居ますし、底が知れませんね」


「割に合わねえ。繰り返すが、やるなら国教会のコマで、神官とかガキ以外にしとけ」


「分かりました」


 そこでクレイグの部下は頭を下げ、執務室を出て行った。


「全く、ファンクラブとか意味が分からん。うちの連中にゃ居ねえだろうな……」


 クレイグはそんなことを呟きながら、タバコを一本吸い切った。




「くしゅんっくしゅんっ、……あー誰かがあたしの悪口言ってるわ」


「風邪でもひいたんで無くて? ウィン、昨日の晩そのようなことがあったなら、見えないダメージが残っている可能性もあるかも知れませんわ」


 キャリルが心配そうな表情であたしに告げる。


「そうかなあ。悪寒とかは無いから大丈夫だと思うんだけど」


「大事を取って、早めに寝なさいな」


「そうね。まあ、日課のトレーニングを適当にやってから寝るわ」


「そういうところ、見事だと思いますわ」


 キャリルは若干呆れを含んだ視線をあたしに向けている。


 でもなあ、こういうのは毎日ちょっとずつやっておくのがいいと思うんだけど。


「昨日の戦闘後でも、【回復ヒール】を覚えてたから繋げた命があったのよ。【治癒キュア】じゃぜんぜん効かないような重体の奴。――だから普段のトレーニングは意外とバカに出来ないかなって思ってるの」


「そうなんですの……」


 あたしの言葉に、キャリルは何やら考え込んでいた。


「ふと思ったんですがウィン、あなた時魔法が使えるんですのよね?」


「そうよ。あまり効果の実感は無いけど練習はしてるわ」


「ふむ。……“時の属性魔力”というものは存在しますの?」


 キャリルに問われてあたしは考え込む。


 いままで時魔法は練習してきたが、その属性魔力については意識の外にあったからだ。


「分からないわ……。ちょっと試してみる」


「べつに今晩試さなくてもいいですから、何か気が付いたら教えてくださいまし」


「分かったわ。――そう言えばキャリルは明日、何か予定があるかしら?」


「わたくしですか? 我が家の王都の伯爵邸タウンハウスに行く用事がありますわ」


「そう? ならいいわ」


「どうしたんですの?」


「月輪旅団の仕事をこなしているから、冒険者ギルドのランクがそろそろ上がって無いかなって思ったのよ。――ちょっと一人で行ってみるわ」


「申し訳ありませんウィン」


「気にしないで」


 その後キャリルの部屋でコーヒーを飲んでから、あたしは自室に戻った。




 自室で日課のトレーニングを始めるが、折角なので覚えたばかりのチャクラを開いた状態で行ってみた。


 【加速クイック】と【減速スロウ】については体感できるほどは違いが見られなかったが、キャリルから言われた“時属性魔力”はあっさり感知できた。


「これは、何色なのかしらね……」


 相変わらず小皿に乗せた大豆を箸で移すトレーニングをしているが、時魔法を掛けている状態だと独特の魔力を自身が身に纏っていることに気づく。


 意識を“時属性魔力”らしきものに集中すると色としてはかなり淡いもので、地球のものでいえばウーロン茶とかほうじ茶を薄めた感じで光っている。


「金色、ともすこし違う。琥珀色かしらね……」


 すこし観察していると、観察することによって改めて色に気づくような奇妙な感覚を味わった。


「とりあえず、これは後回しにするか」


 その後、環境魔力制御のトレーニングではもう少しで指輪サイズの循環が出来そうな予感があったが、ほどほどのところでムリせず終了した。


 始原魔力については以前よりもあっさりと出せるようになってきている。


 木の枝を使ったトレーニングは普通にこなせてしまっているので、また何か考えた方がいいのかも知れない。


 そこまでトレーニングを行ってから、あたしは頭を捻る。


 “時属性魔力”は武器に纏わせてみたらどうなるんだろう。


 自分で良く分かっていない魔力を込めるのも怖かったので、【収納ストレージ】から果物ナイフと始原魔力の練習用の木の棒を数本取り出す。


 そして右手に持った果物ナイフに“時属性魔力”を込め、左手に持った木の棒にそっと刃を当ててみると抵抗なくスッと切れた。


「なんか時属性魔力って制御が難しい気がするな。すぐ発散しちゃう……」


 属性魔力で果物ナイフが強化されている結果としては妥当だ。


「始原魔力を木の棒に纏わせたときと、同じくらいスムーズだったなあ……」


 あたしはそう呟いてから右手の果物ナイフを木の棒に持ち替え、“時属性魔力”を纏わせた状態で左手の木の棒にそっと当てる。


 次の瞬間、あたしの手元で「バキッ」と小さい音がして、左手の木の棒が折れた。


「なんじゃこれ? ……打撃音、だったよね?」


 どういうことだろうと思いつつ折れた木の棒を拾うと、切断面は滑らかになっていない。


 加えて、折れた棒から分かれたらしきもっと短い破片も足元にあった。


「どういうことなんだろう……」


 分からないことはソフィエンタ本体に聞けばいいか、と思ってあたしは椅子に座った状態で胸の前で指を組む。


「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」


「どうしたの?」


 すぐに念話で応答があった。


「いまキャリルから指摘されて、時属性魔力を感知して木の棒に纏わせてみたんだけど、性質が良く分からないの。これってどういう性質なの?」


「時属性魔力か、微妙に説明が難しいわね。ひとことで言えば、アナログ状態で存在する実体を現実世界で符号化させて、概念化を強化する性質があるわ。これは物性の量子化の強調と言ってもいいかも知れないけど……聞いてるわよね?」


「ごめん、聞いてるけど意味が分からない」


 どうしよう、言葉は念話で聞こえるのに理解が追い付かない。


「困ったわね……。あ、そうだ」


「どうしたの?」


「あなたの学院の学長さんが理論魔法学の大家だから、時属性魔力の使い方を相談してみなさい」


「えー、学長先生?」


「優しい人だから大丈夫よ。普段、運営の仕事で忙しくしている分、喜んで教えてくれる筈よ」


「分かったわ……」


 そしてあたしはソフィエンタとの通信を終えた。


 理論魔法学ってあたしの脳味噌で追い付く内容なのか不安を覚えつつ、その日は寝ることにした。

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