04.おいしいシチューの作り方


 週が明けて十一月になった。


 第一週の今週は学校対抗の体育祭と『学院裏闘技場』がある。


 それが脳裏によぎりつつ、いつも通りクラスに向かい朝のホームルームになる。


「はいそれではホームルームを始めます。先週連絡した通り、今週は学校対抗の体育祭が行われます。会場は昨年我が校で行われたので、今年は王都ブライアーズ学園で実施されます――」


 ディナ先生の説明によると、王立ルークスケイル記念学院と王都ブライアーズ学園で一年ごとに持ち回りで会場を提供するそうだ。


 聖セデスルシス学園や王都ボーハーブレア学園での開催は、敷地の広さの関係で難しいらしい。


 先生の説明とあたしの主観を元に、体育祭の情報をまとめると以下の通りになる。


・競技はプレートボール、カヌー、ゴールボールの三種。


・プレートボールは地球の知識でいえば五イニング制の野球で、一試合が一時間強くらいで終了。


・カヌーは一人漕ぎカヌーを一校男女各十人で漕ぎ、合計タイムの少なさで競う。


・ゴールボールは地球の知識でいえばサッカーで、一試合が六十分でそれとは別にハーフタイムとロスタイムがある。


・試合日程は配布されたプリントでは以下の通り(カッコは女子の試合)。


 地水曜日:プレートボール、火曜日:カヌー、風光曜日:ゴールボール。


 ル:ルークスケイル記念学院、ブ:ブライアーズ学園、セ:セデスルシス学園、ボ:ボーハーブレア学園。


 地曜日午前:ル対ブ(セ対ボ)、地曜日午後一:セ対ボ(ル対ブ)、地曜日午後二:ル対セ(ブ対ボ)


 水曜日午前:ブ対ボ(ル対セ)、地曜日午後一:ル対ボ(ブ対セ)、地曜日午後二:ブ対セ(ル対ボ)


 火曜日午前:ルブセボ、火曜日午後一:(ルブセボ)、火曜日午後二:なし


 風曜日午前:ル対ブ(セ対ボ)、地曜日午後一:セ対ボ(ル対ブ)、地曜日午後二:ル対セ(ブ対ボ)


 光曜日午前:ブ対ボ(ル対セ)、地曜日午後一:ル対ボ(ブ対セ)、地曜日午後二:ブ対セ(ル対ボ)


・朝のホームルームはあるけど、帰りのホームルームは無し。


 地球の記憶があるあたしとしては、ゴールボールといえば何となくパラスポーツのイメージがあるが、この世界ではちがうみたいだ。


 まあ、試合日程についてはいちいちプリントを見なくても、毎時間どこかの会場で我が校の代表選手が試合をしている。


 平たくいえば、みんなにくっ付いて行って応援すればいいだけだ。


 スゴいラクだから、あたしは興味が出ない試合については昼寝をしてようと思った。


 だが。


「体育祭の様子については、皆さんに一日一本フリーテーマで作文を書いてもらいます。できるだけ関心を持って応援してくださいね」


『はい』


 ディナ先生からそんな連絡があったので、全て昼寝して過ごすわけには行かなくなった。


 かくなる上は応援に飽きたら予備風紀委員の立場を利用してパトロールでもしよう、などとあたしは考えていた。




 ホームルームの後にトイレ休憩を取った後、あたし達はディナ先生の引率でクラス単位で移動した。


 学院の敷地を出て少々歩き、ブライアーズ学園の敷地に入る。


 以前ここに来たのはイエナ姉さんに【複写デュプリケイト】を習ったときだった。


 構内の雰囲気は前回来た時と変わらないが、初めてブライアーズ学園に来たクラスメイトは興味深そうに周囲を伺っていた。


 やがてあたし達は運動場に辿り着き、先生の案内で観客席に座った。


 目の前には野球というかプレートボールのグラウンドが広がっている。


 事前に聞いた話だと、建築や土木関連の魔法が使える人たちで協力して毎年準備しているそうだ。


 我が校で開催されるときは、授業用の運動場と屋外訓練場を魔法で改造するらしい。


 カヌーの試合がある日は水路沿いで応援をする。


 そこを使って野球場からサッカー場に造り替えるそうだ。


 魔法がある世界とはいえそんなことが可能なのかとも思うが、四校の建築土木魔法関係者が総出であたるとのことだった。


「はい、ここで皆さんに四つ伝達事項があります。まず一つ目! ここからは自由行動になりますが、試合が行われている間はブライアーズ学園の門はすべて閉じています。王都の衛兵にも連絡が行っていますので、学園を出て遊びに行ったりしないでくださいね」


『はい』


「二つ目! 応援に疲れた人は学園内を見学しに行っても構いませんが、席を離れるときは近くの子に必ず一言伝えてから離れてください」


『はい』


「三つ目! 例年、お昼には食堂が大変混みあいます。試合会場の近くに売店が用意されるので、応援の合間に適宜お昼を買いに行くなどして下さい」


『はい』


「四つ目! 全ての試合が終了したら、現地解散になります。速やかに寮や自宅に戻るようにしてください」


『はい!』


 ディナ先生からの伝達も済み、プレートボールの応援が始まった。


 あたしのプレートボールに関する知識は少し怪しい。


 いちおう地球での野球のルールなんかは想起できるので、それに照らして覚えている感じだ。


 目の前では我が校とブライアーズ学園の、男子代表の試合が繰り広げられている。


 クラスメイトとか周囲の生徒の様子を伺えば、熱の入れ具合は様々だ。


「そこやっ、勝負やー! いっけー! ……ってなんで振らんのやー、あかんたれー!」


 サラは結構前のめりで応援しているな。


「サラ、知ってる選手なの?」


「え゛、知らへんよ? でもせっかく試合やっとるのに楽しまんかったら損やん、っそこやー!!」


 ふと視線を隣に座ったキャリルに移すと、じっと打者の様子を確認している。


「どうしたのキャリル?」


「いえ、打撃フォームを観察していたんですわ。競技中は魔法の使用禁止ですが、身体技法だけで巧拙が出る部分はどこだろうと考えていたんですの」


「巧拙ねえ……」


「単純な筋力以外の、ワザの部分は気になりますもの。わたくしの得物も戦槌ウォーハンマーですし、振り回すときのコツなどは知りたいですわね」


 キャリルはバトル脳の視点で観戦していたのか。


 まあ、言っていることは理解できるけれど。


「コツという部分も面白そうですけど、私はどちらかと言うと競技の中での身体の動きそのものを追ってしまいます」


 そう告げて、キャリルとは逆側の隣に座るジューンがメモを取り始めた。


「身体の動きそのもの?」


「ええ。『アルプトラオムローザ』の後継機開発で活かせるかは分からないですけど、スライディングとか、ジャンプで捕球する動きは見ていてイメージが湧くんですよ」


「確かに、日常生活とか単純な武術の訓練とは違った種類の動きよね」


「そうなんです。あ……長打が出ましたが、選手が追ってますね。……あれをジャンプしてキャッチ! ……出来ませんか。でも直ぐに拾いに走って捕って、返球! うん、面白い動きです」


 ジューンは興味深そうにメモしながら観戦しているけど、キャリル同様他のクラスメイトとは温度差がありそうだ。


 ふと気になって周囲を見渡すが、プリシラはジューンと同じような雰囲気で観戦していて、隣のホリーは黄色い声を上げていた。


「まあ、楽しみ方は色々だよね……。天気が良くて良かったなー」


 あたしはそう呟いて、のんびりと日向ぼっこしながら目の前の試合を眺めた。




 目の前のプレートボールの試合が二回裏に入ったところで、あたしは昼食を買いに行くことにした。


 応援に疲れたというか、正確には座っていることに飽きたという子供っぽい理由である。


 自分で“子供っぽい”という辺りにインチキ臭さを感じるけど気にしないことにする。


「先生からも言われてるし、ちょっとあたし早めにお昼を売店で買ってくる。みんなはどうする?」


「それやったらウチの分も買うてきて? おカネは後でいい?」


「いいわよ」


「わたくしも買って来て頂けますと助かりますわ」


「私もお願いします」


「分かったわ」


 サラとキャリルとジューンのお昼も買ってくるのを引き受けて、あたしは席を立った。


 作文の課題があったから、移動ついでにそのネタ探しも出来ればと脳内で計算していたりする。


 観客席を出て会場の外に出てから辺りを見回すと、すぐに売店が集まっているエリアが目に入った。


 行列などは出来ていないけれど、売店には生徒が買いに来ているから早めに出てきて正解だったかも知れない。


 いくつかの売店を見まわって、サンドイッチの詰め合わせを売っている店を見つけたのでそこで買うことにした。


「済みません、ミックスサンドセットを四人分くださいー。袋は別でー」


「はいよー、銅貨四枚ね」


 あたしは店員のオバさんにおカネを渡して紙袋を受け取る。


 そこでふと思いついてオバさんに質問してみることにした。


 幸い客はあたしだけだ。


「ところでオバさん、この売店ってブライアーズ学園だとお昼はいつも出店してるんですか?」


「ん? うちらかい? この売店は体育祭の間だけの臨時営業の店だよ」


「そうなんですね。オバさんは普段、商業地区で営業してるんですか?」


「そういう連中も居るけど、アタシの場合はいつもはボーハーブレア学園の食堂で働いてるよ」


「あ、そうなんですね――」


 詳しく話を訊いてみると、売店の七割くらいは各校の食堂関係者が出店しているそうだ。


 食堂の運営自体がそもそもどの学校も、外部に委託しているらしい。


 その業者が各校に依頼される形で出店しているとのことだ。


 残りの三割の売店は、体育祭の期間中の臨時契約で出店している店だという。


「ということは、オバさんの売店はボーハーブレアの味なんですね」


「そうだねー。売店ごとに微妙に味が違うから、食べ比べても面白いかも知れないね」


 オバさん曰くボーハーブレア学園を基準にすると、我が校は若干クリーミーな味が前に出ているらしい。


 他の学校ではブライアーズ学園が塩味が強めで、セデスルシス学園が薄味だが野菜が旨いとかいう情報を得ることができた。


「ボーハーブレアは他に比べたら香草とか香辛料の風味が前に出てるかも知れないよ」


「面白いですね。参考になりました!」


 意外なところで作文のネタになりそうな話を聞くことができた。


 作文はフリーテーマなんだから、売店運営というかこういうのもアリだろう。


 さすがに“おいしいシチューの作り方”なんて作文を書いたら、ディナ先生に怒られるだろうけれど。


 ともあれネタを一つゲットできたあたしは、何でもネタにできるということでクラスメイトの応援の視点の違いもネタにできることにも気が付いた。


 この時点で二日分の作文のネタをゲットである。


「そういうことなら、もう一個ネタにできそうな話があるよな」


 ディナ先生からの伝達事項で、試合中はブライアーズ学園の各門が閉じているというものがあった。


 もしかしたら毎年、脱獄というか敷地を抜け出して遊びに行こうとする生徒が居るかも知れない。


 その話を警備の人に訊ければ、作文のネタをゲットできるかも知れないぞ。


 そう思ったあたしはミックスサンドの紙袋を【収納ストレージ】で仕舞ってから内在魔力を循環させ、身体強化や気配の遮断などを行って正門に向かった。

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